4‐12
「ぶっ殺してやる」
口から垂れる血をジャケットの袖で乱暴に拭い、紫雷を手に走る。
ゾークは声も咆哮も上げず、無言で自分の周りに十数もの黒いナイフを出現させた。
どれも闇を纏っている。
(あんなもの、斬り落としてやる)
飛んできたナイフを紫雷で斬り払おうとして、
「!?」
ずるり、とナイフが紫雷を貫通した。紫雷の刀身が割れ、再生するが驚きを隠せない。なにが起きたかわからないまま、奏真の体を三本のナイフが貫通した。
どれも抵抗なく、豆腐を切るように肌に吸い込まれた。
「ごふ……っ……ぐぅ……」
さっきの戦いで、高出力のブラッドバーストを使ったせいで、クールダウンにまだ時間がいる。紫雷の発光現象も、異能の雷もない。
血反吐を吐きながら、それでもゾークに肉薄した。無骨な断頭剣が振るわれ、奏真は姿勢を低くしてそれを回避する。
あれと打ち合うと武器が斬られるというのは学習済みだ。まさかナイフまでそんな力を持っているとは思わなかったが。
奏真はそう確信し、抜き胴を放つ。黒い闇のローブを引き裂き、血肉を抉る。そう思われたが――
「……?」
頭上から断頭剣。奏真はすぐに後ろに跳んで回避するが、間に合わなかった。刃先が額を斬り、血が溢れだす。
「ぐっ……」
ナイフの創傷といい、額の傷といい、再生しない。奏真は腰のポーチから圧搾注射器の回復剤を取り出し、首筋に突き立てて尻のボタンを二度押した。
薬液が二回分注入され、一時的に治癒力を取り戻す。これで十回。もう後はない。
再びナイフの弾幕。今度は全て躱す。
前進しながらナイフの軌道を読み、跳んで、屈んで、身を捻って回避。ジャケットの裾が破れたり肩口を裂かれたりしたが、直撃はない。
再び剣の間合いに詰め、奏真は袈裟に剣を振るい、
「な……」
今度こそ見た。
剣が、やつの表面をすり抜けた。
そこで、ようやくこいつの能力に気付いた。
恐らく、空間を捻じ曲げる力だ。
なんの前触れもなく現れるのも、断頭剣やナイフが物理的な鍔迫り合いをしないのも、攻撃が透過するのも、空間を歪めて全てをやり過ごしているのだ。
やつの武器は空間ごと対象を斬り裂き、やつのローブは空間を歪めることで攻撃をすり抜けさせる。
こんなやつと、どう戦えばいい。
「奏真!」
瑠奈の怒号がプラットフォームに響き渡った。ゾークもそちらに反応する。闇が
数十ものナイフが生まれ、射出される。
瑠奈は散弾を放ち、撃ち落とそうとした。
無駄だ、と注意喚起しようとした奏真は、またも驚愕する。
瑠奈の光の散弾は、ナイフを撃ち落としたのだ。
「……どういうことだ?」
単純に、属性の相性だろうか。
考えている暇はない。
ナイフの弾幕は勢いをいや増し、瑠奈を追い詰める。一本が瑠奈の腿を貫き、彼女は転んで地面を這う。そこに、数十本ものナイフが突き立つ。
「がぁああっ! ぁああぁ!」
滅多に悲鳴を上げない瑠奈が激痛に泣き叫ぶ。何故かはわからないが、始祖の攻撃は一際痛く、傷の治りも酷く遅い。
ゾークがとどめに断頭剣を振り下ろそうとし、
(ブラッドバースト!)
奏真の紫雷が発光。刃が、ドクドク蠢く脈が光り輝く。
「させるか!」
瑠奈に振るわれていた断頭剣が、まるでこうなることを予期していたかのように奏真に向かって振るわれる。躱せない。
奏真は咄嗟の判断で、無駄だとわかっていながらも紫雷で断頭剣を受け止め、
「え?」
弾き飛ばされた。プラットフォームを転がり、エレベーターの入り口を粉砕してケージ内に転がり込む。
今、弾き飛ばされた。
斬られていない。
なにが起きた。
見ると、ゾークは何故か奏真ではなく、瑠奈を執拗に狙っていた。どうにか立ち上がった彼女をナイフで追い詰め、見せしめのように悲鳴を上げさせ、
『俺は、君を置いていったりはしないよ。ずっと一緒にいる』
昨日、自分で言った台詞を思い出した。
それは、酷く矮小な形での告白であり、簡単に裏返すことのできる言葉だった――
『俺は、君に振り向いて欲しいんだ。ずっと一緒にいてくれ』
――と。
◆
血盟騎士団地上二十七階、作戦司令室。
ヘルシングの作戦行動の際には必ず同行する支部長が、久留巳の隣で目を瞠った。
「これは……」
「奏真さんの適合率が上がってます……」
第二世代で平均値八十パーセント台の適合率。
元は九十七パーセントだったただでさえ高い奏真の適合率が(ちなみに瑠奈は適合率九十二パーセントだ)、ここにきて急激な上昇を始めていた。
「奏真さんの適合率、九十九、百……百八パーセント!」
「なにが起きている……?」
◆
瑠奈を失いたくない。
瑠奈を殺そうとするゾークが許せない。
瑠奈にまだ想いを伝えていない。
それらは集約すると、怒りだった。
自分への、ゾークへの、ヴァンパイアへの怒り。そして、裏腹にあるのは愛だ。
奏真の左腕と顔の下半分を、紫紺の雷撃が走った。
バチバチと音を立てて絡みつき、奏真の顔の下半分をアーメットと呼ばれる中世の騎士甲冑の、紫の脈が走った黒い兜の下半分のようなものが覆う。
左腕をこれもやはり鎧のようなものが覆った。黒く、無骨で、紫の脈が走っている。ガントレットには鋭い爪が紫の光を帯び、帯電している。
服の上からまとわりつく鎧を見て、考えるまでもなく、自分がなすべきことをすべきだ、と判断した。
奏真がエレベーターの床を蹴ると、積載量三百五十キロを超えるケージが凄まじく揺れた。
「うぅぉぉおおおおおああああぁぁあああっ!」
ナイフが飛んでくるが、それらは全て発光帯電する紫雷で弾き落とした。できなかったものが数本、右肺、心臓、胃、右大腿部、臍と貫通していったが激痛もろとも無視。
自分が死ぬことより、瑠奈を失ってしまうことの方が怖かった。
自分でも、なぜこれほどまでに彼女を想うのかわからない。けれど、好きなのだ。どうしようもなく。このときばかりは、復讐のことすら忘れていた。
左腕の爪付きガントレットがゾークを深く抉った。闇が斬り取られ、ゾークが後退。踏み込んで紫雷を薙ぐ。斬って、斬って斬って斬って斬って斬りまくる。
ゾークは左手を天にかざすと、空間を歪めた。
「逃がすか!」
左腕を振るおうとし、しかしそれは空を切った。ゾークは闇の中に逃れ、完全に消えた。
「クソ……クソッたれ」
思い出したように全身が激痛を訴える。奏真は暗くなっていく視界の中で、せめて瑠奈だけでも生きていてほしいと願った。
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