4‐10

「進むわよ」


「ああ」


 ノーデンスはいない。地下なので電波状況も悪く、障害物が多いのでドローンを飛ばすこともままならないので事前情報もほとんど得られない。音響走査も可能だが、やれば音を聞きつけたヴァンパイアが大挙して押し寄せて来るかもしれないので、危険だ。


 始祖がどれほどの知能を兼ね備えているのかは知らないが、捜索の目を逃れるためにこういう場所を選ぶのだから、全くの無知とは言えないだろう。


 奏真たち以前に加え、その事前から活動していたチームが探索していたため、マップ情報は問題ない。


 隅々までマッピングされ、新たに掘られた穴があれば別だが、今回は探索が目的ではないので新しい通路を見つけてもそちらには向かわない。


 鍾乳洞を抜けると、地下鉄遺構に出た。敷かれた線路の上に、廃棄された地下鉄車両が鎮座している。


 と、


「……ん?」


「どうしたの。急に立ち止まらないで」


「いや、気配が……」


「……するわね。二人いる」


 奏真と瑠奈は足音を殺し、気配がする地下鉄車両に乗り込んだ。辺りには缶詰やパウチなどが散乱していて、通路を挟んだ両側に横一列ずつ並んだ椅子の上には毛布がある。


「出て来い。いるのはわかってる。盗賊かなんだかは知らないが、邪魔をするなら――」


「ま、待って!」


 影から人が飛び出してきた。咄嗟にそちらに剣を向けるが、すぐに収めた。


「生き残り……か?」


「みたいね」


「あ、あんたら、ダンピールか?」


 そいつは男だった。二十代半ばほど。よく見ると、その後ろに十歳かそこらの少年もいた。


「ああ。血盟騎士団東海支部所属、特務分遣隊ヘルシングだ」


「助けに来てくれたのか?」


 そうではない。調査に来た。


 だが怯えた兎のような目をする少年を見ていると、『お前らなんか知るか』とは到底言えなかった。


「まあ、そうだな」


 瑠奈もなにも言わない。


「よ、よかった! 最近、ここらのヴァンパイアが統制を取ってるから出られなくて……食料も底を尽きたし、どうすればいいのか……」


「落ち着いてくれ。これからヘリに案内する。任務があるから支部に向かうのはもう少し後になるかもしれないが、とりあえず安全を確保してやれる」


「ありがとう……」


「瑠奈、任せていいか?」


 少女は肩をすくめて、ため息混じりに、


「人間は人類の数少ない遺産だし、無視もできないわ。私が連れて行くから、奏真はとりあえずこの周辺で待機していて」


「わかった」


 瑠奈が青年と少年を連れ、鍾乳洞に引き返していく。


 奏真はその瞬間、死臭を嗅いだ。


 ほぼ勘だった。その場に伏せると、凄まじい轟音と衝撃、そして熱が車両を襲った。その勢いは重機でも激突したのかというほどで、車両がひっくり返った。


 それまで窓だった部分が床になり、反対側のドアが天井になる。


「クソ、なんだ!」


 跳躍一回でドアから外に出ると、背の高い天井に伸びる闇を見た。


 醜悪な、鬼か悪魔のような顔。


 目は赤く、口からは牙が上下四本伸びている。白い肌の巨体は四メートル。ミノタウロスと比べると特別筋肉質というわけではないが、スリムで無駄のない体つきをしている。


 両手に背丈ほどもある大杖を持ち、尻でガツンとプラットフォームの床を叩くと、巨人の目の前に人の頭ほどある火球が五つ、五角系の頂点を模るように生まれた。


「ノーデンスか……?」


 恐らくそうだろう。密かに隠れ、死臭を消し、静かに奏真が一人になるのを待っていたに違いない。


 火球が発射される。時間差で五発が撃ち出され、奏真は回避のため走る。着弾した火球は次々爆発を起こし、レールの枕木を、コンクリートを砕く。


 最後の一発を躱した奏真はプラットフォームに飛び乗り、ノーデンスと対峙する。


 加速。一歩で彼我の距離十メートルを詰め、まずは足を崩そうと仕掛けた。


「滅葬、開始……っ!」


 鼓動が早まり、異能が出力を上がる。脈と刃が発光。雷光が残像を引き、斬撃軌道上に紫紺の尾を引く。


 足を深く裂いた。左脛を割った逆袈裟の一撃の勢いのまま腕を捻り袈裟に斬撃を出す。黒い血が溢れ出し、ノーデンスが左膝をついた。


 黒い血霧けつむが傷口に吸い込まれ治癒が始まる。しばらくもしないうちにダウンから立ち直るだろう。大打撃を与えるなら今だ。


 意識を集中。気力を臍下丹田せいかたんでんで練り上げ、異能の勢いを増す。チェーンソードの唸りが爆音に匹敵する回転数にまで跳ね上がり、紫の雷光が闇を千切る。


 鼓動が最高潮に達したその瞬間、奏真は脇構えに溜めていた剣を振り抜いた。


 耳をつんざく雷鳴が轟いた。


 渾身の溜め攻撃はノーデンスの胴を両断したのみならず、吹き飛ばした上半身を反対側の線路の壁面に叩きつけ、壁を陥没させた。


 が、終わりではない。残された下半身は黒い霧となって渦を巻き、ノーデンスの断面に吸い込まれ再生する。


 大きなダメージにはなっただろうが、さすがに強力なヴァンパイアを一撃死させるほどの攻撃力ではないようだ。


 回転数が元に戻り、それでもうるさいくらいの騒音を撒き散らす愛剣を見る。刃と脈の発光現象は収まり、しかしバチバチと帯電する輝きが闇を照らす。


 ごう、と音がして火炎の波が襲い来る。奏真はそれを斬り裂き続け前身。袈裟逆袈裟と横に倒した8の字を描くように剣を薙いでいく。


 風圧と剣圧だけで炎の濁流の中を突き進む。様々な防御加工が施されたスーツが燃えることはなかったが、全身がサウナの中にいるかのような熱波に包まれた。


 炎の向こうに、杖の先端が見えた。それを柄頭で弾き、火炎放射の射線をずらす。


 体軸がぶれた右足に斬りこみ、直後薙がれた杖に脇腹を強打され、奏真は線路の上を転がった。二十メートルは飛んだ。肋骨が折れ、皮膚から突き出されていることが感覚でわかる。


 直後、肉と骨がぐるりと渦巻き再生。この間も痛覚は生きているから、言いようもない不快感に苛まれることになる。


「ぐ……っ、く……」


 口の中に込み上げてきた血を嚥下する。生臭さと金臭さが混じった味が咽喉を満たした。


「ぁあ……クソ、今殺してやる」


 奏真は静かな風貌の中に、怒りという獣を飼っている。両親を奪った始祖――いや、ヴァンパイアへの強烈な怒り。


 親を失った子供たちの怒り。我がもの顔で地上を闊歩する怪物への底のない怒り。普段は上手く隠しているそれも、一度溢れると止められなくなる。


 紫雷が怒りに呼応したように猛烈に回転。脈が鼓動し、異能の循環率が上がる。


(次でとどめだ)


 奏真は紫雷を上段霞に構えた。切っ先を相手に向け、刺突を行うことに特化した構え。元は相手の目を潰すための構えだったが、奏真の我流剣術においては突きの構えだ。


 踏み抜いた枕木の破片が散り、爆風めいた風圧に洗われ病葉わくらばのように散る。


 一歩目で加速。


 二歩目で彼我の距離はなくなり、三歩目――指呼の間で睨み合ったのも束の間、奏真は紫雷を突き出した。


 ノーデンスはそれを杖で受け止めたが、最早光としてしか認識できない回転鋸に鍔迫り合いなどというものは発生せず、触れ合った瞬間半ばから圧し折った。


 腹のど真ん中に深々と紫雷が突き刺さる。奏真はそのまま跳躍、脳天まで斬り上げた。


 バシャ、と黒い血が飛び散り、雨を降らせる。


 腹の半ばから脳天まで斬り裂かれたノーデンスはそのままひっくり返ると、二度と起き上がらなかった。


 回転を止めた紫雷を薙ぎ、血振りを済ませ、奏真は呼吸を整えた。


 ふと、妙なものが見えた。


「……?」


 目の前の空間が、脈打つ。


 疲れて幻覚でも見ているのか。


「なん……」


 そいつは、現れると同時に断頭剣を突き出した。


 切っ先のない平坦なそれに打ち据えられた奏真はスーパーボールのように吹き飛び、プラットフォームの自販機にぶち当たって自販機ごと倒れた。


 通信機が外れたが、そんなことは意中になかった。


 今の、空間の歪み。そしてあの断頭剣は……。


「かはっ」


 なんとか立ち上がり、


「……てめぇ」


 そこに現れたのが第十一位始祖『闇統のゾーク』であることを知るなり、咆哮した。


「うぅぉぉおおおおおああああっ!」


 熱さをとっくに通り越した劫火のような血流が脳天に達し、奏真は作戦のことも忘れてゾークに挑みかかった。

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