4‐9
旧豊田市ジオフロントに入るには、都市部から向かうより近郊に空いた『穴』から向かえと言われた。
以前討伐を請け負っていたチームが撤退したので、討伐任務が果たされておらず、調査だけでなく果たされなかった討伐も行ってほしいとのことだった。
調査に討伐――それなら四人でチームを組めば、と思ったのだが、場所が狭い上にヘルシングならこのくら二人で出来なくては困るという意向があるらしい。
そうした事情もあり、奏真と瑠奈は二人で豊田ジオフロントに向かう洞窟を歩いていた。
春も半ばというのに冷たい空気が流れ、カビのにおいがする。
夜目に慣れるまでもなく、CLDが自動で光量を調節してくれるので視界は問題ない。そもそもダンピールの目は夜目が利き、僅かな光量でも充分に視界を確保してくれる。
先頭に奏真が立ち、数歩後ろに瑠奈が続く。
足音が周囲に反響し、鍾乳石のように垂れた岩から水が滴る音が時々耳朶を打つ。
「事前情報によると、ナイトゴーントとノーデンスが確認されていたみたい」
「どういうやつらなんだ?」
「あなた、クトゥルー神話って知ってる?」
「……物好きなアメリカ人が作った創作神話だっけ?」
「そう。ラヴクラフトというアメリカ人作家が、作家仲間と共に創り出した混沌とした神話体系。ナイトゴーント……
「神話が現実になったのか?」
「どうでしょうね。外見が似てるからそう呼ぶようになった、というべきかしら。ノーデンスはそのナイトゴーントを従える存在」
彼女はどこか得意げに続ける。ひょっとしたら、そのクトゥルー神話というのが好きなのかもしれない。
「ヴァンパイアのノーデンスもナイトゴーントを支配下に置き、軍勢を組織する。奏真には初めての相手ね」
「どんな見た目で、どんな能力を使う?」
「ナイトゴーントは、見た目は目も鼻もない悪魔、という感じかしら。全長は百八十センチから二百センチ。バラバラに生えた角と蝙蝠みたいな羽、槍のように鋭い尻尾を持ってる」
それも神話通りの姿なのかと問うと、瑠奈は頷いた。
「武器持ちは少なくて、攻撃手段は手の爪を使ったりした打撃。ソウルアーツを使うという報告はないわ。こいつもグールやランダイナスなんかと変わらない雑魚と総称される種ね」
「じゃあ、ノーデンスは? グールロードとか、ゴブリンロードみたいな感じか?」
「いいえ、背丈はこの前戦ったミノタウロスくらいある。こいつもやっぱり悪魔みたいな外見ね」
「悪魔、ねえ……」
「大杖を持っていることが多くて、破壊能力に特化したソウルアーツを持つわ。属性は個体によって変わるから、ちゃんと観察して」
「そういえばさ、話は変わるんだけど」
周囲への警戒は怠らない。耳を澄ませ、目を凝らす。
「なに?」
「ブラッドバーストが、今までは気分が乗ったときに発動する感じだったんだけど、今は少し違うんだよな」
「意識下でコントロールできるようになったってこと?」
「ああ。実践してみないとなんとも言えないけど、そんな感じだ」
「血装の変質がブラッドアームズにまで変化を与えて、ブラッドバーストの効果をも変えたのね。いいことじゃない」
そうなのだろうか。変化は必ずしも好む方向へ向くとは限らない。
「好きなタイミングで使えれば、効果時間やクールタイムを気にしないで済むわ」
「どういうことだ?」
「連続時間は四十秒でも、断続的に使えば使っていない間にクールタイムが加算されて、実質無限に使えるようになる。私のブラッドバーストもそう」
確かに、そういった見方も出来るのだ。悪い方へ考える必要はない。
「気力――博士は『魂の力』……『ソウルエナジー』と呼ぶそれを使い切る前に、温存したまま終了することができる」
「そういえば陽子も好きなタイミングでブラッドバーストを終わらせてた……」
「ボルテージ系が悪いとは言わないけど、使い慣れてくるとソウルエナジー――SEの使い方にも気を配れるようになる。常に百パーセントの力で戦うことが重要ってわけじゃない。大切なのは使いどころ」
死臭がした。
「いる」
「……確か?」
「ああ」
足音を殺し、曲がり角を曲がると、二十メートル四方はある天井の高い広場になった洞窟の暗がりに、黒いものが佇んでいた。
身長は奏真よりも十センチは高く、しかし体は細い。長身痩躯はその身を艶のない革のような、ゴムのような体表で包んでいて、頭部にはねじくれた角を持つ。
両腕の爪は鋭く、そこだけはゴムではなく金属のような光沢を宿していた。
「あれがナイトゴーントか?」
「そうよ」
小声で囁き合い、奏真は血装を握りしめる。この回転鋸剣は切断力も貫通力も破格だが、問題はもの凄い音が出るという点だ。
隠密行動には向かない。かといって瑠奈の銃も同じだ。銃声は大きく響く。まあどの道、死臭を感知する能力はヴァンパイアも持つのだから、隠密などほぼ不可能なのだが。
「俺がやる。群れてきたら、蹴散らす。援護頼む」
「わかった」
一歩、二歩――ブラッドバースト。加速。
ナイトゴーントがこちらの接近に気付いたが、遅すぎる。
奏真の『血装:紫雷』が回転。
刃が廻り、唸りを上げて、ナイトゴーントの背中から心臓部を貫いた。そのまま肩まで斬り抜く。
目も鼻もない、感覚器官があるのかどうか甚だわからない見た目なのに痛覚はあるのか、顔面に縦一文字に刻まれた亀裂――口が震え、傷口から血を撒き散らして昏倒した。
天井付近に空いた穴から、次々とナイトゴーントが降り立ってくる。その中に数体、犬が交じっていた。白っぽい灰色の体毛をした、ハスキーのような外見の犬。
「コボルトか……コロニー?」
コボルトは、ドイツの伝承にある妖精である。ほとんど目撃されていなかったため詳しい外見はわからないが、あるゲームで犬のように描かれたことからそのイメージが定着した。
このヴァンパイアをコボルトと名付けた者も、そうした先入観を持っていたのだろう。
頭だけ見れば、完全にグールとそっくりだが、あちらが半獣人であるならば、こちらは完全な獣。
前傾姿勢ながらも一応の二足歩行は可能だが基本は四足歩行で、その上背は百六十センチほど。犬形態の体高は八十センチ以上。大型犬並み――いや、稀にいる巨大な狼並みだ。
牙も爪も鋭く、グールよりも獰猛で原始的という特徴を持つ。
基本はコボルトロードというリーダー格に付き従うが、そうでない個体はほかのヴァンパイアの猟犬として従属することがある。
ナイトゴーント五体に、コボルト三体。
瑠奈が狙撃。しかし本能か嗅覚か、事前に攻撃を察知していたコボルトは散開。
ナイトゴーントの一体が『行け』とでも言うように腕を向けると、三体の犬が赤い目を輝かせ、瑠奈に三方向から迫る。速い。
四本足で土を蹴って瑠奈に迫った犬の一体を、奏真は間に入って蹴り飛ばす。宙を舞った犬は空中で身を捻ると壁を蹴って奏真に爪を振るう。
紫雷の回転する刃で受けとめ、後方に勢いを流す。背後で殺意が膨れ上がるのを察知し、後に回った犬に振り向きざま斬撃。
飛び掛かってきていた犬は頭部を断ち斬られ、真っ黒な血をぶちまけた。
一方の瑠奈は、二体のコボルトを相手に軽快に立ち回っていた。
飛び掛かってきて軌道修正ができない一体に散弾を撃ち込み吹き飛ばすと、右側から入ってきた一体の爪を銃で受け止めて弾く。
二足歩行のままたたらを踏んだコボルトの下顎に銃剣を突き刺し、そのまま股下まで斬り裂いた。
銃だから接近戦は向かない――のだろうが、瑠奈は少しの間とはいえソロとして活動していた。
懐に敵が入ってくることも初めてではないのだろう。銃剣を短槍のように巧みに操り、体術と合わせて白兵戦にも対応する。おまけに彼女は普段の訓練でも高い格闘能力と剣術を身に付けている。雑魚相手なら、まず後れを取らない。
猟犬を十秒足らずで失ったナイトゴーントの動きに鈍りがでた。明らかに動揺している。どうする、こんな強いなんて聞いてないぞ、というような動き。
戦線を崩すなら今を置いて他にない。
ブラッドバーストを瞬間的に発動。
たじろぐ五体の中心に入り込み、紫雷を薙ぐ。回転する刃が雷を帯びて攻撃範囲を広げる。
瞬く間に三体の皮膚が斬り裂かれ、雷撃が肉を焼くにおいが立ち込めた。
ゴムのようなのは外見だけではなく、においもそれらしかった。とてつもなく臭い。
一体は深々と腹を裂かれ、臓物を零して絶命。
残る二体は瀕死の重傷。死にかけの二体に瑠奈の狙撃が重なり、確実に死なせる。無事なのは二体だけ。
断続的なブラッドバースト発動を心がけ、ドクン、と脈打つ拍動に合わせて加速。
右側の一体を斬る。回転する刃が逆袈裟にナイトゴーントを斬り抜いた。
右脇腹から抜けた刀身を八相に構え直し、袈裟斬り軌道に紫雷を振るう。
交差傷を負ったナイトゴーントが数歩後ろに下がり、どうにか体勢を立て直そうとするがそんな時間など与えず、踏み込み突きでとどめを刺す。
腹部から背中に貫通したチェーンソードを横に振り抜き、斬り倒した。
残る一体が奏真を狙うが散弾の雨にそれを遮られる。
振りかざした右腕の肘から先が吹き飛び、狙いを自分を攻撃してきた瑠奈に変えた。影のようにぬるりと走り、銃撃を掻い潜り再生した両腕を左右から振るう。
瑠奈は軽やかな足捌きでそれを躱し、散弾を胴にぶち込む。ばっくりと腹に穴が開き、ナイトゴーントは悲鳴を上げて後ろに倒れた。
虫の息のそいつの頭に散弾を撃ち、とどめを刺した。ほんの少しでも息があると、時間経過で再生される。
そのまま衰弱死する可能性の方が高いが、再生される可能性もゼロとは言い切れない。帰り道に撃ち漏らしに寝首を掻かれたのでは笑うに笑えない。
ともあれ、滅葬終了。一通りは倒した。回転を止めた紫雷の音が寂しげに尾を引く。辺りは不気味な静けさに包まれ、水滴が垂れる音だけが響く。
異様な音も、死臭もしない。とりあえずは安全なようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます