4‐8

 支部長室に入ると、革張りの椅子に腰を掛けた好々爺然としつつもどこか隙をみせない権蔵寺隆一と、怜悧な目をした漆原万里恵に出迎えられた。


「特務分遣隊ヘルシング、要請に応じました。ご用件は」


 瑠奈が促すと、隆一は姿勢を正した。


「これより一時間二十七分前に、第十一位始祖『闇統のゾーク』と思しき敵影が確認された」


 奏真は鼓動が早くなるのを感じた。


「場所は? どこです?」


「落ち着きたまえ、獅童くん。……万里恵」


「はい」


 端末を操作し、ホロディスプレイを表示。説明を開始する。


「旧豊田市のジオフロントで発見されました。当該地域で討伐任務にあたっていたチームが発見し、危険と判断して撤退」


 妥当なところだろう。東海五指に入る第十三分遣隊ですら撤退を選んだのだから。しかし奏真は、もうあのときとは違う。


「現在もそこにいるのかは不明ですが、なにかしらの痕跡を辿ることは可能ではないかと作戦司令部と話し合い、現在調査任務を立案中です」


「ジオフロントって、東海支部みたいなものですか?」


「いや、違う。ここのジオフロントは生産・研究・居住に主眼を置いたものだが、外の世界のジオフロントとは若干事情が異なる」


「旧時代、二〇一〇年代後半に差し掛かった時代、世界は爆発的に急増する人口に対策するため海上に島を作るメガフロートや地下を開拓したジオフロントなどを開発しました」


「次世代都市計画というやつだな。二〇二〇年代半ばにはそのほとんどが完成し、日本でも本格的な運用が始まった。商業区や地下鉄などの充実化だよ」


 隆一の言葉を万里恵が引き継ぐ。


「それが日本のジオフロント計画の支柱でした。住みよい地上での居住区を増やすために、日本は交通機関の主要なネットワークを地下に移したのです」


「だけど、二〇二〇年代半ばっていえば……」


「そうです、ヴァンパイアの台頭が始まった時代でもあります」


 万里恵はそこで言葉を区切って、端末を操作した。画面に地下都市の現在の様子が映し出される。


 光のない、死んだ都市。略奪にあった商店街、うち捨てられた地下鉄車両、ヴァンパイアが掘ったであろうトンネルは鍾乳洞のようにもなっている。


 ここにもヴァンパイアによる物理的環境侵食が見え隠れしている。


「現在、外部世界のジオフロント区画は地上よりも危険な、ヴァンパイアの巣窟と化しています。ここを探索することを許されたダンピールのチームは少ないです」


「そこで、今回諸君らには少数精鋭で調査任務にあたってもらいたい。獅童くんの実力と、神代くんの実績があれば、この任務をこなせると私は判断した」


「じゃあ……」


「しかし獅童くん、重ねて言うが今の君ではゾークには勝てん。深追いはするな」


「……っ、わかりました」


 とは言ったものの、実際に会ったらどうなるかわからなかった。


「いざというときは私が止めますので、ご安心を」


 瑠奈がそう言ってくれなければ、自分自身の感情を制御できなかったかもしれない。


(そうだ、一人じゃないんだ。瑠奈を危険に巻き込むようなことはできない)


 この復讐は、個人的なものだ。奏真自身で決着をつけなければならない、他人には関係のない――


 そこまで考えて、奏真ははたと気が付いた。


(俺のこの考え方は、瑠奈が根本的に抱えてる介錯への後悔と同じものなんじゃないか?)


 なんだ、自分も他人のことは言えないではないか。そんなことでよくもまあ恥ずかしげもなく『友だちになりましょう』などと言えたものだ。


 だが、瑠奈を復讐に巻き込んでいいのか。その答えもまた否だった。


(どうするのが正解なんだ)


「作戦は明朝を予定している。今夜はゆっくりと休みたまえ」


 答えの見つからない葛藤に溺れる心が現実に引き戻された。


 こんなことでどうする。任務に集中しろ。復讐などに気を取られて死んでいては両親も浮かばれない。


 自分に言い聞かせ、奏真は瑠奈と共に退室した。


     ◆


 その夜、奏真はベッドの中で煩悶していた。


 瑠奈に告げるべきか、黙っているべきか。


「クソ……」


 胸中に渦巻いていた言葉が、思わず形になった。


「……どうしたの?」


「ごめん、起こしたか?」


「いえ。あなたが唸ったりゴソゴソしたりするから眠れなかっただけ」


「あー、悪い」


 僅かな間。瑠奈が口を開く。


「復讐のこと?」


「……ああ」


「手伝うわ」


 意外な言葉に、奏真は間抜けに、え、としか返せなかった。


「手伝おうって言ってるの」


「……友――」


「違う。同僚だからよ。あなたの気持ちは、少しだけどわかる。だから任務に私情を挟むなだなんてことは言えない」


 飽くまでもその態度は崩さないらしい。


「精々、あなたが我を忘れないように手綱を引いてあげることくらいしかできないけど、手伝えることはあるわ」


「じゃあ、それでいいよ。今は同僚でも」


「永遠に同僚よ。仲間だなんて、そういうものでしょう」


「違うよ。仲間ってのは、友だちよりももっと進んだ絆で結ばれたもので……」


「なら、同僚って言うわ。私は」


「……俺じゃ、不満か?」


 瑠奈は答えない。奏真は続ける。


「俺は、君を置いていったりはしないよ。ずっと一緒にいる」


 それはある意味で好意の告白だった。矮小な形での、告白。


 届いたかどうかはわからない。僅かな身じろぎの音の後聞こえてきたのは、瑠奈の小さな寝息だけだった。

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