4‐7
午後七時半、奏真と瑠奈はリリアに呼ばれ、彼女のラボに向かった。
「やあ、珍しい掘り出し物についてだね」
「ええ。それと、血装の強化」
「換金はしないんだね。わかった、じゃあこっちに」
よくわからないやり取りの後、奏真と瑠奈はラボと隣接する別室に通された。
そこは透明装甲を張った作業場という感じの部屋で、透明装甲の向こうには手術台と機械のアーム、こちら側にはそれを動かすのであろう端末が設置されている。
「奏真、血装を出してくれるかな」
「ん、ああ」
血装は、どこからでも出せるのだが、奏真は主に胸から出す。部屋着のジャージ越しに現れた、無骨だがスマートな印象を抱かせるチェーンソードを抜いた。
「それを、この台座に」
透明装甲の向こうと繋がる台座に乗せると、リリアがアームを操作して、向こう側の台座に置く。
こうしてみると、自分の血装はつくづく変わっているなと思う。チェーンソーなんかを武器として認識しているのは、頭のおかしい旧時代のライトノベル作家とか、その辺だろう。
「これから行うのは血装の強化。難しく考えなくていい。奏真、ゲーム動画を見ることは?」
「あるけど……」
「なら話は早い。これから行うのは、要するにそれだ。理不尽系ダンジョン探索RPGは好きかな?」
「ああ。結構好きだ」
ゲーム全盛期、ほとんどのゲームの難易度が『知育』『介護』などと称される時代に現れたゲームジャンル。
ユーザーを突き放した難易度と鬼畜さをウリに、一部でマゾゲーなどと呼ばれつつも多くのファンを獲得した。
「あの手のゲームの武器強化を思い浮かべてみてくれ。普通のゲームの武器強化は、名前や外見が変わるが、あれらのゲームは『+1』などと表記されるだけだろう?」
「まあ、そんな感じだな」
「それと同じだ。外見上の変化はほとんどない。ゲームによっては違うがね」
「つまり、見た目は変わらないけど性能が上がるってことか?」
「そうだね。より斬り易く、強度も上がり、ソウルアーツとの相性も改善される」
「なんでそんなことが可能になる?」
機械のアームを操作しつつ、リリアは作業を見守りながら説明する。
「君たちが拾ってきた血晶は、ヴァンパイアの血の塊だ。そしてそれは、魂の結晶でもあると私は考えている」
「魂の結晶……」
「血装も魂の発現であり、それ故に外見や機能が潜在意識に左右されるのではないかと私は思っているのだがね」
ともかく、と咳払いし、リリアは続ける。
「しかしダンピールの魂の結晶は不完全だ。当然だな、ヴァンパイアのような純血ではないのだから、ヴァンパイアに劣ってしまうのは当たり前だ」
奏真の血装に、黒い液体がスプレーで塗布されていく。黒い液体は紫雷にゆっくりとだが確実に吸い込まれていった。
「そこで血晶の出番というわけだ。純血のヴァンパイアの血の塊、それを一切希釈せず血装に投与することで、血装が持つ潜在能力を少しずつ目覚めさせることができるんだ」
「じゃあ、あの黒いのは……」
「そう、今吹きかけているのが血晶のエキスだね」
「俺たちダンピールがヴァンパイアの血を吸うんじゃだめなのか?」
「駄目だね。ダンピールはヴァンパイアの血に対して百パーセントの耐性を持つ。どんなに啜っても、血晶を噛み砕いて嚥下しても効果は出ないだろう」
そう言って、リリアは続ける。
「だから、初回で打ち込まれるブラッドアームズの質が色々と議論を生むんだ」
「第一世代とか第二世代とか……」
そう、とリリアは頷いた。
「希釈はあまりしない方がいいんじゃないか、ダンピールの安定した供給……大量生産のために薄める方がいいんじゃないか、とかね」
そうしてさらりと、重要な事実を漏らす。
「ちなみにだが、パンドラ計画で用いられるブラッドアームズは一切希釈されてない」
「え?」
「驚いただろう? 運命かなにかは知らんが、第三世代ダンピールというのは生まれ持って特別な状態にあるんだろうな」
「希釈されてないものを取り込むのか……」
「そうだ。君たちは確かに半分は人間だろうが、ヴァンパイアの血の濃さはほかのダンピールの比ではない」
「純血に近いってことか?」
「そうなるね。……さて、奏真の血装の強化は終わったが、どうする?」
「なにが」
「君が拾ってきた血晶は強化二回分の量になる。このまま続けるか?」
「いや、瑠奈のを強化してくれ」
突然話を振られた瑠奈が携帯の画面から顔を上げる。
「私はいいわよ。私の白夜は+3だし」
「いや、俺一人じゃミノタウロスは倒せなかった。二人だったからできたんだ。手柄を独り占めにするのは間違ってるだろ」
「…………同僚がそう言うなら」
「友だちが、だろ?」
「変なところにこだわらないで。鬱陶しい」
リリアが忍び笑いを漏らす。
その横で、不機嫌な顔をした瑠奈が血装を取り出す。
奏真の血装と取り換え、今度は瑠奈の血装が作業台に乗った。奏真は血装をすぐに体内に戻す。特に、変わった感じはしない。
「ところでさ、血晶が珍しいとか言ってたけど」
「ああ。珍しいものだからね。発見されることは珍しい。百体に一体、血晶を持っていることがあるかないかというくらいだ」
「そんな珍しいものを、俺の独断で使ってよかったのか?」
「ダンピール部隊は、主に『討伐隊』と『調査隊』に分類することができる」
話が突然変わったが、奏真は耳を傾ける。
「討伐隊は君たちや第十三分遣隊のように、避難民移送や補給部隊の通路確保、未開の土地の探索などや、今回のような脅威を事前に取り除くといった任務が主だ」
「ああ。探索も護衛もやった。けど探索っていうくらいなんだから、それも調査隊がやればいいんじゃないか?」
「その質問はもっともだろうね。で、その調査隊というのは、主に高能種や新種などの討伐を請け負う精鋭部隊だ。過去三度の始祖討伐任務においても、構成員は全員調査隊だった」
瑠奈の血装に黒い液体が散布される。
「で、もっと広義な調査隊について話すと、所謂回収班と呼ばれる、君たちの事後処理にあたるチームがいるよね?」
「ああ」
「彼らは討伐したヴァンパイアからブラッドアームズの元となる血や、血肉、或いは捕獲されたヴァンパイアの管理を行う」
「なるほど……それで?」
「で、その過程で、彼らはヴァンパイアの体内から血晶がないかどうかを探すという任務が付帯するんだ」
ちなみに死んだヴァンパイアには、通常の武器で傷つけても再生は行われない。そのため血装以外の装備でも好きに解体できるらしい。
「わかったぞ。血晶は基本的に調査隊の回収班が採取してくるもので、討伐隊には縁がない」
「そうだ。そして血晶は非常に価値の高い研究資材でもある。そのため回収班が採取してきた血晶は、研究に回され、一通り弄くり回されたものが強化用として配布されるわけだな」
「俺にはまだまだ無縁だな」
配布の情報など、一度たりとも聞いたことはない。
「ちなみに配布はスコア――任務の成績によって決められるが、金を払えば優先度を上げることもできる」
「へえ……」
「もっとも、これでは報酬が多く貰える高いスコア保持者が権利を独占しかねないから細かいルールはあるがね」
「さっき、換金がどうのとかって訊いたのは?」
「血晶は討伐隊が拾った場合、その拾った者に所有権が渡る。血装の強化に使うか、研究資材として売り払って臨時のボーナスを得るか、好きな方を選べるんだ」
「なるほどな」
瑠奈の血装強化も終了した。台座に乗せられた銃を取り出し、実弾を使うわけではないのだから必要もないのに銃身を折って細部を確認する。
「変わった感じするか?」
「特には」
「だよなぁ」
リリアが笑う。
「実戦で試さなきゃ効果はわからんさ。それに劇的な変化を望めるわけではない。こういうのは積み重ねだ」
まあ、そうだろう。そんなに上手くいく話は滅多にない。
「もっとも、君たちのスコアはだいぶ高いから、その内また血晶が回ってくるだろうがね」
「俺たちってそんなにスコア高いのか?」
「気にしたことないのかい?」
「ああ。だって、孤児院への資金援助は約束されてるし、俺は別に金を使う予定もないし」
「ほかのダンピールが聞いたら卒倒するだろうね。スコアはもっとも重要視されていると言っても過言じゃない。これの順位がそのまま依頼の質……つまり、報酬に影響するわけだから」
「へえ」
あまり関心のない話だ。隣の瑠奈も同様であるのか、あまり興味を示している様子はない。
「緊急連絡、緊急連絡。特務分遣隊ヘルシングは至急支部長室に出頭されたし。繰り返す、特務分遣隊――」
「お呼び出しのようだね」
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