4‐5
「おい……マジかよ!」
肉を急速に再生させ、奏真の剣をがっちりホールドした状態で、ゴブリンロードは剣を振るおうとし、
奏真は血装を離し、バック転。
ターン、という銃声と共に、光が奏真の鼻先を掠めていった。
脳天を撃ち抜かれたゴブリンロードが倒れ伏す。同時に、奏真のブラッドバーストが終了した。全身に倦怠感がのしかかってくる。
ゴブリンロードに突き刺さったままの紫雷を引き抜き、検める。
直刀には戻っていなかった。回転鋸剣のままだ。血装が変化した。
いや、ブラッドバーストという強化状態にしか使えなかった武器形態なのだから、進化、というべきか。
乱れた呼吸を整えたとき、奏真は通信機に向かって文句を漏らした。
「最後の一発、俺に当たってたらどうするんだ」
「当たらない確証があったから撃ったのよ。あの状態じゃどうあれ回避するしかないと思ったから。そっちに向かうわね」
「ああ。……ありがとうな」
「……? なにが?」
「俺のこと、信頼してくれたから、最後撃ったんだろ」
「同僚だから」
念を押すように言われ、奏真は苦笑するしかない。友だちへの道は険しい。
「当該地域のヴァンパイアの滅葬を確認。お疲れ様です、ヘルシングの皆さん。それでは帰投準備に――」
久留巳の言葉が、そこで途切れた。
「どうした?」
「緊急事態! 想定外のヴァンパイアが作戦地域に接近しています! 画像を確認。これは……ミノタウロス?」
「ミノタウロス……」
知っている。座学で習った。伝承に語られる半人半牛の化け物。人間の体と牛の頭を持った異形。中型種とカテゴライズされる部類で武器持ちが多い。戦ったことは、まだない。
「奏真さん、気を付けて! 会敵まで間もなく――来ます!」
重い音となにかが
いる。
全長四メートル近い巨体で、軽自動車を踏み潰した牛人間。右手には無骨な戦斧。
奏真を見つけるなり、低く叫んで突進してきた。
斧を両手に持ち、低く構えて突進。奏真は乗用車の上に跳んで直撃を避けようとしたが、ミノタウロスは凄まじい膂力で、車体の下に突き入れた斧を振り上げ車ごと奏真を跳ね上げた。
「なんっ……」
空中で身を捻り、一緒に跳んだ車を蹴ってガソリンタンク車の上に飛び乗る。
「……つう馬鹿力だよ!」
ポーチから爆薬を一つ取り出し、セット。
ミノタウロスは落下してきた車を斧で吹き飛ばすと、猪突猛進を体現したかのような勢いで奏真の乗るガソリンタンク車に突っ込む。
斧を振りかぶり、叩きつける。乗用車を軽々吹き飛ばした一撃は、ガソリンタンクの半ばまでめり込んだ。
ガソリンが溢れ、あまりの強烈なにおいに飛び退いた奏真は眉をしかめたが好都合。てっきりガソリンも抜かれているかと思ったが、想像に反して満載されていたらしい。
セットした爆薬に信号を送る。
直後凄まじい爆炎が吹き上がった。
ヴァンパイアに通常兵器は効かない。
とはいえ、効果がないわけではない。血装で与えたダメージと違って再生力に阻害を与えることはできないが、通常兵器でも傷を負わせることはできる。
ただ際限なく再生してしまうというだけで、しかし上手くいけば――即死級のダメージを加えることが出来れば、通常兵器でもなんとかヴァンパイアを仕留められる。
だが、そんなことができるのは雑魚――小型ヴァンパイアがいいところだ。中型、大型ヴァンパイアを通常兵器で殺すことは理論上可能でも、実際に行うことはできない。
だから人類は敗北し、小さな箱庭に引きこもっているのだ。
戦車砲、レールガン、弾道ミサイル――とんでもない額の兵器を総動員しても、殺せるのは雑魚だけ。
ダンピール一人が倒すよりも少なく、弱い相手しか殺せない旧時代の兵器は金を食うだけの無駄なものと成り果てた。
いっそのこと、核兵器を使えば大型ヴァンパイアでも殺せるかもしれない。けれどその後に残るのは人類が生存できない不毛な土地だけだ。
ヴァンパイアに勝てても、土地が汚染されては意味がない。
熱波を肌に感じながら、奏真は唸った。やはり、大した傷になっていない。
爆炎の向こうから、ゆるりとした足取りでミノタウロスが顔を出す。
「来いよ」
言葉が通じたかどうかはわからない。が、ミノタウロスと奏真が地を蹴ったのは同時。
攻撃範囲が広く、重量級で、一撃一撃が必殺技めいているが、懐に入ってしまえば勝機はある。そう睨んだ奏真は、あえて肉薄し、己の剣の間合いで戦うことを決意した。
胴を斬り飛ばさんと振るわれた横薙ぎを跳んで躱し、空中で回転しながら左肩を斬る。回転する刃が、確かに黒い血を吸った。
着地と同時に、肩を見る。再生が始まっているが、骨にまで達した一撃にミノタウロスは不快げに唸る。
今度は、突き。これは見た。突きの後、振り上げに派生することも知っている。
奏真はサイドステップでそれを躱し、豪風を逆巻かせながら掬い上げられた斧とがら空きになった脇腹に紫雷を突き立てる。
回転鋸が筋骨逞しい肉を抉り、抉るように刀身を捻ると、傷口から大量の血が溢れ出した。
「っとぉ」
裏拳が飛んできて、奏真は吹っ飛ばされた。斧ばかりに気を取られていた自分に呆れる。そうだ、あんな体をしているのだ。素手でも人間を吹き飛ばせるに決まっている。
資材搬入用の大型トラックのコンテナに激突し、衝撃で大きく凹ませた。殴られた胸と叩きつけられた背中に激痛が走り、口の中に血の味が広がる。
「クッソ……」
痛みに星がちらつく視界が元に戻ったと思ったときには、目の前でミノタウロスが大上段に斧を振り上げている。
横に転がってその一撃を避ける。金属製のコンテナが紙切れのように叩き斬られる光景はどこか冗談めいていて、映画の合成映像のように見えてしまう。
次のブラッドバースト発動まで、回避に徹するしかない。
奏真は立て続けに繰り出される攻撃をとにかく避けた。
一撃でも喰らえば終わりだ、と自分に言い聞かせる。
が、鼓動が最高潮に達する寸前、ミノタウロスが信じられない行動に出た。
さっきの奏真よろしく、突然得物を投擲した。
反応できず、奏真はその一撃を貰った。
「が……っ、ぁ!」
視界が突然宙を舞う。違う、臍から上が斬り飛ばされたのだ。
仮定する。もしヴァンパイアの持つ武器がダンピールと同じ血装なら、その効果もまた血装と同一なのではないか。
つまり、治癒力を阻害する――
「奏真っ!」
ショットガンの咆哮と瑠奈の叫びが重なった。
彼女はミノタウロスに向け、散弾を十数発連続して放った。指が擦り切れんばかりに引き金を弾き、シリンダーがぐるぐる回転し、撃鉄が狂ったように跳ね回る。
散弾の幕に圧倒されたミノタウロスが退き、その隙に瑠奈は奏真の臍から下を回収して地面に赤黒い血だまりを作る奏真の許に駆け寄った。
早くしなければ奏真が死んでしまう――瑠奈は、自分でも名状できない気持ちに急かされていた。
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