都内豊島区巣鴨。
誰が見ても平凡なオフィスビルの地下に、誰が見ても異常な巨大地下空間がある。
その名は「烏合の巣」。
そこに一人の男……
そう、一人だ。男と童女と悪童と老人と美少年が連れ立ってきたのではない。
男に、童女に、悪童に、老人に、美少年にとその姿が移り変わったのだ。だが異形にして異常な姿に驚きを示す者はいない。
「
変幻自在の同一人物へ、先住者から挨拶がかけられる。こちらの姿は一つだけ。ウェイターの制服に
「おお壊左! しばらく
そう言えばお主、
「本日はお休みとさせていただきました。
ようやく安定したのか長と呼ばれる人影が一つの姿をとる。荒いタッチで描かれたオールバックの男前。危険な色気が匂い立つようだ。
「尻尾を掴んだ……と、言いたい処じゃが謎が深まるばかりよ。纏めて話すが故、
「長にそこまで言わせるとは……かしこまりました。
「好物じゃ」
長の名は「
老人の名は「
言うまでもなく、二人は忍者だ。
*
「ほほぅ!
「それはよう御座いました。夏場に
それは楽しみと長は笑う。つられて微笑む壊左だが、すぐに表情を引き締めた。
「して、長は如何な謎を見出したのですかな?」
「ふむ、事の始まりを覚えておるか?」
「『極道の
帝都一円に蔓延る極道はそれぞれに縄張りを持っている。
だが、縄張りごとに地図を塗り絵にしていくと、ある時期以降から塗りつぶされない空白領域が現れる。
それは誰の手垢もついていない
だが、空白領域は
故に通称『極道の
「極道が飛び込んで死ぬのはよい。だが何が
それが堅気に害なすならぶっ殺す。それが忍者と言うものだ。
「して、それが不明と?」
「いや、正体は掴めた。極道じゃ」
長の言葉に壊左は目線を落とした。自分達以外に極道を殺す『なにか』に、童心めいた淡い期待を抱いていたのだ。
「……結局は極道で御座いましたか。となれば
「それが、なんというか、その……
表情を歪ませ口籠る長。即断即決即殺を旨とする忍者たちの長にしては珍しい。壊左も思わずオウムのように聞き返してしまった。
「
「そうじゃ、
長は懐から巻物を投げ出す。巻物はカップまで転がりながら中身を曝け出した。
ざっと目を通せばありふれた極道的単語が目に入る。
「どう考えても堅気ではない。だが極道の定義に何一つ当てはまらん。当然、半グレでも暴走族でもヤンキーでもない」
「それは……極道なので御座いましょうか?」
「うーむ、難しい。経歴的に一番近いのがそれというだけだし
首を振り振り悩みを振り撒く長に、壊左は指を立てて案を示した。
「それが長の言う謎ならば、経緯のご説明を。そこから始めましょう」
「うむ。そうするとしようか
長は
「まず当の極道じゃが、名は『刃野 阿久五郎』。かつてあった山本組組長の息子じゃ」
「山本組……
極道を飲み干す
そしてそれ以前にはありふれた
「そうじゃ。そして山本組は組長幹部が
「親子の確執から下克上と粛正。極道とすれば珍しくはありませんが」
「それならば組を新しく立ち上げるものよ。だが立ち上げたのは真っ当な
ちなみに(株)ピカピカクリーニングは厚労省にも登録して認可を貰っていると付け加える。
極道にせよ国家にせよ、内乱を起こすのは上層部を排して主導権を握り、組織を我が物とする為だ。
なのに組の背骨をへし折りトドメを刺して滅ぼし切っている。それは
「ふむ、それは確かに珍しく思えます。しかし頭の切れる極道ならば、組を挙げずに悪事する例もあり得ますが」
「儂もそう思った。故に
長の異能は『全姿全能』。文字通りに
「して結果はいかかで?」
「概ね真っ当。普通に書類選考して、普通に面接して、普通に働いたわ。拍子抜けするほどであった」
「それはそれは。しかし概ねとは」
小首を傾げる壊左に
「一応、後ろ暗いところはあるようでな。偽装はしておったが死体の処理をやっておった
「
忍者が手を下すべき悪事と言えば、
死体処理は違法だが、忍者が出張るほどとは到底言えない。
「左様。しかも処理していたのは極道、半グレ、暴走族、ヤンキー。つまりは死ぬべき外道ばかりよ」
それが死ぬなら喜ぶべきだ。だがだれがそれをした? 話の流れから答えは見えている。
「殺したのはやはり……」
「そう、刃野 阿久五郎よ」
巻物を指で打つ先には荒んだ目の小男の写真。そして彼が
「これが
忍者にも極道にも見えなかったのは、そこに一切の利益が出ておらぬ故よ」
壊左は驚愕に見開いた目を細め、長い息を吐いた。想定も想像も超えていた。
「………………先入観で御座いましたな。一切の利を考慮せず、義務のように極道を刈る。忍者以外にそんな者がいるとは露とも想いませんでした」
「致し方あるまい。儂も
話の区切りと長はカップを煽り珈琲を飲み干す。その声音にも驚愕の色は残っていた。
更にと壊左に顔を寄せて耳元に囁きかける。男前と老紳士、耽美な光景だ。
「それだけではない。死体処理には
極道への復讐を願う一部の子供たちにいたっては、極道殺しの
「それは……まるで色嬢の……」
本日一番の驚きに思わず息を呑む壊左。冷静沈着にして常に優雅な彼のこんな顔は、長としても数えるほどしか見た覚えはない。
帝都ハ忍が一人『
彼女の出自は今、話に出てきた
「そう、
ただしネーミングセンスは悪いと笑う。たしかに『
「儂の言った
「はい、とても」
壊左は深く頷く。確かに奇妙としか言いようはない。堅気ではなく、極道でもなく、忍者であるはずもない。まるでそれは……
「
「それはありえません。確かに
「ああ、そうじゃ」
「「
二人の声が
「べしゃり烏で監視を続ける。
「承りました。その時は一切合切
「話は変わるが鬼死荒行の効率化についてじゃが……」
「そこは左虎殿に知恵を仰いで医学知識に基づき……」
話を終えたニ忍は次の話題に取り掛かった。
*
刃野が買い物を終えて店から出ると、真っ赤な西日が目に飛び込んだ。手で日差しを作り目を細める。
買い物に時間をかけすぎた。夕飯に間に合うだろうか。半ば駆け足で家路を急いだ。
「おお、刃野さん。こんばんは」
「ああ、こんばんは」
「あら、刃野さん。この間はありがとうねぇ」
「……いえいえ、どういたしまして」
「や、刃野さん。ちょっとだけいいかな?」
「…………急ぎのご用件なら」
……急ごうとはしていた。だが皮肉にも
結局、商店街を離れる頃には夕日は地平線の向こうに沈みかけていた。多分、夕飯には間に合わないだろう。謝罪の文面を考えていると、小さな影が隣を通り過ぎた。
「刃野おじさんじゃあねー!」
「それじゃあね。俺まだ二十代だけどね」
「ちょっと待ちなさい! ああすいません、刃野さん」
「いえ、子供の言うことですし気にしてはいませんよ?」
頭を下げつつ通り過ぎる父親にこちらも頭を下げつつ返事する。
先に行ってた幼児がくるりと取って返すと、父親の腹に勢いよく飛びついた。小さな手でしがみつきながら今日の出来事を身振り手振りで話し立てる。
「………………」
置いて行かれた刃野は親子の姿をどこか遠い目でぼんやりと見ていた。
その目は今ではない、ずっと昔を映している。
『テストで100点たぁ
『
『見ろよ、この
この
胸を張る
『で、こっちが俺からの誕生日プレゼントだ。特製の
苦しまないようその
『五郎……
『
初めて殺したあの
『刃野さんみたいな
『今でも
『俺たちは殺さずには居られない。だけど、人の道に残っていたい。贅沢なのはわかってる。だから、そうさせてくれた刃野さんの
弟子入りしてきた割れた子が
救った。救った。沢山救った。
殺した。殺した。極道殺した。
それでも消えないあの日の記憶。初めて
「『お前は所詮、外道の極道。いい
路地裏の闇から記憶の
両手の袋がかさりと鳴り、刃野の足が止まった。
「…………」
袋には
過去は消えない。
殺した人に変わりはない。助けられなかった人に変わりはない。
過去は消えない。
救った人に変わりもない。助けた人に変わりもない。
「確かにさ、いい
記憶の幻影に背を向けて歩き出す。
刃野の影は暗がりに溶け消え失せた。
おわり。