『異世界転生』
苦海ではない異なる世界に産まれ直し、特別な力で大活躍して大成功する御伽話だ。
幻想世界
大宇宙時代
勧善懲悪
しかし異世界だからといってステキな世界とは限らない。眺めるのは楽しくても、住むのは御免な世界はごまんとある。
地獄郷
世界崩壊
退廃電脳界
なら本作はどうだろう。現代日本と変わらない衛生、文化、技術がある。何せ舞台は現代日本だ。転生者もあっという間に馴染めるに違いない。
だが、ただ一点。
それがあるだけで「逝きたくない異世界転生ランキング」でベスト10入りは確実だ。何せ、この日本には……
「ああんっ!?」「死ねやコラーッ!」「後悔させたらぁーっ!」「ふざけてんじゃねーぞオラーッ!」「殺すぞコラーッ!?」「ど腐れがーっ!」「なんだテメェこらーっ!」「わかってんのかクラーッ!」「答えろやオラーッ!」「喧嘩売ってんのかあーっ!?」「洒落じゃすまねぇぞウラーっ!?」「澄ましやがってあーっ!?」「命取ったるわれぇーっ!」「うるっゼェぞコラーッ!」「テメーどこの鉄砲玉だぁーっ!?」
……極道族がいるのだ。
『忍者と極道』世界に産まれた絶望を今日も噛み締め、転生者『刃野 阿久五郎』は得物を抜いた。
*
「一筆で……!?」
極道族の特徴は色々あるが、生命力はその最たるものだろう。刎ねた首だけで断末魔を叫べるほどに生き汚い。
だから拳銃ごとボールペンで串刺しにされて、なお恨み言を伸べる余裕がある。
「忍者気取り野郎、てめぇは終わりだよ……新山本組に喧嘩売ったんだ。親分の一刀で解体されて死ぬウッ!?」
「黙って死ねねぇのかよ極道は」
追加の一本を脳天に差し込んで黙らせる。これで門番は最後だ。映画俳優ばりの面構えになった死体が扉の前に並ぶ。
得物を無駄遣いしたくないとペンで処理したが、思いの外手間がかかった。楽をしようとすると苦労するものだ。
何事もそうだ。遠くで大人しくしているなら最後にしようと楽したから、こうして故郷で悪事かまされて苦労する羽目になる。自業自得だ。
ドッガンッ!!!
刃野が鍛えに鍛えた筋力でスチール扉を蹴り開ける。そこには中央病院手術室ばりの施設と……10を超える銃口があった。
ドガガガガガガガガガッ!
飛び込み営業の歓迎に、鉛弾のシャワーがお出迎えだ。
防刃防弾の特殊繊維コートと耐衝撃軍用ジャケット、そしてコート下の得物たちが横殴りの鉛雨を受け止める。無防備な頭を庇いつつひたすらに堪え忍ぶ。
拳銃は隠し持つための銃器だ。弾数はそう多いものじゃない。
予想は当たった。通り雨よろしくあっという間に弾雨は止んだ。
硝煙の向こうには強面を歪めた極道どもがずらりと並ぶ。両手を霞ませ、得物を放つ。
「がぁ!」「ぎぃ!」「ぐぅ!」「げぇ!」「ごぉ!」
得物が生えて極道が死んだ。だが全員ではない。幾つかは予想通りに受け止められた。受け止めた得物を弄ぶそいつが獲物だ。
真っ白なサラシを締めて、白鞘の長ドスを握る。背負う刺青は『雨を昇る蛟竜』。
元山本組若頭”阿仁和 竜之介”。
かつて兄貴と慕った漢が、刃野が殺すべき相手なのだ。
「得物はやっぱり短刀ってか。変わらねぇのはこれだけだな、五郎坊よぉ。
忍者ごっこは楽しいかぁ?」
「阿仁は何にも変わってねぇな。前とおんなじ腐った極道だ。
極道鏖殺は楽しむもんじゃねぇ、義務だよ」
荒んだ殺意を互いに交わす。いや、殺意だけではない。阿仁和の両目から紅い滴がこぼれ落ちる。
「聞かせろや、五郎坊……何故、組長を殺った!?」
愛情と殺意、憎悪に悲嘆。噛み締める歯が軋る。無数の感情が煮詰まって血涙と共に言葉が迸る。
「組長はお前を愛してた! 実の親子だったんだ!
俺だってそうだ! 弟だと思ってた! 次に親分に頂くのは五郎坊だと、俺は本気で想ってたんだ!!
なのに! 何故だ!? 答えろ!」
「……そんなことを聞くために、阿仁は非道したのか?」
ぐるりと辺りを見渡す。壁も床も天井もタイル張り。天井には巨大な無影灯が吊るされて、手術台を照らしている。闇医者の手術室だろうか。
刃野はそうでないことを知っている。ここで何がされていたか知っている。だからここに強襲をかけたのだ。
「そうだ! コイツは組長の、山本組の生業だ!
恩知らずのオメェだって覚えてるだろ!? コイツで組長は立派にお前を育てたんだ!」
*
~山本組概要~
団体名:男羽會傍系組織山本組
代表者:刃野 五郎左衛門
主要生業:臓器解体販売
一言コメント:臓器業界は一時衰退を見せましたが今や巻き返しの時です。当組でも新商品の女児童臓器で前年比230%の売り上げを叩き出しました。半グレ、暴走族、ヤンキー。当組は若い力を待っています!
『極道就職雑誌「シノギワーク」五月号より抜粋』
*
「……ああ、覚えてる。だから俺は
組長を刺殺って、
山本組を解体して、
堅気会社を起業したんだ」
阿仁和の血涙が止まった。抜き放たれた一刀に光が流れる。握る手に青筋が脈打った。
応えて刃野がコートを跳ね上げる。百と八つの短刀がぎっしりと並ぶ。血走る両目が抜いた双刀よりギラつく。
「よーくわかったぜ。お前ぇとの縁もこれで終めぇだ。
山田連合新山本組組長『阿仁和 竜之介』
斬殺って惨殺んで便所に流すぜ」
「(株)ピカピカクリーニング代表『刃野 阿久五郎』
鏖殺の時間だ。一人残らず刺殺ってやらぁ」
死地に入り名乗り合うは裏礼法。
墓碑銘を互いに刻む極道。
「「……死ねやコラーッ!」」
決めようか、どちらが生存るか、死滅るか。
結果を知るのは刃のみ!
*
バオッ!
空気を押し退けながら手術台が迫る。100キロ近いの重量物が空中を飛ぶ様は非現実感すらある。
それを可能にしたのは阿仁和の恐るべき長ドスさばき。ただ一太刀で手術台を切り離し、もう一太刀で浮草のように押し流した。
それを見つめる刃野の目には恐怖も驚愕もない。この程度で死ぬような極道ではないとお互いに理解してる。単なる小手調べ、本命はこの後だ。
鉄とアルミの塊が飛び来たる。必殺の刃は上か、下か、右か、左か、はたまた真ん前か。さぁて願いましては?
「……後ろッ!?」
御破算! 延髄にコールタールじみた冷たい気配がへばりつく。転生直前と同じ死の感触に従い、両手の短刀を首後ろに回す。
バキン!
御明算! 握った短刀が断ち切られる。延髄も首も無事だ。真後ろからの一太刀を受けきった。そのまま手術台をかわし、手癖ついでに距離を取る。
「やるじゃねぇか、五郎坊。一刀を受けられるなんて思いもしなかったぞ?」
「驚愕もしてねぇくせによく言うぜ。
……そいつが阿仁の技巧か」
応えるように阿仁和が長ドスを振るうと、白刃が流れた。
蛇行り、伝達い、飛沫き、滴下る。刃金がまるで流水と化したかのよう。真正面から真後ろを斬り得た答えがこれだ。
「組長直伝の任侠剣術を俺なりに極めたのさ。
極道技巧『流が如く』
『道』を『極』めてこその『極道』よ!」
「「「ウォォォォ──ッッッ!」」」
生き延びた舎弟たちから野太い歓声が挙がる。
「す、超絶ぇ! やっぱり親分は真実半端無ぜ!」
「あの人こそ極道だ! 本物の極道だ!」
潰れた目から随喜の涙が溢れ、抱きしめ合って感動を分かち合う者までいる。
極道技巧は極道にとってそれほどまでに特別で感動的な力なのだ。
「なぁ極道技巧見てたか!? 極道技巧見えたか!? アレが親分なんだよ! なぁ! なぁ……あ?」
「「「…………」」」
返答は無かった。死んでいたからだ。何人も何人も、短刀を生やして死んでいた。
心臓、延髄、眼球、肝臓、肺腑。生命力に長ける極道を殺し切るほど深く、気づかせないほど速く。
「手術台をかわしざま、か。手癖の悪い坊主だな。
組長がそう簡単に死ぬかと思っていたが、おめぇが極道てたなら話は違ぇわ。ようやく筋が通ったぜ」
「手癖の悪さは昔からご存じだろ?
極道技巧『刺殺極楽』
ご想像の通り、コイツで組長を刺殺ったのさ」
「「「………………」」」
もはや声を上げる舎弟はいない。極道技巧がどれほど特別でどれほど恐ろしいか、阿仁和を通して知っている。それが目の前にあり、それに目の敵にされているのだ。
故に臆さぬのはただ一人、阿仁和のみだ。
「だが所詮は付け焼き刃! 底が見えるぜ! 『流が如く』ゥッ!」
「底つく前に溺れて死にな! 『刺殺極楽』ァッ!」
白刃が濁流の如くに襲い掛かる。迎撃に走るのは短刀の大軍勢。壁となった刃が流水と化した刃と正面からぶつかり合った。
バギギギギギィンッ!
短刀の城壁は砕け、長ドスの濁流は弾かれた。一見したところ実力伯仲、千日手か。
だが事実は異なる。苦く顔を歪めた刃野、薄ら笑いを浮かべた阿仁和。互いの表情は戦闘の優劣を明確に物語っていた。
短刀を刺す際に敢えて得物を残して、引き抜きに伴うベクトル転換を排する。これにより超高速の連続刺殺を可能にするのが『刺殺極楽』の要だ。
よって『短刀の数』というリソースが刃野の行動を制限する。短刀を砕かれて再利用不可能となればジリ貧は必至だ。
「先に底つくのはオメェの短刀だな。安短刀で砕けるほど、この長ドスは安かねぇぞ。
それとも組長の銘短刀でも出してみるか? お誕生日に貰ったんだろ?」
「要らねぇし、もうねぇよ。資源ゴミの日に出した」
皮肉で嗤う阿仁和に、刃野は吐き捨てるように返す。びきりと青筋が増した。
「……なら次はおめぇの八つ裂きを生ゴミの日に出してやらなきゃいけねぇなぁ!」
「便所に流すんじゃ無かったのかぁ!?」
ガギギギギギィンッ!
鉄砲水に大瀑布、スコールにサイクロン。水となった刃がありとあらゆる姿で襲い来る。
それを幾本ものの短刀で突き、刺し、受け止める。その度に短刀は砕け、命数が減る。ジリジリと死が迫る。
「死ねやァッ!」
だから危険を覚悟して刃野は一気に踏み込む。
瞬間、阿仁和が獰猛に嘲笑った。
「ここがテメェの底だ、五郎坊!」
バ キ ン !
狙い澄ました一振りで両手同時に短刀が砕ける。これで刃野は素手だ。抜かなければ短刀は刺せない。
そして抜いて刺すより、ぶった斬るが速い!
「致命ったぜ! 死んで組長に詫びてこい!」
しかし……刺すだけなら斬るより速い!
「阿仁が詫びな」
「なっ……」
首を刎ね飛ばす筈の刃が大きく動揺た。動揺た長脇差はもはや流水ではない。自由自在の液質刀が、鉄の硬さと重さを取り戻す。
それを成したのは素手の刃野だった。刃野の手刀がまるで短刀のように、阿仁和の腕に突き立っていたのだ。
刃野 阿久五郎は転生者だ。
だから『忍者と極道』を知っている。
だから忍者を知っている。
だから暗刃を知っていた。
極道技巧『刺殺無手』
それは弾丸ならぬ短刀の象形拳である。
「てめぇ、忍者の……!」
「ごっこ遊びだよ!」
無論、一撃で極道の首を刎ね飛ばす暗刃には遥かに劣る。だが反撃の一瞬を作り上げるには十二分であった。
「『流が如「遅ぇ!」ぐわっ!」
超速の短刀が音より早く突き刺さる。鞘から抜いてもう一本。二本突き立て、三本目が光る。
「あっ、いっ、うっ!」
刺す! 刺す! 刺す! 刺す! 刺す! 刺す! 刺す! 刺す! 刺す!
「ぇおおおおおおおおぉっ……!」
刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺刺殺ッッッ!!!
「…………か…………」
そこに残るは文字通り、完膚なきまで刺殺られた、針地獄の針鼠。
「極道技巧『刺殺万本』
宣言通り、刺殺ったぜ。阿仁」
*
「う、嘘だ……親分が……そんなァッ!?」
「み、認めねぇ! こんなん認めねぇぞォゥッ!?」
「チクショウ! なんでこんな事にィッ!?」
現実から目を背ける者、目の前の光景を否認する者、泣き叫ぶ者、拳銃を抜く者、長ドスを振る者、麻薬を打つ者。皆等しく刺殺って逝く。
残った極道は僅か二人。そのうち一人、刃野は業物の短刀を抜く。阿仁と慕った漢には、組長と同じ、形見が介錯にふさわしい。
「……なん……でぇ……おめぇ……組長の……銘短刀……捨ててねぇ……じゃ……ねぇか……」
極道族の特徴に於いて生命力はその最たるものだ。こうして剣山針山に仕立て上げてもなお、阿仁和には息がある。
「刀剣類捨てるなら、警察に依頼するって聞いてな。誤魔化すの面倒臭くなった」
「五郎坊よぅ……昔から嘘……苦手……だよな……変わって……ねぇなぁ……」
「………………」
刃野は無言で短刀を構える。刃を上向けた腰溜めの構え。自顕流の蜻蛉と同じ、必死の構えだ。
ド ス リ
それを全体重を乗せて突き立て捻る。肉を掻き分ける感触と共に、阿仁和の口から血の塊がこぼれ落ちた。
「ゴボッ……おめぇ……だって組長を……愛してた……ろ? ……組員も……俺も……愛してた……」
短刀で潰れた片目は今は無い山本組を映している。もう戻らない日々は、阿仁和にとって黄金の時代だった。
「組長は……いい極道……だったんだ。
行き場のねぇ……孤児を……解体て……
病気の……親子に……販売て……
街の人々……からも……恐怖れて……
本当に……いい極道だったんだ……誰もから……愛されェッ!?」
切り上げた形見の短刀が、阿仁和の妄言を上半身ごと切って捨てた。
「いい極道なんかいねぇよ…………そんなもん、居やしねぇんだよッ!!」
噴き上がる血を浴びながら吐き捨てる。真っ赤に濡れた全身から、血の滴が零れて落ちる。
それは、血涙のようにも、見えた。