「反戦詩」詠んだ与謝野晶子像に突然の撤去要請 裁判応酬の事態に

大滝哲彰

 「すべて眠りし女 今ぞ 目覚めて 動くなる」。堺市の男女共同参画センター内の石碑に、こんな詩が刻まれている。その上には同市出身の歌人・与謝野晶子(あきこ)の立像。「女性の自由」「反戦」という晶子の思想を体現してきた団体とともに、立ち退きを求められる事態になっている。

 堺市女性団体協議会は戦後まもない1950年、空襲に遭った市内のがれき拾いから活動を始めた。女性の教育を支援する「婦人学級」の開設、性暴力根絶のための売春防止法の制定、原水爆の禁止……。

 女性の地位向上や戦争反対を訴える活動を続け、国や大阪府、堺市に呼びかけて80年にできたのがセンター(旧名「婦人会館」)だ。建設費約4億円のうち約6500万円は会員の寄付で賄った。

反骨歌人の生き方を活動に重ね

 団体はセンターの一角(49平方メートル)を拠点とし、創立45周年を前にした94年に晶子の石像を建てた。戦時中に「君死にたまふことなかれ」の詩を詠んだ反骨の歌人の生き方を、活動に重ねた。

 大町むら子委員長は、碑に刻んだ詩は「新時代の女性が独立の気概を持って生き始めたことを宣言するもの」と話す。「まさにセンターの設置目的を表しています」

 事態が急転したのは2022年4月のことだ。

 1年ごとに更新されてきた市施設の「目的外使用」の申請が初めて不許可とされ、立ち退きを求められた。23年3月には晶子像も「団体の私物だ」と撤去を迫られた。

 「あまりに突然だった」。大町さんらが理由をただすと、翌4月からセンター全体を民間の指定管理とし、団体の部屋は関連図書を置き、市民のテレワークコーナーを作るという説明だった。

 「市と手を取り合って活動してきたのに」と大町さん。市に説明を求めたが、市長の裁量権という説明だけだったため、継続使用を求める裁判を大阪地裁に起こした。

「歴史的経緯を無視し、裁量を逸脱」

 退去要請は「団体の基礎を危うくし、活動を妨害するもの」で、憲法21条1項が保障する「結社の自由」に反すると訴えた。

 代理人の渡邉春菜弁護士は「建物の一部だけ指定管理にする代替案も一切排除した。歴史的な経緯を無視する突然の対応で、市の裁量を逸脱して違法だ」と批判する。

 すると、市も明け渡しを求めて提訴した。いまは団体の「違法占有」の状態だとし、「特定の団体に便宜を図れない」と反論。市には目的外使用の可否を決める幅広い裁量があり、歴史的経緯に左右されないとした。

 突然の要請だっただけに、団体はその活動内容に賛同しない市の政治姿勢があると疑う。市ダイバーシティー企画課の担当者は「政治的な理由はない。市民サービス向上のため、指定管理がベストだと考えた」と説明した。

 地裁では双方の訴訟が併合され、3月21日に判決が言い渡される。

「管理者の裁量に委ねられる」と最高裁の判断も

 行政施設の使用の是非をめぐっては、最高裁が2006年に判断基準を示している。広島県教職員組合が教育研究集会の場として呉市立中学を使うことの可否が争われた訴訟で、「目的外使用を認めるかは原則として管理者の裁量に委ねられる」とした。

 ただその裁量は無制限ではない。最高裁は、呉市教育委員会が「国の学習指導要領を批判する集会になることが予想される」などの理由で不許可にしたのは「重視すべきでない考慮要素を重視」したもので、合理性を欠いているとした。

 大阪では近年、職員労働組合の庁舎使用に関する争いが目立つ。橋下徹・大阪市長(当時)が対立候補を支援した労組の使用を認めなかったことついて、大阪地裁は14年に「組合活動に深刻な支障が生じ、職員の団結権を侵害した」と判断。不許可を違法としたが、市の裁量を重視する逆転判決が17年に最高裁で確定した。

 18年には、同府枚方市の労組が機関紙に安倍政権(当時)を批判する記事を載せたことなどを理由に退去を通告され、府の労働委員会に救済を申し立てた。府労委は機関紙の内容が「表現の自由の範囲を逸脱したとは言えない」として、退去強制は労働組合法が禁じる「使用者の支配介入」にあたると認めた。

 両市の組合側代理人を務めた谷真介弁護士は「行政が市民団体や組合を締め出す理由として、『政治的中立』を求めることが増えている」と話す。

 行政法学者の本多滝夫・龍谷大教授は「施設を使う側が市民から理解を得られていなかったり施設の平穏を害したりしていれば、管理者が立ち退かせることはできる」と言い、今回もそうした事情があったかがポイントとみる。

 一方で「団体が出資し、市が継続使用を認めてきた経緯も考慮すべき点になる」と指摘する。「指定管理にしても男女共同参画という施設の目的は変わらない。団体がその発展のために活動してきたという経緯を無視すれば乱暴で、違法と評価されうる」と話した。

「朝日新聞デジタルを試してみたい!」というお客様にまずはお得にお試し体験