1976年大会を制し、春夏連続の甲子園出場を決めた崇徳ナイン

 ▽座禅組み「一から基本」

 1976年の崇徳は全国区のスター集団だった。超高校級と称されたエース黒田真二(元ヤクルト)を筆頭に、強打者の山崎隆造(元広島)や小川達明(同)、捕手の応武篤良を擁して初出場の選抜大会で優勝。大本命として臨んだ夏の広島大会も危なげなく制した。

【高校野球】夏の広島大会<全記録データベース>

 開幕前の不安材料は、選手の精神面にあった。選抜大会後、学校に女子高生が詰めかけて贈り物やファンレターの嵐。街ではサイン攻めに合う熱狂ぶりで、練習に身が入らない主力もいた。「自分の行動を見張られている感覚だった。何のために甲子園を目指していたのか分からなくなった」。黒田は野球をやめようとさえ考えた。

 広島大会直前、センバツ制覇に導いた久保和彦に代わってコーチの吉田祥三が監督に就任した。座禅を組ませるなど「栄光は捨て、一から基本をたたき込んだ」。気持ちを引き締め直したナインは順当に勝ち上がった。主将を務めた山崎は言う。「個性の強い連中が集まり、バラバラでまとまりがなかった。試合になると、それぞれが仕事をしてまとまった」

 3―0で制した準決勝の広島商戦は、黒田がノーヒットノーランを達成。打線も相手の執拗(しつよう)なけん制球に動じることなく、過去7度の対戦で一度も勝てなかった宿敵を力でねじ伏せた。決勝は尾道商に5―1で完勝。春夏連続で甲子園に出場したチームからはこの秋、4選手がドラフトで指名を受けた。