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図書館を去った私が、令和と、それからの図書館人たちに伝えたいこと

今まで、自身の長年の図書館での勤務経験に基づく、どちらかというと圧倒的に負の側面についてここで多くを語らせて頂いた私ではありますが、昨年末頃、思いがけずこれから司書資格を取得しようと勉強中の方が拙作にスキを送って下さったことがあり、非常にありがたく思うと同時に、何とも申し訳ない気持ちになりました。私自身、二十数年前は司書資格取得を目指して某大学の講習に通っていました。当時の私は学者の夢破れ、孤独地獄、アカハラ地獄の悲惨な大学生活の末、心を病んで一般企業での就職など全く考えられない状態。唯一の希望が研究費を稼ぐため続けていた図書館のアルバイトで、こんなに楽しい仕事なら、自分のような社会不適合者でも一生やれるのではないかと活路を見出したのが司書を志したきっかけでしたので、いわば背水の陣というか、司書資格を取得して図書館で働く以外、自分が社会で生きていく術はないのだという、かなり特異なプレッシャーのもとに置かれてはいましたが、もちろん司書の仕事には良いイメージしか持っていませんでした。司書なんて正規職はとんでもない狭き門で、大半の人にとっては一生食べていける仕事ではないそうだからやめろと頭ごなしに反対した父、司書資格取得したって茨の道ですから覚悟しておいた方が良い、とネットの掲示板でよけいなアドバイスをしてきた赤の他人には怒りと敵意しか覚えませんでしたし、彼らが躍起になって私に信じさせようとする司書の仕事にまつわるシビアな現実なんてものは知りたくもなかった。何故、必死に生きていこうとあがいているのに、そんな残酷な現実とやらを突き付けて私を絶望させるのかとただただ、忌々しかったことを未だに鮮明に覚えているほどです。しかし、今の私がやっていること、語り続けてきたことはまさに、かつての司書志望の自分を失望させたものと同じになり得るのではないかと今さらながらリアルに感じたのです。
ただ、一つことわっておきたいのは私は今、司書を志している人たちに図書館で働くのなんておやめなさいよと言いたいがために負の経験ばかり語っている訳では決してないということです。私自身、断腸の思いで図書館を去って六年あまり、それでも未だに図書館の仕事への愛着と未練を完全には断ち切れていないというのに、他人にやめろなどと言えるはずがありません。私とて、こんなにも愛してやまないかつての自分の仕事について、良い面をこそ語りたいですし、図書館の仕事ってこんなに素敵ですよと世間に向かい、声を大にして自慢したいに決まっているのです。しかし、到底そうはできない醜悪すぎる現実の苦みを私は十五年以上、骨の髄まで味わわされてしまいました。そして、閉鎖された特殊な業界ゆえなのか社会にはそういった現実は絶望的なほど知られておらず、司書は仕事中に本が読める気楽なお役所仕事などという、現実とはあまりにかけ離れたステレオタイプなイメージだけが何十年も亡霊のように一人歩きしている。司書に憧れ志す若者は少なくないにもかかわらず、彼ら、彼女らの純粋な情熱は今や企業的なものでしかなくなった自治体や大学などによってモノとして際限なく消費され、使い捨てられていく。理想と現実の狭間で心を病み、もう図書館の仕事はあきらめますと肩を落として去っていった何人ものかつての同僚や後輩、そして私自身。その存在が知られることさえなく、淡々と当たり前のことのように闇に葬られ続ける現状をどうにかしたい。問題提起というほど大きなことはできないにせよ、自分が体験したことを赤裸々に語ることで、社会の片隅にごく小さなさざ波でも起こせないか。私はその一心で、己の汗と涙と屈辱にまみれた昏い記憶をみっともなく掘り起こし続けているのだと思います。

一部の例外を除いて、公共図書館も大学図書館も、全国的に費用削減、人員削減の傾向著しいので、今後、日本の司書を取り巻く状況は恐らく、私が働いていた頃よりさらに厳しくなっていくのだろうと思います。司書資格を持たず働く人の割合も間違いなく増えるでしょうし、このままでいくといずれ、この国から司書資格そのものが消滅する未来が来る可能性も、皆無ではない気がしています。しかし、仮にそうなったとしても、これから図書館で働く人に僭越ながら私が望むのはただ一つ、自分の仕事に対する矜持だけは失わないでもらいたいということです。本来、図書館の仕事というのはどれも専門職なのです。派遣やアルバイトの求人広告がうたい文句にしている「資格の要らない、誰にでもできるかんたん事務」などでは決してない、膨大な知と情報を管理する意義深い仕事であるという自覚を、アルバイトだろうがパートだろうか常に共有していてもらいたい。そうすれば、そう遠くない未来にこの国の図書館が人工知能に管理されるサイバー空間のようなものに変貌してしまったとしても、紙の本同様に人間の司書の存在意義が滅びることはないのではと、私は信じています。そして、選ばれたごく一握りの正規職の人たちには、日々、多岐にわたる業務でお忙しいのは百も承知ですが、たまにでも良いので、やるせなさや苦しみを抱えながら黙々と働く非正規の境遇について思いを致してはもらえればありがたいです。もちろん、中には期間限定で図書館で働き、小金を稼げればそれで十分と考えている非正規もいるでしょうが、多分、そうではない人の方が多数派のはず。封建社会の貴族と庶民のように、正規職と非正規がはるかに隔絶された立場にあり、お互いにまったく無関心というのは組織として明らかに健全ではありません。あなたたちの下で働いているのは定期的に顔ぶれが替わっていくのが当たり前の「派遣社員A」「アルバイトB」という名前の部品などではなく、一人一人が血の通った生身の人間であり、あなたたちと同じように仕事への思いがあり、生活があり、人生があるという事実から、目を背けないでほしい。彼ら、彼女らが物言わぬ道具として消費されるだけの宿命に抗えない以上、その決して小さくない働きを正当に評価し、地位向上を実現し得るのはやはり、この国の図書館の未来のかじ取りを託されている正規職の役目であり使命ではないかと、思うのです。


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図書館を去った私が、令和と、それからの図書館人たちに伝えたいこと|青石沙月
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