「──副会長が部活動監査に来るそうです」
その言葉を発したのは、現二年生にして『竜王』『棋聖』の二冠の称号を持つ将棋部部長、
威風堂々。英姿颯爽。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
メディアにはこんな紹介がされている。
実際彼女は
誰よりも将棋に真摯に向き合っており、雑念など一切存在しない────わけがない。
彼女もまた華の高校二年生。
同級生には超絶スーパーイケメン生徒会副会長とかいう、歩くだけで周りの女子の性癖を砕け散っていく──
夢想しないわけがない。副会長との甘い日々を。
ずっっっと将棋漬けだった。
幼少期から将棋を指して、指して、指し続ける日々。
勿論、将棋を指すことは好きだったし、自分よりも歳上の大人たちを将棋盤を通じて負かせることができるのは快感だった。
それでも……中学生に入ってから強さに陰りが出た。
奨励会二段。彼女の歳を考えれば十分に『強者』への領域に足を踏み入れているはずだが、当時ライバル視していた同い年の少女は、一足先に三段リーグを突破してプロ棋士になった。
焦って、焦って。ただただ辛い日々の中で、中学三年生の時にようやく三段リーグに到達することができた。
しかし、三段リーグはまさしく蠱毒。
ココさえ突破することができたら、プロ棋士になれる。
逆に言えば、ここを突破できずに燻っているアマチュア棋士たちが多くいるということだ。
二段でさえも上がるのに相当苦労した。己が、三段リーグを突破することができるとは思えなかった。
──光を見た。
「えっ、奨励会の三段? プロ手前ってことだよね? すごいね! 頑張って。私は君を全力で応援するよ。私には応援することしかできないけど、辛くなった時にはいつでも相談においでよ」
──漏らした。
「──っしゃ!! やってやるわいボケカスがァ! 三段がなんぼのもんじゃい!!」
性欲相談会ならぬ生活相談会でそんなことを副会長に言われてしまった桜蘭は、決意した。
さっさとプロ入りして結果残して副会長に褒めてもらうんだと。
副会長に褒めてもらったその時、彼女はありとあらゆる場所からスプラッシュマウンテン状態だった。
そこで初めて、桜蘭は褒めてもらうことが性癖になってしまったのだと理解した。
更には──
「あ、そうだ。もしプロ入りしたらご飯でも奢るよ。本当だったら生徒会としてはアウトなんだけどね」
はにかみながら笑う副会長に、桜蘭は白目を剥いて歓喜に震えつつ思考する。
「プロ入りしたら二人きりでご飯、プロ入りしたら二人きりでご飯……めちゃくちゃ時間伸ばして終電逃させればワンチャンあるか???」
そんなこんなで彼女は──とりあえず三段リーグを全勝で突破した。
有史以来初めての全勝での突破である。
更には彼女は勝ちに驕ることなく、まずは口調を丁寧に改め(副会長からの心象を良くするため)、プロ入り後の試合を全然全勝。
順調に竜王戦のリーグを進み、そのままあっという間に『竜王』のタイトルを掴み取った。化け物である。
「いやね。間違いなく彼女は鬼神を宿してますよ。まさか威圧されて間違えて下座に座るなんて間違いしたの、私将棋人生で初めてですよ、あっはっは!」
元竜王──川越名人はそう語ったという。
当然だが、鬼神なんてものは宿っているわけもなく、桜蘭に宿ってるのは性欲と煩悩のただ二つである。思春期って怖いね。
桜蘭はプロ入り後全勝ということは、様々なタイトルのリーグ入りをしており、直近で『棋聖』を勝ち取ったのはさておき、『王位』『棋王』『王将』でも順調に勝ち進んでいるという。
──話は現在に戻る。
「副会長がこの部室に……!?」
「っしゃ! 我が世の春ゥ!」
「手取り足取り将棋教えてボディタッチ狙うんや……げへへ」
「副会長の体毛掴み取るためにピンセット用意してこなくちゃ……」
──ピシャン!
途端に騒がしくなる部室の空気を冷ましたのは、桜蘭から放たれた扇子を開く音だった。
「やかましい。貴方方がこうやって騒ぎたてるのは読んでいました。恐らく当日もこのような形になるでしょう。そして、副会長と満足に話すことができずに終局……と」
──不本意でしょう? と桜蘭はジロリと部員を睨みつける。
誰もその言葉に文句を言わなかった。つまりは、彼女らもそれは不本意であり、誰しもが副会長のことを独占したいと思っている証左になる。
「私もそれは不本意です。──ですから……将棋部らしく、将棋で勝った勝者一名のみが当日副会長と話す権利を得る、というのはいかがですか?」
「ちょ、二冠がそれ条件に出すのズルくない!?!?」
「横暴だぁー!!」
「そうだそうだ!!」
──ピシャン。
再度扇子が開け放たれ、再び場は静まった。
「ええ、まあそう言うでしょうね。誰かしらそれでも勝つという気概を見せて欲しいところではありますが……勿論、ハンデはつけますよ。そうですね……二枚落ち……いえ、貴方方なら四枚落ちで良いでしょう。あと私は貴方方と多面指しでいいですよ。二冠ですからねぇ」
──完全に舐め腐った発言だった。
ちなみに四枚落ちとは、飛車角香の計四枚を盤上から取り除いた状態で対局を行うというハンデ戦である。
主に対局者同士の棋力が離れている時に行うものだが、それは間違っていない。
しかし、二冠には敵わないという潜在的な意識があろうと、彼女ら部員もそこそこに誇りを持った将棋指しである。
こうまで言われて怒りを持たないほど、彼女たちは将棋を愛していないわけではなかった。
「はぁぁぁん!?!? やってやらぁこのクソチビがァ!」
「二冠だろうが三冠だろうが知るかボケぇ! 負けても待ったはナシだからなゴミカスぅぅ!!」
「当日はあたしと副会長のイチャイチャを歯を食いしばりながら見てんだな!!!」
「はいぷっつーん! 殺す!!!!」
一気に部室内が殺気立つ。
駒を片手にバトルだぜ! みたいな仕草をする部員たちが、一斉に桜蘭に向かってくるのを、彼女は未だ余裕を保った笑みで見ていた。
「かかってきなさい。まとめて薙ぎ倒して差し上げましょう。──そして副会長とイチャコラするのは私だゴラァァ!!!」
──蹂躙が始まった。
☆☆☆
(やったやった。副会長と向かい合ってる! 将棋指してる! これはもう愛の共同作業。=子作り=セ☆クス! ああ……お母さん。私は学生ながらイケメンスパダリと愛の強制種付け将棋を行っております……見たか部員ども、ざまぁねぇぜHAHAHA!!)
彼女の現在の脳内がこちらである。
思考が終わってると皆さん思うだろうか。残念だが、この世の女性の九割がこんな感じである。ザーメン。
一時期将棋小説にドハマリしてたのもあって意外とスラスラ書けたものの、将棋に興味ない人もいると思うので詳しい描写は省きました。一応副会長が題材なんでね。
どうでも良いと思うんですけど、作者の中学時代は生徒会副会長でした。元気に鼻くそほじってるクソガキだったので、私はコイツを見習いたい。……いや、現代社会で見習ったらそれはそれであかんのよな……。