「あの……生徒の見本がスケベなのやめてもらっていいですか?」
夕陽に照らされた教室。
現代風に言えば"エモい"雰囲気の漂った場所で、私はとある下級生からそんなことを言われていた。
私が
連日予約で埋まっており、聞くところによると相談者の満足度も高いと評判だ。
さて……ところで、目の前の茶髪の女生徒……確か
「ふむ、どういうことか教えてもらってもいいかい? 有村さん」
「いや、分かってるでしょう。わざとなんですか?」
「申し訳ないが私にはピンとこなくてね。──ああ、時折そういった事を言われるのは確かだ。けれどもどうにも私には見当もつかなくてね」
肩を竦める私を、有村さんは睨みつける。
確かに彼女の言う通り、女生徒から「生徒を誘惑するのはやめてください」だとか、「私たちをムクムクイライラさせないでください」だとか「襲ってくださいって公言してるんですか?」とか言われることはある。
だけども、何のことなのか私にはサッパリ分からないのだ。
これほど品行方正な副会長が他にいるだろうか。
毎朝の挨拶運動の徹底。
風紀委員と合同の持ち物チェックと、服装、頭髪検査……は、少し緩めにしているが。
更にはボランティア清掃を含む地域への貢献。
生徒会を通して行う雑務などなど。
まあ、これは当たり前だという前提で行っていることであり、多少自画自賛が入っていようと事実は事実だ。
そんな私に呈される苦言の数々。
私が聞き返しても、苦言を呈した彼女らは一切の口をつぐんで、その事実を詳らかにしてくれないのだ。
「ええ、知っていますとも。あなたが周りの視線とか感情に鈍感なことは。勇気を出して苦情を入れた先人たちが一歩を踏み出せずすごすご帰る様も見てきました──でぇすがァ! 私は言います。退学になろうと男性保護協会から赤通告が来ても言います」
よく分からないが、壮大な覚悟を持って私に何かを言ってくれるらしい。
普段から欠点を直そうと努力している私だ。
彼女の勇気はただただ有り難い。
「私は君が何を言おうと、ここだけの話であると約束するよ。決して他に漏らそうだなんてしないさ」
「グッ……! くっそこの天然野郎がよォ……!」
私がニコリと微笑みかけると、有村さんはボッと頬を赤く染め上げて、私を睨みつけながら何かをボソッと呟いた。
その後数秒間、悩む仕草を見せながら一人百面相をしていたが、覚悟を決めたように私の瞳を見て叫んだ。
「このままだと──うちの学校から性犯罪者が出ます」
「────なんだって?」
「オラッ!! スケベなんだよてめぇはよォ!! 何だその格好!! 真面目な副会長が制服の第三ボタンまで解放してんじゃねェ!!! つか、てめぇは何で男用下着着けてねぇんだァ、ああん!? お前が前かがみになる度に私らも前かがみになってんだよォォ!!!」
「はえ」
「何が朝の挨拶運動じゃボケェ! てめぇの顔を朝から見る度に性欲が溢れ出てくんじゃァ!! 普通の男ってのはなァ! 私ら女子を見るだけで嫌悪感を抱くっつーのによォ……てめぇはニコニコニコニコと普通に接してきやがってェ……あと単純に距離感が近ェ!!」
「え、ごめん」
「ありがとうございますいつも助かってます……じゃなくてェ! 生活相談会ィ? 性欲相談会の間違いだろォ!! 見ろ!! 私ら相談者との距離ィ!! なんで
「え、だって距離が近い方が心の距離も近くなって相談しやすくなるかなって……」
「限度ォォォオオオオオ!!!!!!!!!」
ハァハァハァと荒い息を吐く有村さん。
そのままソファの背もたれに倒れ込み、あーあ、やっちまったと力無く呟く。
こんなに真っ直ぐ欠点を指摘されたのは初めてだ。
なるほど。
他者から見た私というのはそうだったのか。
よくよく考えてみると、確かに色々とおかしかったかもしれない。
男女比1:10。
男子は草食系が多く、対照的に女子は肉食系が多い。
しかも男子は広く一般的には女子のことを嫌悪しており、近づくだけで嫌だと言う程だ。
専ら性的関心を抱くのは女子側であり、それも過度に過剰ときたものだ。
私も
転生者。
私は恐らくそういった存在だと思う。
確証はない。
それに前世の記憶と言えるものも本当に少ない。
前世の名前も性別もどこに住んでいたかも分からない。
分かっているのは、男女比がおおよそ1:1であることと、前世の私がイジメられていたことくらいだ。
最早それも薄っすらとしか憶えていないが、私が幼少の頃より人に優しくなろうと決意した原点がその記憶だった。
前世では男子も女子も上手く関わることができていた。
ならば私もできるだろうと思ったのだ。
『生活相談会』も謂わばその延長線上であり、私のようにイジメられる者を減らせるよう、相談に乗る会だった。
「そうか……私がやってきたことは徒労だったか」
「エ゙、ち、違うんです。副会長のお陰で助かった人たちも一杯いますし、今では横行していたイジメも根絶されました! 格好と距離感さえ直してくれれば満足なんですよ、私たちは。それに『生活相談会』をやめられたら私が殺される……数多の肉食獣に……」
ガクガクと震える有村さんに私は首を傾げる。
それがお世辞ではないことは分かる。
私がやってきたことに意味はあったようで良かった。だがしかし、指摘されたことが正しいのも事実。
そうだな、翌日から直すことにしよう。
正直男性用下着はゴワゴワしていて慣れないからあまり着けたくないのだが。
「ありがとう。君のお陰で私の直すところが見つかったよ。……恥ずかしいな、私が相談に乗ってもらってしまったみたいだ」
「ホッ……よかった。こちらこそ失礼なことを言ってしまって……」
「すべて君のお陰だよ、有村さん。ありがとね」
私は彼女の手を握ってお礼を伝えると──その手をパシーン! と握っていない左手で叩かれた。
「それだよそれェ!! 近ェんだってェェ!!」
「あ、ごめん。つい」
「ハァ……いつか襲われても仕方ないですからね?」
「ははは……そうはならないように気をつけるよ」
おっと、そろそろ時間だ。
私は有村さんに、とりあえず明日から格好を直してくるよ、と伝えると、微かに残念そうな表情をしながらお礼を言ってきた。……なんで残念そうな表情をしてるんだい……?
その後、有村さんを玄関口まで見送り、ふぅと息を吐いた。
☆☆☆
よし、これなら完璧だろう。
学ランのボタンを全てキュッと閉じ、慣れない男性用下着を装着する。
夏も真っ盛り。
足早に学校まで到着すると、首筋には汗が垂れていた。
これくらいは許されるだろうと、第1ボタンのみを外して上からパタパタと手で煽っていると、昨日の相談者……有村さんが私の姿を見るなりギョッと二度見して全力ダッシュで近づいてきて──
「なんで更にエロくなってんだお前はよォォォォオオオオオ!!!!!!」
と、鬼の形相で言われた。
──どうしろと?
いや、ボタン閉めろよ