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連載

〈わざわざ〉 平田はる香さん
「知る人ぞ知るお店」はもう辞めたい。
年商3億円から30億円を目指す

Local Action
vol.205

posted:2023.6.12   from:長野県東御市  genre:活性化と創生 / 買い物・お取り寄せ

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Kotaro Okazawa

岡澤浩太郎

おかざわ・こうたろう●1977年生まれ、編集者。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。2018年、一人出版社「八燿堂」開始。19年、東京から長野に移住。興味は、藝術の起源、森との生活。文化的・環境的・地域経済的に持続可能な出版活動を目指している。

photographer profile

Osamu Kurita

栗田脩

くりた・おさむ●1989年生まれ、写真家、長野県上田市在住。各地で開催しているポートレイト撮影会「そうぞうの写真館」主宰。ちいさなできごとを見逃さぬよう、写真撮影や詩の執筆を行う。2児の父。うお座。

パンは2種類、交通は不便、だけど大人気の店

長野県の東部、佐久市と東御市(とうみし)、小諸市にまたがる
「御牧原(みまきはら)」という場所がある。
古くは平安時代、朝廷に献上する馬を育てる産地として知られたエリアだ。
現在は田畑や果樹園が広がり、八ヶ岳や浅間連山など四方を囲む山々を遠く一望できる。
特に晴れた日は圧巻の景観だ。

その御牧原に、2009年にオープンしたお店がある。
パンと日用品の店〈わざわざ〉だ。
「不便な場所までわざわざ来てくださった」ことへの感謝が、
そのまま店名になっているという。

代表を務めるのは平田はる香さん。都内でDJを志すも挫折して長野に転居。
趣味で始めたパンづくりが徐々に発展し、移動販売、自宅の玄関先での販売、
そして店舗とたったひとりで立ち上げて、
いまでは売り上げ3億円超の企業にまで成長させた人物だ。

御牧原の1号店、パンと日用品の店〈わざわざ〉。入り組んだ店内に厳選された商品が所狭しと並ぶ。(写真提供:わざわざ)

御牧原の1号店、パンと日用品の店〈わざわざ〉。入り組んだ店内に厳選された商品が所狭しと並ぶ。(写真提供:わざわざ)

店内には全国から仕入れた調味料や石鹸、服、器など生活必需品が中心に並んでいる。
無添加・有機など、体や地球環境に配慮したものがほとんどだが、
その方面の知識や興味がある人でも見たことがないような
「マニアック」なものも少なくない。その数2500種類。
こだわりのネットショップでもここまでの品数と品ぞろえは珍しいだろう。

ほかにも特徴はある。
パンを売ることから始まった店なのに、現在扱っているパンは2種類のみ。
さらに公共交通機関がなくアクセスが不便だという、商用地としては明らかに不利な立地。
にもかかわらず、遠方からの顧客もひっきりなしに店を訪れる。
2017年に株式会社化、2020年度には従業員約20名でECを含め年商3億円を突破。
また2019年から2023年にかけて
〈問 tou〉〈わざマート〉〈よき生活研究所〉と店舗を出店。
話題と注目度は際立っている。

2号店〈問 tou〉。ギャラリー、喫茶、書店を併設。店名は「モノを買うとはどういうことか?」という問いが由来。(写真提供:わざわざ)

2号店〈問 tou〉。ギャラリー、喫茶、書店を併設。店名は「モノを買うとはどういうことか?」という問いが由来。(写真提供:わざわざ)

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ていねいな暮らし? ありのままの生活?

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雑巾は手縫いしなくちゃいけないの?

わざわざのコーポレートアイデンティティ(CI)には、
「よき生活者になる」というスローガンが掲げられている。
「生活者」というのは一般的ではない言葉だが、
これは平田さんが開業した2009年当時に味わった、ある違和感がきっかけになった。

「その頃、雑誌などで『ていねいな暮らし』がブームになったんです。
せいろで野菜を蒸すとか、雑巾を手縫いするとか、
それが『正義』『すばらしい』という雰囲気で。
そういうのは嫌いじゃないんですけど、
だけど自分が疲れて帰ってきて、一から出汁をとるなんて……(苦笑)。
だって疲れたときはコンビニでごはんを買うし、
一日中マンガを読んで過ごすときもあるじゃないですか」

4店目〈よき生活研究所〉の店内。2000円~/日で滞在でき、商品である家具や器などを自由に使って過ごせる。

4店目〈よき生活研究所〉の店内。2000円~/日で滞在でき、商品である家具や器などを自由に使って過ごせる。

「『暮らし』という言葉につきまとう『ていねいさ』がすごく気にかかって。
『(ていねいな)暮らし』よりも、『生活』と言ったほうが、
ありのままの人間を表していると思うんです。
そこで『生活』している人を『生活者』と呼んで、
それぞれの人に沿った『よき』を探しましょう、と」

メディアがつくりあげた価値観が美化され、
たくさんの人が無批判になびいていくことに納得がいかなかった。
ひとりひとり、考え方も生き方も違うはず。
だから〈わざわざ〉には、
「それぞれの人に沿った『よき』を探しましょう」というメッセージを込めたのだと、
平田さんは訴える。

〈よき生活所〉店内。お茶類や看板のパンなど簡単な軽食も試飲・試食できる。それぞれの人の「よき」を探す場所。

〈よき生活所〉店内。お茶類や看板のパンなど簡単な軽食も試飲・試食できる。それぞれの人の「よき」を探す場所。

社会全体の健康は、「いつの間にか」が理想

もうひとつ、平田さんが大事にしていることが、「健康」だ。
幼少期に体が弱かったという平田さんは、「健康が人間の絶対的なベース」であり、
「社会全体が健康に意識を持って、
ひとりひとりの行動が変わっていくようなお店をやりたかった」と語る。

「といっても、『おいしいと思って食べていたら、いつの間にか健康になっていた』
『環境にいいことになっていた』って、後々気づくのがいいなと思っています。
人の考え方を変えるよりも、気持ちいい、おいしい、楽しい、おもしろい、とかを
圧倒的な価値として提供して、みんなが虜になっていたら、
いつの間にか健康な社会になっていた――みたいな。『北風と太陽』ですね(笑)」

〈よき生活所〉店内ディスプレイ。キッチン用品や衣服など、「丈夫で長持ち ゴミになりにくい」のコンセプトのもとで取り扱う商品の、実際の経年変化を確認できる。

〈よき生活所〉店内ディスプレイ。キッチン用品や衣服など、「丈夫で長持ち ゴミになりにくい」のコンセプトのもとで取り扱う商品の、実際の経年変化を確認できる。

〈よき生活研究所〉では扱っている洗剤を選んで洗濯もできる。なかにはウールが洗えるランドリーも。さらに染み抜き、アイロンがけ、靴磨きも可能。

〈よき生活研究所〉では扱っている洗剤を選んで洗濯もできる。なかにはウールが洗えるランドリーも。さらに染み抜き、アイロンがけ、靴磨きも可能。

平田さんが考える健康には、「頭と体が一致していること」も含まれる。
簡単にいうなら、ストレスや違和感を抱えたままにせず、
自分が思っていることと自分がとる行動をできるだけ等しくする。
「あり方を健全にする」という感じだろうか。
これは個人だけでなく企業にも当てはまる。
平田さんは「健康的な経営」と表現する。

「例えば、自社ブランドよりOEM(他社ブランドの製品)のほうが
安く売っているお店がありますよね。
それって工場を買いたたいて商品を安く売っているわけで、売るほうは良くても、
下請けの方たちは相当苦しむことになる。
それでは商品や売るほうが健康でも、社会全体の健康にはなりません。
うちは絶対にそういうことをやりたくないんです」

実際に〈わざわざ〉では、大口の発注を海外にまわされて
大量の在庫を抱えてしまったある企業と、コラボする話も進めているという。
「利益を折半してウィンウィンにしたいんです。
そうしないと日本から産業がなくなってしまうから」と平田さんは力を込める。

〈よき生活研究所〉。ソファは〈MANUAL graph〉(静岡県)、スタンドライトは〈ReBuilding Center JAPAN〉(長野県)とのコラボ商品、カーペットは〈堀田カーペット〉(大阪府)のもの。

〈よき生活研究所〉。ソファは〈MANUAL graph〉(静岡県)、スタンドライトは〈ReBuilding Center JAPAN〉(長野県)とのコラボ商品、カーペットは〈堀田カーペット〉(大阪府)のもの。

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10年で売り上げ10倍へ!

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「知る人ぞ知るお店」は、もう辞めたい

「例えば〈良品計画〉さんが何かやると社会が変わるけど、
小さい会社では何も変わらないじゃないですか。
社会の角度を1度でも変えられれば、10年、50年、100年後に
(円の半径を伸ばすと1度の差でも円の弧がどんどん長くなるように)
ものすごく差がつきますけど、その1度を変えるためには、
絶対に認知度が必要だと思うんです。
だから〈わざわざ〉は、10年後に売り上げ30~40億円くらいの規模にしたい。
『知る人ぞ知るお店』は、もう辞めたいんです」

社会を変えるために活動の規模を大きくし、社会に対する認知度を上げ、
影響力やインパクトを大きくする。
その実践のひとつが、
著書『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(サイボウズ式ブックス)の出版だ。
平田さんと〈わざわざ〉はすでにnoteやSNSで情報を発信しているが、
本を出版することで
「本屋さんに積まれれば通りがかりの人も見るし、
より開いた、広義な存在になる」のだと、その意義を語る。

平田さんの著書『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(サイボウズ式ブックス)。

平田さんの著書『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(サイボウズ式ブックス)。

もうひとつは〈よき生活研究所〉より前に、今年1月に開店した〈わざマート〉だ。
無添加の食品を軸に日用品や酒類など全国から仕入れた1200種の商品を販売する店舗で、
今後は弁当、地元産の野菜のほか、
スタッフが1杯ずつ淹れるコーヒーも提供する予定だという。

「〈わざマート〉は来年度から長野県内で30店舗にチェーン展開する
計画を練っているんです」と平田さんは言う。
イメージは「ローカライズされたコンビニ」だ。

〈わざマート〉店内。全国各地の良質な食品や日用品が当たり前のように陳列されている。地元野菜の直売も始めた。

〈わざマート〉店内。全国各地の良質な食品や日用品が当たり前のように陳列されている。地元野菜の直売も始めた。

平田さんが〈わざマート〉のベンチマークにしているのは、
県内で人気のご当地スーパーマーケット、〈TSURUYA〉だ。
昨年度時点で約40店舗、売上高約1160億円を誇る大企業だが、
地元産や有機・無添加の食品や日用品は、そこまで多く扱ってはいない。

「だから移住者の人たちが不便に感じているところは絶対にあると思うんです。
特に軽井沢や(隣接する)御代田町のように、
移住者が多い地域は重点的に出店を考えています。
コンビニと〈TSURUYA〉さんの間を拾いたい」

長野県には勝率がある理由

なぜ長野県内で店舗を拡大していきたいのか。
平田さんは、「長野には勝率が上がる可能性があるから」と理由を語る。
その要素はふたつある。

まず上述したように、長野県が移住先として注目を集めていること。
例えば、『田舎暮らしの本』(2023年/宝島社)の
移住したい都道府県ランキング」では、長野県が17年連続で1位を記録。
また、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の報告
日本の地域別将来推計人口」によれば、
2015年の人口を100とすると、2045年の全国の推計人口が83.7となるように
ほぼどの地域も減少しているのに対し、
平田さんが出店を睨む御代田町は、なんと99.4。ほとんど変わらないのだ。

わざわざの定番商品、残糸靴下。生産過程で出た残り糸を利用してつくられている。

わざわざの定番商品、残糸靴下。生産過程で出た残り糸を利用してつくられている。

もうひとつは、平田さん自身が「長野ローカルに強い」こと。
ビジネスの手法や人脈などを長野で構築したために
事業を「やりやすい」ことに加え、
「個人的にも長野がすごく好き」だからだと、平田さんは言う。

「ほかの地方と比べても野菜がすごくおいしいし、東京への便もいい。
私は長野に引っ越してきて20年くらい経つんですけど、愛着もあるし、
全国から移住者や集客を増やして、にぎわったらうれしいですね」

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お客さんは何にお金を払うか?

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モノの購買だけでは信頼関係はつくれない

〈よき生活研究所〉は今年4月、〈わざわざ〉の4店目としてオープンした。
ここでは、〈わざわざ〉の他店で扱う商品を購入するのではなく、
時間制でドロップインし、
食品や日用品を実際に食べたり使ったりして試すことができたり、
商品である衣服や道具類などの経年変化を見ることができる。
いわば、〈わざわざ〉が提唱する生活そのものを試せる場所、というイメージだろうか。

〈よき生活研究所〉内の「書斎」。窓外の緑を望みながら、読書の場やワーキングスペースとして利用できる。

〈よき生活研究所〉内の「書斎」。窓外の緑を望みながら、読書の場やワーキングスペースとして利用できる。

開店の背景には、「ものを売る仕事をしていても、
『お客さんとの距離が遠い』とずっと感じていた」という平田さんの思いがある。
客はいつ来店するかわからない。
しかも、買うにせよ買わないにせよ、
何が欲しかったのか、本当のところはわからないからだ。

「買う前の『選ぶ』フェーズと、買った後の『フォロー』がセットになった施設があれば、
お客さんとのコミュニケーションももっと深まって、
『〈わざわざ〉に置いてあればいいものだ』
『〈わざわざ〉で買えば安心だ』というつながりもしっかりできると思ったんです。
モノの購買だけでは信頼関係はつくれないと思うんです」

〈わざマート〉は平日昼でも客足が絶えない。レジを挟んだ何気ない会話が信頼を育む。

〈わざマート〉は平日昼でも客足が絶えない。レジを挟んだ何気ない会話が信頼を育む。

「買うときも『これが欲しいから、これを買う』のではなく、
『これを売っているあの人が好きだから、あの人にお金を渡す』のがいいと思っていて。
モノの色や形ではなく、『このお店だから』『このパンだから』という気持ちとか、
その人の取り組みそのものや生き方が好きだから。
つまり、思想にお金を払うんです」

人間の幸せとは、「自分の可能性を使い切って生きること」と平田さん。

人間の幸せとは、「自分の可能性を使い切って生きること」と平田さん。

健康、社会貢献、信頼関係、お金のあり方。
そして大量生産・大量消費の時代にあって、
何のためにモノをつくり、何のためにモノを売るのか。
「売るだけじゃなく、全部をやりたい」という平田さんの言葉には、
パンと日用品の「小売店」である〈わざわざ〉の今後目指す方向性が、
そして次の時代のビジネスのあり方が、示されているようだ。

profile

Haruka Hirata 
平田はる香

ひらた・はるか●1976年生まれ。東京でのDJ活動を経て長野に移住。2009年、パンと日用品の店〈わざわざ〉を開業。2017年に株式会社化し、以降代表を務める。2020年度に年商3億3千万円に到達。本店のほか〈問 tou〉〈わざマート〉〈よき生活研究所〉を開店している。

information

map

株式会社わざわざ

Web:わざわざ

パンと日用品の店 わざわざ

住所:長野県東御市御牧原2887-1

営業時間:9:30〜16:00

定休日:月・火・水曜

web:パンと日用品の店わざわざ

問 tou

住所:長野県東御市八重原1807-1 芸術むら公園内憩いの家

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水曜

web:問 tou

わざマート

住所:長野県東御市下之城432-1

営業時間:9:00〜19:00

定休日:無休

instagram:わざマート

よき生活研究所

住所:長野県東御市下之城432-1

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水曜

web:よき生活研究所

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連載

ゲストハウスから空き物件の紹介まで。
歩いて楽しいまちを目指す
〈ワカヤマヤモリ舎〉

Local Action
vol.204

posted:2023.4.17   from:和歌山県和歌山市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Aya Hemmendinger

ヘメンディンガー綾

へめんでぃんがー・あや●大阪生まれ。出版社勤務等を経て2012年よりフリーランス。核融合からアートまで幅広い分野で執筆。紀伊半島南部の隠れた名所をフィーチャーしたフォトブック『南紀熊野Route42国道42号線をめぐる旅』(青幻舎)を上梓、和歌山愛が溢れて2022年から和歌山に移住。築80年の古民家をセルフリノベしたお宿「バカンスの家」も近々オープン。

photographer profile

Itsuko Shimizu

清水いつ子

しみず・いつこ●和歌山県出身。フォトグラファー。細々と撮り続けて20年。雑誌やwebを中心に、旅と日常、食、ライフスタイル、手しごとなどを撮影。2009年にUターン。旅好きのインドア派。金継ぎ歴15年。@itsukophoto

古いビルをリノベーションして複合ゲストハウスに

和歌山市の中心部にある〈Guesthouse RICO〉(以下、RICO)は
5階建てのビルに宿泊、賃貸アパート、コワーキングスペース、
バー&ダイニングなど複数の機能を併せ持つゲストハウスだ。

数日間の旅行のために滞在する人もいれば、仕事のために数か月単位で長期滞在する人、
週末だけ過ごす学生や、ふらっとコーヒーを飲みにくる人もいる。
「RICOに行けば、おもしろい人やコトに出会える」と認識している地元の人も少なくない。

2015年のオープン以来、人が途絶えない、まさにコミュニティの渦のような場所。
だから「僕はゲストハウスをするつもりはなかったんです」と、
オーナーの宮原崇さんが語るとちょっとびっくりしてしまう。

宮原さんは、和歌山県和歌山市出身。
地元の大学で建築を学んだあと、神戸と大阪で建築事務所に勤務。
一級建築士の資格を取得し、独立しようかなと思っていたなか、
「リノベーションスクール@和歌山」に参加したのがすべての始まりだ。

RICOを運営するワカヤマヤモリ舎代表の宮原崇さん。ゲストハウス運営とまちづくりの企画・運営の傍らで設計の仕事も手がける。

RICOを運営するワカヤマヤモリ舎代表の宮原崇さん。ゲストハウス運営とまちづくりの企画・運営の傍らで設計の仕事も手がける。

「独立するとしても、設計だけを生業にするよりは
自分で手を動かして、古い建物を改修したり、
そこに新しいコンテンツが入るようなことができればと思っていたんです。
そんなときにリノベーションスクールが和歌山市で開催されると知って
寂れつつある和歌山のために何かできたら、と思って参加しました」

リノベーションスクールは、遊休不動産を活用した事業計画を
チームで作成する短期集中型のワークショップ。
全国規模で展開され、実際に事業展開につながる実例もたくさんある。
宮原さんたちが担当することになった建物、
つまり現在〈RICO〉が入居するビルは、
タクシー会社が所有して、長年アパートとして使われていた。

RICOが入居するユタカビル。1階はゲストハウスのロビー、コワーキングスペース、バー&ダイニング、2階と3階が賃貸アパート、4階から5階がゲストハウス。

RICOが入居するユタカビル。1階はゲストハウスのロビー、コワーキングスペース、バー&ダイニング、2階と3階が賃貸アパート、4階から5階がゲストハウス。

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ゲストハウスから地域づくりまで

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成功の鍵は、建物のヒストリーを汲んだリノベーション

もともとアパートで人が生活できる機能があり、近隣の和歌山大学に観光学部があること、
また最寄りの空港にLCCが就航し、これから観光客の誘致が期待できるなどの理由から、
宮原さんたちのチームは、この建物をゲストハウスにし、
そこを拠点としてエリアマネジメントを手がける
〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉を設立することにした。

「1階は飲食とコワーキングスペースにしてまちに開いて、
上には地元の大学に通う学生が住む。
そんな複合的な場所がいいんじゃないかというプランをチームで考えました。
僕は当時、ゲストハウスには一度も泊まったこともなかったので、
運営というよりは、設計をメインにして
エリアマネジメントをしていくイメージだったんですよ」

RICOのカフェスペース。むき出しの天井と、木材が不思議と調和して温かな雰囲気に満ちている。

RICOのカフェスペース。むき出しの天井と、木材が不思議と調和して温かな雰囲気に満ちている。

事業化にむけてプロジェクトを進めるなか、
宮原さんの先輩の紹介で仲間に加わったのが麻里さんだ。
学生時代から地域の活性化に関わりたいと考え、
大学卒業後、まちづくりコンサルタントや神戸市役所の臨時職員などを経て、
商業施設コンサルタントのプランナーとして経験を積んだ麻里さん。

兵庫県西宮市で育った麻里さん。両親は和歌山市の出身。現在は崇さんと公私ともにパートナー。

兵庫県西宮市で育った麻里さん。両親は和歌山市の出身。現在は崇さんと公私ともにパートナー。

「ただゲストハウスを運営する話なら、私は参加していなかったと思います。
でもゲストハウスを手段として、このまちを元気にするという
そのビジョンに共感したんです」

長期滞在が可能なキッチンつきのプライベートルーム。

長期滞在が可能なキッチンつきのプライベートルーム。

レトロな趣がいい味を醸し出している。

レトロな趣がいい味を醸し出している。

ドミトリールームはシャワー、トイレ、洗面は共同。

ドミトリールームはシャワー、トイレ、洗面は共同。

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シェアハウス、花屋、ベーグル店に発酵のお店まで!

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ゲストハウスから始まるまちづくり

ある日、〈RICO〉が入るビルが生まれ変わる様子を
つぶさに見ていた近所の人がふたりの元を訪れた。
〈RICO〉のすぐそばある築57年の2階建ての木造アパート〈希望荘〉のオーナーが
「建物をうまく活用できないか」と相談を持ちかけてきた。

そこで「まずは場所を知ってもらうために、マルシェを開催しましょう」と
宮原さんたちは提案した。

「マルシェをきっかけに、そこをゲストハウスにしたいという人も現れましたが
いろいろ難しくて。もう一度マルシェを開催した後、
結局うちがその建物を借りてシェアハウスを運営することになりました」

こうして〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉としての
エリアマネジメントは本格化していった。

空き物件を開拓し、店をひらきたい人とつなぐ

和歌山県は若い世代の県外流出が多いが
一方で、東京と和歌山という2拠点生活をする人がちらほら出てきたタイミングだった。
〈希望荘〉は、宮原さんが設計を手がけて風呂、トイレ、部屋の一部を一新。
飴色になった古い柱や階段などはそのままに、レトロな風情を残している。

良心的な家賃に加えて、家具や家電が揃っている利便性もあり
現在は7部屋中、6部屋が埋まっている人気ぶりだ。

この〈希望荘〉を皮切りとして〈RICO〉から徒歩数分の圏内に、
カフェ+花屋〈balder coffee+bois de gui〉、カフェ〈Cobato Parlour〉、
姉妹店のベーグル店〈COBATO BAKE FACTORY〉、
発酵をテーマにした〈三木町発酵ビルヂング〉など、
ここ数年で合計7店舗が相次いでオープンしている。

これらはすべて〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉が
店を開きたい人たちに空き物件を紹介してきた成果だ。

「建物って一度壊してしまったら、そこに何があったかなんて
すぐに記憶からなくなって、まちの歴史やストーリーも消えてしまう。
ただ新しいお店ができるだけでなく、
そういったものが残るまちのほうが魅力的に感じます。
でも空いた物件の全部で僕らが事業をするわけにはいかないので
エリアの歴史やストーリーを引き継いでくれる人に物件を紹介しています」
と宮原さんは言う。

宮原さんたちが空き物件を紹介し、2021年4月にオープンしたフラワーショップ〈bois de gui〉とカフェ〈balder coffee〉。(photo:Yoshiki Maruyama)

宮原さんたちが空き物件を紹介し、2021年4月にオープンしたフラワーショップ〈bois de gui〉とカフェ〈balder coffee〉。(photo:Yoshiki Maruyama)

エリアマネジメントに関しては、商業施設のコンサルタントとして
どの場所にどんなテナントを誘致するかなどを企画していた
麻里さんの手腕が光る。

「周辺を歩いて空き物件を見つけては、持ち主を探したりしています。
商業施設ではエントランス付近のお店はキャッチーな店がいいといった
セオリーがあるのですが、
コンサル時代の経験が生きているのかもしれませんね」

宮原さんらが空き物件を紹介して2022年の7月にグランドオープンした〈三木町発酵ビルヂング〉。

宮原さんらが空き物件を紹介して2022年の7月にグランドオープンした〈三木町発酵ビルヂング〉。

〈RICO〉がある大新エリアは、戦前・戦後は問屋街として栄えたが
そばに風俗街があり、ゲストハウスをオープンした当初も
「ここにゲストハウスはふさわしくない」と言う人さえいたと言う。
「でも、『だからこそやりがいがあるんじゃない?』と私たちは思うんです」と
麻里さんは言う。

この間、近所に住んでいるお客さんから
『10年前と比べたらイメージが良くなったね』と言われて、
すごくうれしかったんですよね」と、麻里さんは笑顔を見せた。

今では県外からも「いいお店が増えたよね」という声を聞くほどまでに
エリア全体の空気感がどんどん変わってきている。

忙しさでいっぱいのはずなのに、いつもゲストを笑顔で出迎える麻里さん。

忙しさでいっぱいのはずなのに、いつもゲストを笑顔で出迎える麻里さん。

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21世紀の創造都市とは?

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歩いて回れるサイズ感のまち

〈ワカヤマヤモリ舎〉がエリアマネジメントにおいて大切にしていることのひとつに
まちのスケール感がある。

「私は兵庫県の西宮市で暮らしていた期間が長いのですが、
最初に和歌山に来たときに『車社会だな』と感じました。
通勤もみんなほとんどマイカーを使うライフスタイルです。
ここから歩いたり、自転車に乗って楽しいまちにどうやってシフトしていくかを
いつも考えています」

RICOのコンセプトは「Find your seeds」。人・こと・物との出会いを通じ、自分のなかにある豊かさの種に気づく場所になるように、という思いが込められている。

RICOのコンセプトは「Find your seeds」。人・こと・物との出会いを通じ、自分のなかにある豊かさの種に気づく場所になるように、という思いが込められている。

空き物件の紹介と並行して、
ふたりはエリアの魅力を再編集するようなイベントも、これまで何度も開催してきた。
昨年は歩いて楽しいまちを体感するイベント
「大新散歩〜ふるまい茶とてくてく巡る2日間〜」を開催した。

〈ワカヤマヤモリ舎〉が誘致したお店や、以前からあるお店に
スイーツやお茶などを「ふるまい」として無償で提供してもらったり、
問屋さんの普段は入ることができない場所を見学させてもらえるように協力をお願いした。
カフェや銭湯、郵便局など、近隣の店という店が合計23店舗も参加し、
訪れた人は新旧のまちの顔を同時に歩いて楽しむことができる話題のイベントとなった。

「大学時代に『20世紀は製造業中心の時代だけど
21世紀はクリエイティブな産業が中心になっていく。
まちも、クリエイティブな人を許容する都市が強くなる』と
授業で教わって、感銘を受けたんです。
常にイメージしているのは創造都市をどうやってつくるのか」と麻里さんは言う。

創造都市の例として麻里さんはイタリアのボローニャを挙げた。
ボローニャにはポルティコと呼ばれる屋根つきの柱廊があり、
そこで物が販売されたり、カフェのオープンテラスが出されたりするそうだ。
「こうした中間的な場所がまちを生かしている」と麻里さんは言う。

旅人や学生、地元の人までが集う〈RICO〉は、まさにそんな中間的な場所。
その〈RICO〉を中心に、大新エリアはまさに創造都市的なエリアとして
少しずつ、しかし確実に生まれ変わろうとしている。

目下、ふたりはサイクリスト向けゲストハウスの
オープンに向けて休む間もない。

「RICOがある大新エリアは、ここ数年で飲食店が増えたので
今後はギャラリーや雑貨を扱う店を増やしていきたい。
日常生活のなかで、好きなことを楽しめる豊かな時間のある暮らしに共感して、
若い世代も住む人が増えてくれるといいな、と考えています」と宮原さんは言う。

これからの10年で、大新エリアがどのように進化していくのか、
そして人の流れと意識はどのように変わっていくのか、
楽しみにしながら見つめていきたい。

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Guesthouse RICO 

住所:和歌山県和歌山市新通5-6

TEL:073-488-6989

宿泊料金:ドミトリー 3400円〜(大人1名1泊)、個室7200円〜(大人2名1泊)

※宿泊料金はシーズン・人数により変動します。

Web:Guesthouse RICO

*価格はすべて税込です。

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連載

「本と温泉」を軸に地域創生。
文学と芸術で広がる
〈城崎温泉〉のまちづくりとは?

Local Action
vol.203

posted:2023.3.31   from:兵庫県豊岡市  genre:旅行 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

photographer profile

Mitsuyuki Nakajima

中島光行

なかじま・みつゆき●写真家
1969年、京都生まれ。京都在住。京都をメインに国内外問わず、風景や暮らし、寺院や職人など、そのなかに存在する美しさを抽出することに力を注ぐ。博物館、美術館の所蔵作品、寺社の宝物、建築、庭園などを撮影。そのなかには数多くの国宝や重要文化財も含まれる。そのほかに、雑誌、書籍、広告など幅広く活動中。(公)日本写真家協会会員 「三度目の京都」プロジェクト発起人。

まち全体が「ひとつの旅館」
1300年の歴史を積み重ねてきた“共存共栄”の精神

志賀直哉の短編『城の崎にて』をはじめ、
多くの文人墨客が足を運んだ兵庫県豊岡市の温泉街、城崎温泉。
羽田空港から伊丹空港経由の飛行機で約2時間。

柳並木が続き、まちの中心をながれる大谿川(おおたにがわ)沿いには、木造3階建の旅館が軒を連ねる。そんな温泉街で下駄をカランコロンとならし、浴衣姿でそぞろ歩きながら7つの外湯を巡るのも城崎温泉を楽しむ醍醐味だ。(写真提供:山本屋)

柳並木が続き、まちの中心をながれる大谿川(おおたにがわ)沿いには、木造3階建の旅館が軒を連ねる。そんな温泉街で下駄をカランコロンとならし、浴衣姿でそぞろ歩きながら7つの外湯を巡るのも城崎温泉を楽しむ醍醐味だ。(写真提供:山本屋)

約80軒の旅館がある城崎温泉では、
“駅が玄関、通りが廊下、旅館が客室、外湯が大浴場、商店が売店。
城崎に住む者は、皆同じ旅館の従業員である”という。
まち全体でひとつの旅館としておもてなしする「共存共栄」の精神が自然と根づき、
開湯1300年の歴史を積み重ね、関西屈指の温泉街を支えてきた。

温泉と文学。伝統を継承しながら変革を

関西に住む人にとっては毎年11月になったら解禁となる松葉蟹の城崎温泉、
というのが広く浸透してきた。2013年の志賀直哉来湯100年を機に、
城崎の文化価値をもう一度見つめ直し、これからの100年を見据えた
本づくりをすすめる〈本と温泉〉プロジェクトが
城崎温泉旅館経営研究会(若旦那)によって立ち上がった。

そのきっかけについて、志賀直哉が泊まっていた宿としても知られる
〈三木屋〉の10代目当主であり、NPO法人〈本と温泉〉副理事長を務める
片岡大介さんは当時をこう振り返る。

片岡さんは大学進学を機に京都へ。ホテル勤務を経て地元である城崎に戻り、2011年から〈三木屋〉の10代目を務めている。

片岡さんは大学進学を機に京都へ。ホテル勤務を経て地元である城崎に戻り、2011年から〈三木屋〉の10代目を務めている。

「志賀直哉が初めて城崎を訪れたのが1913年。そこから100周年を迎えたタイミングで、
旅館経営に関わる若旦那衆(通称2世会)を集めた〈城崎温泉旅館経営研究会〉を中心に、
もう一度“文学のまち、城崎温泉”を復活させようと、
ユニークな本をつくるプロジェクトが動き始めました」

創業300年以上の〈三木屋〉は国の登録有形文化財にも指定され、木造建築の随所に歴史の趣が感じられる。(写真提供:三木屋)

創業300年以上の〈三木屋〉は国の登録有形文化財にも指定され、木造建築の随所に歴史の趣が感じられる。(写真提供:三木屋)

「宿のなかで完結するのではなく、お客さまがまち全体を巡る“ひとつの旅館”
としての考えを、それぞれの旅館が長年貫き、守ってきました。
城崎温泉が“文学のまち”として浸透し、
みんなが一団となり取り組んできたことが今につながっているのだと思います」と片岡さん。

老朽化のため、2013年より段階的に改修を進め、2022年にはかつて皇族を迎えた特別室「22号室」をリニューアル。最も広い面積をもつ特別室は、もともと2部屋の和室を和洋折衷の新しい客室として更新された。(写真提供:三木屋)

老朽化のため、2013年より段階的に改修を進め、2022年にはかつて皇族を迎えた特別室「22号室」をリニューアル。最も広い面積をもつ特別室は、もともと2部屋の和室を和洋折衷の新しい客室として更新された。(写真提供:三木屋)

2015年7月にリニューアルした「つつじの湯」。城崎温泉では、戦後から内湯の大きさを旅館の規模に応じて制限しているそう。各旅館でも、まちの外湯を楽しんでもらえるよう案内している。(写真提供:三木屋)

2015年7月にリニューアルした「つつじの湯」。城崎温泉では、戦後から内湯の大きさを旅館の規模に応じて制限しているそう。各旅館でも、まちの外湯を楽しんでもらえるよう案内している。(写真提供:三木屋)

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三木屋

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島487

TEL:0796-32-2031(8:00〜20:00)

宿泊料金:「22号室」5万5000円~/大人2名1泊(定員:2~5名)

※宿泊料金はシーズン・人数により変動します。

Web:三木屋

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文学から広がった城崎の取り組みとは?

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温泉街発の“地産地読”で新たな読書体験を

本格的に〈本と温泉〉プロジェクトを始動するにあたって、
城崎温泉と文学を大きく結びつけてくれたのは、〈城崎国際アートセンター〉の
館長を務めた田口幹也さんとの出会いだったという。

2015年から6年間〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉の館長を務めた田口幹也さん。

2015年から6年間〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉の館長を務めた田口幹也さん。

豊岡市にUターンした田口さんが、ブックディレクターの幅允孝さんを
紹介してくれたことから、幅さんが運営している〈BACH(バッハ)〉と
城崎のまちから生まれる新たな物語をつくろうと、共同でプロジェクトがスタート。

「この取り組みの特徴は城崎のまちでしか買えないところです。
全国流通させるのでなく、城崎温泉の旅館やお土産屋、外湯のみで販売する
“地産地読”にこだわり、温泉街だからこそ味わえる読書体験を提案しようと
始めた試みです」と田口さんは話す。

1996年に開館した〈城崎文芸館 KINOBUN〉。オープンから20周年を迎えた2016年秋には展示内容を大幅にリニューアル。城崎を訪ねる旅人や地元の方に、より深く愉しく文学に親しんでもらえる施設へと生まれ変わった。(写真提供:城崎文芸館)

1996年に開館した〈城崎文芸館 KINOBUN〉。オープンから20周年を迎えた2016年秋には展示内容を大幅にリニューアル。城崎を訪ねる旅人や地元の方に、より深く愉しく文学に親しんでもらえる施設へと生まれ変わった。(写真提供:城崎文芸館)

これまでに万城目学さんや湊かなえさんといった人気作家が書き下ろし、城崎を舞台とした短編小説を生み出している。外湯に浸かりながら読書を楽しんでほしいという思いから、発売した本はすべて城崎温泉だけの地域限定販売に。もちろん城崎文芸館でも購入可能だ。2014年発売の万城目学『城崎裁判』は発行部数2万部を突破。(写真提供:城崎文芸館)

これまでに万城目学さんや湊かなえさんといった人気作家が書き下ろし、城崎を舞台とした短編小説を生み出している。外湯に浸かりながら読書を楽しんでほしいという思いから、発売した本はすべて城崎温泉だけの地域限定販売に。もちろん城崎文芸館でも購入可能だ。2014年発売の万城目学『城崎裁判』は発行部数2万部を突破。(写真提供:城崎文芸館)

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城崎文芸館 KINOBUN

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島357-1

TEL:0796-32-2575

開館時間:9:00〜17:00

休館日:水曜、年末年始

Web:城崎文芸館 KINOBUN

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移住して改めて気づいたまちの魅力

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“おせっかい”から始まった豊岡の魅力に付加価値を

関西では有名な温泉街ではあったが、関東圏、在京メディアでの露出は少なかったため、豊岡市は、情報戦略の柱(大交流)に東京への情報発信を掲げていた。
豊岡の魅力を在京メディアに知っていただく「豊岡エキシビション」を2010年から実施。
2013年からは田口さんも担当し、豊岡の知名度を高めていった。

豊岡市のPRに関わってきた田口さん

その発展のきっかけともいえる〈本と温泉〉プロジェクトや、
〈城崎文芸館 KINOBUN〉のリニューアルなど、
豊岡市のPRに関わってきた田口さんは同市日高町出身。
東京で飲食店の経営やメディアの立ち上げなどに約20年間携わったのち、
東日本大震災を機に豊岡にUターンし、その後城崎への移住を決心したそう。

「移住してから東京から知り合いが遊びに来てくれる機会が増えて。
案内しているうちにまちの魅力と課題を改めて実感しました。
そこから自分で勝手につくった“おせっかい”名刺をもち、
このまちの良さをうまく引き出してくれるクリエイターとのコラボレーションなどを、
豊岡市に提案しているうちに、少しずつPR活動をお手伝いさせてもらうようになりました」

その縁もあり、2015年から世界でも非常に珍しい舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉の館長に就任することに。

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コロナ禍で変化した、城崎の新たな場づくり

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稽古場からワーケーションまで。多様な価値観を生む創作拠点

これまで国内外のアーティストが訪れ、滞在しながら創作や稽古をするアーティスト・イン・レジデンス〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉は、2014年にリニューアルオープン。(写真提供:KIAC ©Madoka Nishiyama)

これまで国内外のアーティストが訪れ、滞在しながら創作や稽古をするアーティスト・イン・レジデンス〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉は、2014年にリニューアルオープン。(写真提供:KIAC ©Madoka Nishiyama)

さまざまな国や地域のアーティストが集まり、日常とは異なる環境、
文化的バックグラウンドを持った人々との交流から、
芸術創造的のインスピレーションを得ながら創作に集中することができる。
城崎に暮らすように滞在し、公開稽古や試演会などを通して
市民に作品を見せる機会を設けるなど、地域交流プログラムも充実。

ホールや6つのスタジオ、最大22名が宿泊可能なレジデンスやキッチンで構成される。滞在アーティストからは、くらしの延長線上に舞台があるので、モチベーションを維持したまま創作活動に向き合えるとの声も。

ホールや6つのスタジオ、最大22名が宿泊可能なレジデンスやキッチンで構成される。滞在アーティストからは、くらしの延長線上に舞台があるので、モチベーションを維持したまま創作活動に向き合えるとの声も。

2022年4月には同施設のエントランスホールには、テレワーク拠点となるスペース〈WORKATION IN TOYOOKA @KIAC(通称WIT)〉を新たに設置。

2022年4月には同施設のエントランスホールには、テレワーク拠点となるスペース〈WORKATION IN TOYOOKA @KIAC(通称WIT)〉を新たに設置。

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城崎国際アートセンター(KIAC)

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島1062

TEL:0796-32-3888

開館時間:9:00〜22:00(WITは9:00〜17:00)

※最新情報はホームページをご確認ください。

休館日:火曜

Web:城崎国際アートセンター

城崎温泉では“泊まる”“食べる”“買う”に、新たに“働く”という機能が加わり、
コロナ禍の影響から、ワーケーションとしての利用者も少しずつ増えつつある。
2021年11月にオープンした〈短編喫茶Un(あん)〉もそのひとつだ。

3000冊という世界一多くの短編小説が取り揃えられたブックストア、カフェとセレクトショップを併設。(写真提供:短編喫茶Un)

3000冊という世界一多くの短編小説が取り揃えられたブックストア、カフェとセレクトショップを併設。(写真提供:短編喫茶Un)

「小さな物語」の専門店として展開されるブックストア。(写真提供:短編喫茶Un)

「小さな物語の専門店」がコンセプトのブックストアでは、独自セレクトしたエッセイや詩、散文、和歌、俳句、絵本や写真集、アート、4コマ漫画など、多彩なジャンルの小さな物語が全て読み放題。(写真提供:短編喫茶Un)

独自セレクトした本棚には「5分で読める本」や「30分で読める本」
「1時間で読める本」「一生かけて読む本」と時間別でわかりやすく分類された企画棚も。
城崎での散策や仕事の合間にも、気軽に文学に触れ合える。

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短編喫茶Un

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島127

TEL:0796-32-4677

営業時間:10:00〜17:00

※最新情報はホームページをご確認ください。

定休日:木曜

Web:短編喫茶Un

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老舗旅館による100年ぶりの大改修プロジェクト

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歴史を大切にしながら現代の日本の美を探求する宿

1710年創業の老舗旅館〈小林屋〉は、1925年の北但大震災後に再建。木造3階建て、ベンガラ塗装を施した耐風板壁をもつ建造物として、2015年に国の登録有形文化財に認定された。(写真提供:小林屋)

1710年創業の老舗旅館〈小林屋〉は、1925年の北但大震災後に再建。木造3階建て、ベンガラ塗装を施した耐風板壁をもつ建造物として、2015年に国の登録有形文化財に認定された。(写真提供:小林屋)

6代目の井上吉右衛門(19代城崎町長)は、震災後の1932年に大谷橋〜王橋間に、柳を30本植樹し、現在の柳並木の景観を築いたと知られる立役者でもある。(写真提供:小林屋)

6代目の井上吉右衛門(19代城崎町長)は、震災後の1932年に大谷橋〜王橋間に、柳を30本植樹し、現在の柳並木の景観を築いた立役者でもある。(写真提供:小林屋)

「2021年に約100年ぶりとなる大規模改修を行ったのですが、
当初は老朽化した建物の修復をメインに考えていました。
2020年4月末から5月までの約1か月間、城崎の旅館は休業し、
外湯の入場制限も設けていました。いろいろなタイミングが重なり、
構造や素材など、歴史的意匠を生かしつつ、現代的な快適さとデザイン性を兼ね備えた、
大胆なイメージの刷新を狙ったリノベーションプロジェクトに発展しました」

11代目を務めながら現代美術家として活動を行う永本さん。北米を拠点に数々の展覧会やプロジェクトにも携わっている。

11代目を務めながら現代美術家として活動を行う永本さん。北米を拠点に数々の展覧会やプロジェクトにも携わっている。

そう話すのは若旦那の永本冬森(ともり)さん。城崎を訪れたきっかけは、
カナダのトロント時代の友人がかつて働いていた老舗旅館を紹介してくれたこと
だったという。そこから城崎に通うようになり、2021年から奥さまの実家である
〈小林屋〉の代表取締役に就任することに。

約40畳の大宴会場を解体し、2022年リニューアルの最上階スイートルーム「吉右衛門」に。設計監修に〈SUPPOSE DESIGN OFFICE(谷尻誠・吉田愛)〉が担当。歴史と趣を残し、シンプルでありながらも陰影礼賛を感じられる“現代の湯宿”を体現する空間に。(写真提供:小林屋)

約40畳の大宴会場を解体し、2022年リニューアルの最上階スイートルーム「吉右衛門」に。設計監修は〈SUPPOSE DESIGN OFFICE(谷尻誠・吉田愛)〉が担当。歴史と趣を残し、シンプルでありながらも陰影礼賛を感じられる“現代の湯宿”を体現する空間に。(写真提供:小林屋)

お茶の間スペースに吊り上げられた巨大な水府提灯は、約400年の歴史をもつ、
茨城県に伝わる伝統的な提灯づくりの技法を、島根の石州和紙を使用して制作したもの。
歴史を大切にしながらアップデートし、日本の伝統工芸を宿全体に取り入れる。
現代美術家としても日本の美を探求してきた、永本さんのこだわりが随所に詰まっている。

幅充孝によって選書された55冊の本が並び、リラックスした湯上がりにも読書を楽しめる。

幅充孝によって選書された55冊の本が並び、リラックスした湯上がりにも読書を楽しめる。

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小林屋

住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島369

TEL:0796-32-2424

宿泊料金:「吉右衛門」スイート8万円〜/大人1名1泊(定員:2〜6名)

※宿泊料金はシーズン・人数により変動します。

Web:小林屋

城崎温泉を中心に豊岡市では、この土地に訪れる人々がまちに共感し、
愛着を抱き、何度も訪れ、長期滞在してもらう「コミュニティツーリズム」を実践してきた。

2021年には豊岡市で初の4年生大学〈県立芸術文化観光専門職大学〉ができ、
「芸術文化と観光」を架橋した学びのなかで、
地域の新たな活力を創出する専門人材育成にもますます力を入れている。
“共存共栄”の精神で地域が一体となって目指してきた「小さな世界都市」を
ヴィジョンに価値の再創造、文学や芸術によるまちづくりを着実に進める、
城崎温泉の独創的な今後の取り組みにも注目だ。

*価格はすべて税込です。

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実は2通りある鱒寿司。「表おき」と「裏おき」の違いとは?|doors TOYAMA by コロカル

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