なぜ、麻雀は「早く」しなければいけないのか。
「いやっっっっっこいつほんまっっっっ!!!!!!!!遅っっっっっせええええええええなあああああああっ!!!」
とある場末の雀荘にて、私はキレていた。
なぜって、上家の切るのが遅かった。
そして、絶対不要な場面で小考が挟まっていた。
おまけに、そいつはそこそこ勝っていた。
ゆえに、私はキレていた。
──────────────
西も東もサンマと東風戦ばかりで、油断するとすぐチューリップの花束で殴られたり、吹きすさぶ五等分の春風にチップを巻き上げられたり、宝石つきのメリケンサックでフィストされてしまう昨今の加速する麻雀界でみなさんいかがお過ごしだろうか。まかり間違ってもゴットーの3枚など噛みしめてはいないだろうか。
そして自覚しているだろうか。あなたが身を置く世界の雀士達は、往々にして打牌がめちゃくちゃ速いことを。普通に打っているつもりだろうか?いやいや、めちゃくちゃ速いので自覚されたし。
では、なぜあなた達の打牌は速いのか?もちろん早く打つことが正義であり、遅く打つことは悪だからだ。悪とまでは言い過ぎかもしれないが、遅く打って褒められることなどあり得ない。
切り番に十五秒考えたやつと一秒前後で判断を下したやつ。どちらも同じ牌を切ったとしたら後者の方が偉いし上手いしカッコいい。
さも難局に立たされた棋士ぶってわざとらしく腕組んだり「ふむ…」とか言いながら顎に手をやって考え込むやつもいるが、お前がやっているのは麻雀という手番ごとにざっくり14分の1以下で最適解を選べる、囲碁や将棋とは比べることすらおこがましいヌルゲーなのだから、タテチンでも無い限りさっさと切れば良いのだ。
あの名作麻雀劇画こと天牌でも、作中の猛者たちは何切る問題を出されると聞かれてもいないのに「ノータイムで」と付け加えて回答する。
打牌は早いほうが是であることは明白である。
しかして、いつだって常識というものは誰かの非常識。あなた達の恒常行動を異界法則とする人々が麻雀界には存在する。
彼らは不必要におっせえ打牌をこれっぽちも悪びれず、それを他人からも咎められない環境で伸びやかに麻雀を打ち続ける。
いわゆる健康麻将などのノーレートや、ネット麻雀専門の民、その他Mリーグの波及に伴って現れた『見る雀』から興味を持って麻雀を打ち始めた人達がこれにあたる。
彼らは我々あなた方のような麻雀界の猥雑な場末に蔓延る喧騒、そして貪婪な収支計算とは遠く離れた花畑で日々石ころ並べに興じ、まるで毎巡が運命のツモのように「ズオオオ」と効果音がつきそうな遅い手付きでツモり、綿毛が落ちるような静けさで牌を置き切りし、アホみたいな手筋でせんでもいい放銃をしたってちっとも顔に出さず、つとめて冷静に「ハイッ」(裏声)と返して点棒を支払う。(本人はMリーガーが放銃した時の「…はい」って言ってるつもりなのだから、まあ勘弁してほしい)
運だけの配牌を運だけのツモで三面張に仕上げ、運だけのリーチを運だけでツモり、運だけで裏が乗ってもさも腕でアガったようなツラで、つとめて冷静に点数申告する。
彼らがいるのはそういう世界だ。それが美徳となる世界だ。しょうもな。
そして、時に彼らは花畑の外に出ることがある。
そこは白が1枚小さな日の丸になっていたり、青色や金色に塗られた牌があったり、西が常に役牌だったり、花牌に特殊効果があったりする。彼らはそうした未知の麻雀に触れ、麻雀の拡張性を知り、花畑に帰るとなぜか普段から打っているかのようにイキる。
花畑の外に暮らす同卓者からはクソほどイラつかれていたことにも気付かず。
なんでって、彼らは所作がなってない。これに尽きようというもの。
切ろうとした牌を河につく寸前で戻すし、打牌をギリギリまで指で隠すし、左手でツモって右手で切るし、ツモった牌を手牌の手前側に持ってきて中央あたりで公開してから倒牌する。
要は、無駄が多いのだ。
が、それに対していちいち気を立てて咎めるのは良くない気風だ。
麻雀というゲームはただでさえややこしいゲーム性な上、プレイヤーの性格が悪く、そのほとんどは初心者に優しくないと世間にバレてしまえば麻雀人口の増加は打ち止めになり、いずれ文化ごと滅びる。
なので、打牌時に下家の人から牌が見えるように切るとか山を前に出すとか、そういう「現実の麻雀ならではの気遣い」を、おせっかいな常連や、気の回るメンバーから優しく教わればスマートに遊戯ができる雀士が育つわけだ。
問題は遅いやつ。
これはホンマにギルティです。
打牌選択の速度だけを咎めたいのではない。それもあるが、進行が遅いことが問題なのだと申し上げたい。上で書いた所作がなってないという不満の真意はだいたい遅いという意味に集約される。
要は、山を前に出すのが遅い。
理牌が遅い。
その遅い理牌をしてから牌をツモるので、さらに遅い。
切るのが遅い。
打牌から指が離れて見えるようになるまでが遅い。
和了申告から倒牌が遅い。
もちろんこれは初心者なら誰でも通る道であり、回数をこなす内に打牌を始めとした所作の等々は洗練され、スムーズにせよ粗野にせよ素早くこなせるようになる。
が、慣れるまでの間に同卓させられる側としては知ったこっちゃねえのだ。
当然、初心者が集まるノーレートフリーや、お年寄りが老後の趣味に始めた健康麻将などに足を運べばそれを承知して不慣れな同卓者に教えることはまったく吝かでない。
34456みたいな形を5でアガっれたときなんか、我先に「あっ!それカンチャンに受けて符ハネしますんで42符は50符ですね」と鼻息荒く教えよう。
しかし、レートを乗せた場でそういう初心者と出くわしたときなら話は別だ。
私は金を払って麻雀を打ちに来たのになんでゲーム代バックもなく優しくティーチングせにゃならんのか。と言いたくなる。
「こちらのお客様は初心者ですので優しく教えてあげてくださいね」などと当然のように言い捨ててその場を立ち去るメンバーもいるが、お前の仕事だろ。せめて卓のそばに立ってろ。
ハッキリ言って進行が遅い初心者は、フリーにせよセットにせよ同卓するだけ損な存在だ。
要は3秒かけてツモって5秒かけて切り、おまけに切った牌をギリギリまで指で隠すやつとは誰だって同卓したくないのである。
おまけに、麻雀の神様というやつは平等だ。自分の手番だけ明らかに長ったるいことに何も思わない自己中なアホであろうとも、良いツモや良い配牌をくれる。麻雀の神様は雀士の競技姿勢など問わないのだ。
もちろん神様は平等なので、早く打つことに努める雀士にもいつかはいいツモや配牌をくれる。
そして、その「いつか」の到来はボンクラ一人がチンタラ打ってるせいで著しく遅れるのだ。やってられん。
……しかし、結局これらは「しょうがない」のだ。
自分だって、麻雀を始めたての頃は気付かないうちに進行に支障をきたすような所作を見逃されていて、見守られていて、許されていたに違いないのだ。
「打つのが遅い初心者は来んなよ!」というのは、「初見は二度と来るな!」と言っているのと同じだ。それでは“解決”に至らない。それはハッピーな落とし所ではない。
なので、打つのが遅い初心者はむしろ麻雀をどんどん打つべきだろう。
積極的にせっかちだらけの卓につくべきだ。そしてせっかちな経験者はどんどん急かすべきだ。もちろん、私はせっかちなので初心者に対してイライラする。
上家の切った2枚切れの西に止まってないで早くツモれ。
卓の外にツモった牌持っていかずにはよ切れ。
どうせ目視するのに出来もしない盲牌すんな。
アガった手をいつまでも眺めてないではよ牌を流せ。
と、緩慢な動作の初心者に対して私の貧乏ゆすりは止まらない。小手返しをカチャカチャやるし、ため息もつくし伸びをして「うーーーんっ…!」とか言う。わざとらしくメンバーに「すぅいまっせぇ〜ん、アァツシボォもらえますかぁ〜?」と間延びした声で注文して過度に待たされていることを暗に匂わせたりもする。
さて、このような対応を受けた打つのが遅い人は嫌な気持ちになるだろうか?
ミスをしたくないのだからゆっくり考えさせろ。自由に打たせろ。腕を組ませろなどと、人を待たせている身分で偉そうに要求する者もいるだろう。誰がそんな厚かましいやつに優しく教えるというのか。
ハッキリ言っておく。
私は遅いやつに嫌な気持ちになってほしいと思って、わざと急かすような所作をしている。
……“打つのに時間がかかる”あなたがこの一文を読んだとき、どのように感じたのか?想像すると少しドキドキするモノがあるが、なんせ事実だ。私はわざと急かすような所作をしているし、いや、急かすような所作というかもう、明白に急かしている。
精一杯やっているのに急かされてイヤ?なるほど。それでどうする?
………もう雀荘来ない?麻雀やめる?
何をたわけたことを!
自分がどれだけおかしなことを言っているのか自覚しているだろうか?
いくらあなたが素人の分際で他者の指摘を受け入れることに抵抗を覚えるほど、無根拠なプライドが醜く肥大化した人格破綻者だからって、そんなノータイムでわかる嘘をつかないでほしい。
滅茶苦茶、奇天烈、摩訶不思議。本末転倒、支離滅裂だ。あり得ないことを言っている。麻雀でお金を賭けるぐらい有り得ない。
冷静になって、あなたが今日雀荘に足を運ぼうと決めた瞬間の気持ちに立ち返っていただきたい。
…………………
立ち返れただろうか。それでは、時を遡って過去のあなたの想いを言い当ててご覧に入れよう。
“あ、リアルで麻雀したいな。”
これだけのはずだ。なに、違う?いいや嘘だ。間違いない。絶対だ。
雀荘に麻雀以外のことをやりに来るなどあり得ない。いるとしたら女流の追っかけか、スマホの充電目的か、フリー以外で人と関わる機会のない孤独なやつだ。
仮にそうだとしても、そんなやつはいくら急かされても平気の平左で、1秒でも長く女流と同卓するために天の東西戦で使われていた、アゴを拳で支えるだけであらゆる牌姿を伝えるあの謎のサインみたいなポーズで甲斐の無い長考にかまけているはずだ。きっしょ。
麻雀が打ちたくて雀荘に訪れたアナタは、けっして「ゆっくり考えて腕を組みながら悩んで悩んで悩み続けて同卓者の時間を不当に奪い、最後には誰でも選べるような牌を切るようなスタイルで麻雀を打ちたいな」などと思ってはいまい。もし思っているなら、一生雀魂やりながらド下手どもが一流ぶってドラマもどきに浸るゴミリーグ(※1)でも観ているのがお似合いだ。
あなたは“麻雀が打ちたい”のだろう?
だったら『早く打つように急かされる』のはむしろ麻雀という行為の肯定だ。だって、早く打てばその分たくさん麻雀ができるだろう。
麻雀がやりたくて雀荘に来たのだから、速く打つように心がけるのは機序としてごく自然だ。遅いほうがおかしい。
急かすという行動はマナ悪ではなく、むしろあなたを含むその卓のプレイヤーの共通目的を果たすための肯定行為と取れるはずだ。
そして打つのが遅いと急かされたあなたは
「なんで打つのが遅いと注意されるんだよ!自分は麻雀がしたいだけなのに!ゆっくり打たせろよ!」
と、ティンコンカンコンするのではなく、
「あっ、自分のせいで同卓者を待たせてしまっているな。早く切るように努めよう」
と、自省するのが正しい麻雀打ち、いいや真人間としての姿のはずだ。
それこそマナーではないか?
急かされて嫌な気持ちになるのなら、急かされないほど早く打てるまで上達するように努めるのがモノの道理だ。
お客さん気分でチンタラ打たれては困る。なんせ、あなたの同卓者だってお客さんだ。
「そうは言っても、急いで打ってるつもりなんだけど難しい手牌だとどうしても悩んじゃって……」
などと“しょうがない”風のみっともない言い訳を垂れる輩も腐るほど見てきたが、そういう手合いは
“気持ちに技術が追いついていない、庇護すべき不器用な初心者”
などではなく、
“自分が間違えないためなら人を待たせてもいいと考えるエゴイスト”
に過ぎない。
こういうやつはだいたいツモる動作ひとつに「よいしょ」とか発声して、さも「僕もただ好き勝手気ままにダラダラ打ってるわけじゃなくて負担は感じてるんですよ」みたいなアピールをかましてくるが、あれは社内ニートが引き出しにペンをしまうだけで「よいしょ」とか言ってるのと同じだ。牌ツモるだけで「よいしょ」とか言うほど体弱いなら病院行け。
話がやや経験談に逸れたが、自分がミスをしないためには同卓者をいくら待たせても良いと信じ込んでいるタイムイーターと彼らの庇護者は、その悪質な遅延行為の果てにある幸福な未来としてこのような理想論を時にぶちまく。
「今は打つのが遅いだけで、慣れてきたら速く打てるようになるから見守っていてほしい」
何度も言うが、そうなるまでに付き合わされる身にもなってもらいたい。
何よりもそうやってのびのび教えても初心者が早く打てるようになることは絶対に無いか、あるいは想像を絶するほど未来の話になる。
実は私も諸事情あって初心者にイチから教えるような麻雀教室を手伝っていたことがあったが、色々な初心者を育ててきた結論として優しくのびのび教えられていた初心者のほとんどは麻雀の基礎を理解してもゲームの進行速度は遅いままだった。
当然だ。何せいくらでも時間を使って考えながら正解を出すことに慣れているのだから早く切ることに努めるわけがない。
日々を安穏と過ごす人が、ある日を境に通勤通学の行き帰りで全力ダッシュをするようになる可能性について考えてほしい。そういうことだ。
反対に、局進行が早いプレイヤーに育てるには簡単だった。即座に自分の意志で選ばせた牌を切らせる。以上だ。後ろで「3,2,1・・・」とでもカウントしてやればよい。それでも切らない無法者はネト麻よろしく強制ツモ切りだ。
これは本当に効果てきめんだった。何せ彼らは初心者だ。急いで切るとなるととりあえず端っこや孤立してそうなところを反射的に切るわけだが、そうなるとまあまあミスる。
切った直後は失着に気付かなくとも、巡目が進むにつれて打点や受け入れの広さが著しく下がっていく様子が、手元に並べた石ころにむざむざと反映される経験はゆっくりのんびりちんたら打ってる雀士とでは歴然の差が生まれるレベルで上達に寄与する。
麻雀に限らないが、人はミスを積み重ねて学ぶものだ。そして自分ごとのミスが一番記憶に刻まれる。
他人のミスや“過去に起きた事例”のような、知識としてのミスでは大して印象に残らない。自分のミスということが大きなファクターなのだ。
つまり、私が全国の麻雀指導者に伝えたいことは上達させたきゃ急かしてミスらせろ。ということだ。
のびのび時間を使わせると、のびのび時間をかけて正解を導き出す害でしかない雀士になってしまう。もう一回、ハッキリと言おう。害だ。
フリーなら店に迷惑だし、セットなら同卓者に迷惑だ。
初心者大歓迎を謳う店なら許されるのだろうが、そこで鈴よ鳥よ、もとい、蝶よ花よと甘やかして飼い殺すなら結構だがその柵を越えて外に出られたらたまったモンではない。そのまま殿堂入りさせておけ。
そういう雀士の何が害って、冒頭で述べた通り彼らはウンニャカンニャと唸りながらVtuberによる雀魂の友人戦のように時間をふんだんに浪費しながら牌を切るが、麻雀というゲームの構造上、費やした時間に見合わないような失着打を重ねてもトータルで勝ってしまうことがままあり、これは千点あたりに何かを乗せていると凄まじく空気が悪くなることが予想される。
当然だ。一番場代を食ってるバカが何かまで持っていくのだ。同卓者がいい気分になるわけがない。
しかし、“でもでもだって”と自分の未熟は棚に上げ、切るのは遅いがそれでも雀荘で打ちたい。
そんなアナタのためになる、魔法の言葉が存在する。これさえ言えばあなたは害獣扱いから一転して庇護される初心者だ。
切り番で考え込んでも大目に見てもらえるし、山の前出しも忘れていたら教えてくれるし、点数計算だって教えてくれるし、起家マークの返し忘れも指摘してもらえる。
特に定型があるわけではないが、だいたいこんな感じの呪文だ。
「すみません」
「ごめんなさい」
「失礼します」
以上だ。つまり、謝れ。
切るのが遅い?なら「いやあ、すみません…エードウスンダコレ…」とか「うーん、ほんとごめんなさい…コッ…チカ…?」とか言っておけばよい。もう一回言う。謝れ。
切ったあとにも「失礼しました」って言え。
いいか、そもそも手番で過度に時間を使うのは自分以外の同卓者3人ないしは2人の時間を奪う行為だ。
遅刻と同じだ。麻雀と関係なく、これは悪いことだ。
悪いことしたら、ごめんなさいだ。
そんなもんはガキでも知ってる。
百歩譲って、遅いのはともかくとして早く打とうとする姿勢すら見せず、あまつさえ遅いことに対して悪びれもせず、選手の失着打はエンタメを免罪符に擁護するくせに一握りのトッププロ()が出場すると僭称して憚らない某リーグ(※2)の影響を受けたせいで『遅いのはちゃんと考えて打ってるから』などとぬかし、居直ってチンタラ打つクソボケも決して珍しくない。
麻雀は将棋という超知性的確定完全情報実力介入度100%の有意義ゲームと異なり、手番ごとの制限時間が基本的にない。ネット麻雀では例外的にあるというだけだ。なぜ無いかと言うと、上で述べた通り手番ごとの選択肢が大してないからだ。不要に時間をかけるプレイヤーは、いわばその仕組みを逆手に取ったアンフェアプレイヤーと言える。
タラタラと七千文字ほど能書きを垂れたが、要は早く打つように努めて、それが難しいなら上辺だけでも申し訳なさそうにしろということだ。
それができないならフリーにもっと通え。たくさん打って、慣れろ。
『打つの遅いけど、ネットではなくリアルで打ちたい』というのはどこまで突き詰めてもお前のワガママなのだ。
フリー雀荘は“麻雀を打ちたい”という需要を満たすための場所であり、『じっくり時間をかけて打ちたいそこのあなたへ!』などというセールストークと共に設けられたものではない。そういう店もあるのかは知らんが、ほとんどの店はそうではない。
そして、その姿勢を改めたくないのであればそれを許してもらえる店から出てくるな。迷惑だ。
遅いのはしょうがない。わざと遅くしているわけではないのだろう。
それでもお前の習熟が至らないせいで同卓者を余計に待たせているのなら、どれだけしょうがなかろうとそれは“悪い”のだ。
急かされると気が滅入るなら、急かされないように早く打てるようになるしかない。それが嫌で麻雀をやめるようなやつはそもそも最初から麻雀のことが大して好きでもないのだろう。そんなやつ麻雀人口に数えなくてもいい。
まあ、もしも。もしもだ。
「速く打てるほど慣れてもいないし同卓者をいくら持たせてでも麻雀プロみたいにポーズをつけながら考えたいから、いくら同卓者がイライラしながら急かしてきても謝りもしないし気にしないもんね。むしろ注意してくるやつムカつくからわざと遅く打ってやる!」
などという珍獣が、仮にいるとして。(というか、多分実在するのだが…)
そいつが本当に麻雀を愛していて、なおかつ麻雀に真摯なだけだと宣うのなら、同卓者のイラつきやメンバーの注意も、ましてやこのnoteのことなど意にも介さずにその姿勢を貫徹しても良かろう。
なんだかんだで、麻雀界は愚者に優しい。なんせ、麻雀打ちには大別して麻雀のうまいバカか、麻雀のヘタなバカしかいないからだ。そもそもが愚者をターゲットにした業界なので当然だ。
そのバカがさんざめく満天のバカ星群の中でひときわ目立つ、バカもカシコも上手いも下手も超越した存在。すなわち麻雀が好きな愚図のために初心者の殿堂を始めとした各地のノーレート雀荘や株式会社三矢商事や株式会社ベストワンが存在するのだ。
そこで終生打ち続けるも良し。いつか出禁になったら、そのうち麻雀王国にしか載っていない雀荘に迷い込んで、そこで食われるか染まるかの末路を遂げても良し。
ただ、そうなる前のいつかに、どこかであなたと同卓したときは、お互い気持ちよくサクサクと勝負したいじゃないか。
あいつに速く打つのを急かされた、あいつの打つのが遅かった。などと場外でイラつきを抱え合うぐらいなら、お互い速く打ったほうが雀荘側も含めて三者ともハッピーじゃないか。
麻雀を遊んでいて嫌な気持ちになるのは、負けたときだけでいいはずだ。
※1…あなたが「ド下手どもが一流ぶってドラマもどきに浸る」という特徴を読み上げて真っ先に思い浮かべた麻雀リーグ戦のこと。
※2…Mリーグのこと。あなたが先ほど思い浮かべたかは知らない。


コメント
1車の運転みたいなもんですからなあ。初心者マーク付けていても、法定速度の半分で走っちゃあダメだろwと