編集部へのお問い合わせはこちら

女性差別撤廃委員会の日本審査で指摘されたこと SRHRの観点から SDGsジャパンと考える~危機突破のカギ【6】

女性差別撤廃委員会の日本審査で指摘されたこと SRHRの観点から SDGsジャパンと考える~危機突破のカギ【6】
日本審査が行われたジュネーブで、堕胎罪の撤廃や、包括的性教育の公教育への導入などをアピールした市民社会団体のメンバー。左から2人目が筆者
ジョイセフ シニア・アドボカシー・オフィサー/草野洋美

著者_草野洋美さん
草野洋美(くさの・ひろみ)
公益財団法人ジョイセフ シニア・アドボカシー・オフィサー、W7イタリア2024アドバイザー。日本のSRHRとジェンダー平等の状況の改善を目指し、国連の人権メカニズムを活用したアドボカシーに取り組む。若者を中心としたアドボカシーグループ「SRHR ユースアライアンス」の事務局も務める。ジョイセフ入職前は民間企業の社会貢献活動の企画・運営を担当。東日本大震災の被災者に向けた心理社会支援に5年間にわたり携わった。論文執筆「UPR日本政府審査とジェンダー・SRHR課題」国際女性(2023)、「若者を中心に据えた取り組み」NWEC実践研究(2022)(共同論文)。

2024年10月17日、スイスのジュネーブにある国連欧州本部で、女性差別撤廃委員会による日本政府審査(建設的対話)が8年ぶりに開催されました。

国際協力NGOジョイセフは、「SRHR for All-すべての人にSRHRを」のスローガンのもと、6つの市民社会団体(SOSHIREN 女(わたし)のからだからNPO法人ピルコン#なんでないのプロジェクトTネット公益社団法人Marriage For All Japan一般社団法人LGBT法連合会)と、日本における「性と生殖に関する健康と権利(SRHR: Sexual and Reproductive Health and Rights)」の課題について委員会に報告書を提出、ジュネーブでもロビイングを行いました。

審査の結果、日本政府に対して行われる勧告は、国際的に合意された人権条約に照らして、日本には女性差別があることを明示化する効果を持ちます。また日本は女性差別撤廃条約を批准しているため、その第24条で条約の遵守を約束していますし、さらに日本国憲法第98条第2項のもと、国際条約の勧告を誠実に遵守する責任を負います。

そのため、審査にあたる委員に対して、日本の市民社会が実情や課題を伝え、勧告に盛り込んでもらうことには、日本国内で女性やマイノリティの人びとが直面している課題が、条約に照らして女性差別であることが認められ、日本政府に差別撤廃に向けた対策義務を負わせるという意義があります。

委員会でどのようなことが指摘されたのか、SRHRの観点からお伝えします。

日本審査に向けて記者会見を開いた市民社会団体のメンバー
日本審査に向けて記者会見を開いたNGOのメンバー。前列右から2人目が筆者

女性差別撤廃条約と女性差別撤廃委員会

1979年に国連で成立した「女性差別撤廃条約(Convention on Elimination of All forms of Discrimination Against Women: CEDAW)」は、9つある国際人権条約のうち4番目にできたもので、「世界の女性のための憲法」と呼ばれています。政治的・社会的活動への参画、雇用、教育、健康、家族関係など、公的・私的領域に関わらずあらゆる分野で女性差別を撤廃することを締約国に義務付けています。

女性差別撤廃条約に関する解説

女性差別撤廃委員会(以下、委員会)は、締結国における条約の実施・進捗(しんちょく)状況を審査するために設置された委員会で、世界各地域から選挙で選ばれた女性の権利の専門家23人から構成され、日本からは亜細亜大学の秋月弘子教授が委員の一人として活躍されています。

条約の履行を確保するために、委員会は各国政府の条約実施状況の審査を行います。この手続きは「建設的対話」とも呼ばれ、先行して提出されるレポートに基づき、委員と政府間で対話が行われます。レポートには、政府レポート、市民社会(CSO)レポート、そして独立人権機関*によるレポートの3種類があります。

*独立人権機関とは、1993年にできたパリ原則で定められた基準にのっとり、国内の人権保護、尊重推進のために設置される、政府から独立した機関のことです。世界118カ国で設置されていますが、残念ながら日本にはありません。

審査のプロセスと市民社会からの働きかけ

今回の日本政府審査では、政府レポートとCSOレポート65本(公開44本、非公開21本)に基づいて委員会の審査が行われました。

1回のCEDAW審査会期に審査を受けるのは約8カ国。1日1カ国ずつ審査会合を実施します。1人の委員は1回の会期に4カ国を担当しますが、出身国の審査には関われません。委員は膨大な量のレポートを読み込み、審査に向けて準備をします。

今回の日本審査に向けCSOレポートを提出した市民社会団体などから約100人がジュネーブに渡り、10月14日に開催された公式CSOブリーフィング会合(日本以外の審査国と合同)と16日に日本のCSO合同で開催したランチタイムブリーフィング会合で、それぞれのレポート内容のアピールを行いました。

ロビイングのため国連ジュネーブ事務所を訪れた筆者ら市民社会団体のメンバー
ロビイングのため国連ジュネーブ事務所を訪れた筆者(右から2人目)ら市民社会団体のメンバー

私たちSRHR市民社会レポートチームも16日に発言の機会を得ましたが、割当時間は1分程度と非常に短く、伝えたい内容をすべて伝えきることはできません。そこで15、16日の他の国の審査の開始前後や休憩時間に、国連ビル内にいるCEDAW委員を見つけては、A4紙1枚程度にまとめたレポートサマリーを渡すなどして、勧告を出してもらえるようにアピールも行いました。

委員はとても好意的に市民社会の話を聞いてくれました。とりわけ日本審査のリーダーを務めたネパール出身のバンダナ・ラナ委員は、16日のランチタイムブリーフィングでも司会を務め、市民社会が発表を終えた後も、「もっと具体的に説明してほしい。メールでもいいから追加の情報があれば提出してほしい」と、呼びかけてくれました。さらには、「若年女性の問題についてもっと知っている人はいない?」「女性とスポーツに関する課題について情報を持っている人は?」などと問い掛け、少しでも多くの課題をカバーしたい、最善の勧告を創り出したいという熱意が感じられました。

こうして市民社会が提示した情報は、翌17日の日本政府との建設的対話において質問やコメントとして盛り込まれ、活用されました。

従来の繰り返しにとどまった政府回答

日本政府審査は10~13時と15~17時の、合計5時間にわたり開催されました。日本政府からは内閣府男女共同参画局を筆頭に、外務省、法務省、文部科学省、こども家庭庁、警察庁、在ジュネーブ日本政府代表部、そして通訳からなる40人ほどの政府団が参加(国連人権高等弁務官事務所が公表している政府団のリスト)。冒頭に、男女共同参画局局長から30分間、前回2016年のCEDAW日本審査以降の、日本における男女共同参画施策の進捗、前回勧告の実施状況などについて報告がありました(同事務所が公表している日本政府の報告書)。

その後、条約の第1条から16条まで*、担当分野の委員から日本政府レポートの内容に対して、CSOレポートや前日までのやり取りから得た情報に基づき質問が投げかけられ、それに対して日本政府が回答するという、対話が行われました。

*女性差別撤廃条約は30条からなります。1~16条では、教育における女性差別の撤廃(10条)、雇用における女性差別の撤廃(11条)など、それぞれの分野での女性の権利が規定され、17条以降は委員会の設立など、事務的内容が定められています。

SRHR市民社会レポートで訴えた内容に関しても複数の質問が出されました。

包括的性教育については、ケニア出身とオーストラリア出身の委員から「過去に性教育に関連して公職にある人物から教育現場を萎縮させる否定的なコメントが出された影響が、性教育の実施にどのような影響を与えたのか」、「現在日本で行われている性教育は年間3時間ほどと少ないという情報がある。今後学習指導要領の中で、年齢に応じた包括的性教育を行う予定はあるか?」との質問がありました。

これに対して文部科学省担当官からは、「日本においては中央教育審議会の議論により作られた学習指導要領に基づき、児童生徒の発達段階に応じて性教育が行われている」という回答が繰り返されるにとどまりました。

母体保護法の配偶者同意については、「人工妊娠中絶を希望した場合に、配偶者同意を求めているのは世界でも11カ国のみで、G7国では日本だけだ。これは女性の身体の自己決定権に第三者が拒否権を行使できるのに等しい」という問いかけに対し、こども家庭庁担当官からは、「未婚の場合や配偶者が不明または死亡した場合、DVなど同意を得ることが困難な場合には『同意を不要と解釈できる』と関係機関に周知をはかっている。個人の倫理観・道徳観が深く関わるため、社会の各層で議論を深める必要がある」と回答がなされました。

現在行われている緊急避妊薬の薬局試験販売についても、「緊急避妊薬の薬局販売を恒久的に行う予定は? 試験販売では18歳未満の少女に対し保護者の同意を必要としているが、これを撤廃し誰もが必要な薬を入手可能にする予定はあるか」との質問に対し、厚生労働省担当官は「政府は現在の薬局試験販売の結果を分析する予定である」と回答するにとどまりました。

CEDAW委員が具体的な数値やデータに基づいた質問を投げかけたのに対し、日本政府の回答は現行法の読み上げや従来の回答の繰り返しに終始する場面が、何度もみられました。

とりわけ包括的性教育、母体保護法の配偶者同意に関する回答については、2023年に人権理事会で行われた日本審査*での勧告に対する政府回答が繰り返されました。今この瞬間にもSRHRに関する正しい知識や情報、適切な医療ケアにたどり着けず、悩み苦しんでいる若者や女性がいることの認識に乏しく、問題解決への意欲が無いように感じられました。

*UPR(普遍的定期的レビュー)、国連人権理事会が全ての国連加盟国の人権状況を定期的に(約4年半のサイクルで)審査する仕組み。

母体保護法改正などで強い勧告

審査の後、10月30日付で日本政府の施策に対する評価と勧告として、「総括所見(Concluding Observation)」という文書が、委員会から発表されています。

全般的に、日本では条約が求めるジェンダー平等の実現には至っていない、一定の制度が整備されても、実質的なジェンダー平等あるいは女性差別の解消に至っていない状況があると指摘しています。

CEDAWからのSRHR関連勧告

SRHRに関しては、共同執筆チームがレポートで要望した、刑法堕胎罪の撤廃、母体保護法に基づく中絶および自主的な不妊手術への配偶者同意の強制の撤廃、国際標準の近代的避妊法及び緊急避妊薬へのアクセス改善、包括的性教育の公教育への取り込みなど、ほぼ全てが勧告として発出されました。

その中でも、「緊急避妊薬の利用を含む近代的な避妊中絶を選ぶ権利」及び「人工妊娠中絶に配偶者の同意を必要とする母体保護法の改正」については、2年以内に政府からの進捗報告を求めるフォローアップ付きの強い勧告となりました。

建設的対話が終わった直後のCEDAW委員と日本政府代表団の写真
建設的対話が終わった直後のCEDAW委員と日本政府代表団の写真

おわりに:SRHRなしにジェンダー平等は達成できない

女性差別撤廃条約前文の中に、以下の一文があります。

「生殖における女性の役割が差別の根拠となるべきではなく、子の養育には男女及び社会全体がともに責任を負うことが必要である」

女性差別撤廃条約が1979年に指摘した、「女性=生殖、子育て」という限定した役割を女性に押し付けることによる女性差別は、今なお現代の日本社会に根強く残り、堕胎罪や配偶者要件の撤廃、緊急避妊薬を含む近代的避妊法のアクセスの改善が遅い理由にもつながっています。

人権的アプローチでジェンダー平等を基盤とした科学的に正確、かつ年齢や成長に合わせて段階的に行われる包括的性教育の公教育が進まない一方で、「男女ともに性や妊娠・出産に関する正しい知識を身に付け、健康管理を行うよう促す取り組み」として、今後こども家庭庁が、プレコンセプション・ケアを注力するという発表がありました。コンセプション(Conception)とは「受胎」のこと。つまり受胎をしやすくする健康管理の知識を優先に学校教育に取り組んでいこうというものです。

私たちが今回のCEDAWアドボカシーを通じて訴えた「SRHR for All-すべての人にSRHRを」とは、性と生殖に関して、自分の身体のことを、適切な知識と最適な医療ケアへのアクセスがある状態で、自分で決められるようにすることです。

いつ、誰と、子どもを持つのか、あるいは持たないことを選ぶのか。誰を好きになり、性的なパートナーとするのか。家族となるのか。あるいは一人でいることを選ぶのか。誰もあなたに強制することはできません。

すべてのジェンダーの人が、自分らしく、自分の性と身体を生きていくことが、SRHRであり、SRHRを守り推進することなしには、ジェンダー平等は達成できません。

2025年は男女共同参画基本計画の更新年です。新たにできる第6次男女共同参画基本計画には、CEDAW委員会から発出された勧告を反映し、ジェンダー平等実現に近づけてほしいと思います。

秋月委員によると、日本のCSOレポート提出数65本は他国審査の2倍ほどと圧倒的に多かったそうです。また100人もの人が市民社会からジュネーブでロビイングをするのも、日本のみだそうです。国内に独立人権機関が無く、裁判は金銭的心理的負担が高い、日本国内で女性差別が解決できていないことの表れでもあります。日本政府にはぜひ今回のCEDAW勧告を誠実に受け止めて、女性差別解消に向けて対応してほしいです。

そのためには市民一人ひとりが政府や政策立案者の対策をしっかりと監視し、声を上げていくことが求められています。

参考資料:
第89回CEDAW審査(日本政府含む)に関わる、政府レポート、CSOレポートなど
第89回CEDAW会期の関連映像(UN WebTV)
‐ 10月14日の公式CSOブリーフィング
‐ 10月17日CEDAW日本審査 前半後半
日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク (JNNC)による、CEDAW総括所見全文の和訳
SRHR市民社会SRHRレポートチーム作成の報告書(日英)

(2024.1.8更新)団体名の表記を修正しました。

この記事をシェア
関連記事