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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第八章 『ヴィンセント・ヴォラキア』
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第八章21 『避けては通れぬ宿命』



 酒場には濃厚な酒気と、土の香りが立ち込めていた。

 入口の傍に積み上がっているのは、空にされた酒瓶と酒樽、そして元々は人型をしていただろう、土人形たちの残骸だった。

 そのどちらも、積み上げたのは店内で管を巻いている二人の中年――、


「おお? この御仁、どこぞで見かけた御仁のような……どうか、赤毛の! 知っておられるか、毛玉の御仁ぞ!」


「誰がクソ毛玉だ! クソふざけたこと言ってんじゃねえぞ! こっちはずっと飲まず食わずで走りっ放しで、クソ疲れてんだよ……!」


 バシバシと自分の太腿を叩いて、上機嫌に笑う赤ら顔にグルービーが噛みつく。

 髪を頭の後ろでまとめた青中年は、そんなグルービーの訴えに「是非もなし是非もなし」と何故かますます楽しそうに笑い始めた。

 完全に、酒が悪い形で入っている様子だ。

 青中年は話にならないと、もう片方の赤髪の、赤中年の方に目をやる。そちらは静かに椅子に座り、掴んだ酒瓶を睨みつけていた。


「おい! そっちのクソ赤毛! てめえもこのクソ青毛とおんなじ手合いか?」


「――――」


「無視すんな! クソだんまり決め込んでねえで、こっちを……」


「――うるせえ」


 向けと、そう言おうとした直後、返礼の銀閃が迸った。

 椅子に腰掛けたまま、グルービーの首目掛けて横一線の斬撃が走る。飛び込んできたときもそうだったが、相手の急所を狙った的確な剣技だった。

 もしも相手がグルービーでなければ、致命傷の一手にもなったかもしれないが。


「誰にクソケンカ売ってんだ、てめえ!!」


 剣撃を鼻先を掠めるようにして躱し、一歩、詰めた瞬間にグルービーの拳が唸り、手甲を嵌めた一撃が赤中年の脇腹と接触、衝撃波が赤中年を壁に吹き飛ばした。

「か」と苦鳴をこぼし、赤中年の体が回りながら飛んでいく。受け身も取れずに壁に激突する男、それを尻目にグルービーは縦回転する酒瓶を空中で掴み取った。

 赤中年が飲んでいた酒、それをグルービーは豪快に喉へと流し込む。


「くあっ! クソ燃える……! 本当に欲しいのは水と食い物なんだが……」


「――お見事お見事! いやいや、大した腕前でござんすなぁ、毛玉の御仁。赤毛のも相当の実力者のはずが、歯牙にもかけないとは恐れ入った!」


「あぁ?」


 壁のところでさかさまになっている赤中年を尻目に、青中年がその場にどっかりと膝をつくと、参った参ったと言わんばかりに刀を収めてそうのたまう。

 正座し、赤ら顔でグルービーの力量を称賛する青中年は、抵抗する気はないと姿勢で示しながら深々と頭を下げた。


「大変ご迷惑をおかけした、毛玉の御仁! 某たちは流れ者にて、この集落にもふらりと立ち寄った身。しかし、某たちが駆け付けた時点で、すでに村はほれこの通り、土くれの群れに占拠されていて、村人はおらぬ始末というわけでござんす」


「……で、クソなてめえらは仕方ねえから死人が余らせた酒を飲み尽くしてたってか?」


「いやさ、お恥ずかしいながらその通り! 飽き足らず、次に戸を潜って現れるのが男と女のどちらの土くれかと、そのような賭け事に興じる始末で」


 へらへらと笑いながら、青中年は有事を有事とも思わぬ賭け事の内容を暴露する。

 馬鹿馬鹿しい内容ではあるが、賭けるのが所有者不在の酒と、自分たちの命であるならグルービーも言うことはない。どこで生きて死ぬのも男たちの勝手だ。

 ただし――、


「――クソ気に入らねえ」


「へえ、なんざんしょ」


「てめえ、刀も収めて膝も畳んで、争うつもりはクソありませんって面してやがるが、俺の鼻は誤魔化せねえぞ。……じろじろ、殺す気を探ってんじゃねえよ、クソが」


「――――」


 すん、と鼻を鳴らしたグルービーが睨むと、青中年が困り顔で「いやぁ」と頬を掻く。だが、否定の言葉が出てこないのは、とっさに言葉が浮かばなかったというより、適当な言い逃れがグルービーの逆鱗に触れるとわかったからだろう。

 この青中年、赤中年がやられた直後かその前から、グルービーへの殺意をずっと態度と言葉の裏に隠し続けている。

 土人形たちに追われて飛び込んだ場所で、休息どころか厄介な相手に絡まれた――と、そう思ったところで、グルービーは気付いた。


「……てめえの臭い、クソ覚えがあるな」


 どこかで嗅いだ臭いだと、グルービーは全身の毛を逆立てながら思い出す。

 一度嗅いだ臭いは忘れないなんて言わないが、特徴的な臭いは忘れ難い。じっとりと殺意を滲ませた臭いと合わせ、相手の素性を思い出そうとして――、


「――てめえ、もしかしてクソセシルスのクソ親父か?」


 思い当たった記憶を口にして、グルービーはじろりと相手を睨んだ。

 そのグルービーの鋭い眼差しに、青中年は苦々しい顔を浮かべると、


「うひー、思い出されちまってござい」


「クソが! それがバレたくねえからって俺を殺そうとしてやがったのか! クソふざけやがって! 大体、てめえはなんで生きてやがる! セシルスに斬られただろうが!」


「何故と問われ申しても、生きているから生きているとしか言いようが。とはいえ、某の生存が知られると、大層都合が悪うござんすが」


 ゆるゆると首を横に振り、いけしゃあしゃあと答える青中年――それは、『九神将』の『壱』であるセシルス・セグムントの父親だった。

 以前、セシルスと共に水晶宮に出入りしていたので、グルービーも何度かすれ違ったことがあった相手だ。ただし、もう何年も前に皇宮で不敬を働いたとされ、他ならぬ息子のセシルスに斬られ、死んだとされていたはず。


「手配書が回っている身でして、死んだというのは記憶違いでござんしょう」


「セシルスのクソがしくじると思ってねえってだけだ。剣の腕だけはクソ確かな野郎が、それでしくじったらただのクソになるだろうが。まさか、親だからって手心なんぞ入れたんじゃねえだろうな」


「――そりゃござんせん。あれに親子の情で鈍る剣筋など、ありゃしませんので」


「――――」


 そうはっきりと断言され、グルービーは噛みつく言葉を引っ込めた。

 目の前の青中年と、セシルスとの親子関係はよく知らない。ただ、セシルスをあのセシルスに育てた父親だ。ろくでなしの人でなしなのは想像に難くない。

 父親をぶった斬る腕が鈍らなかったというなら、それもさもありなんというものだ。

 しかし――、


「クソ……」


 追われ追われて逃げ続け、やっとのことで生きた人間と出くわしたというのに、それが酒浸りの二人組――それも片方は手配犯、もう片方は酒乱ときたものだ。

 自分の引きの悪さを呪って、自暴自棄になりたくもなる。


「う、ぐぐ……」


「お、赤毛のも生きてござんすな。毛玉の御仁はお優しい」


「……別に手ぇは抜いてねえよ。あのクソ赤毛がクソ頑丈ってだけだ」


 壁際でひっくり返った酒乱の赤中年も、体の中身をぐしゃぐしゃにするつもりのグルービーの一撃に耐えて、逆さの口から溢れる自分の吐瀉物で溺れている。

 ボロボロのグルービーでも、この赤青二人の中年をぶちのめすのはできるが――、


「……外が、騒がしくなってござんすなぁ」


 そう呟いた青中年の言う通り、忌まわしい土の香りが集落に入り込んでいる。

 逃げたグルービーを追い詰めるべく、かなりの大人数で隠れ里を取り囲んだようだ。じわじわと迫ってくる包囲網を鼻で嗅ぎ取り、グルービーは苦悩した。


 この二人の中年をぶち殺し、力の限りで包囲網を突破し、この酔っ払い共よりはマシな誰かを見つけて、水と食料を腹に入れる時間を作る。

 その理想は、果たして現実的だろうかと。それよりも――、


「……クソ野郎、取引だ」


「謹んでお聞きいたしんしょう」


 正座した姿勢のまま、刀を脇に置いて神妙にする青中年。

 直前まで、同じ姿勢の同じ態度でグルービーを殺そうとしていたくせに、白々しいにもほどがあると言いたいところだが、殺意の臭いは収まっていた。

 それを腹立たしく感じながら、グルービーは告げる。


「俺はなんとしても、閣下たちのとこに帰らなきゃならねえ。そのために、クソ共を利用することになってもだ。だから……」


「――――」


「てめえの指名手配だのなんだの、一将の権限で帳消しにしてやる。代わりにてめえは俺に協力して、帝都に戻る手伝いをしやがれ」


 これはグルービーにとっても苦肉の策だ。

 もしも自分が万全な状態なら、こんな男に頼ろうとは絶対に思わない。だが、意地を張り通して倒れたなら、それで誰が得をする。


「この、わけわからねえ状況を作ったクソ野郎だ」


 正直、ヴォラキア帝国を揺るがしているこの内戦には色々と裏を感じている。

 自分が帝都から遠ざけられた件に関しても、西側の警戒というもっともらしい理由はあったが、ヴィンセントの他の思惑があったと薄々勘付いていた。

 それに唯々諾々と従ったのは、ヴィンセントの判断なら信じていいと思ったから。

 そして、自分が信じたことの答えを聞くために、グルービーは戻らなくてはならない。

 だから――、


「取引を受けるかどうか、選びやがれ、クソ野郎!」


 牙を剥いて吠えたグルービー、その前で思案げに青中年が片目をつむる。

 心中の読み解けない男の思案、それの答えが出る前に、大きな音を立ててグルービーの背後、酒場の扉が外から打ち壊された。

 扉を破った勢いのままに、青白い顔の土人形たちが飛び込んでくる。それらの手が、小柄なグルービーの背に届く寸前――剣閃が走った。


 引き抜かれた刀の斬撃が、土人形たちの首を胴を両断し、土くれに変える。

 それをした青中年が、抜いた刀を自然な動きで納刀し、立ち上がった。そのまま、赤ら顔の青中年は素手の方で自分の無精髭の浮いた顎を撫で、


「手配の帳消しに加え、報奨金はいかほどでござんしょう」


「とことんクソだな、クソ野郎……」


 その図々しい問いかけを答えとして受け取り、グルービーは長く息を吐いた。そうして視界がぐるりと回ったかと思うと、


「クソ」


 そう、避け難い体力の限界に呑まれ、意識は暗い水底へと落ちていったのだった。





「やれやれ、細かい詰めも後回しに居眠りとは、毛玉の御仁もよい性格だ」


 その場にぐったりと崩れ落ち、豪快ないびきを漏らし始めた小さな獣人。

 ヴォラキア帝国の武の頂の一人、『九神将』のグルービー・ガムレットを見下ろして、赤ら顔をしたロウアン・セグムントは首をひねった。


 先の提示された条件、グルービーは口約束だと反故にする人物ではないだろう。

 十分、検討するに値する条件だった。もちろん、逃げ続けることを考えれば、ここで寝入ったグルービーの心の臓を貫き、逃亡生活を続けるだけだが。


「そんな真似をして、いったい誰の得になるやら。それよりも、某にも運が向いてきたと受け止める方が前向きでござんしょうに。――我が人生の第三幕、いよいよ開幕と!」


 ダンダンと強く地面を踏みしめ、ロウアンはわずかに引きつる左足を気にしつつ、しかし後ろ向きになる必要はないとほくそ笑む。

 とはいえ、まずはこの場を生きて出るのが最優先と、酒場の周囲に集まりつつある土くれたちの気配を察しながら、ひょいとグルービーを担ぎ上げた。

 そしてそのまま、壁際でさかさまの相方――ハインケルを蹴りつける。


「そら、赤毛の、起きた起きた! 事情が変わりござんした!」


「う、ぁ……?」


「置いてゆくのも寝覚めが悪い! 赤毛のも人生どん詰まりなら、ここで某と一太刀逆転に賭けるのも乙というものでござんしょう!」


 声高にそう言い募ってやると、嫌々という雰囲気でハインケルの目が開いた。

 彼は逆さの視界に飛び込んでくるロウアンと、担がれたグルービーを見やると、軽く足を振って逆さから復帰、すぐに眩暈を起こしたみたいにふらついた。


「なんだ……? 気持ち悪ぃ……」


「一将の一発でその答えはかえって大物が過ぎるところ。ささ、ここの酒も飲み尽くした頃合いに、そろそろ某たちも次の地へ流れるときでござんす」


「……その獣人は? 食うのか?」


「食うに困ればいざ知らず、今ひとたびはそのつもりはないということで。然らば」


 吐いた酒で汚れた口元を袖で拭い、ふらつくハインケルの背中を叩く。それから、今一度グルービーの体を担ぎ直し、ロウアンは振り向いた。

 一斉に、土くれ共が酒場の中へと雪崩れ込んでくる。それに対し、片手で刀の鯉口を切りながら、ロウアンは笑い、


「生きて待ってろ、ドラ息子。――天剣へ至るのは、まだ先でござんす」



                △▼△▼△▼△



 ――『大災』の猛威を覆す、二つの光。


 それが、鎖で雁字搦めにされた『星詠み』ウビルクがもたらした予言――否、彼らが言うところの、天命だった。

 ヴォラキア帝国で重宝され、これまでに幾度も起こる出来事を予知的に当ててきたとされる『星詠み』の発言、それがスバルを打った衝撃は大きい。


 正直、予言や予知なんてものをスバルはあまり信じていない。

 ああしたものは、様々な心理的なテクニックを使ったある種の詐欺だと思っている節がある。もちろん、この異世界では常識に囚われない現象も起こり得るだろう。

 そもそも、スバルの『死に戻り』が引き起こす成果だって、見ようによっては未来予知による最悪の未来の回避と言えなくもないだろう。

 できれば、死なないで未来がわかればもっとありがたいと思うところだが。

 ともあれ――、


「……言葉の通じない、女の子」


 わざわざ『星詠み』ではないと、そうスバルのことを言い直してまで、正確な情報を伝えようとした発言だ。

 それが意味するところの一人を思い浮かべ、スバルは息を呑む。

 しかし、その真意をスバルが問い質そうとするよりも早く、傍らに立っているアベルがウビルクへ冷たい眼差しを向けながら、


「貴様の語った光の一つ、グルービー・ガムレットなら死んだ」


「え」


 そうはっきりと断言され、ウビルクが目を丸くしてぽかんと口を開ける。

 当然だろう。もったいぶって話したお告げの相手が死んだと言われれば、誰でもこんな顔になる。実際、スバルもアベルの断言に驚かされた。

 そんなスバルたちの驚きを余所に、アベルは腕を組んだまま軽く肩をすくめ、


「大仰に、俺に星がついているなどと語った口から出たのがそれか。いささか以上に肩透かしと言わざるを得んな」


「待て待て待て! あたかも本当みたいに言うな! まだ未確認だろうが!」


「たわけ。これだけ合流の兆しがなければ、彼奴は死んだも同然であろう」


「死んだも同然と死にましたを一緒にするな! お前、最悪の可能性考える癖がつきすぎて、頭の中で相手を殺しすぎだぞ!」


 ウビルクに無意味なかまかけをしたみたいなアベルの発言に、スバルはそうやって猛然と食って掛かった。今、ここでウビルクを騙しても特に意味はないはずなので、これはしてもいい突っ込みだったはず。

 そのスバルとアベルのやり取りに、ウビルクは露骨に安堵した様子で吐息し、


「い、生きた心地がしませんでーしたよ。グルービー一将は死んでらっしゃらないと、そう思っていいわけでーすね?」


「すでに連絡が途絶えて久しく、西に割いたはずの一軍の動きはない。指揮していた彼奴の所在も不明となれば、死んだものとして話すのが建設的のはずだがな」


「建設的って何建てるの? 墓場?」


 スバルの発言を茶々入れとでも思ったのか、アベルの視線に険がこもる。が、引く理由はない言説だったので、スバルは舌を出して返事とし、ウビルクに振り向いた。

『星詠み』に対する信憑性、それは相変わらず高いとは言えないが。


「ウビルクさんに星が語りかけてきた段階で、そのグルービーって人は絶対に生きててくれてるの? だったら、こいつも説得しやすいけど」


「残念でーすが、星からもたらされたのは『大災』へ抗う人材の要点だけでして。その方々が生きてる生きてないまでは僕にはわかりかねますねー」


「死したグルービー・ガムレットが持つ、『大災』への対抗策か」


 生死は不明、と何度も言ってやるのも面倒で、スバルももう訂正はしなかったが、アベルのこぼした一言はこの先のために大きな意味を持つだろう。

 ウビルクの予言を信じることが前提なら、グルービーだけが持っていた特別な何かが、この災厄を止めるために必要な要素となるはずなのだ。

 それに加えて――、


「――ルイ」


 ウビルクが語った二つの光、その片方がグルービー・ガムレットという帝国一将のことならば、もう片方が示しているのは彼女のことだった。

 このヴォラキア帝国に、スバルやレムと一緒に飛ばされてきて、以来、スバルたちと共に数々の苦難を乗り越え、この連環竜車にも合流している少女――この世界でもとびきりレベルの曰く付きである彼女が、災厄を退けるのに必要だとウビルクは言った。


 ルイとグルービー、この二人に共通する何かが、『敵』を倒すのに有効なはずなのだ。


「グルービー・ガムレットは『呪具師』と呼ばれる、魔法と呪術に通じ、それらの技術を組み入れた装具を作る技術を有したものだ」


 おそらく、スバルと同じ思考の流れを辿ったのだろう。

 アベルが説明的に明かしたのは、グルービーという人物が持っている固有のスキル。他のものでは代替できない、だからこそ光に選ばれただろう一因だ。


「一将の一人ってことは、もちろん本人も強いんだよな?」


「力量確かであることは間違いない。獣人の中でも感覚器官の鋭敏さに優れ、特に嗅覚ではあれに勝るものは帝国を見渡してもいない。だが、この『星詠み』めが語った条件を踏まえれば、着目すべきは戦士としての腕ではない」


「わかってる。……魔法と呪術、か」


 魔法に関しては、ベアトリスとロズワールが成果を挙げてきたばかりだ。

 屍人たちの体内に潜んだ核虫の存在、それが屍人の生まれるメカニズムの中心になっていることは間違いないと。

 しかし、ウビルクの口にした光に二人は含まれていない。

 つまるところ、注目すべきは優れた魔法使いという点ではなく――、


「「――呪術」」


 スバルとアベルが同時に発言し、互いの黒瞳が交錯する。

 自分だけでなく、アベルも同じ結論に至ったということがスバルの確信を後押しする。おおよそ間違いなく、屍人対策にグルービーが選ばれた理由は呪術だ。

 魔法的アプローチに加え、呪術的アプローチが加わることによって、あの屍人たちに何らかの有効な手が打てるのだと。


「グルービー・ガムレットを除けば、呪術の知識があるのはオルバルト・ダンクルケンぐらいのものか。見識のあるものを集めるのは急務だな。貴様の方は?」


「うちはベア子がちょっと詳しいのと、俺がいまだに呪われてるぐらい。ロズワールとか姉様はどのぐらい詳しいかな……」


「――。一部は聞き流すとして、それらの知見も語らせる必要があろう」


 前に、魔獣であるウルガルムの群れに噛まれ、呪われたときの後遺症はいまだにスバルの体内に巣食っているともっぱらの噂だ。

 幸い、日常生活に支障をきたしていないので放置したままにしてあるのだが、正体不明のイボが体にあるみたいで、気にならないと言えば嘘になる呪いだった。


 ともあれ、アベルの言う通り、呪いの知識がある人間を片っ端から集めて、専門家であるグルービーがくれたはずの知見に辿り着く必要がある。

 そう考えるスバルに、「その上で」とアベルが静かに付け加え、


「――あの娘の存在、それが如何なる優位を帝国にもたらすか、貴様は答えを持っているのか?」


 当然、話題はルイの方にも波及し、アベルの問いかけがスバルへと突き刺さった。


「――――」


 口を閉じて、スバルはアベルの問いかけへの答えを一拍待たせる。

 しかし、一拍はやがて二拍になり三拍になり、それでも明瞭な答えに辿り着けない。

 問われていることは明白で、その答えをスバル自身が持っていないことは、悩むまでもなく明らかなことであったのに。


「リンガを分かったあの場で、俺は貴様に言ったな。――大罪司教と思しき相手を即座に処刑せよと、そのように告げるつもりはないと」


 その、押し黙ったスバルに代わるように、アベルがルイの話題を押し進める。

 あのみっともない殴り合いの果てに、スバルとアベルはリンガを分け合って食べたが、その話の流れの中でルイのことにも言及した。

 そこでは確かに、アベルはルイの正体を理由に罰さないと言ったが――、


「その考えは今も変わってはおらぬ。――あの娘を如何なるものとして定義するか、それをすべきは俺ではなく、貴様であるからだ」


「……俺が、ルイを定義する?」


「あの娘の行いと深く関わっているのは、俺ではなく貴様の方だ。あの娘が運命を委ねるとしても、それは俺ではなく、貴様を望もう」


 喉の渇きを覚えるスバルの横で、アベルは淡々とそう述べると、その視線をスバルからウビルクの方に戻し、


「貴様が星から伝え聞いた内容に誤りはないな? 『大災』と対抗するためには、此奴の連れていた娘の存在が鍵となると」


「――。ええ、僕の話は変わりまーせん。グルービー一将と同じく、その子の何を星が認めたのか、そーれはわかりませんが」


 肩をすくめた拍子に鎖を鳴らし、ウビルクは変わらぬ悩みの種を植え直す。

 それがどんな風に芽吹き、どんな蕾を付け、どんな花を咲かせるのかわからない。わからないまでも、花を咲かすことも枯らすこともさせず、種を持ち歩き続けることはできないのだと、そうスバルも痛感した。


 そうして、その現実に胸を痛めるスバルに、他者の痛みを理解しようと振る舞わない皇帝は、一切の容赦なく告げる。


「疾く、結論へ至るがいい。あのリンガの味と、貴様の大言が嘘でないならば」



                △▼△▼△▼△



「――スバル、聞きたい話は聞けたの?」


 ウビルクの囚われた客室を出たところで、心配げに待っていたエミリアに出迎えられる。

 一応、『星詠み』の存在はヴォラキア帝国の秘匿情報に当たるとのことで、スバル以外の王国の人間は部屋への同席が許されなかったのだ。

 スバルはすでにウビルクと面識があったのと、アベル的にも『星詠み』の話は聞かせるべきだと、そう判断してくれたということだったのだろう。


「聞けたと言えば聞けたし、聞けなかったと言えば聞けなかったけど……」


「……要領を得ない答えなのよ。ただの時間の無駄だったってことかしら?」


「ではない、と思う」


 どうしても歯切れ悪くなるスバルに、とてとてとやってきて手を握ったベアトリスも眉を顰める。

 しかし、そのベアトリスもエミリアも、居合わせるオットーやガーフィールも、スバルの答えを急かそうとはしてこない。

 その思いやりが帝国人とは違うなとぼんやり感じながら、懐かしくて温かい彼らの気遣いに甘えてしまいたくなる。

 でも――、


「――それじゃ、ダメだ」


 いつまでも、顔を背けたままでいることはできない。

 不誠実という以上に、事態は差し迫ったところへきてしまったのだ。何より、なあなあを許してくれる人たちの前を離れたとき、一番苦しむのはスバルではない。

 だから――、


「みんな、帝国のためにも、ちゃんと話し合っておきたいことがあるんだ」


「みんなで、話し合っておきたいこと?」


「ああ」


 聞き返したエミリアに頷いて、スバルは深々と息を吸った。

 ここのみんなにも、あるいはこの場にいないスバルの大事に思える人たちにも、決して避けては通ることのできない、避けてはいけない話題。

 それは――、


「――『暴食』の大罪司教、ルイ・アルネブのことを、ちゃんと話そう」




前話のウビルクとの対話のシーン、スバルとアベル以外のキャラクターがいるのが設定的におかしかったため、ユリウスがぎょっとするシーンを削除しました。

混乱させて申し訳ない。

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