糸柳が本当に死んだかどうか、(特定の界隈から見て)あいつはどうだったのかなどと様々な意見があるが、さしあたり事実として多くの人間の印象に残っていることが、彼の山からの帰還、そして変貌である。元記事のこの部分だ。
ある時期のことだが、彼は女に別れを言って山に行き、そして数カ月後に帰ってきた。冬山の山荘はよく人が死ぬらしいし、彼も死ぬつもりで行くと言っていた。長くして白い髪と白い肌をしてた。
それ以降、彼は「愛嬌」を失い、破滅に向かっていった。それは俺も観察した。彼は山に行く直前まで「愛嬌」があった。そして後述の出来事のあと、消えた。1年後、友人主催の「もくもく会」に参加した際、誰とも話さない、白髪で少年のような目をした者がいた。おそらく彼は糸柳である。しかし誰も断定できない。「糸柳?」と話しかけても応答がない。ただPCに向かい続けている。愛嬌はない。誰かわからない。しかし、今後も参加する可能性を考えるとこの者に何らかの呼び名があった方がいい。俺は彼の少年のような目とPCにまっすぐ向かう姿から「清」と名付けた。
もくもく会に呼んだ友人によると「清」は間違いなく糸柳だった。しかし、彼は一つの謎を残した。なぜこのように変貌して戻ってきたのか。そこまでのことがあったのか。上記記事を読んでその理由が少しわかった気がする。これは仮説である。まずここから始めよう。
彼のコミュニケーションスタイルは嘘と誇張であった。(...)それは彼の特性として受け入れられていたように見えるし、持ち前の愛嬌によってある時期までは許されていたように見える。
この立ち振る舞いができるためには、条件がある。嘘や誇張をする場所を、ちゃんと評価できる人間にばれないように切り離し、各場所をコントロールすることだ。「界隈」を分けると言ってもいい。していることはコミュニケーションチャネルの分離と管理だ。様々な顔を使い分け、ソフトウェアに詳しくない人にソフトウェアの話を、山に詳しくない人に山の話をする。聞く側は怪しさこそ感じても「愛嬌」と面白さがあるのでそこまで問題視はしない。俺は別にそれでいいと思っていたし、俺が知っている以外の別の界隈もあるだろうが特別関心はなかった。
それが崩壊したのは、元記事の著者が指摘するように「ある女(女と呼ばない人もいるらしい)の揉め事」だろう。そもそもこの事件が「ある女の揉め事」だと書かれている段階で、俺は元記事の著者と別の界隈である。
(追記:そもそも指している出来事自体が違う可能性がある。同時期に揉め事が複数あったことは知っている。しかし論旨は変わらないし各揉め事がどう「清」に関連したかわからないため、ここでは私が当事者として経験した揉め事について述べる)。
糸柳は、揉め事において「ある界隈にとっては良いが、別の界隈からは反感を買うであろう」ことをおこなった。その上で、我々反感を買うであろう界隈に、スライドで説明をおこなった。俺は、このスライドの公開設定は「URLを知っている者」のみだと勝手に思っていた。しかし、実際にはスライドはインターネットに一般公開されており、あろうことか揉め事の当事者に伝わってしまった。
(追記2: その後、スライドに「特に勢いで情報を公開しそうな以下の人物に最終的に情報が共有される事態は徹底して回避してください」と書かれた人物に、スライドが伝わって、実際に彼らはインターネットで拡散した。だが、いろいろなことが起きた中でどれが致命的だったのかはもうわからんし、本人が墓に持っていった。そもそも誰も求めてないのにおもむろにスライドで説明を始めた段階でかなり状態が悪かったのと思うので、何やったらどう転ぶかなんて当時の段階でもうわからなかったのではないか。あえて言えば俺たち全員が軽率だった)
「場所のコントロール」が、崩壊した。
それは、個別の出来事の問題ではない。彼が自分に都合のいいことを言っていたことが、皆に知られてしまったということを意味する。おそらく彼はそう受け取ってしまったのだろう。そして、彼は去り、「清」として戻ってきた。そこに「嘘や誇張をごまかす」ための愛嬌はもはや必要なかった。
さて、戻ってきた後の糸柳、あるいは清については、会話がなかったため詳細は知らない。友人経由で俺に伝言をしてきたことが2回あり、「俺は界隈の人間とは関わらないようにしている。あいつが元気ならそれでいい」と「グランド・ジョラスに行ってきた。あいつならその意味がわかるだろう」だ。グランド・ジョラスには行きはしたが天候の関係から登れなかったらしい。「意味」は、森田勝および彼をモチーフにした『神々の山嶺』のことだろう。わかるというか感じ取ったものはあった。俺もそれを抱えて生きている。糸柳自身の記事があるので参考になれば。
tender-mountain.hatenablog.com
話を戻す。聞いた話を総合すると、清後の糸柳は、界隈を分けるのではなく、「嘘と誇張」を維持したまま直接それが嘘と誇張だとわかる人々と関わっていたようだ。誇張は、それが本物だと証明できれば誇張ではなくなる。だから無茶な登山をしたりしていたのだろう。はっきり言って、また界隈を分けて適当に吹いて愛嬌で楽しんでいた方が良いように思える。しかし、一回崩壊したものを立て直すことをしなかったのだろう。それがなぜなのかはわからない。
いずれにせよ、彼はその厳しい道を選び、死んだ。誇張と現実のギャップに耐えられなくなった、そもそもこのような人間関係のあり方に無理があった、能力があれば…そのような様々な憶測が可能だが、可能にすぎない。
少なくとも言えそうなのは、彼が「清」になったのはコミュニケーションチャネルの分離と管理が崩壊したからだろうということだ。それが本当なのかはわからない。しかし、俺は今の所そう自身を納得させるしかない。
俺とお前の間なら、嘘でも誇張でもよかったじゃないか。