田中愛国県議に対する件について総括します。
元監査人が田中愛国議員が286万円について質問をすることを初めて知ったのは6月15日です。
後援会職員からの電話でした。
その旨,知事にメールで伝えました。
知事は、全員協議会、議会、総務委員会、定例記者会見、臨時記者会見において、
「事前に田中議員に286万円の資金移動に関する当方の考え方をお伝えしておけば,質問時間に限りがある中,より充実した質疑応答を行えるのではないかと考えておりました」
「私は,田中議員からの質問に対して誠実にお答えをしようと考えておりました。田中議員に圧力をかけるとか,質問をやめてもらうといったことは一切考えておらず,当然そのようなことをその人物に依頼した事実もございません」
と答弁されています。
6月15日午後8時6分参考人宛てメールがあった以降,知事は田中愛国県議から286万円の迂回寄附を追求されることが恐怖で,「何とか質問を止められないか」旨,電話で相談がありました。
田中愛国県議からの質問を止める手段として以下 3つの考えを電話、メールで示していた。(ボイスメモ)
(ア)参考人が田中愛国県議と会って質問を止める
(イ)知事自身が自民党瀬川県議と宅島県議にお願いして質問を止める。
(ウ)議長に相談して質問を止める
上記(イ)(ウ)については、吉村議員も質問をする中でお話をされていたとおり実際に実行しています。
元監査人も依頼済みであると聞いていた(ボイスメモ)
しかし、二つとも不調に終わったことは事実です。
※知事は、圧力をかけて質問を止めようとしたことは、今回が初めてではない。知事に就いてから、自分に不都合な事前通告(質問の)があったら議員の関係者、また、支援団体にまで自らが連絡して圧力をかけていたことを知事本人、また、関係者から聞いていた。
これは議会関係者では有名な話だ。
また、この度、発覚した「ヤラセ抗議文」のこともそうである。
目的は、
元監査人の召喚阻止
元監査人の証言の信用性の低下をはかること
そのために、SIから聞いた話を鵜呑みにして弁護士が書面を作成し、28日、SIに送り、SIは29日午前4時前後に仙台セブンイレブン仙台折立店から弁護士が指定した送信先(県議会事務局、県政記者クラブ)にFAXした。
(S Iの自供)
このSIと知事、弁護士らの動きを予言した者がいたこともわかった。
その予言者は長崎県選出の参議です。
参議は、自民党会派の会議において、自民党議員を前にして、29日の「ヤラセ抗議文」を予言して述べている。
さらに、参議は衆議院選挙時に、自民党県連幹部にも29日を予言していた
見事に的中させているのです。
このように、これが政治の世界なのでしょうが、知事をはじめ関係者にとって、邪魔者には圧力をかけるのが常套手段だということがよくよく理解できました。
元監査人は知事からの依頼を受けて,
「それをしたら私が脅迫や強要でやられるから無理です」と電話できっぱり断った。
そのおり、知事を励ました。 当時、元監査人は知事を助けようと必死でした。
その上で,「日本国民の一人として田中愛国県議を調べてその真実を話すだけなら」旨お伝えしました。
その後、知事は,16日午後17時51分参考人に県議会一般質問予定表,同日午後10時25分県政の状況,田中愛国県議が質問する背景等を知らせてきました。
また、電話やメールで知事から田中県議の背景及び質問予定、田中愛国県議の所得を証明するもの、県政の状況等の説明を受けました。
自民党の常任総務会、佐世保で叙勲パーティーがあった日です。
その日は、午前中、知事室で知事と打合せをしました。田中県議が常任総務会を欠席したことがわかったので、後援会事務所に行って24日のプレスリリースを作成しました。
そして、田中県議が叙勲パーティーには出席する情報を自民党の湊亮太県会議員から得たので叙勲パーティー会場に向かいました。
佐世保の叙勲パーティー会場には後援会職員の運転する車で行きました。
勿論、知事の指示により後援会職員が同行しました
知事自身が田中県議に「圧」をかけたと 誤解されたら面倒なことになるから知らないふりをしておきます。要は見て見ぬふりをするということであり,後援会職員にも田中県議と面識はあるのか、参考人との同席など記憶に残りそうな接触は控えるように注意し、大石賢吾後援会が誘導していることを悟られないようにしてほしい旨伝えている。
住所は知事から聞きました。田中県議の奥様が赤いアウディに乗られているということも聞きました。
午後8時14分、元監査人は知事に対して「自宅に向かいます」旨をメールで知らせ,自宅に向かいました。
田中愛国県議宅では、約2時間4分間,IRのこと,そして,収支報告のことを田中県議に話しをしました。
正直、こうして元監査人が赴いて話をすることで、田中県議からの追求が少しは緩むかな,と思ったことは確かなことです。
しかし,議会制民主主義を愚弄するような「圧力」をかける等は一切ございません。
田中議員宅を出たのは、同日午後10時27分です。
長崎市内に向かう車中から知事に電話で41分間,田中愛国県議宅での状況を報告しました。
同日午後11時54分、知事から「お疲れ様でございました。今日も本当にありがとうございました。できるだけ休まれてください」旨メールがあった。
,本行動は知事の依頼の元,協力のもと,知事のために動いたことであって,その事実を「勝手にやったこと」「知らない」「報告を受けていない」等の猿芝居をする等から,元監査人は,知事の2000万円の詐欺ないし横領の罪で長崎地方検察庁に告発するまでに小林かつとし県議と田中愛国県議のご自宅に赴き,謝罪の上,事実をお伝えすることを知事宛内容証明ー受付通番
G01127081000100号(133-93-71775-0
G01127077000100号(133-93-71785-3)
及びその後の通知書において通知した。(2通で10枚)
そして,田中愛国県議には,6月9日午後2時39分,総務委員会で田中県議問題を取り上げた,小林かつとし県議には同日午後2時55分にそれぞれメールで謝罪した。
その後,小林県議秘書から電話があり,ご本人に代わっていただき真実をお話した上で謝罪しました。
7月26日,午前9時半からの長崎地検での聴取終了後の午後12時30分過ぎから,長崎県庁議会棟1階第5会議室において,小林かつとし県議仲介のもと,田中愛国県議に対して謝罪し,真実をお話ししてお許しいただいた。
本ブログ総括
本事案は,「何とか質問を止められないか」旨,知事から相談があった。
しかし,元監査人は
「それをしたら私が脅迫や強要でやられるから無理です」「日本国民の一人として田中愛国県議の悪事を調べ上げてその真実を話すだけなら」
旨、話して訪問に至ったことが真実である。
元監査人は,長崎県,田中愛国県議と何らの縁もゆかりもなく,また, 知事のように田中愛国県議に対する敵対心,恐怖心すら持ち合わせてないし,自らすすんで田中愛国県議に接しようとすること自体おかしな話です。
「依頼がないと行きません」
さらに、その事実を「勝手にやったこと」「知らない」「報告を受けていない」等の猿芝居をする,加えて,政治とカネの問題が発覚するたびに繰り返されてきた国会議員の言い訳と同様の責任をなすりつけで,「知らぬ,存ぜぬ」この構図と同じである。
よって、元監査人は、
①知事から「依頼」を受けました
②「それをしたら私が脅迫や強要でやられるから無理です」お断りした。その上で,「日本国民の一人として田中愛国県議を調べてその真実を話すだけなら」旨お伝えしました。
③ 元監査人が赴いて話をすることで、田中県議からの追求が少しは緩むかな,と思ったことは確かなことです。
④ 田中愛国県議に接触したのは令和6年6月22日です。
自民党の常任総務会、佐世保で叙勲パーティーがあった日です。
⑤その日は、午前中、知事室で知事と打合せをしました。田中県議が常任総務会を欠席したことがわかったので、後援会事務所に行って24日のプレスリリースを作成しました。
⑥田中県議が叙勲パーティーには出席する情報を自民党の湊亮太県会議員から得たので叙勲パーティー会場に向かいました。
⑦佐世保の叙勲パーティー会場には知事の指示により後援会職員が同行しました。
⑧知事をはじめ関係者にとって、邪魔者には圧力をかけるのが常套手段です。
⑨ 午後8時14分、元監査人は知事に対して「自宅に向かいます」旨をメールで知らせ,自宅に向かいました。
⑩住所は知事から聞きました。田中県議の奥様が赤いアウディに乗られているということも聞きました。
⑪田中愛国県議宅では、約2時間4分間,IRのこと,そして,収支報告のことを田中県議に話しをしました。
⑫田中議員宅を出たのは、同日午後10時27分です。
⑬長崎市内に向かう車中から知事に電話で41分間,田中愛国県議宅での状況を報告しました。
⑭議会制民主主義を愚弄するような「圧力」をかける等は一切ございません。
⑮ 6月9日午後2時39分,総務委員会で田中県議問題を取り上げた,小林かつとし県議には同日午後2時55分にそれぞれメールで謝罪した。
⑯7月26日,午前9時半からの長崎地検での聴取終了後の午後12時30分過ぎから,長崎県庁議会棟1階第5会議室において,小林かつとし県議仲介のもと,田中愛国県議に対して謝罪し,真実をお話ししてお許しいただいた。
以上が田中愛国議員宅に訪問した問題についての総括です。
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