某氏が宮本輝『春の夢』を読んで親鸞に興味を持ったと言うので、読んでみた。
『春の夢』は宮本輝の自伝的小説である。
主人公の恋人がすごくいい感じで、こういう人と結婚したかった。
主人公の友達に『歎異抄』好きがいて、主人公は親鸞=『歎異抄』をけなすわけだが、まあ、それはいい。
『春の夢』を読んで、ゲゲゲと思ったのは、ある老婆の死についてである。
恋人の知り合いに京都に住む老婆がいる。
ものすごく豪壮な邸宅(建物は200坪以上、庭は2300坪)に住んでいるこの老婆、ある金持ちの妾だった女性である。
人生に達観している、そういう描写がされている。
若い二人の精神的指導者、そんな人かなと思った。
で、この老婆が急死する。
ところが、その死に顔たるや、鳥肌が立ち、主人公は思わず声をあげそうになるほどだった。
「肌の黒ずんだ、異様なほど苦悶に歪んだ、醜悪な死顔であった」
どうして宮本輝は老婆の死に顔をそんな醜いものにしたのだろうか。
で、恋人がですね、「私、ほんとは、沢村千代乃(老婆の名前)って人、嫌いやったの」と言うんですな。
どうしてか。
「ずっと前に、何かのフランス映画で、あいつは人殺し以外ならなんでもやって来た女だっていうセリフがあったのを覚えているの。沢村のお婆さまと初めて逢うたとき、私、そのセリフを思いだしたの。この人は、きっとそんなひとやろうなァって気がしたの」
さらにはこんなことまで言う。
「演技して、一所懸命善人ぶったり、物事を超越して生きてる振りをしてはるような気がしたわ」
もうボロクソ。
だったら、そんな老婆をどうして主人公(とドイツ人老夫婦)に紹介したのかと文句が言いたい。
なのに主人公は、死に顔のすさまじさはかぶっていたお面を全部外したからだ、という感想を持つわけですよ。
お前ら、いったい何様のつもりか、人を非難できるほどのご立派な人間か、とそれまで極めていい雰囲気だったから、余計に腹が立つ。
こんな女より老婆のほうがよっぽどましである。
で、ネットで調べてみると、宮本輝は創価学会の会員なんだそうですね。
老婆は生前に悪業をしていて、それが死ぬ時に顔に出たのだということ、これは創価学会の教義そのものなんだそうだ。
当然のことながら、いっぺんに宮本輝が嫌いになった。
で、某氏であるが、こんな主人公が非難するのだからと、親鸞=「歎異抄」に興味を持った気がする。
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理容に行く時こんなに髪が少ないのだから料金も少なめにしてくれればと思うようになりました。
環境問題が今一番の課題と世間では騒いでいますが地球の緑がだんだんと砂漠化しているように
私の頭も砂漠化してきているようです。
幸いな事に偶々、僧侶ですのでいつ丸坊主になってもかまいません。そんな覚悟だけはできている筈なのに、見ると気になるのは煩悩のせいなのでしょうか?
私は23歳の時に、髪が薄いのをごまかすのはこれ以上不可能だと思い、頭を剃りました。
その時に思ったのは、僧侶が頭を剃るのはこういうことからなのかということです。
それまでは、常に髪の毛のことを気にしていたんですけど、頭を剃るとすごく楽になったんですね。
いらないことに気が散らない、これが僧侶が頭を剃る理由なんだなと実感しました。
しかし、それから約30年、正直なところやっぱりハゲはいや。
息子達にははげてもらいたくないです。