私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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当社比で長くなりすぎましたが、途中で切るとキリが悪いのでこのままで。


第23話 天才娘 ─弐─

 前世(むかし)のことは、()()()()()()()

 

 小さな頃から病院通いで、殆ど学校にも行けなかった。

 最後の数年はベッドからほぼ動けず。

 

 人生の大半をベッドの上で過ごした一〇年とちょっと。だからか、パパとママはわたしにたくさんの遊びをくれた。ゲームも、アニメも、マンガも。なんでかインターネットとかスマホとかだけはやらせてくれなかったけど。

 ひ弱で、ボロボロで、バカでマヌケなわたしにとって、物語の世界に浸っているときは、どうにもならない今を忘れられる貴重な時間だった。物語の中では、どんな残酷なストーリーだって今を気にせずに楽しんでいられた。

 

 むしろ、憧れてすらいた。

 

 現実の悲劇は、かっこよくない。

 苦しいし、辛いし、長いし、かっこ悪い。

 

 もしもわたしが物語の世界の住人なら、きっと数ページや数シーンで死んで、かわいそうできれいで儚い悲劇で終われたのに。

 現実のわたしは、色んな管に繋がれていて、かわいくなくて、ただ長く続いていた。

 

 

 そんなわたしにとって、今は奇跡だった。

 

 スッキリして色々なことを考えられる頭。

 飛んだり跳ねたりしてもどこも痛くならない身体。

 走り回ったって誰にも怒られないし、食べるものだって誰かに決められたりしない。

 そして夢にまで見た、現実離れした特殊能力!

 

 わたしだけが知っている。わたしは、今この世界で一番特別な力を持っているんだって。わたしが、この先の未来を変えていく当事者なんだって。

 

 きっと、これはご褒美なんだと思った。

 前世(まえ)の人生で苦しくても最期まで頑張ったわたしへの、ご褒美。

 

 でも。

 

 たとえ身体が変わっても、やっぱりわたしは、バカで、マヌケで。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 結局、晴明翁が現場に到着したのは戦闘が終了してから三〇分後だったらしい。

 

 私はどんなに早くとも一時間はかかると思っていたので、私の想定よりも大分早かった形になる。……それならさっさと死なずに余剰呪力を使って滂沱を始末しておけばよかったな。失敗した。

 話を聞いてみると、どうやら式神を飛ばしていたから発見が早かったらしい。確かに言われてみれば、晴明翁は私の父(しょうもな)のしょうもない企みも早期発見していたらしいしな……。ひょっとすると、京には晴明翁の式神による監視網でも展開されているのかもしれない。

 

 ちなみに、私の処遇だが。

 実は今も、死亡していることになっている。というのも、私の書類上の立場が関係している。

 これまでの私は、藤原氏直属の呪術師部隊である"途干支衆(とえとしゅう)"("五虚将"と"日月星進隊"の下部組織)から安倍氏が菅原氏と合同で結成した(そしてほぼ実権は安倍氏が握っている)"涅漆鎮撫隊"への出向って扱いだったんだよな。なので管理権としては安倍氏持ちなんだが、一応まだ父(しょうもな)が干渉する余地が少しだけ残っていた。

 そこで叔父上と晴明翁が一計を案じて、この際死亡扱いにしてしまわないかということになったらしい。死亡扱いになると組織としては除籍されるので、そうすると今後私の蘇生が発覚しても父にどうにかする権限がなくなるという寸法だ。

 

 というのも、これには多少政治的な問題が関係している。

 

 まず、昨年、私の祖父が死んだのだが、この際に伯父上(父の兄)が関白を継いでいる。

 これ自体は別にどうでもいいのだが、これに伴って私の父が内大臣(うちのおとど)の地位を伯父上から譲り受けている。

 

 内大臣というのは、ざっくり言えば平安京スリートップのうちの一番下っ端である。

 藤原氏はこの時代、殆ど平安京を牛耳っていたが、細かいところでまだすべてを掌握していた訳ではなかった。具体的に言うと、平安京における役職の頂点──ナンバーワンである左大臣は他家の人間が任じられていたのだ。

 その人物は、一三年前から寄る年波にも負けずに左大臣を続けているスーパーおじいちゃん(確か七〇歳くらいだった気がする)。この御仁、とにかく政治的にも呪術的にも隙がなく、今はもう父上も伯父上も暗殺を諦めているとのこと。

 で、父が内大臣に就任したのとほぼ同時期、このスーパーおじいちゃんの弟が右大臣に就任している。

 つまり、平安京スリートップのうち上位二位が他家によって独占されてしまっている形である。 父の内大臣就任はめでたいことだが、同時に平安京トップがほぼ他家にとられてしまった。そして内大臣はあくまでも左大臣・右大臣のサポート的な役職。どうしても役職的な上下関係が発生してしまう。祖父も内大臣だったが、死期を悟った訳でもないのに役職を辞したのは、役職的な上下関係から逃れる為だったと噂されている。

 

 要するに、藤原氏としては、目の上のたん瘤ここに極まれり、ということ。

 だが此処で、藤原氏の中で唯一独り勝ちしている人物がいた。

 それが、このスーパーおじいちゃんの娘の婿となった叔父上であった。叔父上はなんとちゃっかりスーパーおじいちゃんの娘の間に子どもを作っており、未来の中宮攻勢の為の準備を整えているのである。

 そして、伯父上にしても既に娘を入内させている。確かこの人は一連の昇進劇の直前に中宮(簡単に言うと帝の正妻)になったんじゃなかったか。そういう意味では、伯父上も割と安泰である。

 

 ここまで言えば、どういう状況かは伝わるだろう。

 要は、三人の中で父だけが出遅れているのだ。

 しょうもないことばかりしているので仕方がないのだが、風の噂によると父の焦りようと言ったらすさまじいらしい。まぁ一人娘は呪術師になって安倍家に居着いているし、なかなか娘も生まれてないのでやんぬるかな。運がなかったと思ってほしい。

 で、そんなやんぬる父は今年に入ってから、焦りのあまり私を藤原家に呼び戻そうと色々画策していたのだそうだ。どうやら危険な呪霊を押し付けていたのも、私を殺したかったのではなく、私が怖気づいて術師を辞めることを期待してのことだったようだ。自分で言うのもなんだが私は器量が良いし、それなりに外面も取り繕えるしな。政略結婚の道具にするにはうってつけだろう。

 だが、私の身元を引き受けた安倍氏(というか晴明翁)と私をいつでも利用できる呪術師としておきたい叔父上がその流れを看過するはずもなく。ちょうどいいところで私が一回死んだので、それをいいことに公的な書類の上で私を殺した──という訳である。

 おそらく今頃、呼び戻したかった娘が死んだと聞かされたやんぬるしょうもな父は阿鼻叫喚だろう。ふふふ、ざまぁみろ。

 

 ……まぁそんなわけで! 絶賛死人として生活中の私だが、この一週間はそういう事情もあって非常に平穏だった。

 あのとき領域内のバフで無理やり成功させた順転も、何だかんだコツを掴んだらあっさり習得できたし……。今は、新たに習得した順転「禊浴(けいよく)」を効率的に運用する為の方法を色々と構築している最中である。無事に完成すれば、油断している呪詛師くらいはあっさり捌けるようになるかもしれん。頑張ろう。

 ただし……。

 

 一点だけ。

 

 私の生活において、どうにも据わりの悪い"不調"があった。それは……、

 

 

「えへへ、おはよう。尊……」

 

「あ、ああ……おはよう佳子。……大丈夫か?」

 

「はい? 何がですか?」

 

 

 ──あの戦いの後から、佳子の様子がおかしい。

 

 あの戦闘の後、私の読み通り佳子は私の死体を前に反転術式へ挑戦したらしい。案の定それはほぼ上手く行かなかったようだが、それでも一ミリだけ、火花のようなちっぽけな規模の「反転術式」のアウトプットに、一瞬だけ成功した。

 それにプログラムされた私の呪力が反応し──当初の計画通り、自動で持続させられた反転術式によって私の脳は守られたのだ。あとは、到着した晴明翁の反転術式によって腹の穴は埋まり、私は無事に蘇生した。

 魂を生得領域の中に保護していたお陰か、その後ほどなく私は目を覚ましたのだが──そんな私を待っていたのは、佳子による熱い抱擁であった。どうやら、私は私が思っていたよりも佳子に大切に思われていたらしく……佳子はそんな私を自分のせいで死なせてしまったと、強烈な後悔の念に苛まれていたようである。無事に私が生還してもその負い目が消えることはなく……。

 

 

「…………」

 

 

 何も言うでもなく、佳子は私の横に並び、そしてくっついてくる。まるで犬猫が飼い主にすり寄るような態度である。ついでにお得意の"佳子さんは天才ですから!"もここ最近はとんと出てこない。これは明らかな異常事態だ。

 まぁ、原因は言わないでも分かる。おそらく不安なのだろう。お互い、気を抜いたらすぐにでも死ねる環境だ。友人の存在を確かめたいという思いとかが有り余り──元来甘えたがりな佳子はその感情が暴走気味なのだと思われる。生まれてこの方挫折を知らなかった天才の、生まれて初めての挫折というわけだ。それは別にいい。人はそうやって成長していくものである。同僚として、微笑ましく思いながら見守らせてもらいたい。

 

 ……ただ、正直言うとちょっと鬱陶しい。

 

 確かにこの家に来てから一ヵ月、私としても初めての同年代の同性だし、佳子は何かとノリが変わっているので、現代の知識を持ち価値観もそれ相応な私にも馴染みやすかった。だから親しくもしていた。

 だが別に、それ以上の関係になったつもりはない。親友などと言うつもりはないし、仮に佳子が死んだって私はそりゃあちょっとは悲しむだろうが、それで心が折れはしないだろう。あくまで私にとって佳子はよき同僚、よき友人だ。それなのにここまでガッツリ依存されると、流石に重たい。

 

 ……ああ、あとそういえば、佳子はおそらく今代の星漿体同化に居合わせる予定の六眼だと思う。そういう意味でも、とっとと安定はしてもらいたい。

 無学故今が西暦何年かを確定させられないのが本当に口惜しいが……乏しい知識を総動員すると、確か叔父上が帝の外戚になった(つまり叔父上の娘が帝を産んだ)のが一〇一六年くらいだったと思う。叔父上の娘が生まれたのが三年前だから……だいたい一五~二〇歳くらいで産むとして、今は九九六年~一〇〇一年の間だと思われる。

 星漿体同化がおおよそ五〇〇年周期で、五条悟が星漿体の護衛に失敗したのが二〇〇六年だから、天元が欲をかいて動ける年齢のうちに同化を繰り返したりしていなければ、最短あと五年もしたら星漿体同化の儀式を行うことになるのか? 五年……五年か。私達は一三歳……。……う~ん、あともう五年は欲しいな……。星漿体同化となれば羂索も敵に回る。それまでに技術は磨いておきたい。

 いや、そもそも未来を知る私がいる時点で歴史が私の知る通りに進む保証などないのだし、タイミングのことなど考えても詮無いことか。そもそも天元が本当に五〇〇年きっかりで星漿体同化をしているかとか、歴史年表が本当に正しいのかとか、不確定要素は挙げていけばきりがないしな。

 未来を「確定」させることができる女が近くにいると、そのあたりの考え方の軸を置くのが非常に難しいが……。

 

 ………………それに、調子が狂う。

 私にとって佳子は、自惚れ屋で憎たらしいクソガキである。それがこんなにしおらしくされてしまっては、どうにも拍子外れというか、気持ち悪い感覚がつき纏う。どうせ一時的にヘコんでいるだけなのだから、とっとと立ち直ってもらいたい。

 

 そう思ってこの前、晴明翁に話を持ち掛けてみたのだが、晴明翁はと言えば、なんかニヤニヤ笑いながら、

 

 

『なあに、別に放っておいていいんじゃないか? 佳子はいつまで経ってもへばっているほど弱くない。そのうち勝手に立ち直ってるだろ』

 

『……いや、確かにそうだとは思いますが……しかしあの猫みたいな懐きぶりは尋常ではなく……何かあってからでは……』

 

『ああ! 心配なんだな。うははははは! 尊も可愛いところがあるじゃないか!』

 

『…………私はあくまで同僚としてこのままでは任務に差支えがあると危惧しているまでで、』

 

『よぉし分かった。良いだろう! 身体を動かしながらじゃなきゃできない話もある。三級呪霊の討伐任務があったはずだ。二人でそこに行ってこい! 心配なら俺の式神もつけておいてやる!』

 

『……………………ですから私は晴明様に佳子のことをもっと気遣って欲しくて言っているだけであって私自身が彼女と話をしたいなどと言っている訳では』

 

『うははははははははは!!』

 

 

 …………という流れで、逆に任務を押し付けられた。

 晴明翁は豪放磊落というか、変なところでパワフルなのである。まぁ、そんなことをやりつつ式神もちゃんとつけてくれるあたり、私たちのことを心配してくれているのだと思うが……。

 

 

「……佳子、少し離れてくれないか?」

 

 

 現場に向かうまでの道すがら。

 私は、すぐ傍にぴったりとくっつくようにして歩く佳子に眉を顰めながら言った。佳子は意外にも拘泥せずスッと二歩分ほど離れるが、非常に寂しそうな表情をしていた。……すぐに離れるところがもうおかしい。本当に勘弁してほしいと思う。

 ……立ち直ったらネタにして一生からかってやろう。そう心に決めていると、問題の家が見えて来た。貴族の家ではない。平屋建ての、庶民が住んでいた町屋だ。

 

 

「佳子」

 

「呪霊の数は三です。呪力量からして三級という触れ込みに間違いはないでしょう。……このくらいならわたし一人で十分ですね! 尊は外で待っていてください」

 

「いや、そういうわけにもいかないだろう。晴明様は二人で挑めと言った。私だけ怠けている訳にはいかない」

 

 

 私を推し留めようとする佳子を振り切って、横に並び立つ。智拳印と隠形印を結び、

 

 

「展開」

 

 

 ──私が一言発すると、現場を中心として「帳」が下りる。

 既存の「隠世結界」を改良した我流の「帳」である。詠唱が長いと面倒なので掌印で代用し、「展開」の声と同時に術式が起動するようになっている。藤原と違って結界を張る為の下男がいないからな。かなり重宝している。

 

 

「これで準備完了だ。行こう」

 

 

 私が有無を言わさず歩き始めると、佳子は何か言いたげにしていたが仕方がなさげに私を追いかけ、そして抜き去って先頭を進み始めた。

 

 家の中にも、特に異常はなかった。

 内部に領域が展開されていて空間が捻じ曲がっているとかだと厄介だったが、まぁそれなら六眼の佳子が見抜けないはずはないしな。

 宵闇となった家の中を歩いていると、不意に佳子が話し出す。

 

 

「……わたし、反転術式を覚えたんです」

 

 

 ……ほう。

 まぁ私が強制したとはいえ、三〇分間も脳への反転術式を回していたのだ。六眼の佳子なら十分感覚は掴めているだろう。むしろ、覚えられなかったと言う方が違和感がある。

 

 

「反転術式を、出力することもできるんです。試したことはないんですけど、多分お腹に穴が空くくらいなら……埋められると思います」

 

「……そうか」

 

 

 腹に穴。明らかにあの件を意識しているが……しかし、そのレベルまで到達したか。

 ……まだ八歳でこれ。しかも確か、黒閃も経験していたはずだ。佳子はこれからさらに強くなるだろうな……。

 

 

「流石は天才。頼もしいよ」

 

「ですから! もう、わたしは尊のことを守ってあげることができるんです」

 

 

 バッ!! と。

 佳子が突然身体を翻し、物陰にいた呪霊に蹴りを放つ。呪霊はあっさりと消し飛んだ。

 ……残り二体。それも、隣の部屋に一緒に潜んでいる、か。これは一瞬で終わりそうだな……。

 

 

「…………それで?」

 

 

 ただ、佳子が何か続けたそうだったので、私は続きを促してみる。

 佳子はこちらの方は見ずに、

 

 

「だから、その。わたし、最強になりますから! 一回失敗しちゃいましたけど、また一緒に、いて欲しくて……」

 

 

 そう、尻すぼみになりながら言った。

 …………あ? ……あー……あ~……?

 まさかコイツ、"自分の失敗のせいで尊が死にかけた""頼りないと思われて、尊が離れていくかもしれない"……なんてことを考えているんじゃなかろうか?

 ……この馬鹿は……。

 

 

「そもそもお前は失敗なんかしていないだろうが」

 

 

 言いながら、私は隣の部屋の壊れた棚を、中に潜んでいた呪霊ごと「壺」化する。……よし。これで身動きとれなくなったな。

 

 ……ヘコんだり様子がおかしいのはまだ我慢できるが、()()は我慢ならん。

 ヘコむなら、頼むから正しい状況認識の上でヘコんでくれ。でないと私の立つ瀬がないだろう。

 

 

「私が一回死んだのは、普通に私がしくじったからだ。ヤツの極ノ番……「快晴」。アレは、ヤツの術式の集大成であると同時に、呪力の外にある現象を利用したものだった」

 

 

 私は、当時の状況を思い返す。

 

 

「お前は、最初から「自分は大丈夫」と言っていた。それなのに私はお前の言葉を信じずに滂沱と距離を詰めてしまった。最初から佳子の忠告通りに全部任せておけば、「快晴」で私の腹が焼かれることはなかったんだ」

 

 

 「快晴」の正確な射程は分からないが、あの分では長くとも精々一〇メートルといったところだろう。私が距離をとっておけば、少なくとも私は無事だったのだ。

 ……もっとも、その場合「否定」がどういう風に働くか分からないから、最悪佳子が死んでいた可能性はあるが。

 それだけではない。

 

 

「それに、防御に展延を使ったのも拙かった。術式対象外の現象が展延で打ち消されなかったのは既に確認している。術式が内向きになっている時点で、解放された極ノ番が術式の影響外──つまり展延で防御できない可能性を想定すべきだった。

 その可能性に気付けていれば、「蛇匣(ナーガ)」を盾に使うこともできた。アレは、気付けた攻撃で、防げた惨劇だったんだ。私が失敗していなければな」

 

 

 あの時点で「蛇匣(ナーガ)」は壊れかけだったが、呪霊と同様式神も物理攻撃で破壊されることはない。

 発動までに溜めがあったのだから、「蛇匣(ナーガ)」を回収しておくことは十分できただろうし、展延と「蛇匣(ナーガ)」を同時に展開しておく周到さがあれば、敵の手札が分からずとも致命傷を負うことは避けられたのだ。

 

 

「佳子が大丈夫と言ったのに、信じず愚かにも踏み込んだのは私の方だ。私自身が自責することはあっても、佳子が自分を責めることはない」

 

「で、でも……っ、そんなの普通、分かるわけないしっ……」

 

 

 佳子は当惑しながら、

 

 

「それにわたし……あのとき、はしゃいでたんです。尊が傷つくかもなんて可能性全く考えずに……特級呪霊を前にして、楽しいなんて思ってたんです。……振り返って、尊が倒れてて、ようやく気付いたんです。この世界は、そんなに甘い場所じゃないって」

 

「………………」

 

 

 ……まぁ、六眼持ちの天才様だからなぁ。

 佳子の性格からして、生まれてからずっと晴明翁の元で天才ライフを満喫していたことは想像に難くない。そんな状況で育ってきたクソガキ様の初めての挫折が、友人の死。これはちょっと落差が酷すぎる。

 でもなぁ。

 

 

「我を忘れていたことは大いに反省してもらいたいが、佳子がそこまで気に病むことじゃない」

 

 

 そもそも呪術戦を楽しむというなら、私だって楽しんでいる。

 呪術は楽しい。決められたフォーマットの中で、限られた手札の中で、最高の一手を捻りだす。その快感は、生き甲斐ですらある。相手とのせめぎ合いを感じる呪術戦もまた、私にとっては楽しい時間だ。私はその楽しさに我を忘れることがないだけで、楽しんでいるという点においては佳子よりよほどひどい。

 それを、私が失敗したせいで佳子から楽しみを奪うのは忍びない。

 

 ……ああ、そうか。

 そこまで思考を巡らせて、私は気付いた。何故私が、どうにも据わりの悪い思いをしていたのか。この感情の正体は。

 

 

「………………悪いのは、私の方だ」

 

 

 罪悪感だ。

 

 

「私のせいで、お前に呪いを残すところだった。すまなかった」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私は──佳子の術式に穴があることを理解していた。「否定」のギャンブル性だ。あれが悪い方に出て、佳子が深く傷つくんじゃないかと危惧していたんだ。その危険の方を意識しすぎて──自分に攻撃の矛先が向く可能性を考えていなかった。

 つまり。

 

 

「多分、お前のことが、心配だったんだと思う。だから自分のことが疎かになった。私の失敗だ」

 

「そんなっ、でも、わたしは……」

 

「それでも気に病むなら、お互い様ということにしよう。それならいいだろ?」

 

 

 適当に言って、私は棚の前に立つ。

 棚の中に身を埋めた呪霊は、「壺」と化したせいで「壺」の中の真っ黒な空間と同様の漆黒に塗り潰され、その場で身動きをとることもできなくなっていた。

 ……最初から「壺」の中に入っていたら「壺」の一部になる性質、上手いこと使えば封殺もできるな……。機会があったら積極的に狙うようにしよう。

 

 残穢を払ってから、私は佳子の方に向き直って言う。

 

 

「…………だからまぁ、差し当たっては、新しく修得した反転術式のやり方を教えてくれないか?」

 

 

 おろした帳を解除して、私は照れ臭さを隠しながら口元を笑みの形に歪めてみせた。

 慣れないことをしている自覚はあるが……。

 

 

「頼むよ、"天才"」

 

 

 役目を終えた帳が、ゆっくりと上がった。

 室内にも拘らず、空間の明るさが一気に上がったのが分かる。

 

 見違えた部屋の中で、佳子の表情もまた、先程までとは違って見えた。

 

 

「……!! ふふん、もちろん教えてあげますとも! わたしは、"天才"ですからね!!」

 

 

 ──見慣れた佳子の笑顔を見て、私はようやく、やれやれと肩の力を抜いた。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 なお、「ぎゅりりっとやってぱあ」などと意味不明なことを抜かすバカの戯言には二度と耳を貸さないと誓った。

 ふざけんなよ感覚派天才野郎が。




良い話をしてるのに息を吸うように術式のマンチ用法を見つけるな。

※言い忘れですが、今は九九一年です。尊の記憶違いで、一〇一六年は帝の即位年なんですね。
 原作情報を諳んじられる尊にしてはイージーミス。前世で間違って覚えていたのでしょうか。
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