私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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この話が最新の本編です。


第22話 呪毒進運 ─漆─

 そこは、遠大な闇夜が広がる空間。

 

 空には眼球のない目が幾つも浮かび上がり、大地には背の低い草が生い茂った草原が広がっている。私の背後には頭と四肢のない胴体だけの女体が無数に融合した、不気味な塔が建立されていた。

 これが、私の領域──「九竅清浄池」だ。

 

 佳子は──領域から弾いた。

 今この領域の中にいるのは、私と滂沱だけだ。

 

 特別な設定のない、普通の領域。今の私にできる精一杯は、これが限界、だが……。

 

 術式を付与。

 

 直後、滂沱の身体から無数の虫が湧いて出てくる。

 蟲毒呪法による毒液化のプロセスだ。……領域に付与した術式は、毒液化の部分だからな。

 そして領域によって術式精度が向上した状態では、毒液化のスピードも劇的に向上している。計ったことはないが、おそらく一分やそこらで完全に消滅するだろう。

 

 

『────!! ──! ────!!!!』

 

 

 滂沱が何かを喚いているが、私にはもう、何も聞こえない。

 どうやら、私を殺すよりも領域からの脱出を試みているらしい。正しい判断だ。死に体で発動したということは、死後も残る呪いになっている可能性が非常に高いからな。それだと私を殺しても領域が解除されないかもしれない。なら、一か八か脱出を目指す判断は間違っていない。

 

 ……流石に、殺しきることは難しいな。

 その前に、私が死ぬ。

 だが、佳子は一度隔離した。少しは頭も冷えただろう。その上で、全身が毒液化する始末。滂沱はまず逃亡を選択するはずだ。

 これで、よし。

 

 …………。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 数秒、だった。

 

 領域から弾かれた佳子が黒い球状の領域を殴っていると、不意に領域の外郭が崩壊した。

 一瞬だけ見えた闇夜の景色がまるで排水溝の中に吸い込まれるように消え去り、領域が終了していく。

 下半身と残った腕の肘から先を失った滂沱が飛んで逃げていくのが視界の端に見えたが、佳子はそんなこと意識することもできなかった。

 

 彼女の意識の中心には、一人の少女がいた。

 

 いや、あったというべきか。

 

 その少女は既に生命の灯を失い、()()になっていた。

 

 地面に膝を屈して、俯くような姿勢で。

 掌印を維持したまま。

 少し前の地面を見つめたその瞳は──もはや何の光も宿さない。

 

 藤原尊は、確かに死亡していた。

 

 

「あ、」

 

 

 その事実を、佳子は視認する。

 どうしようもなく終わってしまった、その結果を。

 

 

「あっ、あああああああああああ!! だめ、だめです!! そんなのだめぇ!!」

 

 

 走り、駆け寄って、佳子は尊をその場に寝かそうとする。

 まだ仄かに温かい少女の身体は、抵抗なく傾いで──受け身すら取ることができないので頭から倒れ込みそうになったのを、佳子は慌てて受け止めた。

 急いで仰向けに寝かせてみるが、やはり尊は身動ぎ一つしない。その瞳は虚ろに空を見上げているだけ。

 

 

「治ってっ、治って!!」

 

 

 縋る様に──いや、真実縋りながら、佳子は尊の腹に空いた大穴に両手をかざす。

 ──反転術式。自分にかけることすらまだできていない佳子だが、最早尊を治すにはそれしかない。たとえ、生命が既に失われていたとしても、佳子にはそう考えるほかなかった。

 尊がもう、助からない──そんなことを認めるわけには、いかなかった。

 

 

「お願い、お願い、治って、治って!」

 

 

 がむしゃらに呪力を手に集めてみるものの、それで反転術式は起動しない。脳で呪力を回し、正のエネルギーにする方法すら知らない佳子では、他者の治療──それもこれほどの重傷を治すことは、到底不可能。

 

 

「反転術式は、頭で回す……正のエネルギー、掛け合わせて、血液に変換して……!!」

 

 

 ぶつぶつと呟きながら、佳子は必死に呪力を籠める。

 だが、効果はない。──一〇〇〇年後の六眼、五条悟を以てしても、反転術式のアウトプットは成せていない。そもそも反転術式自体、死の淵に到達してようやく掴んだほどのものなのだ。

 それほどの難易度。

 たとえ六眼とはいえ、八歳の幼子が手をかけるには、あまりにも遠い境地。

 

 ぽたりと、涙がこぼれ落ちた。

 少女の心が、折れかけている証だった。

 

 たった一ヵ月の付き合いだ。

 

 それでも、佳子にとってこの一ヵ月はかけがえのないものだった。

 このどす黒い平安の世にあって、初めての同年代の仲間。朝も昼も夜も同じ場所で、共に走り回って、馬鹿をやってツッコミを入れられて。何だかんだいって周りが自分よりずっと年上しかいなかった安倍家での生活において──いや、それ以前を含めても、初めてできた友人だった。

 

 

「おねがいしますっ!! たすけてください!! 初めての友達なんです!! 誰か、誰かぁ!! なんでもします!! わたしの全部をあげるから、誰かぁ!!」

 

 

 己による臓器の再生は、不可能。

 佳子はその事実を認めるしかなかった。となると、誰かに助けを求めるしかない。しかし──此処は呪霊との戦闘があった場所。そもそも佳子と尊はこの後天使に報告に行くはずだったので、誰かが迎えに来るということもない。

 あるとすればいつまで経っても戻って来ない二人を心配して、という可能性だが──戦闘は一〇分足らずで終わっている。短く見積もっても、あと一時間は誰も来ない。

 

 絶望。

 

 それが、佳子を襲った。

 

 自分のせいだと思った。

 生涯で初めて黒閃を放ったことでハイになって、図に乗っていたのだ。自由に動ける身体、優れた才覚を帯びた自分。全能感に浸りすぎて、忘れていたのだ。死というものの身近さを。

 佳子はせめて、尊の亡骸を静かに抱きしめる。もう、佳子にはそれ以外にどうすることもできなかった。

 

 そこで、不意に佳子の脳裏にデジャヴが過ぎる。

 

 そして、思った。

 

 

「…………臓器の再生、は、無理でも……脳、なら?」

 

 

 尊の脳は、破損していない。

 脳が死ぬのは、心臓が停止することで血流が滞り、脳に酸素が行き渡らなくなるから。であれば、微弱であっても脳に反転術式をかけることができれば、それは延命につながるのではないか。

 少なくとも、できもしない臓器の再生を試し続けるよりは、幾万倍も──!!

 

 

「……できる。大丈夫。佳子さんは、天才だから…………!!」

 

 

 全身全霊をかけて、佳子は尊の脳に反転術式を試みる。

 後悔。絶望。焦燥。悲哀。あらゆる負の感情を、冷静に脳で処理し──正のエネルギーへとまとめ上げる。そしてその力を、腕を通して掌から、少女の脳へと伝える。

 ……そう上手くはいかなかった。

 ただし、それでも。

 ほんの一瞬、種火のような、火花のような輝きが、佳子の指先に小さく灯り、

 

 

 

 ゴウッッッ!!!! と。

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「………………どうせ死ぬなら、か…………」

 

 

 己の負傷を自覚し、そして死が避けられないと覚悟したあの瞬間。

 私は、とある場面を思い出していた。

 

 それは、原作において虎杖悠仁が死亡した場面のこと。

 

 虎杖悠仁は死亡した後、高専の死体安置所だか解剖室だかに送られ、そこで解剖寸前に宿儺の反転術式で蘇生した。

 だが、此処で一つ疑問が生じる。

 

 死んでから蘇生までの時間が、いくら何でも長すぎるのだ。

 

 少年院で死亡してから高専に運び込まれ、家入が到着して死体を解剖する準備を整えるまで、どう短く見積もっても一時間以上は経過している。

 仮に反転術式で肉体を完璧に直せたとして、魂はどうなる? 肉体と魂は連関しているから肉体を直せば魂も治る……という割には、新宿で五条悟はきっちりあの世に逝った描写がある。

 両者の違いは何か? そう考えた時──私は一つの結論を得た。

 

 「生得領域」だ。

 

 宿儺は虎杖の死後、生得領域の中に虎杖の魂を引き込んでいた。つまり、生得領域で魂を保護していたのだ。

 というか、死後も魂を現世に留める方法がないのであれば、そもそも術師の呪物化なんてできないだろう。そう考えると、やはり呪物化にしてもなんにしても、魂を生得領域で保護することで魂があの世に逝き、転生することを防ぐことができると考えるのが自然だ。

 そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何せ、動けないうちはその中で術式の仕様を確認していたくらいだからな。

 

 よって……生得領域の中に、魂を保護。

 

 ──広がる夜空と草原、そして眼球のない目が浮かび上がった世界。

 その中に一人取り残されながら、私は己の企みの成功を確信する。

 

 そして此処からが肝心だ。

 完全に「九竅清浄池」が崩壊する前に、完遂させておかなくてはいけない。

 領域展開によって術式の出力と精度が向上している、今のうちに。

 

 ぶっつけ本番の賭けになるが…………。

 

 

 ()()()()

 

 禊浴(けいよく)

 

 

 原作において、蟲毒という技術について語られた場面が一か所だけある。

 その時は"浴"という儀式の一環だったが──そこで語られた蟲毒の意義というのは、要は選別して呪力を高め素材としての価値を確立させることにあった。

 即ち、選別による呪力の先鋭化だ。

 その意味で、蟲毒呪法の結果、生物や呪霊が莫大な呪力を帯びた毒液に変化するのは自然な流れである。蟲毒呪法においても、毒液化の過程で呪力の先鋭化が行われているということなのだから。

 だが、その文脈で考えると、毒液化という術式効果が()()()()であることも分かる。

 だって、原作で登場する"浴"の体液には、毒性なんて存在しなかった。魔に近づくとかいう話がありはしたものの、触れた者が焼け爛れるようなデメリットはない。

 呪力を高め先鋭化するのであれば、毒性が発生すること自体がおかしいだろう。

 で、あるならば。

 蟲毒呪法で生成される毒液に、強烈な毒性が存在しているということは。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そもそも、毒液が莫大な呪力を帯びているという性質が最初からおかしかったのである。縛りとの兼ね合いにしても、あまりにちぐはぐだ。まるで何か本来の形があるものが、不完全な形で結実しているような違和感すらある。

 

 ──結論から言って、私は蟲毒呪法の神髄は「物質から呪力を精製すること」にあると思っている。

 

 毒性という「副作用」のない、純粋な意味での形ある呪力。それが、蟲毒呪法に本来用意された到達点のはず。

 

 

 そして、私は思った。

 順転によって術式出力を増大すれば、通常の「蟲毒呪法」の限界を超えて──より純粋な呪力を抽出し、それを得ることができるのでは?

 今の私の練度では、順転の使用は難しいかもしれない。だが領域の中でなら、出力と精度が強化された今ならば、まだ望みがあるのではないか。

 

 

 ()()()()()()()、この術式理解に賭けて術式順転を行使して──絶命の「縛り」を使って、その呪力に命令(プログラム)を残しておこう。

 内容は、こうだ。

 

 

 発動条件①

 藤原尊の心臓が停止した後。

 

 発動条件②

 反転術式が藤原尊の頭に施された時。

 

 発動条件③

 この命令(プログラム)を設定する対価として、藤原尊は「死亡」する。

 

 操作内容

 反転術式の呪力と紐づき、術式を強制実行。

 藤原尊の脳を生存状態のまま維持し、脳死を防止せよ。

 

 

 まぁ要は、現代で言う御三家秘伝「落花の情」──呪力操作プログラムの応用である。

 

 ……原作で乙骨が呪術総監上層部と結んだ縛りからして、呪術における死とは、特に指定がなければ心臓の停止である。

 つまり絶命の「縛り」であったとしても、発生するのは心停止のみ。しかも、その後蘇生をしても「縛り」を破ったことにはならない。素晴らしい縛りである。

 今の私は、滂沱の首から下、左足、現在進行形で溶けている分の毒液を所持している。これら全部を「禊浴」で呪力に精錬したものを反転術式に回せば、あと数時間は余裕で仮死状態を継続できるだろう。

 そして私の魂は、生得領域で保護されている。

 ……これならば、晴明翁が到着するまで身体を持たせることができるはず。

 

 唯一の心配は、佳子が諦めて反転術式を回さないという可能性だが……。

 

 

「…………ま、それは大丈夫だろ」

 

 

 そこまで思考を巡らせたところで、私は楽観的に一息ついた。

 何故? そんなことは分かり切っている。

 

 

「あの天才娘は、諦めが悪いからな」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 ──泥だらけの庭園にて。

 

 漆黒の少女が、ゆっくりと目を覚ました。

 その様子を固唾を吞んで見守っていた白銀の少女は、蒼い瞳から大粒の涙をこぼす。

 勢いよく抱き着いた白銀の少女を、漆黒の少女は気圧されながらも優しく抱き留めた。

 

 騒がしく泣き喚く白銀の少女に顔を顰めながらも、漆黒の少女は呆れたように苦笑する。

 そして一言だけ、優しく答えた。

 

 

「ありがとう、佳子。()()()()()

 

 

 その様子を、老年の呪術師は朗らかに微笑みながら眺めていた。




生存ガバチャー発動!「まぁ佳子なら諦めないだろ」(実際はかなりメンタルズタボロでした)
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