「わたしの術式──「
……術式の開示。それに対する滂沱の反応は素早かった。
佳子が語り出した瞬間、瞬時に両手に「雲」を発現したかと思うと、即座に雷を放ってくる。
『術式の開示か……。……最後までさせると思うか?』
──常道だ。
術式の開示を受けた術師の対応は、そのタイミングによって幾つかのパターンに分けられる。
相手が劣勢に陥った時の術式の開示。これはたいていの場合、あまり意味がない。こういう場合は劣勢に陥ったときに術式を開示することで術式出力を向上するのが狙いだが、往々にして劣勢に陥っている時点で術式のタネが割れていることが多いので、出力向上効果はそこまで見込めない。この場合は、あえて聞いた方が不意の逆転を防ぐことに繋がりやすい。
相手が優勢な時の術式の開示。この場合、対応するかどうかは半々だ。術式出力を上げて畳みかけたい思惑がある場合もあるが、開示することで誤った術式の理解をさせて裏を突くケースもあるからだ。あえて聞いて攻略の糸口にするか、これ以上出力を上げさせないように妨害するかはその時の状況による。
そして戦闘の最初に術式を開示する場合──これは、できる限り開示を妨害した方が良い。
何故なら、最初に術式を開示するということは、術式の開示による術式出力の強化を最初から戦闘プランに組み込んでいるからである。これを阻止すれば、相手の戦闘プランの半分とまでは行かずとも、三割以上は不全に追い込めるだろう。
出鼻をくじくという意味でも、私であれば是非阻止したいところだ。そしてそれは、滂沱の方も同じ考えだったらしい。
ただし。
「逆に、阻止できるとでも? 佳子さんは天才ですよ」
バヂッ、と。
(シン・陰のそれと同様必中対策にしか効果がない為)「簡易領域」を超え佳子に迫っていた雷は、佳子に当たる直前で散らされてしまう。これは……「領域展延」か!
佳子のやつ、いつの間に覚えて……いや、私が散々使っているところを見ていたからな。それに、領域展延は呪力操作の領分だ。六眼ならば土壇場で習得できたって何もおかしくない。
「もう分かりましたか? 実は、既にさっきまでの攻撃も術式で見ていたのです。わたしは天才なので、彌虚葛籠と術式の併用だってできるんですよ」
……佳子がいやに私への攻撃を前以て警告してくれると思っていたが……そういうことだったか。
滂沱が攻撃を加えて開示を阻止しようとするのも、既に予知していたという訳か。……予知、というとあの回游参加者の漫画家見習いを思い出すが、アレは確か術式発動の条件に対象の血液の採取があったはず。アレよりも術式の格は高いようだな……。
「術式を発動すると、まずわたしはわたしを中心とした第三者視点の景色を見ることができ、うわっ!?」
──! 今度は、術式による妨害を諦めて肉弾戦に移行してきた!
……私がもう少し簡易領域の取り回しに慣れていれば、佳子を領域の共同発動者にしてバフ効果を加えることもできたのだが……クソ、まだそこまでは無理か。
飛び込んで来た滂沱は、両拳に「雲」を帯びながら、
『領域展延……だったか? 結界術に類する技術、それもかなりの高等技術だ! 使用中は先読みの術式も使えないだろォ!?』
……上手い。
ああすれば、「雲」からの攻撃を撃ち込まれたくない佳子は展延を使いながらの戦いを余儀なくされる。そして特級は、いくら佳子が天才とはいえ展延を使いながらの肉弾戦で太刀打ちできるような相手ではないはずだ。私だって、策を巡らせてようやくトントンという相手なのだから。
どうする……? まだ、「領域展延・深」の中に佳子を入れて戦うという方向性もある。良い頃合いで佳子を下がらせて、そっちにシフトすべきか……?
「尊! 心配要りませんよ。わたしを誰だと思ってるんです!」
佳子はそう言って、滂沱に向かって──って、あの馬鹿、展延を使っていない!?
「ばッ、展延を解くな佳子!! それじゃあ──」
「いいえ、逆ですよ尊! 展延は解く!! でなきゃじり貧ですッ!」
『予知に賭けたな? だが、予知ができても躱せない攻撃があるということを教えてやるぜ!!!!』
バヂバヂバヂ!! と、両手に纏った「雲」から、紫電が迸る。
そうだ。たとえ予知ができたとしても、雷を躱すことも受けることも難しい。仮に受けることができたとしても、電撃による硬直は特級との肉弾戦では致命的。……なのだが、あの佳子の自信はなんだ? 何か隠し玉でもあるのか……?
そして、炸裂。
滂沱の両手から放たれた雷が、佳子のことを貫く──ことは、なかった。
炸裂の直前のタイミングで佳子は呪力を帯びた両手で滂沱の手を弾いたのだ。
……滂沱の術式は、「雲」から直線状に「天候」が放たれる。つまり手に纏われた「雲」の向きに干渉されれば、それだけで無効化されてしまうことになる。言ってしまえばそれだけの攻略法だが……しかし。
「……何だ、今のは……?」
だとしても、弾かれたそばから向きを修正すればいいだけの話だろう。だが、滂沱はその選択肢を選ばなかった。いや……選ばせて、もらえなかった、のか?
そうこうしているうちにも、肉弾戦は佳子の優勢で進んでいく。
滂沱が拳を構える前にボディブローを一発。くの字に折れ曲がった滂沱の側頭部に肘鉄を撃ちこみ、傾いだ滂沱の顎を思い切り蹴り上げる。そして、仰け反った滂沱の腹に回し蹴り。──致命的なダメージにはなっていないようだが、呪力量の差がなければ確実に祓えていただろうコンビネーションだ。
回し蹴りで滂沱を地面に叩き下ろした佳子は、余裕綽々とばかりに息をつき、
「まったく。せっかくお情けで術式の開示を
展延は油断を誘う為の見せ札か。……いや、簡易領域を展開して術式への防御力を失っている私への配慮か……? あの時点ではまだ私との距離も近かったからな。
佳子は起き上がってくる滂沱を見据えながら、
「さっきちゃんと、
『……情報を小出しにして、認識を誘導したのか、馬鹿そうなガキでもちゃんと術師だな……!』
「だぁれが馬鹿そうなガキですってぇ!?」
……いや、そこでそういうリアクションをしちゃうところがなのだが……。……しかし、意外にもかなり強かだったのは事実だ。これで滂沱にもかなりダメージが入っただろうし。
「……こほん。「来々改々」で見た未来の景色の視点は、わたしを中心にしているという縛りさえ守っていれば自由に変更できます。
ですが「来々改々」の真価は、未来を視ることそのものにはありません。術式の神髄は、見通した未来が実現するか否かを
予知した未来の……確定と否定を選べる!? なんだその術式……! そんなの無下限……、……いや、無下限のチートっぷりとはどっこいどっこいだな……。
「たとえば呪霊が放った
おい、そこはギャンブルなのかよ! ……いや、事前に要素を盤面に散りばめておけば、失敗した後も蓋然性の高い未来へ誘導することは可能なんだろうが……。
「ただぁし! 確定もしくは否定できる未来は、あくまでもわたしが術式で見た予知の範疇のみです!」
己の弱みにあたる要素も、佳子は胸を張って説明する。滂沱もその明け透けさに呆れているようだが……。
…………。
……あ、いや。違うのか? もしかして、
『フン。厄介な術式だが、タネが割れれば対処の仕様はある。おそらく術式出力の強化で見通せる時間や範囲を拡張してるんだろうが……どっちにしろ、テメェの術式が見通せないくらい大規模な範囲から攻撃しちまえば良いってことじゃねェか』
「ちぃっちっち。甘いですよ。むしろ逆。わたしの術式の一番スゴイところは、
……あっ、言っちゃうんだ。せっかく気付いてなかったのに。此処まで言ってさらに開示によって術式出力を強化する算段か……?
「さっきも言った通り、佳子さんの予知は佳子さんを視点の中心にさえしていれば、視点の位置は自由自在です。これが何を意味するか! つまり、佳子さんの動作が死角になるような視点を設定することで、佳子さんの行動だけを未確定にしたうえで他の未来は確定させることだってできる! ということ!!」
……そう。これが、この術式の悪辣な部分だ。
たとえば滂沱と佳子が向き合った状態で術式を発動したとする。そのまま視点を動かして、滂沱の背後から佳子を映すようなアングルを設定した場合、滂沱の後ろ姿で佳子が隠れる形になるだろう。
すると、滂沱の行動は後ろ姿とはいえ大体確定してしまう。どういう風に拳を振るうとか、躱すとか、そういう行動は後ろ姿でも見て取れるからな。だが、佳子の動きは滂沱によって隠されてしまう。そうなると佳子は後ろ姿から見た滂沱の行動を確定した未来として対応できるのだ。……最強の後出しじゃんけんである。
もちろん、それを知っていれば、背後からは分からないような行動を心がけるとか、対応のしようはある。だが佳子が常に未来を確定するとは限らないし、ギャンブル性が高いとはいえ否定を選んだり、別アングルから確定してくる可能性もある。……端的に言って、考慮すべき選択肢が多すぎて完璧な対応は不可能だ。
しかも佳子は、これを肉弾戦の最中にこなしているのだ。……なんたるマルチタスク。私は絶対に無理。
「ちなみに、見通すことのできる未来は最大で五つ数えた先まで。発動を維持すれば継続してその未来の続きを視ることが可能です! ただし確定か否定したらその時点で予知は終了して、再発動までは一呼吸分の休憩が必要になります!」
ふふん、と胸を張っている佳子だが……
「……いやあの、そこまで説明しなくてよくないか? 術式の開示という観点で言えば、視点調整による一方的な行動の固定だけで十分だと思うが……」
「……………………いいんですよ!!」
あっ、うんごめん。ちょっと口が滑ったんだよな。悪かった。
まぁ影響が微々たるものになりそうとはいえ、術式開示の分効果は発揮されるからな。全く無駄というわけではないよな。
術式の開示が終わり、滂沱は目に見えて身構える。
『今の開示で、さらに長い時間見通せることになっているんだろうがよォ』
ドッ!! と。
滂沱は跳躍し、佳子から距離を取ろうとする──が、その足が雪にとられ、ずるり、とその場で滑ってしまう。……これが未来の「否定」か!
佳子はそのまま態勢を崩した滂沱に拳を振り被り──
『かかったな。此処は死角だったろ!?』
倒れ込んだ滂沱の下から、「雲」が這い出てくる。それでも「天候」を操ろうとするなら「来々改々」のインターバルは経過しそうだが──いや違う! 「雲」が備えている「重力」の方が狙いか!?
逃げる素振りはブラフだった……! 滂沱のヤツ、最初から「選択」を消費させてその後に攻撃を叩き込む算段だったんだ!
佳子が「重力」に囚われれば、少なくともその瞬間は動きが鈍る。そして未来を「否定」した直後の今、佳子はもう一度未来を選択できない……! だが、まだ致命的ではない。佳子にはまだ展延がある。アレなら重力を無効化できる……!
「佳子、展延を、」
「ふっふん。かかったのはそっちですよ。佳子さんが天才だということを忘れましたか?」
しかし。
佳子は直後に身をよじって「雲」の重力場から逃れていた。
当然のように、滂沱による対応はない──「確定」だ! まさか……!
あの術式、強化されたことでインターバルが消滅したのか! 何て便利な……! 羨ましすぎるぞ。
「叩き祓ってやりますよ!!」
佳子の右ストレートが、滂沱のボディに突き刺さる。
『ぐがッ……!』
……だが、今度は滂沱も防御を固めているらしい。
地面に縫い付けるような右ストレートに対し、両手両足を使ったガードを作り、背中を丸めて防御した滂沱は、その勢いで身体を跳ねさせて立ち上がる。それを狙ったように右フックを入れる佳子だが、これは呪力を集めた滂沱が防御する。
撃ち終わりの隙を狙って滂沱が眼前に「雲」を作り出し重力場を操作するが、佳子は当然これを回避。「確定」だ。──だが、そこで異常に気付く。
「佳子! 死角で「雲」を用意されているぞ!」
「見えてます! ですが、落ちるやつなら無視して──」
どうやら、一度に複数の「雲」も作り出せるらしい。眼前に現れた「雲」の重力場を確定させるためのアングルで出来た死角で別の「雲」を生成しているのだ。
……だが、佳子はそれも確認済みらしい。……どうやら想像以上に自由自在だな、あの術式。
これならこのまま領域対策をしつつ叩き続けれていれば、いずれは領域解除まで持っていけるかも、
「あっ!?」
と。
突如、佳子が声を上げた。
それに対し、滂沱は嘲笑いながら、
『ハッ。見えたか? だがテメェは「確定」するしかねェよなァ?』
滂沱がそう挑発した瞬間。
滂沱の眼前から、またしても「雲」が現れる。重力場で佳子を吹っ飛ばそうという算段だろう。これ自体は、「確定」すれば簡単に躱せる。だが……。
そのタイミングで、滂沱の背後に人ひとりが入れそうな大きさの「雲」が展開されていた。先程発現した「雲」をさらに大きくしたのだろう。そして滂沱は、その中に入り込んでいってしまう。
……なるほどな。「来々改々」は、あくまで見えた未来を確定するか否定するか「選択」するだけの術式だ。
つまり、どこからも見えない密室の中に入り込んでしまえば、少なくとも滂沱自身の行動は「選択」される恐れはない。
そして滂沱が此処から選択できる最適解は……、
『そっちの羂索みてェなクソガキ。一歩も動かないって縛りでその領域対策を展開してるんなら、要はそこに足を踏み入れなけりゃいいだけの話だろ。一度そこから抜け出ちまえば、遠隔攻撃の手段がねェテメェらの攻撃なんざ食らわねェよ!』
「雲」の中に入ったまま、滂沱は「簡易領域」から脱出していく。
そして「簡易領域」から出たあたりで、「雲」の中からも出て来た。
『あとは簡単だ。中距離から「霹靂」でちまちま削ってりゃあ、テメェらのどっちかはそのうち呪力切れでくたばる。悪りィな、味気ない最期でよ』
いくら未来を「確定」したとしても、よくて千日手。
「簡易領域」の外に出た時点で雷に焼かれるのは確定なのだから、どう「否定」しても何かが変わる訳ではない。確かに、一度「簡易領域」を出れば滂沱の勝ちは確定したと言えるかもしれない。
しかし。
それでもなお、佳子の口元から勝ち気な笑みが剥がれることはなかった。
『……テメェ、何を企ん、』
その瞬間。
「
……原作で実際に日下部がやっていたことだ。領域の発現後に範囲を調整するくらいは、今の私でもやってみせるさ。
『なッ、企んでたんじゃなく、既にこれが視えて……!?』
「ちゃんと決めろよ、佳子」
「誰に言ってるんですか。佳子さんは天才ですよ」
突然の領域拡大。滂沱が慌てて移動しようとするが──「来々改々」がそれを許さない。
使用しすぎた「雲」の影響で、領域にヒビが入ったことに気を取られた一瞬で、佳子が滂沱の懐にまで肉薄する。……「否定」だな。
そして。
「きちんと、決めてみせますとも!! 友達の期待に応えてこその、天才ですからっ!!!!」
黒閃
『お、ゴア…………!?』
有言実行。
黒い輝きを纏った佳子の拳が、滂沱の腹を貫いた。
「来々改々」の「否定」はギャンブル性が高いので、防御の場面で使うと痛い目を見る可能性もあります。
逆に追撃の場面では、「否定」し得です。文句なしのクソ強術式です。