私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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前日にも更新されていますのでご注意ください。

今日は渋谷事変ですね。


第16話 呪毒進運

「あ~つ~い~で~す~」

 

「佳子さん、文句を言わない……」

 

 

 私は辺りを見渡して自分達を見ている人が誰もいないことを確認すると、ため息を吐いた。

 淑女教育を受けて人前に顔を出さないよう躾けられた私も、術師生活が一年を超えるに至って顔を出しながら市内を歩くことについてはいい加減慣れて来た。ただ、生まれてから八年、しみついた淑女教育がすぐに消えることはない。具体的には、外を歩くときには人目を気にする価値観が根付いているのだ。

 そしてその価値観からいえば──暑いからといって背から力を抜いて項垂れながら呻き歩いている少女の横を歩くのは、非常に恥ずかしかった。いやほんと。ちゃんとしてほしい。

 

 

「佳子さん、しゃんとして……。もう、何歳なんですか、佳子さんは」

 

「八歳ですけどぉ~……」

 

「……私と同い年じゃないですか。それならもうちょっとちゃんとしてください。あと四年で大人なんですから」

 

「分かってますけどぉ~……」

 

 

 この時代、女性は一二歳〜一六歳ほどで裳着(成人)となる。大体は一二歳だ。

 まぁ、あと四年で成人といっても子どもは子どもなので、これは方便だが……どのみち、佳子には通じないようだった。

 

 ……この女ときたら、いつもいつもこの調子で、本当にぐだぐだとだらしがない。

 今日も朝から私の部屋に飛び込んで来たかと思うと、「包帯が巻けません!!」とか言って私に包帯を押し付けてくるのだ。私が来る前はどうしていたんだと問えば、「天使とかにお願いしていました」と言う。

 じゃあそっちにお願いしろよ私は忙しいんだよ……と跳ね除けられればよかったのだが、私も鬼ではない。純朴な目をして私のことを頼ってくる幼い少女を無碍にするのも憚られ、結局今日に至るまで佳子の包帯巻き係に甘んじてしまっている。一刻も早く自立してほしいものである。

 

 安倍家に厄介になるようになってから、早一か月弱。

 そういうわけで、私はすっかり佳子の世話係になっていた。

 

 

「……この陽気、気が滅入るのは分かりますけどね」

 

 

 未だうだうだしている佳子を横目に見ながら、私は手で庇を作って天を仰いだ。

 相変わらず、太陽は燦燦と下界を照り付けている。川べりではたまに暑さに耐えかねた庶民が全裸で水浴びをしているが、人間として最低限の尊厳すらも投げ捨てるレベルの酷暑ということである。流石に路上で熱中症で死んだ死体が転がったりはしていないのでこれでもまだマシな方だが、佳子がぐだぐだ言うのも理解はできる暑さだ。

 佳子は呻くようにしながら、

 

 

「うう~、暑すぎます。台風とかまだ来ないんです?」

 

「来たら来たで洪水で大変な目に遭いますよ」

 

「ちょうどいいところって言葉を知らないんですかね? 天の神様は」

 

 

 それは本当にそう。

 

 東河とか、川の流量が本当に調節できないしな……。今は庶民が水浴びに使っている堀川と西堀川にしても、大雨が降ったら普通に氾濫しかける。

 現代の京都の川は大半がなくなっているが、この時代は現代よりも川が大量にある。そしてその川の上を舟が行き来する運河となっているのだ。さらにその川は各貴族の邸宅に引かれたり、生活用水として用いられたり、とにかく生活に密着している。川と人の距離は、本当に近いのだ。

 まぁ、だからこそ氾濫が起きたらその生活が全部流されてしまうのだが。跡切の領域は本当に性質が悪いものだったのだ。懐かしいな……あれからもう一ヵ月経つのか。

 

 

「気持ちは分かりますが、それよりもまず目の前の異常を何とかしないといけませんよ」

 

「はぁい」

 

 

 私の小言を受けて、佳子の足が止まる。

 そして私もまた、足を止めて目の前の()()について意識を向けた。

 

 

 目の前の庭園──「神泉苑」は、半壊状態だった。

 神泉苑だけじゃない。灌漑の為に建てられた水車も、何なら周辺の長屋に至るまで雨風で叩き壊されたような有様だった。まるで此処だけ、佳子のリクエストに応じて台風が通ったみたいだ。

 しかし何よりも異常なのは──その残穢。目を凝らすまでもなく、術師ならすぐに分かるほど濃密な残穢が、神泉苑を中心としてこびりつけられていた。

 間違いなく、呪霊の仕業だ。

 

 ──神泉苑を襲った災害の後、この事態を引き起こしたと思しき呪霊は、その後現場を後にしたことを作業員の生き残りが目撃している。

 といっても、実際に呪霊を見た訳ではなく、「雨雲がそちらの方へ去って行った」という言い方だったので、本当にその方向に呪霊が去ったかは不明だが……、

 

 

「ん、証言に間違いはなさそうですね。残穢は北の方に続いています」

 

 

 六眼の佳子が、その証言に太鼓判を押した。

 佳子は包帯を解いて(何故か)私に預けながら、

 

「……残穢が酷くて、この周辺はもうぐっちゃぐちゃですけど、その爆心地みたいな残穢からひょろひょろっと一本だけ残穢の線が伸びてますね。多分、呪霊はその方向へ去って行ったんじゃないでしょうか」

 

「ふむ……」

 

 

 神泉苑に濃密な残穢が撒き散らされていて、そこから線が伸びるように残穢が……。加えて、雨雲もそちらに移動していったような視覚証言も残っている、と。

 北……。神泉苑は平安宮の南に位置しているから、つまり証言だけをまとめると宮廷の方へ呪霊が飛んで行ったということになる。もし本当だとしたら、重大警戒事案だろう。術師総出で守りに入らなければならない。

 ……ちょっとあからさますぎるな。神泉苑が六眼でも詳細が分からなくなるレベルで呪力が撒き散らされていることを考えると、案外神泉苑に呪霊が潜伏している可能性すらあるんじゃないか?

 仮に呪霊が知恵を持っていた場合、残穢に釣られて術師の注意が宮廷への護りに集中したタイミングで、手薄になった平安京で暴れ散らかすという戦法をとることだって考えられる。

 

 

「北に延びた残穢は()()()()かもしれません。此処に呪霊が潜伏している可能性も踏まえて調査しましょう」

 

「なっ!?」

 

 

 私が思考を端的に要約して伝えると、佳子は目を丸くして驚いた。

 自分の眼がブラフに引っかかったともとれる意見は、佳子からしたら屈辱かもしれないが……。

 

 

「……ま、まぁ佳子さんは分かってましたよ? もちろん。さすが、わたしが言わなくても尊ならちゃんと分かってくれると思ってました」

 

 

 ……ああそうだった。コイツはこういうタイプの見栄を張る馬鹿だった。変に言い包める必要がなくて本当に助かるよ。

 

 

「……この水は……呪力による水じゃないですね」

 

 

 そう言って、佳子は泥濘と化した地面に溜まった泥水を掬う。

 通常、術師は呪力で構成された物質(式神とか呪霊とか)と通常の物質の区別がつかない。原作でも真人が生み出した改造人間と呪霊はカメラで撮影するか実際に殺すかしないと見分けがつかなかった。もちろん私も見極めなどできないのだが──六眼を持つ佳子ならば別だ。

 佳子なら、術式で生み出された水か通常の水かの区別をつけることができる。

 

 

「本物の水。……ということは、術式で水を操っていたということですか」

 

 

 術式による水の操作……私の脳裏に、跡切が思い返される。おそらく、佳子にしても同じだろう。

 跡切は確実に祓ったので、実はまだ生きているということはないと思うが……類似する事象への感情によって生み出された呪霊という可能性はある。特に、跡切は知恵を持った呪霊だった。他の特級と行動を共にしていた可能性もあるし、その術式が似通っているという可能性は十分にある。

 ということは、この状況を作り出した呪霊も特級相当ということになるのだが。

 

 しかし……。

 

 

「見たところ、神泉苑の水が減っている様子は見受けられませんね」

 

「そりゃあ、じゃなければ灌漑に使おうって話にはなりませんからね。何を当たり前のこと言ってるんです?」

 

「…………この惨事を起こすのに神泉苑の水を使ったわけじゃないなと、そう確認しているんですよ……!」

 

 

 このクソガキが……。……まぁいい。

 「知ってましたよ?」「尊を試しただけですよ?」などとほざいているガキのことは無視して、私は思考を進めていく。

 

 

「この水が術式で生成されたものではないとすると……水源はどこなのか……」

 

 

 水源については、跡切も苦慮していた部分ではあった。

 何せ、旱魃中である。川の水も乏しく、十分な水源を獲得する為に跡切はわざわざ無茶な縛りをかけて領域まで使って水源まで術式範囲を伸ばす必要があった。

 しかし見た限りだと、この呪霊はそんな細かい下準備をせずに大量の水を操っているように見える。もちろん、川の氾濫とは桁が違う訳だが……。

 

 一つ考えられるのは、地下水。

 川の水の大半は下流へと流れていくが、そのうち幾らか地面に染み込んで、地中を流れて海へと運ばれていく。そうした「地下の川」という可能性は、十分に考えられる。

 ただ……それよりも可能性がある表象がある。

 

 

「……空、か?」

 

 

 もう一つは、「雲」。

 上空に漂う大量の水の塊を操ることができるとなれば、この暴威にも納得がいく。それに、生存者の「雲が移動していった」という証言にも合致するしな。

 

 

「空? ……あっ、雲ってことです?」

 

 

 私の呟きを聞いていたのか、佳子がはっとした表情で問い返してきた。

 意外だ。佳子、雲が「空に浮かぶ水の塊」ってことを知っているのか。

 この時代、雲は天地を結ぶものとして陰陽思想の中では重要な指標とされてきた。天の一部だから、雲自体が水つまり五行思想の対象としては扱われていなかったのだが……まぁ、経験則的に雲が雨を運ぶってことは分かるか。

 

 

「ですね。……おそらくこの呪霊は、雲を操ることができるのではないかと」

 

「なるほど。戦う前から早速術式が分かりましたね。これは楽勝かも!」

 

「……佳子さん、今回の任務はあくまで残穢から敵の戦力と逃走方向を割り出して、後続の術師に繋げることですよ」

 

 

 戦意に満ち溢れた佳子の言葉に、私は呆れながらツッコミを入れる。

 

 安倍氏に所属が移ったことで、私は危険な任務からは遠ざけられた。

 これまでは月に二度や三度は二級以上の呪霊と戦わされていたが、この一ヵ月はあっても三級の討伐程度。後の期間は邸の道場で格闘技術を鍛えたり、邸の書庫で本を借りて読んだり、たまに佳子の付き添いで野山に連れていかれたりといった具合である。

 今の私達は、安倍氏の術師等級で三級認定。つまり、与えられる任務の程度もそのレベルで落ち着いているという訳だ。……正直退屈ではあるのだが、低級呪霊を相手にするというのもそれはそれで悪くない。安全マージンが確保できているから、かなり()()()()()()術式の運用を試すこともできるしな。

 ちなみに今回の呪霊の等級は、準一級か一級という見立てだ。特級なら神泉苑が更地になっていてもおかしくないという判断なんだろう。……まぁこのあたりの見立てはアテにならないが。特級があえて実力を隠して被害を抑えている可能性だってある訳だしな。直近特級呪霊が暴れていたことを考えると、あり得るラインである。

 いずれにしても、今の私達の等級には危険すぎる相手ということになる。だから戦闘には参加せず、あくまで残穢の確認と術式効果の類推までが私たちの役割となる。それが済んだら、後詰めの術師に状況を引き渡すのが仕事だ。

 ちなみに、今回引き渡し先となる術師は天使である。

 

 

「えー」

 

 

 私が諫めると、佳子は不満そうに唇を尖らせ、

 

 

「尊だって特級を祓ったじゃないですか。私だってやれますよ?」

 

「私の方が御免なんですよ。たった一ヵ月のうちに特級呪霊二体と交戦とかやってられません。跡切相手だってギリギリだったんですから」

 

 

 私一人ならまだいいが、佳子がいるとなると話は別だ。

 このポンコツクソガキに特級呪霊との戦闘が務まるとは到底思えない。心配しているうちに私の頭が胴体と泣き別れになってしまう可能性すらある。

 

 

「情報は出揃いました。あとは天使さんに引き継ぎましょう。不満なら同行させてもらえばいいんですし」

 

「むぅ。仕方がないですね……」

 

 

 佳子の方も、流石に本気で呪霊との戦闘をやりたがっている訳ではなかったようだ。

 私が宥めると、渋々といった調子で引き下がった。よし、良い子だ。

 

 もう六眼の出番もなくなったので、私はいつものように佳子の後ろに立って包帯を巻こうとして──

 

 

「尊!! 躱して!!!!」

 

 

 ──突如、佳子が私の手を引いて飛び退いた。

 咄嗟に、私は懐から呪符を取り出しながら佳子の動きに従って飛び退く。

 

 直後、さっきまでいた場所に鉄砲水が叩き込まれた。

 

 

『……「跡切」と、そう言ったな……』

 

 

 べこん、と地面が大きく抉れ、まるで爆発痕みたいになっている。……当たっていたら、呪力で防御しても余裕で足が吹っ飛ぶレベルだ。

 攻撃を放った張本人は、神泉苑の湖の中にいた。

 ……クソ、予想通りか。あの野郎残穢をばら撒いて自分の呪力を誤魔化していやがった……!

 

 

『テメェが、跡切を殺した術師か』

 

 

 湖から現れた呪霊は、クラゲめいた人型だった。

 クラゲを絞って首と肩を形成し、肩から下を触手を縒って形作ったような化け物だ。頭部には黄色い模様が、まるで四ツ目のように展開されていた。

 ……触手を縒って作ったような胴体とはいえ、シルエットは筋骨隆々。これは肉弾戦もこなせそうな雰囲気だな。

 

 

「……そうだと言ったら?」

 

 

 跡切を知っているということは、おそらくヤツと行動を共にしていた特級呪霊で間違いない。そして言動からして私に対して強い恨みを持っている。当初の目的であろう「術師の注目を外して平安京で暴れる」方針を無視してまで顔を出したのは、私の発言を聞いていたからだろう。クソ、失敗したな……。

 呪霊は周囲に白い(もや)を広げながら、静かにこう言う。

 

 

『心配するな。()()()()()()()()()()()()()

 

「!! 尊、来ますよ!! これは躱せません!!」

 

 

 直後。

 

 ドッッッ!! と、殺意と同時に白い靄が──「雲」が、爆発的な勢いで広げられる。

 その奥で、呪霊の手が動いたのを見て、私も反射的に手を動かしていた。

 

 そして。

 

 

 示すは来迎印。阿弥陀如来と同じく、人差し指と親指で輪を作る掌印。

 

 対する呪霊の掌印は、掌をこちらに向ける施無畏印だった。

 

 

 

『「領域展開」』

 

 

 

 私の領域と呪霊の領域、二つの領域がぶつかり合う。

 ……クソ、ぎりぎりだった!! いきなり領域展開とかフルスロットルすぎるだろ! いや、最適解ではあるんだが……! 佳子が呼びかけてくれなかったら、靄を躱そうとして初動が遅れていたかもしれない。そうなったら本当に終わっていた……!

 

 当然、私は領域展開を習得している。

 というか、そもそも術式がデフォルトで領域を含んでいるからな。そこから要素を分解して、「壺」を外郭に指定している部分を自分の呪力を外郭にする通常の領域に設定変更すればいいだけだから、ぶっちゃけ展延よりも先にマスターした。

 何度か領域展開の試運転は行っていて、領域の設定をちょいちょいいじくる程度ならできなくもないくらいにはなっている。

 

 あとは、領域の押し合いだ。

 これでも私は結界術に関してはかなり自信がある。たとえ人の寿命以上を生きる特級呪霊だとしても、領域の押し合いで負けるつもりはない……。必中命令と領域の押し合いをしている間に、佳子に肉弾戦で呪霊を叩かせる! そうすれば後は私の領域の中で、術式の焼き切れた呪霊を袋叩きにして終わ、り、

 

 ────!!

 

 そう考えて領域の押し合いに移行した瞬間、私は違和感に気付く。

 こいつの領域……強固すぎる!? 通常であれば押し合いになるはずの(まぁ私にとってはこれが初めての経験だが)領域が、全く押せない。むしろ、押し返されていく。

 馬鹿な……まさか、コイツの領域、()()()()()()()()……!?

 

 あまりにも強制力の強い相手の領域に、私が慌てて領域の設定を変更するよりも早く。

 

 呪霊の領域が、完全に私の領域を押し返した。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そこは────雲の大地の上に広がる、一面の蒼天。

 

 

 

 絶界忉利天(ぜっかいとうりてん)

 

 

 

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