私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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幕間 ある三尸の証言

思えば、「彼女」は最初から異常だった──。

つい最近まで藤原尊の"三尸(さんし)"だった男は、そう述懐する。

「……最初は、哀れな子どもの看取り役だと。そう思っていたんです」

 

 

 粗末な衣服を身に纏った男だった。

 見てくれはくたびれ、貧民か何かのようですらある。それでも佇まいには一定の気品があるあたりに、男の抱える事情の複雑さが滲み出ていた。

 

 語り始めた男は、静かに目を伏せる。

 邸の広間──一面に畳が広がる座敷に正座したその男は、その当時のことを思い返すようにして続けた。

 

 

「北家傍系のうち、呪力を持ちながら術師としての才能に乏しい人間は、"三尸"に配属されます。役割は、藤氏直轄の術師の中でも"曰くつき"の術師の監視です」

 

 

 それは、監視対象の術師には知らされていない密命。

 「三尸」というのは道教において存在を信じられていた、人間の体内に潜むといわれる虫のことである。六〇日に一度訪れる庚申の日の夜に眠るとこの虫が身体から抜け出て天帝に宿主の罪悪を伝え、天帝が罰として宿主の寿命を縮めるという言い伝えが、この時代には信じられていた。

 そこから転じて、藤原に信頼されていない、あるいは都合の悪い術師の傍に下男と偽りこうした監視役を置くことで、何か問題が発生した場合に即座に藤原上層部に情報を伝達しているのだ。

 さながら、宿主の罪を暴き天帝に使える"三尸"のように。

 

 

「私は……お嬢様の"三尸"でした。次兄様の命に従い、お嬢様──尊様の動向を観察……「落ち度」を報告するのが私に与えられた命令です。

 術師としての活動で「落ち度」を見つければ、弟様の覚えを悪くできる。そうすればお嬢様の立場を悪くし、「処分」がしやすくなる。そういう思惑だったのでしょう」

 

 

 そこまで言うと、"三尸"だった男は顔を上げ、そして緩やかに首を振る。

 

 

「それでなくても、一〇にも満たない子どもが突然術師として戦場に放り捨てられれば、生き残ることなどまず不可能です。鯉達の泳ぐ池に放たれた餌よりも早く、呪霊に貪られて終わりでしょう。

 しかし──尊様は、完璧でした。次兄様の命令によって獅子身中の虫となるべく近づいた私に対して一切の隔意を見せることなく──しかし完璧に、呪術師だったのです」

 

 

 初陣は、あえて安倍氏基準で準一級と呼ばれる呪霊の討伐任務に赴かせた。

 確か、簡易的な領域を展開して、その中で対象にルールを強制するタイプの呪霊だったはずだ。しかし尊は何故か、ものの数秒で領域のルールを破綻させて崩壊させたうえで呪霊を祓った。

 外から見ていた男は、呪霊を祓った時の尊の横顔を見た。

 領域が砕け散った直後に発生する具現化した呪力の破片の合間から見えた彼女は──確かに、笑っていた。

 初陣だ。数日前まで淑女教育を受けていた幼子だ。つい最近己の術式を認識したばかりの素人だ。

 ただそれだけの少女は、今まさに無傷で祓った呪霊を前に、こう呟いたのだった。

 

 

『……まだ出力が不安定だな。もう少し「縛り」を調整するか。……それに、遠隔攻撃と盾も要るな』

 

 

 その姿を思い返しながら、男は静かに呟く。

 

 

「……まるで、熟練の術師のようでした。才能が乏しく"三尸"になるしかなかった私などと違い──彼女は最初から、"成って"いた」

 

 

 男は少しだけ照れるように苦笑して、

 

 

「嫉妬したか? そんな次元ではありませんでしたよ。だって、その後に尊様が私になんて言ったと思います?

 「すみません、家の蔵書の閲覧許可を取りたいのですが、担当の者に取次ぎをお願いできますか?」ですよ。

 初戦で呪霊の領域に取り込まれておきながら、その領域を数秒で破綻させておいて、まだ上達を望む。物が違いすぎます。彼女に対する対抗心なんてものは、早々に失っていました」

 

 

 男の口調には、向上心の高すぎる幼子に対する呆れ交じりの尊敬と──それから、本物の畏怖が入り混じっていた。

 少し姿勢を崩していた男は、小さく笑うと姿勢を正した。

 

 

「次の任務は、群体呪霊の討伐でした。当初は一体の呪霊を祓う任務だったはずなのですが、実は一体だと思われた呪霊は数体の呪霊が折り重なってできたものだったのです。しかも、それぞれが術式持ちの呪霊。撤退せざるを得ないかと思いましたが、尊様はなんて言ったと思います?」

 

 

 男はそこで一度言葉を区切り、

 

 

「彼女はこう言ったんです。『式神の性能を確かめるいい機会だ』、と。冗談だと思うでしょう? 彼女はこの窮地を、単なる自分の手札の性能確認程度にしか捉えていなかったんです。術式持ちの呪霊数体を前にしてですよ」

 

 

 当時の心境を思い出したのか、男は視線を畳に落とす。

 じんわりと、男の立ち姿から当時の不気味さが滲み出てくるようだった。それは、後ろめたさを伴った恐怖──追い詰められた獣が醸し出す爆発の予感にも似ている。

 

 

「任務に同道していく中で、少しずつ術師としての尊様が見えてきました。

 呪力量や呪力操作についてはまだまだ発展途上。大抵の呪霊は呪力のみで祓えるでしょうが、上位の呪霊にはどうしようもないでしょう。

 ですが、尊様はとにかく結界術に優れておいでだった。誰に教えられた訳でもないのに「隠世の結界」を習得しただけでなく、改良したのもそうですし……全く別種の結界術を独自に開発なされたりもしていました。

 しかし、術師としての尊様の本質はそこではありません」

 

 

 "三尸"だった男は、そう言って己の膝をさする。

 視線を横に向けて、庭の先を見つめながら、

 

 

「尊様の本質。それは、掻い潜る力です」

 

 

 あるいはその向こうに沈む夕日に何かを重ねて、男は続ける。

 

 

「多くの術師がこうであると思っている前提。呪力の、結界の、式神の基本法則。陰陽と五行によって形作られたこの世界の枠組み自体を読み解き、掻い潜り、己の意を通す能力。尊様は、その能力が高い。いや……高すぎるのです。

 …………ゆえに、この頃の私は恐れていました。恐怖していたのです。一〇歳にも満たない、大人の都合で窮地に追いやられた、可哀想な被害者であるはずの幼子を」

 

 

 告解のような証言は、しかし罪悪感に塗れたものではなかった。

 あるのは、純粋な恐怖。追い詰められた獣があげる低い唸り声のような、不安定な声色だった。

 あるいは、この期に及んでそんな感情しか抱けないことが、この男の──そして男の背後にいる存在の限界だったのかもしれないが。

 

 

「「この化け物じみた戦力が、自分達に向けられたらどうしよう」と、私は思いました。彼女を貶める為の任務を与え続けるたびに、皮肉なことに脅威の方が大きくなっていくのです。いや、驚異の大きさが証明されていったというべきでしょうか」

 

 

 そこまで言うと、男は一段声を落とす。

 当然、この場の会話が他の誰かに聞かれるようなことはない。そうなるように調整されている。だからこそ男は証言しているのだ。にも拘らず気を遣いたくなるくらい──畏れ多い発言ということだが。

 

 

「……此処だけの話ですが。おそらく、次兄様も同じ思いだったはずです」

 

 

 次兄──即ち、尊の父。

 彼はかつて、晴明と敵対していた。正確には、先の帝を失脚させる謀略の過程で、尊の父は晴明の不興を買った。晴明の呪術による謀略の妨害工作は藤氏直属の呪術師の応対によって防がれたが──それ以来、尊の父は強大な呪術の才を畏れるようになった。

 

 

「弱き才ならまだいい。所詮は人間の組織の中でしか生きることができない程度の力。その枠の中でしか、何者かになることができない。……しかし、逸脱した才の持ち主にはそんな理屈は通じない。

 次兄様は、当初から悟り、畏れていたのです。尊様の異能が、そうした規格外の規模を持っていることを。……あの方もまた、魑魅魍魎の巣窟の奥の奥で暗躍している殿上人の一人ですから」

 

 

 だから、尊の父は実の娘を排斥しようとした。

 だが、彼の娘は、彼自身の想像を超えて化け物だった。

 

 

「だからより危険な任務を与える。それが数か月続きました。そんなことを続ければ、いずれ尊様が次兄様の殺意に気付くとしても、です。しかし……尊様は、一向に私達に対して敵意を向けることはありませんでした」

 

 

 あるいはそれは、敵意を向けられるよりも大きな絶望かもしれない。

 何故ならば。

 

 

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 目の前の障害は、己の理論を検証する為の実験台。

 その機会が多いことは歓迎こそすれ、それ自体に危機感を覚えることなどない。目先の窮状などよりもよほど重要な「目的」があるかのように、彼女の眼はどこか遠くを見定めている。

 

 

「もちろん、次兄様が憎くない訳がないでしょう。彼女は実の父によって華やかな道を断たれ、明日の命も知れない世界へと押し込められているのですから。……ですが、にしては彼女の生き方は…………そう、淡々としすぎているんです。

 まるで決められた手順をこなしているかのように。その先にある「何か」が見えているかのように、彼女は現実に対して明確な感情を向けない。父や藤原に対する憎しみを、表に出さない。それが、何より恐ろしい。

 …………だから私は、ある時尋ねたことがありました」

 

 

 正座したまま、男は手を握る。

 膝の上に置かれた握り拳に視線を向けて、男はその時の事を思い返していた。

 

 

『尊様。……尊様は何故、こんなにも危険な任務に臨むのですか? 次兄様の娘様である尊様であれば、任務を拒否することも可能なのではないですか』

 

 

 実際には、そんなことをすれば尊の父の策略によって、尊の地位は脅かされてしまうだろう。ただ、そのことを尊が自覚していたかどうかは定かではない。何故なら、尊は『危険な任務』と言われて、本当に意外そうにきょとんとしてこう言ったのだから。

 

 

『……そうなのですか?』

 

 

 そんなことなど思いつきもしなかったとばかりに。あの時の尊はそう言って首を傾げていた。だが"三尸"を務めていた男が畏れたのは、そのあとのことだった。

 

 

『……、……ああ、そうですね』

 

 

 ややあって、尊はそう言って一人納得していた。合点がいったと言わんばかりの表情は、幼子がするにはあまりにも酷薄で──男は直感で、己の中の畏れを見抜かれたと感じた。

 その上で、尊はこう続けた。

 

 

『たとえ危険であったとしても。私が身を盾に戦うことで京の人々の心に"平安"が訪れるならば、それは価値あることだと思いませんか?』

 

 

 文句なしの善意。

 しかし、それゆえに男はこの発言が本心でないことを悟っていた。嘘というわけではないだろうが、話をはぐらかしている。問に対して正面から答えず、否定しようのない一般論で返しているだけだ。

 そして同時に理解した。

 この幼術師の腹の中には、()()じゃない真意が渦巻いている、と。

 

 醜く汚い自分達の罪悪を啜り、そして待っているのだ。自分達に罰が下るその瞬間を。

 

 まるで、天帝に宿主の罪悪を伝える"三尸"のように。

 

 

「……だから私は、"三尸"を辞めました。もう遅いかもしれないが、それでもできるだけ「中心地」からは距離を取りたい。

 お陰で私は藤氏としての立場どころか、都での居場所すら失いましたが、後悔はしていません。むしろ、この一族にいれば彼女の腹の中にある大火に焼かれるでしょうからね」

 

 

 そこまで話し終えると、男はゆっくりと立ち上がる。

 役目は果たした、とばかりに。

 

 

「不敬ですが……私は、都を出ることをお勧めしますよ。彼女の中にある大火は、やがて彼女の父を焼くでしょう。そこまでで、火の手が収まるとは限りません。やがて彼女を起点とした大火は藤原を焼き、平安京すら焼くかもしれないのですから」

 

 

 ──以上、とある"三尸"の証言。




尊(まぁ、ガキが命懸けの戦闘を平然とやってたら不思議にも思うか。適当に耳障りの良い正論でも言っておくとしよう。あながち嘘って訳でもないしな)

尊「たとえ危険であったとしても。私が身を盾に戦うことで京の人々の心に"平安"が訪れるならば、それは価値あることだと思いませんか?」ニコッ

三尸(このガキコっっワ……絶対平安京滅ぼすわ……)
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