『ガ、ァア…………ギ、ヒィ…………』
私の渾身の一撃は、それでも呪霊を祓うには至らなかった。
確かに、ダメージはあった。跡切の顔面は剥がれ内部の骸骨とも骨組みともつかない組織が露出しているし、腹から胸にかけての表皮は弾けて中の青黒い肉が半ば解れたような形で零れ出ている。
だが、致命的ではない。
呪霊・跡切は依然として二本の足で立ち、二本の腕は戦意を示す様に構えられている。
「これでも削り切れないか……!!」
そして──私自身も、無傷ではなかった。
毒液の生成に使用した「壺」は、あくまで私の左腕の肘から先の衣服だ。内容物として「壺」の一部にカウントされるのも、当然左肘の先からとなる。
ただし、左手は「壺」になっていたため、呪力操作が咄嗟にできなかったこともあり、あえて使わなかった。
よって呪力の起爆に使用したのは右拳なので──一瞬とはいえ、私は術師自身すらも溶かし尽くす毒液に生身で触れた形になる。
その代償として──右手の拳は、指こそもげていないが、肉が溶け落ちて骨が露出していた。まぁ、凄く痛い。右手は攻撃にはもう使えないだろうな。壊す覚悟なら一発くらいは、といったところか。
もう少し呪力操作に慣れていれば、武器に呪力を帯びさせる要領で「壺」と化した手に呪力を帯びさせたり、そもそも拳を介さずに呪力を飛ばして起爆させることもできたのだが……まぁ、ないものねだりをしても仕方がない。今の私では、アレがベストだったのだから。
…………改めて思うが、此処までやっても特級一体祓えないとか、本当に私の術式って……。
毒液、本当に使い勝手が悪い。「壺」をメイン運用に定めた私の判断は間違っていなかったと改めて思わされる結果だ。
『ご、ノ……女゛、アァ……死ぬ、かど、思った、ゾォ……!!』
追撃しようとしたところで、ボココ!! と、跡切が呪力で身体を治癒させる。
……が、完全な再生には至らなかったらしい。呪力が足りていないのか、顔面に痕が残る程度の再生をしたあたりで治癒が止まった。胴体については、まだ抉れたままだ。
「チッ……壊し甲斐のないヤツだ。簡単に治るなよ!」
『無茶を言え、キヒ、鬼畜女ァ……!』
「
『今度は、こっちから行くぞォ!! キッヒャア!!』
跡切は叫びながら、暴風をこちらに叩きつけてくる。
ただし……勇ましい叫びとは裏腹に、どうも跡切はもう絶対に私に近づきたくないようだ。私の拳の負傷を見ているにも拘らず、跡切は及び腰になっていた。
中距離からの単純な暴風程度ならば、私の身体能力でも十分に回避できる。私は飛び退いて暴風を回避する。Uターンしてきた暴風は──受け、いや跳躍だな。
展延で受けようかと思ったが、嫌な予感がした私は跳躍をして暴風を回避する。
ドッ!!!! と。
Uターンしてこちらに突撃してくるかに思われた暴風は、私の足元があったところに着弾して地面を抉って小石を爆弾のように撒き散らす。
「小細工を使うじゃないか。確かに、小石は暴風に関係ないから展延では防げないもんなぁ?」
『キヒ……察しの良い、ガキだ』
跡切は、先ほどの様に暴風を操作して私を背中から撃とうとした──ように見せかけて、展延対策で「流れ」そのものではなく小石を飛ばして私にダメージを与えようとしていた訳だ。
私の呪力による防御は大したことないからな。特級の術式効果で弾かれた小石なら、多分普通にダメージになりうる。酷い話だ。
だがまぁ、流石に地面に直撃して霧散した暴風はそれ以上操作できなくなるらしい。「流れ」が一本しか操れないなら、散って一定以下になった「流れ」は操作できない……といったところか。らしい制約だ。
「気付いているか? 腰が引けているぞ。そんなに顔面を削られたのが怖かったか。男前になったと思うんだがな?」
『安い……挑発。キヒ……近づいてくれなきゃ困りますと顔に……書いてあるぞ。削ってやろうか?』
チッ……乗っかって来ないか。
私の方からも追撃を入れたいが……ちょっと右拳が痛すぎてそれどころじゃないのと、手負いとはいえ相手もちゃんと迎撃態勢に入っているっぽいので、多分ここで勝負を焦ったらカウンターであっさり殺されてしまう。
それに……これでも祓いきれないとなると、もう本格的に長期戦でちまちまやるしかなくなってくるのだが……私の敗北条件って、コイツを祓えないこととかではないんだよな。
私は東河に呪霊を祓いに来た訳だが、その目的は『東河の氾濫を防ぐため』だ。そこさえ何とかできれば、最悪コイツからは逃げてしまっても問題ない。ここまで削ったのだ。他の術師数名でかかれば、問題なく祓うことはできるだろう。
だが、仮に私が独力でコイツを祓ったところで、東河が氾濫してしまっては意味がない。そして──そろそろ東河の水位が、本格的に危険な領域になってきている。
こうなってきたら、コイツを祓うのは後回しにしてでも、東河の氾濫の方をどうにかしないとまずい。
だが……「流れ」を操作しているとして、この川の氾濫をどう実現しているかについてはまだ謎が多い。
おそらくどこかしらの枯れていない水源複数から術式を使って水を引っ張ってきているのだと思うが……そんな大規模な術式の運用が、果たして本当に可能なのだろうか? 真っ当に考えれば、「今後二度と術式を使えない」レベルの強大な「縛り」を設定しても実現可能か怪しいところだと思うが……あとは、領域内の術式精度強化があれば話も変わって来そうではあるか。まぁ、普通に考えて何時間も領域を展開し続けるなんて無理だし、少なくともこの中は跡切の領域ではないけどな。
………………。
…………ん?
……そうか!! この中じゃなければいいのか!!
思考を巡らせているうちに、私は気付いた。
それは、原作にも存在した
そう考えると、数時間の領域展開くらいは「領域に必中命令を付与しない」縛りさえあれば、呪霊ならば賄えるのではないか。
そしてその領域は…………
川の中を伝って、複数の水源まで領域を伸ばし接続。そして領域による術式出力のブーストと、おそらく複数の「縛り」を用いて生きている水源から水の「流れ」を操作し、川の水量を増加させたんだ。
おそらく……「縛り」の内容としてはこんな感じ。
①呪霊本体は領域の外に出ていなければならない。
この「縛り」は、渋谷事変でも登場したものだ。術師が領域の外に出ることで、結界の強度を上げる用途だったが……強度を上げる代わりに範囲を広げる形で運用できたっておかしくない。「縛り」を使って領域の範囲を広げること自体は、宿儺もやっているからな。
②領域外では気流の操作しか使用してはいけない。
これは敵の戦法からの推測だが、己の呪力の「流れ」や私の血の「流れ」を操作しようという素振りすら見せなかったことを考えると、ほぼ確定だ。汎用性の高い術式ゆえに、領域外という広い範囲で単一の術式運用しか許可されないという「縛り」はかなりの効果を発揮すると思われる。
③領域の範囲は川の水の中に絞る。
これもほぼ確定。川の中に領域があるようには見えなかったが、濁流のせいで川底も分からないほど濁っていれば分からないのは当然の話だ。
……あとこれはまだ未確定だが、おそらく川の中に入ってさえいれば領域のサイズは可変だな。川の「流れ」を操作して水位を増加させているのももちろんあるだろうが、それにプラスして領域のサイズを徐々に上げて水位を文字通り水増ししている可能性がある。
この私の推測が正しければ、実際に操っている水の量はそこまででもないのかもしれない。
④おそらく、領域の中に弱点となる「何か」がある。
呪霊本体を領域の外に出すという縛りは、領域の中に弱点がないと成り立たない。おそらく帳の基のように、本体抜きで領域を成立させる為のアイテムが領域内にあるはずだ。しかもそれは、領域内に目立つように設置されているはず。
これも、渋谷事変で羂索がやっていた結界術からの推測だが。本当にあのお騒がせ女の技術は参考になりやがるな……。
……うん、諸々の差し引きを考えても、川の中に領域があることはおそらく間違いないと思う。
そして川の中、即ち領域内では水流操作が解禁されているのだろう。それに気付いた術師だけが、水流操作の猛威を受けることになる。だから、「溺死に至る」という発言になった訳だ。
…………ってことは私の前任は一応此処までは辿り着いていたってことなのか。冴えてるな……。跡切との対決を早々に諦めて氾濫対策に専念した結果かもしれないが。あと、普通に川に落ちて溺れただけかもしれないが。
ここまで考えてみると……川の水を一気に散らしてやれば「領域は川の水の中に絞る」という「縛り」を破らせることで領域を解体することができるかもしれないが……これは現実的に無理か。
領域展延であれば「流れ」を無効化することで川の水も一緒に散らすことはできるが、あまりにも量が膨大すぎる。川の中の領域に入る為に使えても、散らして領域の要件を満たせなくするのには使えないな。
「「
あえて声に出して「
……まぁ、此処まで祓えこそしないものの、散々裏をかきまくって痛い目にも遭わせていたからな。今更私がこれ見よがしに式神を動かし始めたら、またぞろ何かの策の仕込みかと警戒するものだろう。完全に弱腰だが、無理もない。私でも同じ立場なら警戒する。
──だからこそ、領域に突っ込む隙が生まれる!!
『させるか、キヒッ、その
暴風が、「
「悪いな、そっちは囮だ!」
『なァっ……!?』
狼狽した跡切の声を聞きながら。
私は、茶色く濁った東河の中へと飛び込んだ。
「
弾かれてしまった上に改めて検証している余裕はなかったので、ぶっつけ本番で突撃しています。意外と尊も追い詰められてますね。