私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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残弾が尽きたため、連続更新は本日で終了です。
以降不定期更新になります。今後ともお付き合いよろしくお願いします!


第13話 奇貨 ─漆─

「…………おま、……貴方は」

 

 

 仰向けに倒れたまま上を見上げると、そこにいたのは直衣を身に纏った老人だった。

 野原のようにたくましく白髭を蓄えた、精悍な印象の老年男性。……というには、その体躯はがっしりと引き締まっていた。直衣の上からでも分かる筋肉。顔つきもがっちりとしていて、およそ"平安時代の老呪術師"という印象からはかけ離れている。

 気怠さから反射的に悪態交じりに誰何をしかけたが、立場ある人間であろうと気付いて寸前で言い直す。それから、私は急いで起き上がって目を伏せた。

 

 傍らには、私と同じくらいの歳頃の巫女がいる。可愛らしい雰囲気の少女だ。背丈は私よりもやや低い。銀色に輝くような白髪を後ろで一本にまとめ、白い包帯で目隠しをしていた。…………六眼か? あれは。

 いや、そこは今はいい。それよりも、明らかに実力者かつ権力者っぽい老人の方だ。

 

 

「申し遅れました。私は藤氏所属の呪術師です。名は尊。貴方は……」

 

「良い、良い。堅っ苦しいのは趣味じゃない。っていうか、特級を祓った直後で満身創痍だろう、お前。余計な気を張るな。寿命が縮むぞ」

 

「…………特級?」

 

 

 あれ? この時代にも特級って区分はあるのか?

 今まで一年ほど、藤原で術師やっていたが聞いたことがなかった。だから、てっきり特級だの一級だのは近代に入ってから導入された区分かと……。……いやまぁでも、現代よりもずっと呪霊が活発だった時代なんだから、そりゃあ区分もその時代からあって当然か。

 

 

「ああ、特級というのは儂が定めた呪霊の等級だ。四級から一級まで危険度ごとに上がって行って、特級はその上。意味は「強いヤツしか相手しちゃ駄目」。()()の間でしか広めていないから、藤原(そっち)じゃ耳馴染みのない言葉だろ?」

 

 

 え、この人が呪霊の区分けとか作ったの? なんか地味に偉人じゃないか……?

 っていうか、ナチュラルに藤原(わたしたち)と自分たちの所属を区別したな? ってことはこの人、藤原じゃないのか? ……安倍氏? ……だとすると……、もしかして。

 

 

「…………失礼致しました。晴明様」

 

 

 私はそう言って、膝を突いて礼をする。

 藤原ではない呪術師。呪霊の等級分けを作成するほどの第一人者かつ権力者。そしてこの老齢。身体から溢れる莫大な呪力。……素直に考えれば、目の前の老人が安倍晴明その人である可能性は非常に高い。

 そしてもし目の前の老人が安倍晴明なら、私程度の小童じゃ及びもつかないほどの権力者だ。何せ安倍氏の氏長者だからな。

 果たして老人は、

 

 

「……ほう。隠すつもりもなかったが、まさか名乗る前から悟られるとは。切れ者という噂に違わぬ知恵の回り様だな」

 

涅漆鎮撫隊(でっしちんぶたい)筆頭

総隊長

 安倍晴明(あべのせいめい) 

 そういって、静かに顎髭をしごいた。……やはり安倍晴明だったか。

 

 

「だが、そう堅苦しい態度はとらんでいい。さっきも言ったが儂は堅苦しいのは趣味じゃない。同じ呪術師同士、砕けた態度で良いぞ」

 

 

 言いながら、晴明翁は私の右手を手に取った。ぽう、と淡い光が零れ出て、私の拳が修復されていく。折れた骨が綺麗に修復され、骨に纏わりつくように繊維が走り、血が通い、肉が作られ、最後に皮が張られる。一瞬過ぎて、それらの動きは殆ど残像みたいだった。

 ……反転術式のアウトプットだ。それも、とんでもなく精密な。流石安倍晴明というか、とにかく呪術の手腕が凄まじい……。

 

 

「噂の幼術師(おさなじゅつし)が特級狩りに駆り出されたと聞いたから助太刀にと向かったんだが……いや見事な戦いぶりだった」

 

 

 晴明翁はそう言って、私の手を離した。

 ……ん?

 

 

「ご覧になられていたのですか?」

 

 

 戦いぶり、ってことは私が戦っている姿を見ていたってことだよな。いや、噂のってところもけっこう気になるところではあるんだが、コイツ私が必死こいて戦ってるのを黙って見てたのか? 他の術師がいるなら私の戦い方だってもうちょっと変わっていたものを……。

 

 

「悪く思うなよ。若い術師の経験の機会は貴重だ。それも特級ともなれば猶更な。死なない限りはできるだけ一人でやらせるのが儂の方針なんだ」

 

「……いえ、結果として色々と学ぶところもありました」

 

 

 見てたんならさっさと助けろよと思う気持ちは確かにあるが……実際に戦ってみて自分の呪力量のなさや反転術式の重要性を痛感できたのは事実だ。戦ってみて思いついた策も幾つかあるし、これは確かに『一人で戦った』から得られた経験だとは思う。

 

 

「…………それで、本日はどういった御用向きでしょうか」

 

 

 顔を上げ、私は晴明翁に問いかけてみる。

 まさか褒めて手を治す為だけにやってきた訳じゃないだろう。何か私に対して興味があって接触したいと思っていたから、わざわざこうやって干渉してきたのだと思う。

 というか、でなければ一般ぺーぺー術師の私に安倍晴明が接触してくるなんてことはあり得ないだろう。

 晴明翁は私の問いに顎髭を指でしごきながら、

 

 

「端的に言うと、お前の所属が変わる」

 

 

 本当に端的に、そう言った。

 ……ふむ? 所属が?

 

 意図をはかりかねている私に対して、晴明翁はどこかバツが悪そうに言う。

 

 

「今回の件、お前に話が回って来たのはそもそもおかしいんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 いやまぁ、ガキに特級を任せるなよとは確かに思ったが。

 それはシンプルに藤原に人材が不足してるからとか、そもそも特級かどうかを判別する能力がなかったとか、そういう問題なんじゃないのか?

 

 

「……特級を任されておいてその反応っていうのもだいぶ大物だがな」

 

 

 晴明翁はどこか言葉尻に呆れを滲ませつつ、

 

 

「実は、お前の親父さんが今回の件、裏で動いていてな。というか今までも動いていたのだが……」

 

「…………父上が?」

 

「ああ。弟殿の計らいでお前は藤氏所属の呪術師となったが、お前の親父さんとしては面白くなかったらしくてな。あー、細かい話は省くが、無理難題を投げていた訳だ。気付かなかったか?」

 

「その、全く」

 

 

 確かに、初陣からなんか術式を使う呪霊が相手だったなーとは思っていたが、まさかそうだったとは……。

 あ、もしかしてあの男、私に生きていられると困るから任務で死んだという感じにしたかったのか?

 私は既に淑女教育時代に外部への顔見せを済ませてしまっているからな。今更私に嫁に出す資格なしという烙印を押そうとしたら相応の醜聞を用意しないといけないが、そうなると家の名に傷がついてしまう。

 そのまま私が成人すれば、父の格からして私は入内だ。父としては、これから生まれる呪術師でない娘の方を帝の嫁にしたいはずだから、私のことはさっさと亡き者にしておきたいという訳だな。しょうもな。

 

 

「優秀すぎるというのも考え物か……。まぁいい。今回お前の前任として遣わされた呪術師は、まぁまぁの熟練者でな。安倍(ウチ)の術師等級で言えば、一級といったところだ。

 それが無惨に死んだとなれば、定石で言えば一級を中心とした複数人体制で臨むのが常道。それを術師歴一年かそこらのガキ一人に任せる時点で異常なんだよ」

 

「……となると、その無理を通したのが……」

 

「お前の親父さんということになる。……儂も今回の呪霊については目をつけていてな。もしもの時の救援に向かうついでに、弟殿に話を通しておいた。弟殿としても、有用な人材が身内の揉め事で失われるのは望んでおられないとのことだな」

 

「……理解しました」

 

 

 要は、父(しょうもな)が私情で私を使い潰そうとするから、私の才能を見出して利用したい叔父上は父(超しょうもな)の権力が届かない場所に私を送り込みたいということだ。

 そして口ぶりからして、晴明翁は私のような年端もいかない子どもが死地に送り込まれることについて思うところがあるらしい。両者の利害が一致した……といったところだろうか。

 

 

「お前の住居も町尻殿から移動となる。そこの佳子も住む呪術師用の邸宅だ」

 

「はっ」

 

「ん~、堅苦しいな……。ま、おいおいでいいか」

 

 

 あの家から出ることになるのか。まぁ、蔵書ももう粗方読み尽くしていたし特に問題はないな……。

 そして呪術師用の邸宅ということは、通常の寝殿造りの邸宅に複数の呪術師が居住しているシェアハウス的な形になるんだろうか? 現代で言うところの寮みたいなものか。

 

 

「話は以上だが、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 そこで、晴明翁はそう言って私に問いかけてきた。

 私の意志を、改めて確認してきた。

 

 ……思えば、私自身の自由意志を確認されたのは生まれて初めてかもしれないな。いや、厳密に言えば羂索がいたか。まぁアレは選択肢として成り立っていなかったからノーカンとするが。

 いや、恐ろしい話だ。何が恐ろしいって、現代日本で生きてきた自我があるはずの私がその状況で何らアレルギー反応を示していないところが。

 普通、最低限度の文化的生活が保障されている社会で成長した人格がこの非人道的環境をすんなり受け入れられるか? いったい私の前世はどれだけ窮屈な人生だったんだ? 自分事ながら呆れるぞ。

 

 

「…………はい。私は、晴明様の元で研鑽を積みたく思います」

 

 

 晴明翁の腕前は、間違いなく私がこの人生で見て来た術師の中で一二を争う(ちなみに争っているのは羂索である)。もしも彼の下で呪術を学ぶことができるのであれば、おそらくこの時代に呪術を学ぶ環境としては最善だと言えるだろう。この機会を逃す手はない。

 何者になるとかそういう話については、まだ道筋すら見当もつかないが──呪術を覚えるのは、とても楽しい。その為に必要な環境に、向こうから誘いがかかるのは願ったりだ。

 

 

「なら、決まりだな。安倍家はお前を歓迎するよ……尊」

 

 

 そう言って、晴明翁は私に視線を合わせ、肩に手を置いた。

 私は黙って、その言葉に頷く。

 

 大きな掌だった。




当作品における阿倍晴明ですが、イメージ的にはワンピースのガープ中将あたりのワイルドおじいちゃんを思い浮かべて頂ければ。
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