「アレを祓う為に遣わされたのが八歳の子どもだというから、気になって観に来たが……なかなかの結界術の才だ。比較対象に天元が出てくる程度には才能あるよ、君」
いともたやすく私の背後をとった巫女──羂索は、「もっとも、比較の仕方は「天元に比べればまだまだ」だけどね」と言いながら、薄っぺらい笑みを見せる。
対する私は、戦闘態勢を解いて対話の意思を見せた。羂索が私を殺す気ならば、完全に背後を取った状況で私に先制攻撃を仕掛けない理由がないからだ。
此処からの会話次第で敵対することは大いにあるにせよ、少なくとも次の瞬間に私の首が飛ぶことはない。
「何者だ?」
とはいえ、会話をしないことには始まらない。ゆえに様々な意図を包括した問いを、羂索に投げかける。羂索はやや鼻白んで、
「怠惰な問いだね。もう少し会話を楽しもうという気概を見せてくれよ」
そう、肩を竦めた。存外、感情豊かな物腰である。女性的な所作も堂に入っている。私のように、淑女教育を経てもどこかぎこちなさが滲み出る粗忽者とは
……怠惰、か。確かに、聞きたいことの全てを細分化せずに、解釈を相手に委ねた問いはいかにも怠惰である。少なくとも、会話を楽しむ者の姿勢ではない。単なる合理的な情報処理だ。
「……ならこう問い直そう。「どうやって呪霊の行動を誘導した?」」
改めて問いかけると、羂索はやればできるじゃないかとばかりに家の焼け跡に腰かけ、脚を組みながら答える。
「今度は一足飛びだ。私が呪霊の行動を誘導したという根拠は?」
「先の呪霊は犬島への畏れから産まれた呪霊だ。なら、発生場所は「犬島」。呪霊を誘導した存在がいないと話が成り立たない」
実際には「犬島」という場所は存在しない──あるいは都の中にいる私には認知もできないほどの小規模な都外の施設──が、であれば犬島の呪霊は少なくとも都の外で発生するのが道理。そんな呪霊が、都のど真ん中である三条御所で大暴れするのがそもそも不自然なのだ。
羂索は会話を楽しむように笑って、
「それは呪霊の行動を誘導した存在がいるという根拠でしかない。私がそうであると判断した根拠は?」
「犬島の呪霊の行動を把握していた点。行動規範から藤原の匂いが感じられない点。それと──」
「それと?」
問いかける羂索の顔色には、私の回答を楽しみにする好奇の色がありありと浮かんでいた。
緊張感はない。別に此処での回答次第で私がどうにかなることはないと分かっている。現時点で私にどうにかするほどの価値がないだけとも言えるが。
だからこそ、私は己の心に従って言葉を続けた。
「──「そうであったらいいな」という、"期待"だ」
好奇心の為に国を滅ぼすことも厭わないという点を除けば、羂索は話したがりの技術者である。それも、文字通り特級の。
こんなことを言うと不謹慎──というか倫理観を疑われるかもしれないが、私はどこかで、心躍っていた。己よりも遥か高みにいる技術者と、邪魔者なしで対話できるという瞬間に。
果たして、羂索はそんな風に答える私のことをしげしげと興味深そうに眺め、
「……ふはっ。警戒から狐媚まで幾つか問答は想定していたが、初対面で本心からの敬意を向けられるのは想定外だったね。
怠惰な問いと言ったのは訂正するよ。アレは傲慢な問いだった。君、一切合切が気になりすぎて質問の対象がまとまらなかったんだろ?」
そう、少しだけ機嫌よさそうに言った。
愉快げな羂索を見据えながら、私は思考を巡らせる。
コイツがわざわざ私に接触した目的を考えてみたが──呪物化の契約を持ちかけるためか? まだ私は未熟で、羂索の求める水準にはないと思うが、おそらく見どころがありそうな術師は生前のうちから何度も契約を持ちかけているんじゃなかろうか。
……三顧の礼に呪術的な意味があったりするとかだったら、嫌だな。三回同じ頼み事をして了承されることで成立する「縛り」とか、いかにも足し引きが釣り合ってそうな条件だし。
まぁ、案外本当に好奇心ゆえなのかもしれないが。
「いいだろう。その好奇心に免じて、答えてあげるよ。確かにこの呪霊は、私が京への侵入を手引きした。
ただまぁ、ご期待に添えるような技術ではないよ。呪霊操術じゃあるまいし、私に呪霊を意のままに扱える術式はない。あれば便利だろうけどね」
「なら、どうやって? まさか餌を片手に誘導したという訳でもないだろう」
「簡単な話さ。"契約"だよ」
羂索は滑らかに答えて、
「市井の人間が呪霊の存在を認識している環境というのは、便利でね。ちょっとした風聞だけで畏れが集まり、呪霊が生まれやすい。その状況で特定の事物に対する畏怖を煽れば、呪霊というのは簡単に生み出せるものなんだよ」
……なるほど、確かに。原作でも、呪霊の存在が公になった結果、日本中の国民の感情が呪霊に向くことによって、全国で呪霊が大量発生する可能性があったはずだ。あの時は呪霊の発生が東京に限定されると宣言することで、東京に呪霊を留めていたが……。
都の内部とはいえ大量の非術師が呪霊を認知し畏れている状況であれば、風聞を誘導することで狙った呪霊を発生させることも可能、と……。…………なんというか、言うは易しって気がするのだが。
「もちろん、ただ風聞を誘導するだけでは狙った結果は生まないけどね。たとえば結界術を用いて感情による呪力の漏出の流れを誘導する仕組みだとか、そういった下拵えあってのものだよ」
「…………発生に積極的に関与。つまり"誕生"という圧倒的な報酬を前払いすることで、"見返り"を強制的に課す契約か。随分な押し売りだな」
「世の親なら漏れなくやっていることだ。そう考えれば自然な形だと思うがね。そう思わないかい?」
風刺めいた皮肉だ。ただ、私の境遇を考えるとなんとも言えない。多分、一般論というよりはそういうところを計算に入れた発言だろう。趣味が悪い。
「しかし、随分聡いね、君。一〇にも満たない子どもとは到底思えない。私を前にこうも滑らかに問答できる術師は早々いないんだよ?」
「それはお前の行いに問題があるんじゃないか?」
呪霊を誘導して都で暴れさせましたとか、普通の術師だったら速攻で敵対呪詛師! 祓うぞ! ってなるだろうし。私も、この都に大事な人がいたらそうなっていたと思う。
「言ってくれるね。まぁ否定はしないよ。こうして君の前に現れたのも、君に"動機"がないと分かっているからだし」
……動機。積極的に京の、藤原の為に身を投げうつ動機か。よく見ている。確かに、私にはそうしたものは一切ないからな。
「君は、呪術が好きかい?」
不意に。
羂索はそんなことを問いかけて来た。
「私は好きだね。術式は歌だ。無限の言葉を紡いだ芸術。一〇〇年楽しんでも、まだ飽き足りない」
「もっとも、私が楽しんだ期間は既に一〇〇年を悠に超えているが」──とどうでもいいことを付け加えながら、羂索は屈託のない笑みを見せた。
……呪術が好きか、か。
確かに、羂索は好きだろうな。原作でも、羂索は好奇心の塊のような人物として描かれていた。呪術とは、現実を術師の好きに歪める絵筆だ。技術さえあれば、計画さえあれば、本当に世界を好きに歪めることができる。己の好奇心を満たすためのツールとしては、これ以上ない逸品だろう。
「君からは、そういう熱量が感じられない。……と言うと少し挑発的か。正確には、これから積み重なっていく段階のように見受けられる。まぁ、消極的かつ遠大的な青田買いと捉えてもらって構わないよ。私のこれは」
では、私は?
私のこの人生は、どこまでも呪術を中心に廻っている。
転生して、己が戦いの中で生きることを避け得ないと悟って。
術式の無能さを嘆き、将来の為の最適解として術式と向き合い、そして今こうして向き合った成果を発揮して。
…………楽しかった。
私は、驚くほど素直に、そんな現代人ならばあり得ない感想を漏らした自分の存在を認めていた。
楽しかったんだ。
考察し、計算し、改善した己の術式が現実に成立し、期待通りの結果を齎したことが。この世界で、私の思考が形を成して樹立した事実が。
だから、羂索が現れても警戒しなかった。むしろ新たな知見を得られる窓口と見做して、心のどこかで歓迎すらした。
……そうか。だから私は、羂索を畏れなかったのか。
自分で言葉にして初めて、私は自分の思考に納得していた。
でも、それが"好き"なのかと言われると、少し違うような気もする。何か、しっくりこない感覚がある。
…………羂索の言う通り、私にはそうした熱量がまだない。
自我を前世から引き継いでいるとはいえ、記憶の方はまっさらなのである。我ながら、無理もないかもしれない。人の執着というのは思い出から作られるものなのだろう。多分。
「…………分からない」
私は、素直にその感情を口にしていた。
掌に、視線を落とす。拳をゆっくりと握ると、掴みかけていた何かが指の隙間から零れていくようなもどかしさがあった。
「確かに達成感はあった。己の可能性が、閉じられた空間の外へと伸びていくような……。……だが、それが何を意味するか、表現する言葉を私は持たない」
「真摯だね。そして何より慎重だ」
煮え切らない私の回答を、羂索は尊重したようだった。
「で、君はこれからどうする?」
と。
話を打ち切って、羂索は明け透けに問いかけて来た。今までの話は余談。やはりこれが、羂索の本題か。
「ああ、別にどう答えたところで君を此処で殺したりはしないから、安心してくれていいよ。というより、
それもそのはず。
私は、藤原に所属する呪術師。羂索は、平安に暗躍する呪詛師。
私に積極的に羂索と敵対する動機は存在しないが──職責としては、羂索とは敵対しなければならないだろう。羂索は、選べと言っているのだ。此処で藤原として羂索と敵対する道か、あるいは羂索と共に混沌の中呪術を楽しむ道か。
私は、一顧だにしなかった。
「当然、報告する。私一人の手には負えないからな」
「へぇ、組織に殉ずるんだ」
羂索は、少しつまらなさそうに言った。
殉ずる、ねぇ……。
「組織に殉ずるつもりはない。生憎、産んだことを恩とするような戯けた「縛り」は結んでないものでな」
「クク、違いない」
ただ──と、私は言う。
まるで、最初から答えが用意されていたかのように。
自然と、言葉が口を突いて出た。
「……今壊されたら、困るんだよ」
…………。
……そうだ。私はまだ、呪術を知り尽くしていない。この呪いに溢れた箱庭は、私が呪術を学ぶのに最適な環境だ。此処で羂索と手を結べば、早晩私は表の地位を失う。それはおそらく、私が呪術をある程度修めるよりも早い段階になるはずだ。
藤原の家や都がどうなろうが知ったことではないが、この最適な学習環境を失うのは惜しい。
「いいね、気に入った。ただ計画通りに進めるだけの予定調和のつもりだったが……。計画通りに事が運び続けるのはいかにも退屈だ。思わぬ楽しみが生まれたな」
ふわり、と。
羂索は、どういう術を使ったのか、そのまま宙に浮かぶ。重力なんてないような軽やかな足取りで宙を歩き、焼け跡の中でも比較的形を保った柱の上に立った。
焦げた柱の上に立った巫女は、自信に満ち溢れた笑みを湛えながら言う。
「私の名は羂索。この平安の都を混迷に陥れる者。……君の
まるで、そこにあったのは最初からまやかしだったかのように。
……何かの術式で移動したか、あるいはそもそも私の前に現れた羂索の方が幻影だったか? 最初から戦闘は想定していなかったようだし、その可能性の方が高いな……。
何せ、向こうは渡り歩いてきた肉体の術式を最低二つストックできるのだ。術式については『あらゆる可能性がある』としか言いようがない。
しかし、羂索は私が想像していたよりも「会話が成り立つ」タイプだったというか……随分と、
あくまでも原作を読んだ私の印象だが、とにかく自分がしたい話をしてはい終わり! という感じで路傍の石との関わり合いに興味を示すタイプではないと思っていた。……一〇〇〇年前はもうちょっと他人に興味があったとかだろうか。
そんなことを考えながら、私は焼け落ちた三条御所を後にした。
尊は羂索の態度に違和感を覚えてますが、九十九と持論をぶつけ合わせたりしてる辺り、羂索は呪術議論とか大好きなタイプだと思います。
なので頭カチコチ理論派の尊とは地味に会話の相性がいい。あと、天元が比較対象になるレベルの才能は全然路傍の石じゃない。