私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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第4話 三条御所

記録──991年4月

平安京 三条坊門南高倉東一町

    三条御所

    

未明、親王の邸宅が焼亡。

この火事で、下男三人の死亡が確認された。

ただし、死亡した下男三人の死因は「落下死」。

現場からは、呪霊のものと思しき残穢が検出された。

 

報告を受け、藤原北家より呪術師1名が派遣される。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

正暦2年(991年)

尊 8歳

 

 あれから、私の淑女教育は中断された。

 

 どうやら父は憎き呪術師の才能を持つ娘を自分の政治道具として使いたくはないらしく、使えない道具を育てる経費も惜しいという訳なのだろう。

 何やら別の女を囲って娘を作ろうとしているらしいので、本格的に私には見切りをつけたのだと思われる。しょうもない男だ。

 

 そして私だが──あれから、藤原北家所属の呪術師として活動するようになった。

 

 といっても貴族の地位を剥奪されたとかではなく、あくまでも北家の一員であり呪術師というポストだ。他にも北家の中で呪術の素養がある人間というのは嫡流傍流合わせているらしく、そういった人間は京で発生する呪霊騒ぎの対処を任されるとのこと。

 これを教えてくれたのは叔父の部下だ。叔父は安倍晴明と懇意にしているらしく、一族内の呪術の才能を有効活用することに対して肯定的である。私についても父が死蔵しようとしていたところを、どこからか噂を聞きつけて呪術師として運用する道筋をつけてくれた。

 叔父の決定に対して藤原の氏長者(要するに一族のリーダー)である伯父も賛同してくれたようで、私は離れで幽閉の末路ではなく呪術師として活動することを許されている。……まぁ、父の方は呪術師としての任務の中で私が死ねば御の字とか思っていそうだが。本当にしょうもない男である。

 

 で。

 

 そんな私は現在、とある火災跡にやってきていた。

 

 といっても、別に放火事件の調査をしたい訳ではない。

 この時代、火災はわりとありふれた事件だった。何せ木造建築だし、火の扱いもまだまだ未熟だ。何かの拍子に炎が燃え広がって……というのは、よくある話である。では何をしにきたかというと──()()()()()である。

 何かの拍子に炎が燃え広がりやすいというのであれば、その原因が呪霊である可能性は十二分にある。そして実際に、呪霊や呪詛師の争いによって家屋が燃える事件というのはそれこそ掃いて捨てるほど起きていた。火災の規模を呪霊や呪詛師の危険度を見定める指標にしていたくらいだ。

 既に事前の調査で、現場からは残穢が検出されている。此処に呪霊がいたのは確実だ。だからこそ、私が派遣されてきた訳だからな。

 

 

「……御所が全焼、と」

 

 

 やってきたのは、三条坊門南高倉東一町。三条御所と呼ばれる、とある親王が住んでいた邸宅だ。

 ただし、そこには立派な邸の面影はなく、ただ物悲しい焼け跡がぽつんと佇んでいるだけだった。焼け焦げた木の枠組みだけがまるで火葬の後のお骨みたいに無造作に残っている姿は、いかにも不気味だ。日中だというのに、まるでそこだけが薄暗闇の宵時のようですらある。

 …………()()な。

 

 

「「隠世(かくりよ)」を」

 

「はっ」

 

 

 此処に来るまでに連れて来た下男に命じると、下男は速やかに地面に手を当てる。そして、

 

 

"漆の天蓋" "彼岸と此岸" "裏み" "遮り" "門を閉じよ" "夜の帳を都に下ろせ"……「隠世の結界」!」

 

 

 詠唱の直後、ドプッ、と焼け跡の上空に黒い絵の具を溶かしたような真っ黒の結界が下りていく。……ヴィジュアルとしてはほぼほぼ「帳」なのだが、名称も詠唱もまるで違うんだよな。「帳」の前身となる技術なのかもしれないが。毎度、絶妙なところで私に確信を与えてくれない。

 

 ちなみに、今回連れてきたのは、藤原北家所属の下男だ。

 役割は、高専で言うところの補助監督といったところか。呪力はあるが大した能力ではない傍流の出身者は、こんな風に現場で戦う呪術師のサポートをしてくれるのだ。

 今の私の服装は、分かりやすい巫女服だ。別に神職ではないのだが、曲がりなりにも藤原の貴族令嬢が呪術師として活動する為の()便()として、斎宮のお仲間みたいな臨時職を設けて滑り込ませているのでこういう扱いになっている。長い髪を後ろでまとめても良いので、私としては大変有難いが。

 結界を展開したのは、別に呪術戦の秘匿という観点ではない。この帳には、結界内への侵入は許すが結界外への人間以外の脱出は制限する仕様が組み込まれている。つまり、この中に潜む呪霊を逃がさない為の結界だ。

 

 

「ご苦労です」

 

「ご武運を」

 

 

 下男に声をかけて結界に入ると、中は夜の様に薄暗い空間になっていた。

 これは、「隠世の結界」の特性である。この中では"場"が夜のようになり、日中よりも呪霊が活発化しやすい。術師が呪霊のことを発見しやすくなり、不意打ちのリスクが低減できるわけだ。まぁ、知能のある呪霊が相手なら関係ないが。

 

 ただ、不意打ちのリスクについては最初から警戒する必要はなかったらしい。

 

 

『フシュルルルルル……』

 

 

 肋骨のように細く鋭く伸びた焼け跡の柱。

 途中で折れたその始点に、座り込むようにして在る影があった。二本の腕に二本の足。体躯は人間そのものだったが──その頭部は、犬のそれそのものだった。

 狗頭人体。

 改めて考慮するまでもない。完璧に、呪霊だった。

 

 

この時代、犬は既に宮廷で愛玩動物として扱われていた。

清少納言の日記「枕草子」には「翁丸」という犬が登場するし、この「翁丸」は時の中宮定子に大層可愛がられている。

しかし一方で、平安時代にはまだ野犬も多く、一定の畏れの対象でもあった。犬を追放する為の「犬島」と呼ばれる土地があったのではという研究すら残されているほどに。

そして愛玩の対象が追放されていく「犬島」には、犬に対する畏れの感情が蓄積されていく。

この呪霊は、そうして生まれた「犬島」の呪霊だ。

 

 

「呪力総量は……私よりやや上か」

 

 

 現代の等級で言えば、二級か一級あたりといったところか? 人語は今のところ話していないが、建造物に座り込むという行動から察するに、ある程度理知的な行動をとるだけの知性はあるとみた。

 呪力量からして、術式を持っているかどうかは微妙……とりあえず術式を持っているという前提で行動するか。

 

 

『ヴワァアアァァルルアアァアア、ア?』

 

 

 相手の方も、私の接近に気付いたらしい。胡乱そうに空を見上げていた首をゆっくりと私の方に向けると、ひょいと地面に降りる。

 呪霊は別に重力の影響を受けていないので地面に降り立つ必要はないのだが、人の想念から産まれたものなのだし、地に足がついている方がしっくりくるのだろう。

 すわ接敵か──と私が身構えたところで、呪霊の頭部から剥離するように、今度は四足歩行の犬が現れた。

 

 ──式神か!!

 

 現れた犬の式神は、そのまま私の方へ駆けてくる。移動速度は本物の犬相応だ。まず人間の足で対応できる速度ではない。もっとも、呪術師であればその限りではないのだが。

 ただし、私はそれに対して回避行動をとることはしなかった。

 

 そもそも、戦闘経験の浅い私が、突然現れた『もう一体』を見て即座に式神だと看破できたのは何故か、だが──

 

 

「…………面白い。奇しくも同じ()だ」

 

 

 ズリュ!! と私の足元から"何か"が隆起し、犬の式神を頭から胴の中ほどまで呑み込んだ。

 一気に三メートルほども伸長し、犬の式神を高々と持ち上げたのは──一見すると、ヤツメウナギのような外見をした式神だ。

 ただしその大きさが規格外。太さは一メートル、長さに至っては五メートルというけっこうな巨体である。これこそ私が新たに術式に備え付けた式神──

 

 

 

「「蛇匣(ナーガ)」」




既に八歳とは思えない貫録なので、多分下男からはビビられている。
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