私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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主人公含め平安編の登場人物は歴史上の人物をモデルにしておりますが、一部例外を除いて作中で特定させるような記述はしない方針です。


第3話 蒙昧

 ある日のことだった。

 

 他の家がどうか知らないが、私の家では、藤原北家の分家筋の中でも学問優秀な人間が家庭教師として子女に教育を施すことになっているらしい。有職故実を紐解いて貴族のしきたりを教えたり、淑女としての正しいふるまいを教えたり、歌詠みの技巧について教えたり……貴族社会は教養社会とはよく言ったもので、学問よりも教養についてを重点的に学ばされている。

 ……将来的に妻として家に入るなら家政を取り扱えないと拙いと思うのだが、そこについては今後の学習要項に含まれているのだろうか?

 

 ともかく、そんな教育係との会話の最中。

 ちょうど、物忌みについて教えられていた頃のことだ。

 

 

「──ので、そういった時には物忌みするのです。ご存知の通り物忌みでは"穢れ"を避ける必要がありますが、他に具体的に何を避ければいいかはご存知でしょうか」

 

「知っています。自宅での謹慎の他には、飲食や言行を慎む……つまり食を断ち、会話は最小限に抑えるのですよね。あとは灯を移したり、舞や楽を禁じたり……」

 

「大まかにはその通りです。しかしさらに細則があり、そちらについては当家伝来の有識(ゆうそく)に詳しいですが──」

 

 

 教育係の女は、そう言って言葉を濁す。

 ……まぁ、有職故実(ゆうそくこじつ)というのは漢文で書かれているものだからな。一般的な女性は貴族であっても漢文が読めないものとされていたと聞く。まして私は七歳の小娘だ。この教育係が私が漢文を読めるようにならない=有職を勧めても仕方がないと考えるのも当然である。

 ただし、

 

 

「問題ありません。漢文であれば読めますので。今度、用意していただけますか」

 

 

 七年も生きていれば、漢文くらいは覚えられる。今となっては漢詩も詠めるレベルにはなった。

 ……前世の私はどうやら真面目に国語を勉強していなかったらしく、古語の知識は高校教育レベルでしかなかったが、七年も学習期間があれば一からでも習得はできる。当たり前の話である。

 

 

「……なんと!」

 

 

 私が事も無げに言うと、教育係は目を丸くして驚愕した。

 この時代、確かに女性が漢文を読むのは一般的ではなかったが、別にありえない訳ではなかった。歴史上に名を残しているだけでも、たとえば紫式部なんかは幼少の頃から漢文を読めたと言われているし、そもそもの話、この教育係だって私に勧めるかどうか迷うくらいなのだから当たり前のように漢文は読める。ただ、女の出世は貴族の妻になることだったので、漢文を読める(=実務能力がある)かどうかは関係なかったという話なだけで。

 

 

「素晴らしい才覚です、お嬢様! 平城の都の御代であれば仕官できたでしょうに、口惜しいですわ……」

 

「面映ゆいです。私はただ、藤原の為に尽くすのみですよ」

 

「お嬢様……。嗚呼、これほどの才覚、殿方の身であれば末は陰陽寮(うらのつかさ)も夢ではないかもしれないというのに」

 

 

 おっとりと謙遜してみせる私に対して、教育係は残念そうに肩を落とす。

 この時代、女性はどれだけ能力があっても『意味がない』とされていたからな。結局は女性は位の高い貴族の妻になって子どもを作った方が『家の為』になる訳だし。……なんかこう表現すると『家』というのが一つの巨大な生命体のようでかなりグロテスクだが。

 

 ……ん? ウラノツカサ?

 

 

「すみません、ウラノツカサとは? 宮廷の部署ですか?」

 

 

「陰陽寮は占いを司る部署ですよ。安倍晴明様をはじめとした呪術師たちが名を連ねる平安の叡智の集うところですね」

 

 

 教育係はインテリらしく陰陽寮に憧れがあるのか、うっとりとした調子で私の問いに答える。

 ……いや、安倍晴明!? いやそうか、平安時代だものな……。安倍晴明が活動している時期か……。そして呪術師か……陰陽師ではなく……。

 

 というか、さらっと呪術師について触れたな。さては失言か? ……失言ということを悟らせないように、もうちょっと話を引き出してみるか。

 

 

「安倍晴明様。どういった方なのでしょうか?」

 

「晴明様は、優れたる呪術師です。……大きな声では言えませんが、先の帝の御落飾騒ぎの際には、晴明様が事前に先の帝が御落飾なされるのを占いによって見抜いていたとか……。寸でのところでお館様が間に合ったそうですが」

 

「なんと。それは……」

 

 

 私も色々とうわさ話を聞いているので知っているが、どうも今の帝の前の帝は出家したことで退位ということになったらしい。で、その出家騒動では私の父と祖父が裏で糸を引いていたとかなんとか……。なんともドロドロとした政治模様である。

 ……ん? ってことは、安倍晴明って私の家とは敵対関係ってことか? それは話がややこしいな……。

 

 

「ただ、今は弟様と懇意にされているようですし、我々北家とも関係は良好なのですよ。ご安心ください」

 

 

 あ、そうなんだ。

 

 非術師の父が呪術師である安倍晴明と敵対していたら、ひとまとめに呪術師そのものへも悪感情を抱いていそうだったから、それは安心材料だ。まさか自分達の側になってくれた相手──いわば自分達の"武器"まで毛嫌いはしないだろう。

 そして、教育係の話を聞く限り、陰陽寮ひいてはその組織を代表する安倍晴明に対する尊敬の心は割と一般的らしい。となると、私が呪術師であることを告白したとしても、そう悪いことにはなるまい。上手くすれば、内裏ではなく希少な呪術師として陰陽寮勤めになることも不可能ではないかもしれないな。

 …………流石に私も、問答無用で子を孕む為に誰とも知れぬ男の妻になる未来は可能なら御免被りたい。避け得ぬというのであれば諦めもつくが、他に道があるなら足掻くくらいは良いだろう。

 

 これは、図らずも第二案の二を実行する為の準備が整ってしまったな。

 

 となれば、明日あたりに父に術式のことを話して、自分に呪術の素養があることを伝えるとするかな……。

 

 今後のことはその時の父のリアクション次第だが、可能であれば呪術師としての活動を主体において、婿取りはしない方向に持っていきたいな。

 

 この時代、実は女性が未婚のまま生涯を終えること自体はそこまで珍しくない。

 女性の結婚は家の為なので、結婚相手に恵まれずに家格を落とす相手と結婚するくらいなら未婚のままでいなさいと父に言われれば、女性はそれに従って未婚のまま生涯を終えたりするのだ。その例に倣うならば、私も呪術師として大成する見込みがあれば、そちらの方が家にとって有利と見做されて一生独身のままでいられるかもしれない。

 ……うん、とりあえずこの未来が第一目標でいいだろう。とりあえず、明日はそちらの方向に話を持っていくつもりで父に掛け合ってみよう。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌日。

 勤めを終えて内裏から邸に帰宅した父を、私は急いで出迎えた。

 

 この時代──というか少なくとも我が家は──、平安貴族は食事は家族で取ることが少なかった。帰宅した後は個人で食事を取り、書を読んで寝るといったような時間の使い方が、父のルーティンである。

 つまり、帰宅してから食事の準備をするまでくらいしか、父と接触する時間がないのであった。

 

 ──教育係との話を聞いたあと、念の為他の小間遣い等からも話を聞いた。

 しかしやはり、ある程度貴族の事情に精通している者は安倍晴明に対して尊敬を含んだ評価を口にし、呪術師の存在についてもある程度肯定的な態度をとっていた。少なくとも我が家においては、呪術師は尊敬の対象になりえるということだ。

 ……まぁ、それもそうか。呪術全盛の世、現代よりも呪霊が凶悪だった時代だ。その脅威から自分の身を守ってくれる存在なら、好意的にもなるのは当然の流れだ。

 現に安倍晴明という立場ある呪術師もいるようだし、呪術師が迫害されている、といったような状況にはなっていないと考えていいだろう。……そう考えると、呪術師であるというのはカミングアウトし得だな。

 

 

このときの尊の推察と展望は、概ね正しい。

確かに、当時貴族たちにとって呪術師は己の身を守る為の用心棒的な存在であり、身分ある呪術師はある種の尊敬の対象ですらあった。

誤算があるとするならば──

 

 

「呪術…………だと?」

 

「はい。どうやら、私にもその才があるようなのです」

 

 

 私が術式に目覚めた旨を報告したところ、父は怪訝そうな表情を隠そうともせずに私に問い返した。

 流石に、大歓迎という訳でもないらしい。私が知らないだけで、北家には呪術戦力が充実しているのだろうか? 烏鷺は藤原氏直属部隊の所属だったが……。

 

 私は意図的に少し声をトーンダウンさせながら、

 

 

「父上の御決定に異を申し立てる意志はございません。ただ、私という札に別の使い道があるという旨、ご報告させていただければと……」

 

「ふざッ、ふざけるなぁッ!!」

 

 

 !?

 

 突然父から浴びせられた怒声に、私は思わず目を(みは)ってしまった。

 ……は? なんか急に怒鳴られたんだが!?

 

 

「ち、父上?」

 

「呪術など……呪術など!! あの忌まわしき晴明が操る邪の術などに目覚めおって!!」

 

 

 あ!? やっぱり晴明に対して悪感情を持ってたのか!? クソ~あの教育係、適当なことを言いやがって……!

 ……いや、仮に晴明に対して悪感情を抱いていたとしても、この反応は異常だ。呪術自体は貴族の安全保障の為にもなくてはならない技術だし、その技術自体は社会的に認められている。それに対してこれほどの拒否反応を示す方が普通じゃないんだ……!

 

 

「そもそも私が関白になれなんだのも、あやつの仕業よ! 先の帝を追い落とし陛下を今の地位に就けたのはこの私の功労あってこそだろうが!!

 にも拘らず蒙昧の兄が関白に就き、あろうことか娘を中宮になど……! これも全て晴明の含めた因果に違いない!」

 

 

 …………うおー、逆恨みが入っている。逆恨みが入っているぞ。詳しい事情は分からないが、口ぶりを聞けばこれが逆恨みだということはよくわかる。

 

 

「肝心のこの私の娘は呪術! 穢れた技よ! 穢れた娘よ! くだらん! くだらん!!」

 

「父上、申し訳ありませんでした。出過ぎた真似を申しました。しかし恐れながら、我が家から呪術師を輩出することで逆に晴明めへの対抗策になるやも……」

 

「くどい! 黙れ!!」

 

 

 …………と、取り付く島もない。

 明らかに、冷静さを失っている。合理性ではない……単なる感情による拒絶だ。

 

 

尊は知らないことだが、この日、新たな関白が宣下(任命)されていた。

この関白にはこの男ではなくこの男の兄が任命されており、この男はそのことについて強い不満を抱いていたのだ。

 

かねてより侮っていた兄よりも、

自分の方こそが関白の座に、天下の政を司るに相応しい、と。

ゆえにこの日、男は普段よりも機嫌が悪く、

冷静な判断をとることができない状態だった。

 

尊の誤算。

それは、実の父の蒙昧さ。

 

 その後、結局父は私の話を何一つ聞くことなく退散してしまった。

 

 問題は、その後だ。

 この日を境に、私は父から冷遇されることとなる──。

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