私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

1 / 42
出会い編
第1話 蟲毒呪法


 ズドッ!! と、蹴りが廃屋の壁に突き立った。

 

 白髪の青年は半ば壁にめり込んだ足をさっと引き抜くと、そのまま軽やかな動きで二メートルほど後ろへと下がる。

 毒々しい液体が青年のいた場所に降りかかったのは、その一瞬後のことだった。

 

 ジュオオオ──と白い煙を上げながら、コンクリート製の壁や床がみるみる内に溶け落ちていく。まるで口に含んだ綿菓子のように、そこに形なんてものは最初からなかったと言わんばかりにコンクリートの地形が滑らかな穴へと変貌した。

 

 

「うえ、避けといて正解だったわ。当たらないとはいえ、間近でアレとご対面は精神衛生上ねぇ」

 

 

 銀色にも似た白髪に、包帯の目隠し。奇妙な出で立ちをした黒衣の青年は、目の前の異常な光景を目の当たりに──目隠しをしているのに矛盾した言い回しだが、確かに目の当たりに──しても、分かりやすく眉を顰めるだけだった。

 明らかな余裕。しかしそれを見て、別の真実を見出す者もいた。

 

 

「ふん。強がりおる。お前がそんなタマではないことくらい知っておるわ、五条悟」

 

 

 老年の男性だった。

 袖が異様に広がった白のウインドブレーカーに、紫色のダボダボしたワイドズボン。頭には黒のニットキャップを被っている。

 全体的にちょい悪オヤジのような風貌だが、不思議と全体的な印象は直衣(のうし)──平安貴族が身に纏うような衣服──にも感じられる、そんな老人だった。

 

 

「お前の無下限は、対象物との間に無限を生み出すことで成立しておる。だが──それはあらゆる物質との距離が無限になることを意味してはおらん。もしもそうなら、お前は呼吸ができないことになるからのう。そうだろう?」

 

 

 異様に広がったウインドブレーカーの袖に何やら試験管のようなものをしまい込みながら、

 

 

「ゆえにお前の無下限は、お前の意識外の攻撃──たとえば不可視の臭気などは素通りするリスクを孕む。

 だからお前は初見の毒液を見て咄嗟に回避を選択したのだ。咄嗟の逃げ腰から、弱点が透けて見えておるぞ」

 

「おしゃべり大好きだね、おじいちゃん。その調子で諸々吐いてくれると嬉しいんだけど、な!」

 

 

 五条悟──そう呼ばれた白髪の青年は、放たれた弾丸のように老人に肉薄していく。

 しかし老人の方は五条の接近を躱す様に狭い室内を跳ねまわり、直接戦闘を避ける。

 

 

「まだまだ青いのう! 六眼の無下限使いとまともに組み合う馬鹿がどこにおる! 儂の術式が無下限に通用すると分かった以上、中距離からお前の精神を削るのが儂にとっての最適解よ!」

 

「それってつまり、僕と正面切ってやり合ったら負けるって分かってるんでしょ? 咄嗟の逃げ腰から弱点が透けて見えてるじゃーん!」

 

 

 攻撃をかわされた五条はさらに老人に追撃を仕掛け──ず、その場で足を止め、老人の方へ手を伸ばす。

 

 

「んでもって、()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってる時点で、無下限(ぼく)のこと何も分かっちゃいないよ、おじいちゃん」

 

 

 術式順転──「蒼」。

 

 強化された無下限が、老人のことを引き寄せる。──その直前。

 

 

「青い青い。儂がその程度の情報もなしに勝ち誇ると思うたか? むしろ今までの全てが、此処に至るまでの布石よ」

 

 

 バシャア!! と。

 老人が懐から取り出した試験管から振り撒かれた毒液が、天井を跡形もなく溶かした。そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「何か」を貯蔵することができる器──五条の脳裏に、最悪の可能性が過ぎる。

 即ち、老人が扱う毒液が、あの壺達すべてに貯蔵されている可能性。

 

 

「一方向からの毒液ならともかく、全方向からの毒液ならば外気は完全に遮断される! 窒息か消滅か、好きな末路を選べ、五条悟!! 腐敗した呪術界の象徴よ!!!!」

 

 

 最強の「蒼」が、両者の直線状にある無数の壺を──その中にある毒液をもまとめて術式対象にする。

 

 

 ──実際のところ、無下限術式はガス攻撃すらも防ぐことができる。

 無下限は単なる物理的なバリアではなく、術式対象に指定したものの距離に干渉する概念に関わる術式だ。呪力の強弱、質量、速度、形状、etc……様々な要素から対象の危険度を判断して、術式対象を選別している。学生時代は薬物への耐性はなかったが、"最強"となって久しい今、五条悟の無敵に死角はない。ゆえに物理的な"攻撃"であれば全て術式対象に含まれるし、術式発動中呼吸ができないといった弱点も存在しない。

 

 しかしそれ自体は、老人も織り込み済みだった。

 

 

(そもそも蟲毒呪法の毒液が物質を溶かした際の煙に毒性などない。アレは儂が術式対象を正しく分析できていないとお前に思わせる為の(ブラフ)!!

 そして目論見通り、お前は油断して術式による防御を選択しおった!!)

 

 

 無下限術式は、たとえば無下限発動中に水に落ちても、術師の周りに空気が着いて来てくれるような性質の術式ではない。順転と併用すればできなくはないが、咄嗟のタイミングでは難しいだろう。

 これは、水をかけられた場合でも同じだ。無下限によって水は五条悟には一滴もかからないが、全方向から水を浴びせられた場合、「五条の周りにある空気」は限りなく無に近い無限の分しかなくなってしまうだろう。この状態で五条が呼吸しようとすれば、術式対象と五条の間の空間は容易に真空状態となり──五条は窒息で即座に昏倒するはずだ。

 

 無下限術式は、五条家代々相伝の術式──六眼と合わせた場合はまさしく最強の術式となるが、それは即ち弱点が研究され尽くされているということでもある。

 これが、万物を溶かし尽くす毒液を生み出す「蟲毒呪法」を持った老人が辿り着いた最強の殺し方。その牙が、現代最強の喉元へと──

 

 

「んー、それだけだと四○点かなぁ」

 

 

 ──届かない。

 まるで彼我の間に無限の空間が横たわっているかのように、老人の乾坤一擲の妙手は中空に停滞していた。

 五条悟を包み込むような毒液の幕は、まるで暖簾でもかきわけるようにあっさりと虜囚だったはずの青年自身の手によって払われてしまう。

 

 

「確かに理屈上は、毒液と僕の間にはごくごく微小な空気しかないことになる。アキレスと亀だとアキレスは追いつけないけど、亀との距離はごくごく微小なものになるからね。

 だからおじいちゃんの言う通り、オートの無下限だったらその方法で突破できる。よっぽど僕に余裕がなければ、それで詰みだったかも」

 

 

 ばしゃり、と。

 五条の背後で毒液が地に墜ち、そして床を溶かして階下へと降り注いでいく。

 

 

「でも、そんな分かり切った弱点を僕が放置してると思う?」

 

 

 無下限術式はオートで発動する場合、対象物との間に存在する物質まで細かい融通を利かせることはできない。

 ただし、それは完全に何も想定していなかった場合の話だ。事前に窒息の可能性があると分かっていれば、術式対象と術師の間の空間幅については多少のコントロールが可能である。

 

 

「毒液を避けたのはシンプルにどんな性質か分からなかったからだよ。仮に術式を無効化する性質があれば無下限も貫通する。生憎、僕は慢心しないタイプの最強でね」

 

 

 老人が見た最強に存在する僅かな間隙は、幻想の希望でしかなかった。

 

 

「あとの問答の意図は、そっちと同じ。こっちに穴があると思い込んでくれてる敵は、驚くほど簡単に手の内を晒してくれるものだからね」

 

 

 老人の敗因。

 それは、挑む相手の強大さを見誤ったこと。

 

 

「ば、かな……。儂の蟲毒呪法が、こうもあっさりと……」

 

「そもそも、術式を過信しすぎでしょ。自分の術式が無下限(ぼく)に通じるって無意識下で思考の基礎に置いてるから、それを前提として間違った戦略を組んじゃったんだろうし」

 

 

 唖然とする老人に歩み寄りながら、五条はどうでもよさそうに語る。

 

 

「ぶっちゃけさぁ、この術式って弱くない? 毒性が強すぎて扱うのも難しいし、毒性も術式効果の一部だから簡易領域でも使えばまぁ死にはしないし。

 そもそも、蠱毒なんて術式なくても準備くらいはできるんだよね。術式使ってまでちまちまやった努力の結晶がこれって、コスパ悪すぎでしょ」

 

 

 言葉のたびに、老人の表情に絶望が彩られていく。半生をかけて研ぎ上げてきた牙が、無惨に圧し折られていく。

 圧倒的な最強。その高みから下される評定という形で。

 

 

「多分、僕を殺す為にこの廃墟にも色々と準備してたんだろうね。実際、おじいちゃんは頑張った方だと思うよ。至る所に壺を仕掛けたり、毒液自体の毒性に負けない容器を準備したり?

 涙ぐましい努力だけどさ……結局、結界術とか使ったうえでの肉弾戦極振りの方がまだ可能性はあったんじゃないかな」

 

 

 そうして、最強は次の言葉で向かってきた挑戦者を総括する。

 

 

「なんていうか、全体的に術式が足を引っ張ってない? やっぱその術式、弱すぎるよ」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──やっぱこの術式、弱すぎない?

 

 

永観2年(984年)

平安京

 この世に生を受けて数か月。

 赤子に過ぎない状況で、私はそんなことを考えて途方に暮れていた。

 

 

転生者 (みこと)

 

 

 まず前提を語っておくと──私は転生者だ。

 残念なことに、前世の記憶はない。ただ、前世の()()()()()はある。生まれた当初からこのように自我を持ち、当代とは全く異なる時代背景の知識を持ち合わせている。これらの状況から察するに、私が転生者だと判断するのはそう突飛な推測ではないはずだ。

 

 前世の記憶はない──そう。私は、前世の自分が何者だったか知らない。ただ、この魂に宿る知識はいわゆる少年誌漫画にまつわるモノに特化しているから、おそらく前世の私はそうしたモノを愛好する男性だったのだろう。

 前世の趣味嗜好などどうでもいい──と、転生当初の私は考えていた。しかしよくよく自分の状況を確認してみると、案外そうでもないことが分かる。

 

 私には"異能"が宿っている。

 

 それも、おぞましい異能である。

 器となる容器を対象に発動し、その中に贄を入れることで猛毒を生み出す──"蟲毒"の力。いわゆる、()()というヤツだ。

 

 当初は前世の知識と照らし合わせて異能が存在する世界──即ち異世界に転生したものと単純に了解していたが、赤子として生活していくうちに漏れ聞こえてくる単語から察するに、そんな簡単な話でもないらしいことが分かって来た。

 転生した肉体が女性であるとか、生まれたばかりの私をどこに嫁がせるかとか、そういった話もあったが、それは正味どうでもいい。というより、そうした本来であれば人生の重大事を遥かに凌駕するほどの衝撃(インパクト)を伴う情報が目白押しだった。

 

 曰く、呪霊。

 曰く、呪術師。

 曰く、呪詛師。

 曰く、術式。

 曰く、曰く、曰く……。

 

 その他諸々、雑多な用語を聞き取る限り──私はある一つの仮説を抱くに至った。

 もちろんこれはまだ確定ではなく、あくまでも仮説の段階なのだが──

 

 

 ──この世界、少年漫画「呪術廻戦」の世界なのでは?

 

 

 そして、もしもそうだとすると、非常に困ったことになる。

 

 まず、私に呪術の才がありすぎる。

 「呪術廻戦」によれば、術式がはっきりと分かるのは小学校入学前後くらいの歳頃だったはずだ。だが、私は生後間もなく自分の術式を自覚している。術式の自覚時期がどれほど才能に依るかは不明だが、赤ん坊の時分から自分の才能を認識しているというのは異常だろう。転生者なのだから今更だが。

 

 次に、おそらくこの時代は古代日本──特に平安時代の日本だ。

 たまに顔を見せる父親の服装は狩衣(かりぎぬ)──平安男性貴族の普段着──だし、母親の服装は(うちき)──平安女性貴族の普段着──である。仮に「この世界は「呪術廻戦」の世界である」という前提が正としたなら、平安時代といえば「呪術全盛の時代」と呼ばれるような魔境ということになる。

 

 そんな環境で、転生による下駄ありだとしても生後間もなく術式を自覚するほどの才能。……周りが放っておかないだろう。確実に、呪術師として生きる道を選ぶほかなくなる。

 そうなると、私に宿っているという異能──仮定"生得術式"がどれほど強いかというのが重要になってくる。"生得術式"というのは一人一つ。しかもその名の通り生得的に決められて変えることができない資質だからだ。

 

 そして私が持つ生得術式こそ、先ほど話に挙がった"蟲毒の力"──私は「蟲毒呪法」と呼んでいる──なのだが。

 

 この術式、とにかく取り回しづらい。

 

 この「蟲毒呪法」、概要としては、「容器に動物や呪霊を入れたらそれを元手に猛毒の毒液を作り出す術式」になる。毒液は強力な酸性と莫大な呪力を帯びており、比類なき威力を持つが──それだけに、取り回しが難しい。そもそも今の私の手持ちで毒液を安全に取り扱うことができないのだ。

 当然毒液の持ち運びは難しいし、そもそも毒液を作るのもわざわざ容器に動物を入れて完成まで待たないといけない。道端で呪霊とバッタリ……みたいなシチュエーションでは、必然的に毒液を用意することはできないだろう。

 

 此処まで要素を並べればおそらく馬鹿でも分かるが──

 

 ────この術式、弱すぎる。

 

 確かに、最大威力は高いのかもしれない。だがその威力を取り回すのが非常に難しいし、そもそも仮に頑張って取り回したところで、毒性の方も術式効果だから多分実力者だったら余裕で防御できる。

 とにかく、メリットがデメリットと釣り合っていないのだ。いや、縛りという意味では釣り合っているのだが、釣り合い方が戦闘向きでないというか。後方で毒液をせこせこ作って味方の為に運用している方が適している術式だ。

 

 そして此処で、問題は最初に行き着く。

 

 類まれな呪術の才能を持つ私は、おそらく早晩その才能を周囲に見抜かれ、呪術師として生きることになる。

 類まれな才能を持っているがゆえに、この際術式が使えるかどうかは気にされないだろう。

 しかし肝心の才能は、あまりにも使いづらい──無能の術式。そんな術式を携えて、私はこれから呪術全盛の時代に立ち向かわなければいけないということになる。最悪、あの両面宿儺とかも跋扈するような時代に。

 

 ……こういうとき、なんて言えばいいんだったか。

 

 ああそう、前世の語彙では、こういう表現をするんだったな。

 

 

 ────私の術式が、あまりにも産廃すぎるんだが?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。