クウトン・ジツの初歩、視界を遠方に飛ばすセンリガン・ジツは基本的に無法も良いところなのだが、この凜子の場合、射程はなんと半径1kmもある。
特化した人間ならば地球の裏側でも見ることができると言えば、ジッサイ奥ゆかしい射程距離ともいえるが、四方5kmしか広さのないヨミハラにおいては十分に過ぎる。
「……玄関が改装されています。かなり厳重ですね。エントランスの左右にアンブッシュ要員用の詰め所が左右に二つ」
瞑目して視覚をアンダーエデンに飛ばした凛子は、次々にトラップや隠し部屋を暴いて改装された内部情報をアップデートしていった。
基本的にはヨミハラの娼館にしては高級志向で落ち着いた調度や壁紙に絨毯が多用されており、高級感を演出して上質なホテルのような装いにしてあるのだが、ポールが接地されたお立ち台のあるダンスフロアがあったり、アンデレ十字めいた拘束台の設置された部屋があるなど、そこはやはり娼館というべきか。
「……多分コレ、地下がありますね。エレベーターの数が多すぎます」
「ヌゥー、青写真にはないものだな。どこから降りられる?」
「待ってください、ちょっとあみだくじ状態でして」
しかし、ヨミハラは元々地下にあるというのに、地下施設がある建物が多すぎる。しかも暗黒前後施設には必要ないであろう、大仰な研究施設やら何やらが併設されていることが多すぎて、いい加減に藤木戸も疲れを通り越して飽きてきた。
元からある穴を利用して作っていることもあるのだろうが、よくぞここまで余人に気付かれないようボコボコと掘りまくって、この街が陥穽に落ちない物だと感心はしているが。
「一階は基本的にスタッフフロアで、半分ほどが小粒な客を相手する部屋ですね。二階、三階は個室で上客用なのか直通エレベーターでしか行けない仕組みになっています。四階には支配人室と、更に豪華なVIPルームが二つだけ。かなり贅沢な造りですね」
「……火事が起きたらどう避難するつもりなんだ?」
「さぁ、そこまではちょっと」
機密性を確保するためなのだろうが、そこまでガチガチにしてしまったならば、火事や災害が起こった時にどうするのだろうかと藤木戸は素朴な疑問を口にしたが、日本の法律が及ばない場所で消防法云々を気にする方が阿呆らしいのかもしれない。建蔽率から何から無視して建てられている箱物だらけなので、本当に今更であった。
しかし、これでは藤木戸が面倒になって、基部に爆弾をしかけイチモダジンにしてしまおうとしたら、誰も生き残れないのではないのだろうか。
まぁ、そもそもマゾクスレイヤーに爆発四散させられることを念頭において建物を設計するはずもなし、細かいことを言いだしたらキリがないのだが。
「スタッフはかなり高度な連携が取れていますね。ここ、B1の用具室が中央警備室に改装されています」
「電気室隣の部屋だな」
藤木戸がガリガリと青写真に書き込みを入れて訂正していき、次々と現在の姿に近づいていく様を見て達郎とゆきかぜはスパイ映画みたいだと思ったが、この二人はそれより更に悪辣かつ高度な諜報活動が行われていることを理解しているのだろうか。
世界中のどれだけ高度なスパイボットを用いても、ここまで一方的に情報を抜くことなど不可能。だのに凛子はちょっと隣の塀を覗く感覚でやってしまうので、二人の価値観が狂わなければ良いのだが。
「あ、地下に通じるエレベーターを見つけました。外に電子キー、内部のパスワードと虹彩式の電子キーの三重ロック。間違いなさそうです」
「良くやった、そのまま潜ってくれ」
普通ならば押し入ってようやく分かるような物が、外から安全に分かってしまう時点で色々と敵側からしたら「ふざけんな!」と言いたくなるだろうが、悪徳を働く方が悪いと言わんばかりに藤木戸と凛子は容赦がなかった。
むしろ、この二人はそういった企みを台無しにするのが好きな部類であるので、テオチやテヌカリは一切ない。
殺す前に調査重点な。
これはテッポダマが外れないようにするためしつこいまでに叩き込んだワザであるため、カチ込んで斬り殺した方が早いという短慮を起こさないまでに凛子の教育は終わっていた。
この周到さと従順さが指揮立案能力にも活かせれば……と井河姉妹は大いに嘆いたそうだが、鯨包丁に小アジまで捌けというのが理不尽なように、凛子には凛子なりに輝く場面があるのだから諦めて貰う他ない。
なにせ、藤木戸は任務に誘った際、脳筋が改善されていないかと戯れに効いてみたところ、顎に手をやってうんうん悩んだ結果、彼女は「娼館なので娼婦として潜り込むとかどうでしょう!」などと、さも名案を思いついたかのように宣ったので匙を遙か彼方に放り投げた。
そんなもの、ヨミハラでやろう物なら薬物を注入されてからの激しく前後、完全に違法行為間違いなしだ。それに敵地で喫食する癖はしつこく注意して直させたとは言え、謎の注射や装身具を性病予防だとか言われたら簡単に信じそうなので任せるに任せられない。
「……かなり広大な研究施設ですね。如何にも最新鋭って感じです」
「そうか。器機は何処製だ?」
「ロゴが消されているので何とも。ですが、微かに魔の気配が。純粋な科学研究ではなさそうです」
「またぞろ魔科医共が何かやらかしたか」
腹立たしげに舌打ちをする藤木戸であったが、弟子二人は凛子が片目を開けてメモ帳に平面図を描いていく様を見て関心すること頻り。まだ若いからか、生まれた時からこの様だったからかは分からないが、世が魔族に侵略されていることの根深さに気付くことができないようだった。
ともあれ無理もない。ここ何十年もずっと、基本的に対魔忍とは対処療法を行うものだ。
魔界の門が開いた時も、根治療法を考えた者は誰もいない。
ただ現れた魔族を滅ぼし、平穏を少しでも取り戻そうとするのが精一杯で、全ての魔族を滅ぼすことを真面目に考えているのなど二人しかいない。
アサギと、マゾクスレイヤーだけだ。この二人だけが実力のみによって根管治療を考えることができた。
飯の種がなくなる云々ではない。シンプルにそれを考えるだけの余裕が今の対魔忍にはないのだ。
改善されつつあるとはいえ慢性的な人手不足。あまりに個人技過ぎるジツの性質によって完全に徹底できない中隊構想。人知を超えたカラテと魔術を扱う魔族共の絶え間ない流入。
そして魔界の蜜に惹かれて寄ってくる愚かなモータル。
モグラの穴を塞ぐだけではいけない。穴からモグラを引き摺り出して縊り殺さねばならないのだが、未だ巣穴深くに届く手はなく、塒をほじくり返すだけの重機もない。故にある種不毛とも言える、魔界の門を通じて続々やってくる魔族共をスレイするしかない現状が藤木戸には歯痒くて仕方なかった。
「……よし、その辺でいいリンコ=サン。詰めている娼婦はどれくらいいる?」
「二十から三十というところですね。規模の割りに少ないようですが……」
「高級志向のVIP店だ。むしろ、多い方とも言えるだろう。となると、軽々に吹き飛ばす訳にはいかぬな」
ヌゥーと唸り、藤木戸は米連から貰った型落ちになって横流しされた〝重榴弾砲弾〟のお目見えは、また先かと諦めた。これは元々恒久陣地を破壊するべく設計されたものであるので、ちょっと細工するだけで建物を吹っ飛ばすのに最適な爆弾に化けるのだ。
しかしそれも、パッケージを確保してから、地下にクウトン・ジツで一方的にダース単位で設置して吹き飛ばせれば話もハヤイのだが、如何せん娼婦に貶められた無辜の女達がいるのでは使えない。マゾクスレイヤーは悪徳に対する者の殺戮者であって、効率がよければ誰彼構わず巻き込んで殺す享楽殺人者ではないが故に。
「まぁ、幸いにも今回は人数が多い。タツロウ=サン、ユキカゼ=サン、オヌシ等は娼婦達の避難誘導が第一任務とする。その障害の排除もだ」
「ハイ、センセイ」
「センセイ! まだお母さんが!!」
素直に頷いた達郎なれど、ゆきかぜは納得が行かないのか声を上げた。
「リンコ=サン、施設内にそれらしい姿はないのだな?」
「はい、今のところ不知火さんの姿は何処にも」
ならばと藤木戸は懐中時計を取りだし時刻を確認した後、盛り場が活気づくのまで数時間はあることを認めると――議員や官僚などの上客は、概して一般より遅くに訪れるためだ――作戦の開始は客が入り始めてからとすることにした。
その方が警備も客に気を払わねばならなくて気が散るし、重要顧客への〝特別〟として不知火が現れる可能性もあると判断してのことだ。
「作戦開始時刻は三時間後とする。各員、時計合わせ」
「「「了解」」」
各々、懐中時計を取りだして時刻を合わせる。対魔忍は激しいニンジャのイクサにおいて邪魔になるため腕時計を付けない傾向にあるため、藤木戸が進級祝いとして贈った強化複合合金殻も目映い時計は、そのクラシックな外見に見合わず頑強性に多機能も兼ね備えていた。
「では、ブリーフィングの前に顔合わせといこう」
「顔合わせ?」
時刻を合わせあったまま時計を眺めていた藤木戸だが、長針が十一を指した瞬間に蓋を閉じると、頑丈に閉鎖されていたはずの扉が開くのを見て頷いた。
「お邪魔するわ」
「シツレイシマス」
現れたのは、あからさまなまでにニンジャの二人! 一人は鋼鉄製のメンポを被り、もう一方は犬めいたメンポを被っている。
「ドーモ、ツバキ=サン、ハヅキ=サン、森田・一郎です」
「来たわよ、健二。ヒヨッコ連れてご苦労なことね」
森田興信所の女衆のエントリーだ!
ツバキがケツエキ・トン・ジツを用いれば鍵の複製は容易。そして紙のように薄く、鋼の硬さを持った暴を差し込めばカンヌキを持ち上げることも訳はない。
「紹介しよう。俺のバディと……」
「ドーモ、皆さん! マゾクスレイヤーの弟子の葉月です!!」
奥ゆかしく七五度の立礼を行った葉月にゆきかぜの眉根がピクリと上がった。
「……ドーモ、ハヅキ=サン。マゾクスレイヤーの〝一番弟子〟のゆきかぜです」
「やはり、アナタが」
一番弟子の当たりに凄まじいアクセントを置いてアイサツを返したゆきかぜに、葉月は品定めするような目で見た後、微笑まし気に笑った。
「随分と〝可愛らしい〟姉弟子でアンシンしました、ユキカゼ=サン」
「あ”あ”?」
その目は平坦なバストを見て笑った……のではない。カラテのワザマエを立ち姿から見て取ったのだ。
一瞬で怒りが沸点に達したゆきかぜは、婦女が出してはいけないような声で反撃したが、それに対してツバキと藤木戸も、やっぱりこうなるのかと天を仰ぐのだった…………。
オハヨ!!