いつから日本は「叱ってもらえない」国へと成り下がったのか?
イチローが智弁和歌山高校に野球の指導にコーチとして向かった時に「今の子達は周りに叱ってくれる大人がいない。これは不幸なことだ」という風に思ったらしく、球児たちに向かって「自分に厳しい道を選んでほしい」というアドバイスを残していた。
昨今特に「叱ってすらもらえないZ世代」なんてことが言われ、野球に限らないがかつてあったようなスパルタ教育がもうコンプライアンスその他でできないという時代に突入している。
いつから日本はこんな怠惰な「叱ってもらえない」国へと成り下がったのかは分からないが、やはりターニングポイントはゆとり世代以降だろうか、あの辺りから明らかに過保護なモンスターペアレンツが増えたと言われる。
今では「叱って伸ばす」ことが悪とされ、代わりに「褒めて伸ばす」ことが最上とされるという方針になったが、それで育った今の若い子達は大人になっても周りに叱ってくれる人がいない状況にあるらしい。
これは決して懐古主義で「昭和時代の容赦ないスパルタが良かった」などと言っているわけではない、学生時代に食らった理不尽な体罰やしごきは可能ならない方がいいと思っている。
しかし、やはりそれでもダメなものはダメだと厳しく叱ってくれる人の存在は必要だし、徹底的に凹むぐらいに叱られてボロボロに身ぐるみを剥がされて、そこから自力で這い上がっていく経験がなければ一人前には成長できない。
何事もNo pain, no gain.(痛みなくして得るものなし)だが、今の子達は自ら傷つき痛む覚悟も度胸もないくせにいうことだけは一丁前で狡賢く人が努力してきた成果の上澄みだけは掬おうとするから始末に負えない。
実際、私自身も学生時代から叱られることが多かったし、社会人になってもやはりダメなものはダメだと言われることがいまだに続いているが、そういう「叱ってくれる人」の存在は有難いと思う。
それこそ、こち亀の両津がいとこの檸檬の授業参観に来た時、見た目だけで笑って差別したガキを容赦無く叱って何がいけなかったかを躾けるシーンがあるが、これも今ではコンプライアンスとかでできないのだろうな。
甘やかされて育ったと言われるゆとり世代以降の人たちはこんな両さんの光景を見たらどう思うかが気になるのだろうが、両津なんて典型的な昭和タイプの人間だから今だと老害扱いされるかもしれない。
両津というキャラクターが愛されている理由は、普段刑事としても人間としても色々欠点だらけでやらかしも多いのに、いざという時にこういう行動を当たり前に取れるメリハリの良さにこそある。
私が子供の頃も夕方過ぎてまで外で遊んでいたら近所の大人に「こら!さっさと家に帰らんか!」と言われてたっけ……いわゆる雷親父みたいなタイプをすっかり見なくなったと思う。
私が人生において『ドラゴンボール』『勇者エクスカイザー』『鳥人戦隊ジェットマン』『星獣戦隊ギンガマン』と並んで少年期に最も影響を受けた『機動武闘伝Gガンダム』の東方不敗マスターアジアもそうだろう。
「このバカ弟子があ!」と熱のこもった説教と厳しい薫陶でドモン・カッシュという一人の男を立派な最強のキング・オブ・ハートにまで育て上げた彼のような英傑はガンダム史においてそれ以前もそれ以後もいないだろう。
余命幾許もない俺の運命を受け入れ、弟子が自分を超えたと悟りながらも、最後の最後まで敢えて厳しくドモンを罵倒してまで底力を引き出させようとする彼なりの誇り高さが窺える。
こういう昭和の熱血親父というと、それこそ今年亡くなった最高に面白い経営者の一人だった故・岩井良明社長もその一人で、賛否両論ありながらも彼は虎と呼ばれる若き経営者たちのとっての偉大な求心力だった。
最近職場が変わってもう明日で2週間となるが、今の環境はとても厳しくもあり優しくもあるとても素晴らしいところで、同期のメンバーの中にはまだ21・22の若者が2人ほどいる。
真面目なのだが声が小さく覇気がなく、少し上司から厳しい感じに接されると「冷た過ぎますよ〜」みたいなことを平気で口にして甘えようとするのはどうなのだろうか?
学生気分が抜けないと言われればそれまでだが、一人前になってもらうためにはハードルを徐々に上げて厳しくしなければ成長しないのに、まるで意気地のない返事ばかりする。
休憩時間にくだらない談笑をしているようだったが、そんな暇があるなら少しでも仕事を一生懸命覚えようと上達の方法を考えてはどうかとも言いたくなった。
しかし、そんなことを言うと今の時代はやれ「老害」だの「上から目線」だの「パワハラ」だのと返されるのが目に見えているから、自分はそうなるまいと仕事をどんどん覚えていっているわけだが。
それが上司の接し方にも現れているのか、20代の若い子達にはできたところを褒める接し方をし、私に対しては容赦なく厳しい指摘やフィードバックが来る。
「ここは良かったが、もっとここはこうできるんじゃない?」とか「早く一人前になってもらわないと困る」とか色々言われる。
それどころか、中には私に指導上厳しくしたことに対して申し訳なさを感じている人もいるようで、仕事が終わった後に謝罪された。
なんの謝罪かは知らないが、私はその時「いいえ、むしろどんどん厳しくしてください。早く一人前になりたいんで」と返して驚かれたことに対して疑問が浮かんだ。
叱ってもらえることのありがたさを知っているからどんどん言ってくれと思うのだが、今の若い人たちはそういう「厳しくしてもらえる」ことの意味がわからないらしい。
いや、理屈ではわかっていても肌感として「厳しくされたくない」、すなわち自分のコンフォートゾーンから抜け出そうとせず殻を破ろうとしないといった方が正確だろうか。
ちょっと嫌なことがあったらすぐ逃げ出し、最初に入った会社を3年どころか半年も持たずに辞めてしまうこともザラにあるのだとか。
これからの時代は敗者復活とゲームチェンジによって究極の二極化が起こるのだが、まず間違いなく「叱られ慣れてない子」と「自分から叱られに行きどんどん頑張る子」に分かれるだろう。
もう今の30代以上が20代から下の子達に思っているのは「20代の子達は叱ったところですぐ逃げ出すから叱る時間とエネルギーが無駄」という結論であり、最初から存在を「無視」あるいは「放し飼い」にされているのだ。
自分に厳しくする道を選んで来なかったことが顔つきからも目からも声からもわかるし、ちょっと叱られた程度ですぐ凹んだり反抗したりする。
その時点で会社の上司は「ああ、この子には仕事を教えても無駄だ」と判断され、見えないシャッターを第一段階で降ろされてしまっていることに気づかない。
逆に言うと今はある種努力するというか頑張ることが逆に価値になる時代だし、自分の嫌なところや見たくないものを容赦なく事実ベースで指摘してくれる人がいるだけで簡単に成長できる。
東方不敗みたいな雷親父に頑張って食らいついていくだけで簡単に他人と差をつけて一人前にのしあがれるのである、ただしその覚悟と度胸があればの話だが。
自分に厳しくしてくれる人に対して身銭を切って門を叩いてでも教えを乞い、実践するだけの行動力とエネルギーがあるかがこれからは大事になってくる。
私でさえ毎月10万近くのランニングコストを払い続けてもはや4年以上経つが、今でもやはり厳しいフィードバックをいただきながら、失敗と向き合う日々だ。
少なくともSNSで能書きばっか偉そうに垂れ、年上の人間に何のリスペクトも持たず「ジジイ」「キチガイ」呼ばわりし、架空のフィクションに現実逃避し都合のいいものに「いいね」を押す奴よりは遥かに上にいる自信がある。
今の日本人マジぬる過ぎ、いつ宇宙海賊バルバンのような悪党が攻め入ってくるかもしれないのに、ギンガの森の民のように臨戦態勢で準備できているのは上位6%だけ、残りの94%はそんな残酷な現実にすら気づかない。
本当、いつからこんな腑抜けた国になっちまったのか?
え?主語がでかいじゃないかって?しょうがないじゃん、事実なんだから。
まあ、94%がSNSで飼い殺しにされてる頃、俺はもっとも厳しい風の時代を俺は信頼できる者たちと共に生き残って逃げ切ってやるよ。
3年後を見とけ。



コメント
10良薬は口に苦しとはよく言ったものですね。
Z世代の私にとってヒュウガさんは、良薬を出してくれる名医です。これからもどんどんえげつない薬を出してください。
>ハマグリさん
記事に書いてあることは全て私も言われてきたことです。
しかも今とは違って公衆の面前でボロカス言われましたからね(笑)
まあ、良薬どころか劇薬になっている可能性もありますが、それでも発信は続けていきます。
50過ぎのおじさんです。
君の言う事を僕は人徳と言う言い方をします。最近は道徳や人徳が少し足りないそう僕も思っています。目で技術を学ぶ事よりネットでやり方を調べる。なんかもそうなのかなぁ。自分が良ければそれで良い。
そればっかりだと喧嘩になるよね。
なんかスッキリw代弁された気がした。
>Wafroナリアキさん
人徳というか、私に言わせれば「人としてできて当たり前」のことばかりなんですが、その「できて当たり前」がなぜかできていない。
これは別に私が偉いとか誰が偉いとかの話ではなく、当たり前の基準値が低すぎないかと思うし、叱られることに慣れてしないとこうなるのだなと改めて思わされますね。
Z世代に限りませんが、厳しく育てられなかった人があまりにも今の日本は多すぎます。