第1話

文字数 961文字

第一章 地獄のはじまり

有名になりたかったんじゃない。
人々の中で目立つ才能や器量があるだなんて、うぬぼれてもいない。
ただ、自分の世界をほんの少し、広げたかった。

生まれつき自由に動かない両足。
世間では発達障がいと判定される頭脳。
それらを持って生まれた私にとって、この世界は、あまりにも広すぎた。
誰が悪いという話ではない。どれだけ願っても、どうにもならない事はある。
だが、それでも。 どうしても、自分が知らない世界を見てみたかった。
だから私は、会員制オンラインサービス「Z」の[カモミール]になった。

アカウント名は、自分が大好きなハーブからそのまま取った。
財布に負担のない無料会員といえども、大切にしたいアカウントだった。
だから、漫画家に有償で依頼してオリジナルのアイコンを作成してもらった。
収益なんて一円も生み出さないアカウントであっても、自分にとっては、たったひとつの大切なものだった。

インターネットであっても、現実と同じように礼儀正しく接すれば、大抵の人たちとは親しくなれた。好きな漫画やイラストに「いいね!」を送れば、自分のアカウントのタイムライン上にそれに似た情報が引き寄せられてくる。

たまに反応に困る情報も引き寄せられてくるが、そこは「Z」の機能で遮断。
好きな情報を探しては幸せな気分になった。
日常の、なんてことのない投稿に対する「いいね!」も「お疲れさま」のコメントも、自分にとっては何よりも幸せな贈り物だった。

(自分と親しくしてくれるこの人たちも、どこかで毎日を生きている)

有名人になれなくても。
目立つ才能や、器量なんてなくても。
[Z]をやっていなかったら絶対に出会えなかった人たちとの繋がりそのものが、自分にとっての宝物だった。

たまたま知り合った配信者に対する卑劣な嫌がらせに絶句し、証拠確保というささやかすぎる協力を開始して、しばらく経った頃だろうか。[カモミール]のフォロワー数も三桁台になり、そこそこの拡散力を持ちだした時に、その地獄は突然やってきた。

アカウントを取得するにあたり、プロの漫画家に有償依頼して作ってもらった、大切なアカウント。そのアカウントに、口にするのも嫌なほどみだらな文章が添えられた上で。
全く知らない何者かの画像の一部として、再投稿されていた。

これが、長く続く地獄のはじまりだった。
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