大阪・釜ケ崎で亡くなり15年、路上生活者を支えた女性医師を表彰

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高木智子
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 日雇い労働者の町といわれる大阪市西成区釜ケ崎で医療支援をしていた群馬県高崎市出身の医師、矢島祥子(さちこ)さん(当時34)が遺体で発見されて、11月で15年になった。孤立をさせまいと困窮する人々を献身的に支えた矢島祥子さん。人間の尊厳を追求した活動だったとして、母校の群馬大医学部医学科の同窓会・刀城クラブが「地域医療貢献賞」を贈った。

 祥子さんは1975年、高崎市生まれ。病院を経営する医師の両親のもとで育った。高校受験のころ、海外の難民キャンプや支援する医療スタッフの存在を知り、医師を志したという。

 県立高崎女子高から群大医学部に進み、在学中からフィリピンやタイ、ネパール、インド、国内では簡易宿泊所が立ち並んだ横浜の寿町を訪れ、貧しさに生きる人々を目の当たりにした。

 医師になり、どこを拠点とするか。「外国でなくても、日本のなかでやるべきことがある」。インドの修道女マザー・テレサのことばに影響を受けた祥子さんは、2001年ごろから釜ケ崎にボランティアとしてかかわるようになった。

 実家の病院には戻らず、07年からは釜ケ崎に移り住み、路上生活をする人々のそばにいた。釜ケ崎の診療所で働き、困窮者の元に自転車でかけつける、その献身的な姿から「さっちゃん先生」と、釜のおっちゃんたちに慕われたという。

 「ひとりぼっちで逝かせてはいけない。家族がいれば家族が、知人がいれば知人が、誰もいなければ私がみとりたい」

 「死んでいい人はいないんです」

 敬虔(けいけん)なクリスチャンだった祥子さんは、こんな信念をもって、路上で命を落とす人が当たり前にいる町で、かけずりまわった。

 ところが09年11月、祥子…

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この記事を書いた人
高木智子
前橋総局|群馬県政担当
専門・関心分野
社会、人権、地方