悲しいくらいにしっかりしている十代の女性Ｎ様が熱海に来た。高校を辞めて、あちらこちらをふらふらした後に、生業を見つけて自営で暮らしている。多くの大人たちは、Ｎ様を見て「若いのにしっかりしている」と言い、Ｎ様を応援する。Ｎ様は、笑顔でそれに応える。礼儀もばっちりで、何も問題はない。だが、それが本当にやりたいことなのだろうかと思った。私には、Ｎ様が、相手のレベルに合わせて、落ちているように見えた。

Ｎ様は「人が好きだ」と言った。人と話すのが好きだと言った。だが、私には、話しているようには見えなかった。これをすれば相手は喜ぶだろうということを見つけて、それをやっているだけに見えた。事実、周囲の大人たちは、それをすることで喜ぶ。相手のレベルまで落ちて、相手が喜ぶであろうことをやる。社会的には、何も問題のない行為だ。むしろ、歓迎されるものだろう。若いのにしっかりしているねとか、大人だねと言われて、褒められるのだろう。Ｎ様がそのような態度を続ける限り、私は、Ｎ様に用はないと思った。

Ｎ様が、その辺で見かけただけの赤の他人だったら、これ以上干渉することはなかった。よくある場面だなと受け流し、自分がそこから離れることで、視界から消しただろう。だが、Ｎ様は、私と言う人間に興味を持ち、興味を持つだけではなくて、実際に会いに来た。だから、私は「本当にそれでいいのか」と聞いた。バカな大人たちから気に入られて、気に入られることで、金や評価を得る。お前は、死ぬまでそれをやるのかと思った。あらゆる問題を、いい子になることで解決をするのか。本当に、心はそれを望んでいるのか。本当は、獣のように、自由に生きたいのではないか。

私は、若さや、能力のある人が、優しさに絡め取られてダメになる姿を見るのが、好きではない。問題が起きた時、自分がダメなのだと思い込み、いい子になろうとしたり、ちゃんとしようとすることで、自分の心を押し潰す。期待される自分と言う枠に無理やり自分をねじ込み、本来の姿が、いびつなカタチにひん曲がる。周囲の評価を得るほど、内面の虚しさは膨れあがり、身動きが取れなくなる。優しさに絡め取られて、いい子になる以外の行動を取れなくなり、自分自身を見失う。これ以上、いい子にならないでくれ。わがままな獣になってくれ。死ぬ前に生きてくれと思った。

いい子を続けていたら、生きることが嫌になるだろう。これが一生続くのかと、生きる意思が削られるだろう。当たり障りのない人間になるなよ。当たり障りのない人間に、俺は、誰よりも当たり障るんだよ。人の思いを、善意を、好意を、無視してもいいんだよ。それでお前が損なわれるのならば、それは愛ではない。愛の形をした支配だ。嫌われるほど自由になる。合わない人間は自然と離れていく。嫌われることは悪いことじゃない。誰もいなくなったら、いっそ、清々しくなるのかもしれない。自分は残る。自分を認められない大人たちが、こどものためとか、生活のためとか言いながら、他者からの承認を求めるようになる。ほとんどの人間は、これで、ダメになる。お前が生活のために生きるなら、社会的であることを選ぶなら、俺はお前をもう見ない。獣になる道を選ぶなら、一緒にガウガウ言おう。一緒に血を流そう。爽やかな血を。これ以上、優しさに絡め取られないで。俺たちは、あらゆるものから自由だ。