■映画制作スタッフの死亡事故

200911月、映画『告白』の制作進行スタッフAさん(当時22歳)が、撮影現場からスタジオまで制作トラックを運転して帰る途中、新木場の高速道路出口付近にて、前方の車両に追突し死亡した。一部情報によると、現場道路上にはブレーキ痕がなく、かなりのスピードで直進し衝突したと見られ、Aさんは即死だったという。

亡くなったAさんは私の映画専門学校時代の友人であり、事故当時まだ卒業してから1年半しか経っていなかった。事故直後、学校の友人から訃報とともに、撮影スタジオに彼の焼香台が設けられているのでぜひ集まってほしい、という連絡が回ってきた。そのとき既にご遺体は、東京から離れた実家の方へ送られていたようなので、葬儀に駆けつけることができないであろう多くの友人らのためのお別れ会のようなものであった。

しかし、この事故については、私たち友人や映画製作スタッフ以外、外部にはほとんど公表されていない。映画業界内では噂程度には広まっているようだが、事故の詳細について知る者は少なく、それは私たち友人とて同じことで、結局のところ彼がなぜ事故を起こしたのか、はっきりしたことを知る人間はいないのである。

学校の友人らが毎年11月に亡くなったAさんを偲ぶ会を開いているのだが、そこに来ている友人たちに聞いても、事故原因や会社の対応などの詳細を知る人はいない。私は長年そのことにずっと疑問を抱いていた。彼がなぜ死んでしまったのか、その原因について何も解らないままに、素直に彼の死を悼むことなどできるのだろうか、と。

だが、これは多分友人たちの共通認識だと思うが、彼は過重労働のための過労によって事故を起こした、という疑いが濃厚である。同じ撮影現場に参加していた方から聞いた話によると、亡くなったAさんの労働状況は相当に過酷で、過労による睡眠不足が事故の原因になった可能性は高いという。しかし、事故が起きた次の日も当たり前に撮影は行われ、撮影日程は1日も休止することなく予定通りに続行されたらしい。その方は、そうした映画撮影現場の冷酷な現実にショックを受けた、とも漏らしていた。

もし、事故原因が過重労働による過労であったならば、当然会社側に責任があり、場合によっては何らかの犯罪に問われるかもしれない、重大な事件である。

そこで、この事故について改めて様々な角度から検証し、そこから浮かび上がってくるいくつかの問題点について考えてゆくことにする。



■映画撮影現場における制作進行スタッフとは?

まず、亡くなったAさんが従事していた制作進行とはどのような役割なのか確認しておこう。制作進行は、映画製作において制作部の助手という立場である。制作部は、上からプロデューサー(企画から作品全体の管理)、ラインプロデューサー(現場の予算管理)、制作担当・制作主任(現場の制作管理)、制作進行(現場の雑務全般)となる。制作進行の具体的な業務内容としては、撮影機材の運搬、撮影現場や控室等のセッティング、弁当や備品の発注・管理、スタッフ・キャストの移動や健康管理、ロケ現場での人止め・車止め等々、撮影本体以外のありとあらゆる雑務をこなす、現場で最も仕事量の多い役職と言っても過言ではない。その仕事の性質上、最も早く現場に入り、かつ最も遅く現場を出ることになり、実働時間も最も長いと言える。また制作車両の運転が欠かせないため、運転免許の取得は必須条件である。

Aさんは現場で過酷な労働条件で働きながら、かつ自動車の運転をしなければならない立場にあり、常に過労状態での運転という危険と隣り合わせの状況であったことが推察される。

映画『告白』は200910月に撮影が開始され、翌年の1月に撮影が終了されたと公式に発表されている。Aさんが亡くなったのは11月なので、その時点ではまだ全撮影工程のおよそ3分の1しか終えていないということになる。3ヶ月間の撮影期間中、最初の1ヶ月の時点で既にAさんが過労状態であったならば、どれだけ過酷な労働環境であったか想像するさえ恐ろしいものである。

しかし、これが映画撮影現場における制作進行スタッフの現実であるならば、当然に業務中または業務起因性の事故や病気、いわゆる労働災害が発生する可能性が高いことが見て取れる。では、映画製作スタッフの労働災害については、現実にはどのように補償されているのだろうか。



■映画撮影中の事故は労災になるのか?

そもそも映画撮影中の事故は労働災害にあたるのか。その疑問には2002年に最終判決が下された「瀬川労災事件」の判例を参照したい。

http://www.geocities.jp/jiro2982/segawa1.htm

「瀬川労災事件」とは、1986年に映画撮影技師の瀬川浩さんが、映画撮影中に宿泊先のホテルで、脳梗塞で倒れ死亡したが、遺族が労働基準監督署に労災保険(遺族補償支給)申請をしたところ、監督署からの回答は、フリーランス(個人事業主)の映画スタッフは請負契約であるために、労働者性が認められず、よって労災保険を適用できない、というものだった。それに対して遺族らは粘り強く裁判を闘い、じつに死去から16年の時間を経てようやく瀬川さんの労働者性を認める判決が下され、遺族に労災保険が給付されるに至った。この判決の根拠となっているのは労働基準法第9条で、条文には「労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とあり、つまり雇用の形態を問わず、賃金を支払われて仕事に従事する者はすべて労働者であるということである。労働者であるからには、業務中または業務起因性の事故や病気などについては当然、労災保険が適用されてしかるべきである。

だが、現実にはこの判決は決して教訓となっているとは言えない。私は先日、フリーランスの映画スタッフの死亡事故について労災が適用されるかどうか、労働基準監督署ならびにその上部機関である厚生労働省に直接問い合わせたが、その回答はどちらも「個別の労働契約によって異なるために判断は難しい」という曖昧なものであった。実際には瀬川労災以後も、フリーランスの映画スタッフが直ちに労働者として認められる、という回答は行政側からは得られなかったのである。



■労災隠しは犯罪である

現に瀬川労災の判決が出ている以上、Aさんのケースもまた、遺族が訴えればきちんと労働災害として認められたはずである。しかし、実際にはAさんの事故は労働災害として申請されずに、遺族は会社側との示談に応じたようである。本件が労働災害申請されていない明確な根拠として、事故が起きた2009年(平成21年)11月東京都の業種別・都道府県別死亡災害発生状況の資料を参照したい。

http://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/h21_kaku/h21_f13.html

この表では「映画・演劇業」の死亡件数は0件となっている。

通常、労働災害が発生した場合、事業所は労働安全衛生規則第97条に従って、労働者死傷病報告を労働基準監督署に直ちに提出しなければならない。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei36/dl/17_01.pdf

この報告書には、事故が起きた状況や原因など具体的な詳細を記入せねばならず、これを元に労働基準監督署が労働実態を審査することになる。当該事業所の労務管理が劣悪であると認められた場合には、業務改善の指導や、最悪の場合には業務停止処分が下されることもある。

また、報告書を提出しなかった場合には、労働安全衛生法第120条によって50万円以下の罰金が課せられる。さらに、労働者災害補償保険法によれば、従業員の労災を隠した事業所には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられる。

こうしたいわゆる労災隠しの件数は年々増加傾向にあり、厚生労働省も「労災隠しは犯罪」として大々的に広報活動を行っている。

http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/

前項で書いたように映画スタッフもまた労働者として認められるならば、当然に業務中または業務起因性の事故や病気については、労働災害として監督署に報告しなければならない、ということになる。フリーランスの映画スタッフの場合、自身が被災した時には自らが労災報告をしなければいけない、と思うかもしれないが、たとえば建設業の場合では、下請会社社員の労災であってもすべて一括で、元請会社が加入する労災保険が適用されることになっている。

http://rousaiweb.com/compensation_ins.html

であるならば、映画製作においてはすべてのスタッフの労災について、元請けとなる映画製作会社が責任をもって労災報告すべき、と考えるのが妥当ではないだろうか。

少なくとも、Aさんの死亡事故について労働者死傷病報告が提出されなかったことは上記の通り明らかであり、報告義務を果たしていない、つまり労災隠しが行われたことは明白な事実である。



■過労死と安全配慮義務

ここまで本件を労働災害と位置づけ、労働災害の報告義務という行政上の責任について言及してきた。ここからはさらに踏み込んで、もし事故原因が過重労働による過労であったならば、別途どのような責任が発生するのか考えてゆくことにする。

一般的な過労死の場合、会社側が問われる責任は、安全配慮義務の違反である。

安全配慮義務とは、2008年に施行された労働契約法第5条において、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と明文化されている。つまり、過重労働じたいが既に労働契約法に違反しているわけである。

また、厚生労働省が規定している過労死ラインには、月80時間の時間外労働、すなわち1ヶ月の労働日を20日とすると、14時間の時間外労働が続くと、就業業務と健康被害との因果関係が認定できるとしている。労働基準法では原則、18時間を超える労働をさせてはいけないとしており、14時間の時間外労働ということは、112時間労働ということになる。本件のような映画撮影の現場において、112時間の労働時間など優に越えていることは想像に難くない。

ここで、映画製作現場の事故ではないが、本件とよく似たケースで、事業者の安全配慮義務違反による過労死が認定された判例があるので紹介したい。

「交通事故死 鳥取大学大学院生損害賠償訴訟」

http://hcoa.jp/pro/index.php?%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%9F%BA%E6%BA%96%E6%B3%95%2F%E4%BA%A4%E9%80%9A%E4%BA%8B%E6%95%85%E6%AD%BB%E9%B3%A5%E5%8F%96%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%A2%E7%94%9F%E6%90%8D%E5%AE%B3%E8%B3%A0%E5%84%9F%E8%A8%B4%E8%A8%9F

この事件は、医学部の大学院生が大学附属病院で、勤務医と同様の医療業務に従事しており、その過重労働(直近の1ヶ月で約200時間の時間外労働)による過労のために交通事故を起こして死亡した。事故の発生状況だけ見れば、本件とよく類似している。だが、大きく異なっているのは、死亡した大学院生は研修医として無給で業務に従事していたという点で、つまりその大学院生は労働基準法上の労働者ですらなかったのである。しかし、裁判所の判決は、大学院生の労働者性を認め、大学側に安全配慮義務はあったとして、約2000万円の損害賠償の支払いを命じている。これは、過労死をめぐる裁判において画期的な判例であり、労働基準法上の労働者でなくても、実質的には労働者と同様に業務に従事していたならば、労働契約や賃金の支払いがなくても労働者として認められるということである。



■過労運転の下命または容認

本件が労働関連の法律に著しく抵触している可能性が高いことは、充分お分かりいただけたであろう。しかし、本件にはそれ以外にもまだ重大な問題点が残っている。それは過労運転である。

http://www.carmanagementservice.com/mail/20140811.html

過労運転とは、「車両の運転者が過労により、正常な運転ができない恐れがある状態で車両を運転する行為」のことであり、それは道路交通法第66条によって禁止されている。罰則は同法117条によって「3年以下の懲役または50万円以下の罰金」となっており、これは平成19年の道路交通法改正によって、改正前の「1年以下の懲役または 30万円以下の罰金」から大幅に引き上げられたものである。また、これが業務中の事故である場合には、道路交通法第75条にある過労運転等の下命または容認にあたり、運転者本人だけでなく、運転を指示または容認していた事業者にも全く同じ罰則が課されることになっている。さらに、当該事業者が過酷な過労状態を運転者に強いていた場合、先に示した刑事罰だけでなく、車両使用制限命令や営業停止処分等の行政処分が科せられる場合もある。そうなれば当然、企業としてのイメージ低下、取引先との信用の失墜、さらには事業自体の存続の危機にも繋がりかねない。

過労運転が危険なのは、本件のように運転者が死傷するだけでなく、他の人間にも危害が加わる可能性があるからである。もし同乗者がいたら、その人も死傷していたかもしれないし、前方車両への追突ではなく、対向車両と正面衝突していれば相手方の搭乗者をも死傷させてしまう可能性がある。または歩行者に危害が及ぶ可能性も充分考えられる。そのように運転者以外の人間が死傷した場合には、自動車運転死傷行為処罰法の過失運転致死傷罪になり、7年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金に処される。

近年、飲酒や薬物使用による危険運転事故が増加しているが、過労運転もまた同様に重大な危険運転のひとつなのである。



■会社側の説明責任を求める

以上のように、本件について様々な問題点があることが明らかになった。あらためて整理すると、本件における主な問題点は次の3点である。

○労災報告義務違反(労災隠し)→刑事罰

○安全配慮義務違反(過労死)→民事訴訟

○道路交通法違反(過労運転)→刑事罰

これら諸問題に対して、映画『告白』を製作した東宝株式会社はどのように考えているのだろうか。私は本件事故の詳細について明らかにしてほしいと、東宝株式会社に問い合わせたが、その回答は「本件については関係者のプライバシーを考慮し、詳細については回答を控える」というものだった。

私はさらに、製作の実務を請け負っていた株式会社リクリ(映画『告白』のプロデューサーであり、製作現場におけるAさんの直接の上司である)にも同様の質問を送った。それに対する回答はやはり東宝株式会社と同様、「詳細については回答できない」というものだったが、それに加えて「(私に対して)あなたが東宝株式会社に質問をしたことは承知している」とのことだった。

私は改めて本稿で掲げた問題点について、事故の責任を負うべき東宝株式会社と株式会社リクリに説明を求めてゆくつもりである。その上で、事故に関係のない第三者である私に対して説明する責任などないと一蹴するならば、本稿をもって東宝株式会社と株式会社リクリに係る犯罪の疑惑を摘示し、それを広く世間に告知することで、世間に対して説明をする社会的責任を負わせるものとする。


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