C-CABINは「広い、揺れない、使いやすい」をコンセプトとした新型救急車で、2022年2月より販売を開始。以降、消防救急隊が日常の搬送業務に使う救急車としてはもちろん、各地の医療機関において病院救急車(ドクターカー)としても採用されています。
今回は、2022年3月に導入された神奈川県こども医療センターにお話しを伺いました。
【プロフィール】
神奈川県立こども医療センター
星野陸夫(ほしのりくお)先生
1960年神奈川県川崎市生まれ。北里大学を卒業後に同大学病院小児科を経て、1992年に神奈川県立こども医療センター新生児科に入職。新生児の呼吸機能検査・気管支ファイバー検査などを行い、新生児集中治療からフォローアップのための在宅医療に業務を広げてきた。現在は、地域連携・家族支援局長として、医療的ケア児支援のために行政との協働にも取り組んでいる。
株式会社ベルリング
代表取締役CEO 飯野 塁(いいのるい)
1989年千葉県生まれ。大学在学中に消防事業を営む株式会社ベルリング創業。2014年消防車両事業を開始。2019年更なる事業拡大のためDMM.comへジョイン。2020年新時代の救急車「C-CABIN」のコンセプトカーを発表、2022年より量産化を実施。
【目次】
新生児医療で全国から注目を集める神奈川県立こども医療センター
飯野 今回の導入をきっかけに、全国の小児病院さんからC-CABINについてのお問い合わせを多数頂戴しているところです。その際、必ず言われるのが「新生児医療の権威である神奈川県立こども医療センターさんに採用されたと聞いて」というお話し。「救急のプロとともに、日本の救急を変える」という理念のもとC-CABINの販売に取り組んでいるところですが、プロが認めるプロの方々に利用いただき、あらためて感謝の気持ちが膨らみました。
そこで今一度、新生児医療の最前線を突き進む神奈川県立こども医療センターの特徴や今回導入されたドクターカーについてお話を伺わせていただければと思いました。

神奈川県立こども医療センター・星野陸夫先生
星野 特徴がどこにあるのかっていうのは難しいところなんですけれども、当センターは1970年4月に全国で3番目に出来た小児病院です。
さらに、総合周産期医療を目指し1992年10月に産科を併設しました。これにより全国で初めて小児病院に産科が併設された医療機関となりました。それまで当センターNICU(Neonatal Intensive Care Unitの略で新生児集中治療室)では患者さんは「新生児」のみでしたが、産科併設により「このままだと具合悪く生まれそうだ」という場合にお母さんを受け入れて当センターでお産してもらう。小児科医が最初から立ち会えるようになりました。

株式会社ベルリング 代表取締役 飯野 塁
飯野 全国から若い医師の方が多く研修にいらっしゃってるそうですね。
星野 新生児科の豊島勝昭科長の研究発表や教育的な活動が注目されるようになり、そういった先進的な臨床研究者のもとで頑張りたいという優秀な若い医師が当センターに集まってきてくれています。
歴史的には2010年前後から、全国で周産期医療へのテコ入れが始まったことがきっかけです。当時、全国的にNICUのベッド数も、それを診る医療者も不足しており、そういった背景の中でどうやって新生児の医師を増やすかという課題がありました。そのような状況の中で、神奈川県では豊島先生からの職員提案として「新生児科医師国内短期留学制度」が採択されて始まりました。
その事業をきっかけに、当センターに全国から優秀な若手医師が来てくれるようになり、症例数の多い当センターで学んだ後に所属に戻ることで全国の新生児科医の研修の場にできるというメリットが生まれました。短期間で十分な研修を受けた医師が地元で活躍することで、全国の患者さんも適切な医療が受けられる。三方にメリットがあったんじゃないかと思います。
飯野 まさに修行場といえますね。症例数も多いと伺いますし、いろいろと学びを深められるわけですね。
新生児対応型ドクターカーで救急車ベースを採用する理由

神奈川県立こども医療センターと導入されたC-CABIN。
飯野 ドクターカーについてはどのタイミングで運用が始まったのでしょうか?
星野 1992年10月、産科を併設するという、大きな変革があった時期になります。救急車自体はそれ以前にも保有していましたが、看護師の同行など、組織的に本格的な運用をスタートしたのはこのときからです。当初は地元横浜市でも消防救急車として導入されていたメルセデス・ベンツ製の高規格救急車を採用し、2代目には日産のパラメディックを採用しました。そして更新時期を迎えたことで、3代目としてC-CABINを採用しました。
飯野 運用などはどのようにされているのでしょうか?
星野 病院救急車として、他の科の患者さんに対応することもありますが、8割以上は周産期領域において具合の悪い赤ちゃんやお母さんの転院搬送に使用しています。
飯野 新生児対応型ドクターカーと言えばマイクロバスベースも多く見かけますが、救急車ベースのドクターカーを採用され続けているのはこういった運用面が理由なのでしょうか?
星野 運用面を考慮すると、取り回しやすいサイズ感がポイントになります。搬送先や搬送元となるのが街中にある産婦人科医療機関です。生活に密着した病院ということもあり、住宅街の中に建っているという場合も多く、走行経路も復員の狭い生活道路が中心となります。また、横浜は坂道も多い土地です。なので、車両はコンパクトであるほうが運用しやすい。こうした発想から、歴代のドクターカーも高規格救急車ベースであり、更新車両も同じサイズ感の救急車で検討しました。
飯野 確かに、住宅街の中に入っていくことができるということを考えれば、ワンボックスのサイズ感、あらかじめ作り込みがなされている救急車をベースにするほうがよさそうですね。

電動ストレッチャーが標準搭載された新しい救急車との出逢い
飯野 ドクターカー更新にあたっての要望や仕様についてお話があがりましたが、C-CABIN導入までの経緯について教えていただけますでしょうか?
星野 先代のドクターカーを運用開始してから年数も経過し、更新について検討を始めました。仕様については実際に使う若い医師たちの要望を集約しつつ、過去には新生児科の科長を務め、昨年(2021年)の春で定年退職された当時の院長、猪谷泰史先生と僕が取りまとめ等を行う形で動きました。
これまでは高規格救急車で運用してきたこともあり、病院としてはそれをあえて変える必要性をあまり認識していませんでした。なので、従来通りを想定したまま事務とも話し合いが進み、前年(2020年)には予算も決まっていました。そのまま進めば、トヨタか日産の救急車で決まっていたと思います。
飯野 そうした中で、C-CABINはどのように候補に挙がったのでしょうか?
星野 車両や仕様の確定までは至っていないものの、予算枠が決まるなど話が進んだ段階。車両更新に際しての改善テーマとしていたのが電動ストレッチャーの導入です。その予算枠の中で3台の電動ストレッチャーが導入できるのかという点が大きな課題になっていました。
そうした最中、猪谷先生が「こんなのができたみたいだ」とC-CABINの資料を持ってきてくれました。今までの救急車では実現できない仕様が実現されており、電動ストレッチャーも最初からパッケージとして考えられている救急車があるよ、というふうに。
飯野 猪谷先生が弊社へ連絡をくださったのが、C-CABINのコンセプトカーが完成し、2020年11月18日に発表した直後でした。この段階でよく見つけていただけたなと思います。消防車は複数のメーカーがありますが、救急車に関しては数社しか製造していない状況でしたので、挑戦中の我々を見つけ、お声掛けいただいたことが驚きでした。

2020年11月18日に行われたC-CABINのコンセプトカーのプレス発表
星野 新生児の領域は、他の医療領域に比べて「機械」に依存してる部分が大きいんです。超音波や保育器、モニター機器など、機械の進歩と同時に助かる患者さんの層も変わってきたし、助かり方も変わってきています。なので、機械に対する思い入れがやはり強くなる。猪谷先生は医療機材の展示会へ熱心に通われていて、過去2台のドクターカー選定にも関わっていたことから、救急車に関してもアンテナを張られていました。
飯野 その結果がC-CABINとの出逢いに繋がったということですね。
C-CABINの3つの特徴「広い、揺れない、使いやすい」
星野 いまさらですが、C-CABINの「C」って何をさしてるのですか?
飯野 今までの救急車はストレッチャーを中央に寄せて左右に空間を作ることで、ストレッチャーの両側から処置が可能という仕様になっていました。確かに足元のスペースだけを見れば両側を使えそうに思いますが、実際には運転席側の壁面には収納ラックなどがあって非常に狭いので、両側に立って処置を行うことは現実的ではありません。そこで、患者室空間をフルで活かせるように拡大したいという思いから、ボディーを広げました。車体断面で見るとこの部分が「C」の字型に拡幅されているので「C-CABIN」という名前にしてます。

運転席側のボディーを拡幅することで患者室の空間拡充が図られている。
星野 赤ちゃんを搬送するときなど、僕たちは車内で処置をすることは多くありません。これまでも市販されている高規格救急車ベースのドクターカーでスペース的には事足りていました。なので、C-CABINの広さは必須条件だったというわけではありません。ですが、その広さは一目瞭然ですし、乗るだけで感じることができる。救急車として強みであるのは納得ですね。
飯野 ありがとうございます。もう1つの大きな特徴が「揺れない」という点です。今年(2022年)の4月に我が家でも娘が誕生したのですが、1700グラムほどの低体重で生まれてきました。NICUのある病院のお世話になりまして、退院の際に新生児用のチャイルドシートに乗せて帰ったのですが、ちょっとの振動で娘の体がはねてしまうことがあって不安でした。新生児と揺れの関係性はあるのでしょうか?
星野 ドクターカーの中で処置を「しながら」搬送することはなく、処置を「したまま」搬送するという形になります。例えば、飯野さんのお子さんは1700グラムということで、入院中は気管挿管をされませんでしたか?
飯野 しました。
星野 チューブを絆創膏で止めていたと思うんですが、1700グラムだと絆創膏で止まってる先、チューブの先端が8センチぐらい挿入されています。これが500~600グラムで生まれた未熟児の場合だと、5センチぐらいしか挿入できない。振動などで数センチずれてしまうと、いい位置じゃなくなってしまうんです。なので、搬送中は赤ちゃんのチューブを片手で押さえ、もう片手でバックを押しています。
飯野 こちらに納入させていただいて以降、全国の小児病院さんからお問い合わせをいただいているのですが、その際にも揺れを気にしてらっしゃる声が多いように感じました。そういったシビアな面があるのですね。
星野 あくまで一例ですけど、揺れによって「処置の結果が変わってしまうのではないか?」という心配はしますね。常に注意しながら、神経を使いながらやっているので、揺れない救急車の方が嬉しいというのは確かです。
飯野 3つめの設計テーマである「使いやすい」という点ですが、省力化を考えて作っているので運用面に関してもお役に立てているのではないかと考えてはいるんですが。運用メンバーとしてはどのような構成で対応されているのでしょうか?
星野 運転などを担うドライバーは、民間救急事業者との契約により24時間1名が常駐する体制をとっています。患者室側には医師や看護師が必要数乗り込む形です。
飯野 納車後に、出動から戻られた場面を拝見しました。その際、ドライバーの方がお一人でストレッチャーの出し入れや、次の出動に向けた準備もされているのを見て驚きました。消防救急隊の場合は機関員(ドライバー担当の隊員)に加えて隊長と隊員の3名が連携して出動準備など行っていますので、文字通りの「1名運用」というのは想定してない使い方だったんです。C-CABINや電動ストレッチャーの省力化性能が貢献できてるのかなと。
星野 人員的に限りがありますので、医療スタッフはドクターカー「だけ」に関わるということが難しいという現実があります。なので、直接患者さんの治療に関わる部分以外はドライバーの方に依存する部分が大きくなってしまう。そのドライバーの方も年齢や体格はさまざま。どんな方でも無理なく安全に活動ができるようにと、今回の更新では省力化として電動ストレッチャーの導入を大きなテーマとしました。
それと「使いやすい」という点では、回転する椅子も大きなポイントですね。従来型の横向きベンチシートだと、搬送を終えて病院に戻る際など安心して座っていられないというところがすごく大きかったんですね。また、車に弱いスタッフもおりますので、(進行方向に対して)前向きに座れるようにしたかった。3点式シートベルトが採用されている事も魅力的なポイントでした。

C-CABINの電動ストレッチャーや回転式のシートがニーズにマッチした。
電動ストレッチャー3台で実現した省力化と新生児への負担軽減
飯野 電動ストレッチャーがポイントとのことでしたが、どのように選ばれたのですか?
星野 電動ストレッチャーについては、他メーカーの製品もデモしてもらって比較しました。その中で、正直に言うと、単体で見たら他の製品の良さもありました。ただ、重かった。押し始めてしまえばいいんですが、押し始めは結構重く感じましたね。
飯野 我々のストレッチャーは日本の予算感を考え、安かろうではなくコストパフォーマンスがちょうど良いものを目指しています。アメリカ製のものなどは車両自体が大きいので、電動ストレッチャー自体も大きく、重くなります。なので、車載時のサイズ感も含め、トータルバランスを意識してヨーロッパ製のものを採用しています。また、他社製品の方がハイクラスであるのは確かで、ストレッチャー単体で見たら当然良さを感じられると思います。
星野 実際に自分でストレッチャーに乗って曳行してもらった際は、乗り心地は向こうの方が良かったんです。でも、救急車に収容されてからは決してそんなことはなくて。車両と防振架台の影響だと思います。
飯野 そうですね。従来の救急車はストレッチャーへの振動を減らすために防振架台がついていて、一定の揺れは緩和されます。ですが、車は複雑な揺れ方をする。その結果、防振架台が共振を起こし、不快な揺れを起こしてしまうんです。なので、車をどれだけ揺れなくするかという対策をしっかりした方が絶対にいい。消防組織の救急車の場合は要件として防振架台が必須なんですけれども、全国の病院さんではいらないといわれることが多いですね。
星野 まったく必須とは思いません。というより、むしろ防振架台と車両サスペンションとの共振による衝撃の悪影響の方が大きく感じます。自動車自体のスプリングの性能はそれなりにあると思うので、そこを補強していただければ、あとは運転する側が乗せてる患者さんに合わせた走行を意識することで対応できるんじゃないかな。
飯野 電動ストレッチャー3台導入を希望されていたということですが、どのような使い分けを?
星野 保育器搭載型を2台準備しておいて、1台の清拭が済むまではもう1台で対応する。また、清拭を看護師がやってくれているので、通常の業務の合間にできるようにという配慮もあり、20年ほど前からこの体制で運用してます。
飯野 常時対応できる状態にしておくための配慮ということですね。
星野 そうです。もう1台は保育器を使用しない身体の大きさのお子さんやお母さんを搬送する際に使用する保育器非搭載型のストレッチャーです。患者さんに合わせてその都度ストレッチャーから保育器を着脱するというのが難しいので。

電動ストレッチャーは保育器搭載型(写真左)2台と保育器非搭載型(写真右)1台を用意
飯野 そのような運用体制の中で、なぜ電動ストレッチャーを強く望まれたのですか?
星野 一見するとプラスチックのカプセルなので軽く思える保育器ですが、本当に重たいんです。だから、患者さんに応じて保育器の着脱を行うというのは現実味がない。さらに、保育器に赤ちゃんを収容した後でストレッチャーを上げ下げするのは、重量的にオペレーターの負担も大きくなりますし、ロック操作の際などの振動が赤ちゃんを驚かせることにつながる。こうした点からも、省力化に貢献でき赤ちゃんへの負担も回避できる電動ストレッチャーは絶対に必要であると感じました。

保育器搭載型の電動ストレッチャー。
飯野 苦労して見つけ、搭載した電動ストレッチャーが、実際の現場で役に立っていることを聞けて、本当に嬉しかったです。救急活動のアップデートのために新しい救急車づくりに挑戦してきましたが、「広い、揺れない、使いやすい」というテーマが消防救急隊だけではなく医療機関の皆さんも求めている要素であるということが再認識できたのは大きかったと思います。我々は小さいメーカーなのですが、大きな気づきを与えてくれた今回の事例を糧に、C-CABINとともに成長して救急現場の最前線を支えて行けたらと考えています。
星野 救急車をさらにアップデートできるといいですね。これからもベルリングさんの活躍には期待しています。
神奈川県立こども医療センターの導入事例では、 この他にも現場の医療スタッフの方々にC-CABINを利用した変化についてインタビューを行いました。併せてご覧ください。

<インタビュー記事はコチラ>
現場の医療スタッフが語るC-CABINに乗って感じた変化