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2023年5月23日(火)

追跡“臓器あっせん事件” 知られざる渡航移植の実態

追跡“臓器あっせん事件” 知られざる渡航移植の実態

事態を重くみた国が実態調査に乗り出した、海外での臓器移植。契機となった2月の“臓器あっせん事件”を追跡取材。逮捕されたNPOの理事は、患者から多額の金を受け取り、約20年にわたり170人に移植手術を受けさせていたといいます。手術後に患者が死亡する事態も。なぜ患者は男を頼り海外に渡ったのか?なぜ危険な渡航移植は放置されてきたのか?臓器移植法施行から25年、制度の課題を浮き彫りにした事件の闇に迫りました。

出演者

  • 米村 滋人さん (東京大学大学院教授)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

内部告発・音声を入手 追跡“臓器あっせん”の闇

桑子 真帆キャスター:
心臓や腎臓などの病気を患い、治療の手だてがなくなった人たちがいちるの望みをかける「臓器移植」。

日本では移植希望者の数に対してドナーが圧倒的に足りず、実際に臓器提供を受けられるのは1年間でわずか2%。そこで海外に渡航し、移植を受けたいという人は少なくありません。そうした中で事件は起きました。

NPOの理事、菊池被告は患者2人から合わせておよそ5,000万円を受け取り、ベラルーシでの移植を無許可であっせん。その後、1人が体調を悪化させ、死亡しました。
菊池被告はどのような活動を行っていたのか。NPO内部の関係者らが記録し続けていた16時間の音声などから、無許可あっせんにとどまらない闇が浮かび上がってきました。

16時間の音声・映像

かつて、菊池被告のNPOでスタッフとして働いていた男性です。NPOの活動の実態を問題視し、内部告発。今回、初めてテレビの取材に応じました。

NPOの元スタッフ
「完全に自分たちがやっていることは違法だっていう解釈を私はしました」

難病患者の支援をうたって、およそ20年前に活動を始めた菊池被告。NPOとして内閣府の認証も取得し、これまで170人の患者に海外で移植手術を受けさせたとしています。

NPOの元スタッフ
「『うちは内閣府の認証があって、それだけでも信用が得られる』と。『だからほかとは違うんだ』と(菊池被告は)常々言っているので。手術しないと死ぬと思っているので、患者さんたちは。わらにもすがる思いで来るので、その人たちがターゲットになるので菊池にしてみればそんなに難しくない」

菊池被告の行為を悪質だと問題視した関係者たちが、録音を開始。16時間に及ぶやりとりから、活動の実態が浮かび上がってきました。

菊池被告の音声
「この世界、いろんなグレーゾーンとか秘密があるので。とにかく日本で患者を集める力は、僕がナンバーワンなんだよ」

菊池被告は、渡航移植に望みをかける患者たちに多額の費用を支払わせていました。

菊池被告の音声
「『悪いけど、あと2,000万出さなきゃ俺やらねぇよ』って。そしたらさ、プラス2,000万振り込んできて、もらったよ、取った。ガチンと脅かしちゃおうかと思ったけど、それも大人げないから。金だけ取りゃいいからさ。だって移植やれるとこねぇじゃん、ほかに、うち以外に」
NPOの元スタッフ
「強欲ですよね、ひと言でいうと。患者さんをお金と思ってますよね」

渡航移植を試み、菊池被告とトラブルになった小沢克年さんです。

5年前に腎不全と診断された小沢さん。正規のあっせん団体に登録し、腎臓の移植を待ち続けてきました。しかし、移植を受けるには15年待ち。日本では希望者の2%しか移植を受けられないという現状があります(年間)。

小沢克年さん
「病院で言われたことばを信じると(余命は)あと1年半ないわけですから、僕には。だから間に合わないなと思って」

小沢さんは、仲間が募金活動で集めてくれた費用をもとに菊池被告のNPOなど複数の団体に海外移植の相談をしていました。そうした中、突然SNSでメッセージが送られてきました。

小沢克年さん
「大学の准教授というふうに書いてありますね」

送ってきたのは医師を名乗る男性。合法かつ安全に渡航移植ができるという勧誘でした。小沢さんは医師を信頼して、2,170万円を支払い渡航を決めました。向かったのは中央アジア。現地に着くとそこで待ち受けていたのは菊池被告だったのです。

NPO元スタッフの証言によれば、菊池被告は現役の医師を使った患者の勧誘も行っていたといいます。小沢さんは移植を待っている間、菊池被告から衝撃的なことを伝えられました。

小沢克年さん
「『(病院の)待合室に女性の方がいたでしょ、そのうち1人が小沢さんのドナーだよ』って言われて。え?と思って。なんで僕のドナーが生きて歩いているんだってことを聞いたんですよ」

持ちかけられたのは、生きている人から臓器の提供を受ける「生体移植」でした。生体移植で金銭を介した場合、多くの国が違法としている「臓器売買」にあたるおそれがあるのです。小沢さんは、菊池被告のことばに動揺しました。

小沢克年さん
「『海外で移植を受けるということは、こういう不測の事態にも対応できないと移植できないよ、小沢さん』みたいなことを笑いながら言ってるんですよ。もしかしたら違法なことなのに、それに手を染めるというか、加担するというか。全くクリーンな身で帰ることは諦めなきゃいけないのかなって」

小沢さんが中央アジアに渡航したとき、現地にはほかにも日本人の女性が移植を待っていました。50代のAさんです。NPOのスタッフの証言から、Aさんはさらなる違法行為に巻き込まれていたことが分かりました。

パスポートの「偽造」です。Aさんのドナーとなったのは、ウクライナ人女性。互いの名字を合わせて国籍も日本に変え、親族であるかのように偽装されていました。合法的に行うことができる「親族間の生体移植」に見せかけようとしていたといいます。

Aさん
「全然知りませんでした。病院に提出するためにパスポートが必要だからって。犯罪だと思いました」

Aさんのドナーとなったウクライナ人が“腎臓を売った”と語る音声も残されていました。

ドナー ウクライナ人女性の音声
「14,000ドル(200万円)で売りました。娘の学費を払うことができました。オデーサでアパートを借りたり、いろいろなものを買えました。娘はとても喜びましたが戦争が始まってしまって、砲撃がすごいです」

手術を受けることになった病院は、病室が即席で作られ、不衛生な環境だったといいます。Aさんは移植を受けたあと重篤な状態に陥り、帰国後、そのまま病院に運ばれました。

Aさん
「内臓を突き刺されているような痛さです。あと1時間(帰国便の)フライトが遅かったら死んでたって先生が言ってたから。もう、中で(腎臓が)溶けてたって言ってたから」

Aさんが手術について菊池被告に抗議すると。

Aさんと菊池被告の電話

Aさん
「菊池さんの責任ですよ」
菊池被告
「私の責任ではありませんよ。冗談じゃないですよ。われわれは医者じゃないんだからさ。いま真剣にこちらも先生たちと相談してアドバイスしているわけだから」

女性は、今も入退院を繰り返す生活が続いています。Aさんの状況を目の当たりにした小沢さん。ほかにも術後に命を落とした患者が相次いだことを受け、移植を断念しました。それでも、菊池被告からはほかの国での移植を何度も持ちかけられていました。

小沢さんと菊池被告の電話

菊池被告
「タジキスタンなりカザフスタンなり移動するのもいいんで。生体だけど、書類上は死体」
小沢克年さん
「はあ」
菊池被告
「小沢さんは、口が裂けても生きてる人からもらったってことは言ってほしくないんですよ。生きた人っていうのは厳禁というか、一切出さないということで進めてもらいたい」

移植を受けずに帰国した小沢さん。支払った費用の全額は今も戻ってきていません。さまざまなトラブルが発生していたにも関わらず、この件で菊池被告が罪に問われることはありませんでした。

海外渡航移植で何が?“臓器あっせん”の闇

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、臓器移植を巡る法制度に詳しい東京大学教授の米村滋人さんです。

取材から、菊池被告は「無許可あっせん」のほか「臓器売買」それから「親族以外からの生体移植」の疑惑が浮かび上がってきました。
そもそもこの団体、内閣府の認証を受けたNPO法人が摘発につながる危うい渡航移植をここまで続けてこられたのはどうしてでしょうか。

スタジオゲスト
米村 滋人さん (東京大学大学院教授・医師)
臓器移植をめぐる法制度に詳しい

米村さん:
やはり、日本の「臓器移植法」にかなりの不備があることがいえるかと思います。今回、立件の対象になったのは「脳死からの臓器移植のあっせん」というものだけでして、実際にはかなり大きな割合を占めているはずの「生体移植のあっせん」については「臓器移植法」で明確に禁止するという規定がないので立件の対象になっていないんです。

桑子:
そうした中で「無許可あっせん」、今回に関しては摘発ができたということですが、他にも「臓器売買」を摘発するのが難しいのはどうしてでしょうか。

米村さん:
臓器売買が違法だということであれば、そちらに加担したということで立件できる可能性もあったのですが、実際海外で行われている臓器売買に日本人が関わったとして、それが確実に犯罪になるということが現時点では言える状況ではないんです。

日本国内で行われたものであればはっきり処罰できるのですが、海外で行われたものが処罰できるかどうか、法律の問題としてあいまいなところがあります。

しかも、やはり海外で行われたものについては日本の捜査機関の権限が及びませんので、事実解明も難しく、なかなか立件に結び付けることができないという状況があります。

桑子:
そして、「親族以外からの生体移植」の取締りもなかなか難しいと。

米村さん:
これがかなり大きな問題で、もともと「臓器移植法」という日本の法律は、脳死の問題でかなり国民全体を二分する議論になったということがあってできた法律です。脳死死体からの移植についてだけ規定を持った法律になっていまして、生体移植は法律がないんです。親族から提供してもらわないといけないというルール自体が厚労省のガイドラインでだけ決まっておりまして、法的な義務になっていません。
そういったところがどうしても抜け穴になっていて、実際にそういった不正の温床になっているというところがあります。

桑子:
今回の事件で菊池被告は、警察の取り調べに対し「臓器あっせんは行っていない」と無罪を主張しています。また、代理人を務める弁護士は「臓器売買はしていない」としています。

ただ、日本には「臓器移植法」というものがある中で、なかなか法律の範囲内で取り締まることが難しいのはどうしてでしょうか。

米村さん:
今お話ししたように、もともと「臓器移植法」という法律が生体移植のルールを持っていないということがありまして、しかも海外の渡航移植というものについてのルールもないということが大きな問題としてあります。

桑子:
渡航移植のルール自体がないと。

米村さん:
はい。渡航移植については、2008年に「イスタンブール宣言」というのが出ておりまして。

イスタンブール宣言(2008年)
「移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすること」

渡航移植が、臓器売買とかいくつかの国際的な臓器移植にまつわる不正の温床になりやすいという背景があるもので、それは基本的に世界的にもなくしていこうと。それぞれの自国内で臓器移植を完結させるようにしようという方針が出されました。

それに対応する法改正が一応、2009年にされまして、日本でも法改正はしたのですが子どもの移植を拡大するということだけ、その時はやられまして。海外渡航移植に関わる不正をきちんと規制するようなルールは全く盛り込まれなかったということがあります。

桑子:
今あったように、渡航移植のルールがない中で不透明な渡航移植が広がっている疑惑が私たちの取材から浮かび上がってきました。

ある“医師”の存在とは

関係者の証言をもとに調べていくと、移植希望者とドナーの仲介に関わりがあると見られる団体が複数見つかりました。

団体のホームページには、海外への渡航移植を勧誘する文言が。中には、30年の活動実績をうたう団体もありました。

こうした団体と接点のあった男性に話を聞くことが出来ました。この男性は、菊池被告のほかにも少なくとも2つの団体が実際に海外での渡航移植を仲介していたと証言。いずれも、ある国の医師を頼っていたと語りました。

臓器移植の事情に詳しい人物
「そこは●●(医師名)ですよ、トルコですよ。イスタンブールが起点になっていますから。トルコにおそらくシンジケートのような組織があるわけですよ。その下にそれぞれコーディネーターが。●●さんだとか、菊池さんだとか、●●さんだとか、おるんですね」

トルコ人の医師について調べると、過去に違法に臓器を売買していた疑いで逮捕されていたことが分かりました。

日本から海外に渡航した当事者への取材から「現地の病院でこの医師に会った」という証言が複数得られました。この医師は、日本からの渡航移植にどのように関わっているのか。

訪ねたのは、トルコのイスタンブール。臓器売買の根絶や、自国での臓器移植の推進を目指す宣言が出された都市です。

医師の関係者とみられる自宅を訪ねました。

取材班
「出ないですね。しょうがない」

取材を進める中で医師のものとみられる電話番号を入手し、かけてみると…

取材班
「こんにちは、●●さんですか?」
医師
「そうです、どうぞ」
取材班
「あなたから(臓器移植について)いくつかコメントをいただきたい」
医師
「中央アジア、中東、バルカン半島で移植を推し進めています。とても深刻な外国人患者が来はじめました」

世界各地から移植の希望者がやってくると語った医師。私たちは、さらに詳しく話を聞きたいとインタビューを申し込みました。

1週間後。指定された場所に現れたのは50代後半の男性。

長年、総合病院に勤務し、現在は患者に医師を紹介する仕事を行っているといいます。医師は、日本からの移植希望者が自分たちのもとを訪ねて来ていると語りました。

トルコ人 医師
「菊池にこだわるのは私にとって重要ではありません。なぜなら菊池が去ってもほかの人が来るからです」

日本の移植希望者に臓器の売買をしているのか問うと…

トルコ人 医師
「それは違法なやり方です。われわれはできません。でも言えるのは、誰かが移植を求めてドナーにお金を渡したかもしれません。誰もタダで何かをあげたりはしません」

医師は、臓器売買に自身が関与していることは否定したものの、周囲では違法行為が行われている可能性があると指摘。その背後には、より“大きな組織”の存在があることをにおわせました。

トルコ人 医師
「この業界にはマフィアがいます。国の名前は明かせませんが、非合法的な臓器移植を行っている場所があります。私が話せば消されてしまいます。私は問題を解決できる方法を知っていますが、これ以上話すと身に危険が及びます」

現状を変えるには

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
世界に広がる深い闇が見えてきたわけですが、国は渡航移植をした患者の実態調査に乗り出しています。全国およそ300の医療機関などを対象に「渡航先」「仲介団体の有無」、それから「移植後の経過」などについて把握しようとしているということです。

こうした中、臓器移植しか助かる道がないと望みをかける人たちが安全に手術を受けられるようにするためにどういうことが必要なのか。

安全な臓器移植のためには
・団体の管理・監督
・国内の移植体制の充足

大きく2つ挙げていただきました。まず「団体の管理・監督」が必要だということですね。

米村さん:
そうですね。現状、一体誰がどういう形で移植に関わっているのか、あっせんしているのかという実態が全くつかめていません。
ですから生体移植を含めてどういう団体が、NPOのケースもあれば医療機関が自分でやっているケースもありますので、それぞれの団体がどういう移植に関わっているのかという実態を把握したうえで、行政的にきちんとした管理・監督をできる体制を作っていくということが大事だと思います。

桑子:
そして「国内の移植体制の充足」。

米村さん:
問題の背景として、日本で臓器移植ができないという状況があるのが根本の原因だと思いますので、そこの対応が必要だと思います。

桑子:
そうした中、ドナーが必要に対して不足しているということがあるわけですが、ドナーを一気に増やすのは難しい中で、韓国の例をご紹介したいと思います。

韓国は、かつて日本と同じようにドナー不足の問題を抱えていました。10年程前、脳死患者が発生したあとにあっせん機関への連絡を「義務化」する制度を導入しました。今では人口100万人当たりの臓器提供の数が、日本の10倍になっています。
日本は、医療者からの情報提供やあっせん機関への連絡というのが「任意」という状況です。

米村さん:
ここの問題は2つ程ありまして、まず日本では脳死移植ができる、臓器を提供することができる施設というのが限定されています。
これは、臓器移植をするためにはきちんとした「脳死判定」できる必要があるという前提がありまして、そういうための施設が指定されています。そこで脳死患者が出てこないと移植につながらない状況があるということがまず一つあります。

しかも、その指定を受けた医療機関でも十分な移植件数が確保できないという状況があります。これは、それぞれの医療機関の中で一体誰がその移植を実施するということを決められるのかということについて、きちんとしたルールがなく、結局個々の担当する医師に任せられている部分があるというのがかなり大きいのではないかといわれています。

桑子:
担当医が判断しないといけないと。

米村さん:
そうですね。そういった医療に関わるのは基本的に救命救急センターの医師であることが多く、ふだんから非常に多忙で社会的に難しい課題に1人で対応するということができないという状況があります。そういうことを解決していく。なるべく第三者の目を入れるとか、より公的な機関が判断に関わるようにする。そういう対応が今後求められるのではないかと思います。

桑子:
この問題、私たちが考えるべきことはどういうことでしょうか。

米村さん:
国民の皆さんが、臓器移植に関心を持っていただくということが何よりも大切だろうと思います。今は免許証の裏にも意思表示の記載欄がありますし、ネットで意思を登録することもできます。ぜひ、そういうところから皆さん、臓器移植はどうあるべきかということを考えていただけると、不正の温床になりやすい移植の規制にもつながるかなと思います。

桑子:
ありがとうございます。差し迫った状態にある人たちが、安全に命をつなぐためにどうすればいいのか。具体的な体制作りが急がれています。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2023年5月22日(月)

密着!G7サミット ヒロシマの思いは届いたのか

密着!G7サミット ヒロシマの思いは届いたのか

ヒロシマの思いは届いたのか―。5月19日から21日まで開催されたG7広島サミット。ロシアによるウクライナ侵攻後、核兵器使用の懸念が高まる中、被爆地・広島に初めて首脳たちが集いました。ただ、被爆者をはじめとする市民の間では、サミット開催がパフォーマンスに終わるのではないかとの不安も根強くありました。国際政治の舞台裏で世界の首脳にメッセージを伝えようと、自ら奔走する広島の市民たちに密着。サミットの意義を検証しました。

出演者

  • 藤原 帰一さん (東京大学名誉教授・ひろしまラウンドテーブル議長)
  • 桑子真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

密着G7サミットの舞台裏 “ヒロシマの思い”は

桑子 真帆キャスター:
広島、長崎への原爆投下によって、その年だけで20万を超える命が奪われた日本。被爆地・広島で開催されるサミットだけに何としても核廃絶への一歩としたい。そんな願いが広島市民の中には強くありました。

特に注目されたのが、首脳宣言とは別に核軍縮に焦点を当てた声明“広島ビジョン”です。岸田総理大臣は歴史的意義があると語りましたが、核兵器廃絶に取り組んできた人たちはどんな思いで受け止めたのでしょうか。

核廃絶に向けた市民たちの思い

サミット初日(5月19日)。G7の首脳たちは議論を始める前に、まず平和公園を訪れました。広島の人たちが特別な思いを寄せる場所です。

核兵器廃絶を目指し、活動を行うNGOの代表・渡部朋子さん。被爆者の両親のもとに生まれた被爆二世です。

NGO「ANT-Hiroshima」理事長 渡部朋子さん
「雨やんでよかったね。原爆ドームもまっすぐ見てもらえるしね、慰霊碑もね。この土の下には、亡くなった人もあそこにあった街も全部眠っている。お墓のようなところ。その上に立って、核兵器は使ってはいけない兵器だということはご自身の胸に刻まれていっていると期待したい」

世界で初めて原子爆弾が投下された広島。その年だけで14万人が亡くなったとされ、被爆者は生き延びてもなお、放射線被害や差別に苦しみました。

渡部さんが代表を務めるNGOでは30年以上に渡り、被爆者の声を国内外に伝える活動に取り組んでいます。

14歳で被爆 森下弘さん(92)
「真っ黒こげの子どもがミミズのように、泥にほこりにまみれて転がっていたのです。その後、私は子どもに恵まれました。その寝顔にふと、真っ黒こげの子どもの顔がオーバーラップするのです」

被爆地で開かれるサミットだからこそ、核廃絶に向けて具体的な道筋を示してほしい。渡部さんは半年前から議論を始めていました。

連携したのが、国際NGOなど72か国からおよそ700人が参加する市民グループ「C7=Civil7(市民)」。G7の議長国が市民の声を取り入れる仕組みとして公式に認める組織で、市民の立場からさまざまな政策提言を行っています。
今回「核兵器廃絶」に関するチームが初めて設けられ、議長国・日本政府に働きかけていくことになったのです。

C7参加メンバー
「きわめて重要なのは(核兵器の)リスク低減策を求めること」
C7参加メンバー
「米ロの核軍縮条約について明示すべきかもしれない。もう一度考えさせよう」

市民の声を届けることで、サミットの成果文書でこれまでよりも一歩踏み込んだ具体策を示してもらう。それが目標でした。

背景には、首脳たちが広島に集まるだけの“パフォーマンス”に終わってしまうことへの危機感がありました。

渡部朋子さん
「広島のメッセージを、きちんと市民が届けたいという思いが熱いです。(広島を)貸座敷にしていただきたくない」

胸の内にあったのは7年前の出来事。オバマ大統領(当時)がアメリカの現職大統領として初めて広島を訪問。核兵器廃絶へのきっかけになると期待が高まりました。
しかし、アメリカは核の近代化を進め、核軍縮を巡る議論は停滞し続けたのです。

その後、ウクライナ侵攻が始まるとロシアは核兵器による威嚇を繰り返します。核軍縮の方向性を議論する「NPT=核拡散防止条約」再検討会議でも、ロシアの反対で議論は決裂。

2023年2月には、米ロの間に唯一残されていた核軍縮条約「新START」の履行をロシアが停止。世界の核を巡る緊張感は急速に高まっています。

◆新START
2021年に延長合意した、米口間の新戦略兵器削減条約

核兵器がもたらす惨劇が、今忘れ去られているのではないか。渡部さんは歯がゆさを感じていました。

渡部朋子さん
「戦争って続いていくうちに少しずつ私たちの感覚がまひしていくと思っていて、それは怖いことだと思います。無念の思いで亡くなった人を忘れてはいけない。その人たちの願いを忘れてはいけない」

サミットを前に、渡部さんは被爆者の証言会を企画しました。招いたのは、世界各国のC7のメンバーです。

笹岡貞江さん(90)
「12歳の時に原爆にあいました。両親を原爆で失ったのです。夢や希望、未来と命、一緒に奪っていったのです。生きたくても生きられなかった。原子爆弾に殺されたのです」

被爆者の平均年齢が84歳を超える中、今回のサミットは被爆者の声を世界に広く届ける最後の機会になると感じていました。

渡部朋子さん
「笹岡さんが、だんだん叫ぶように話をされてましたね。それがとてもいまの被爆者の気持ちを表していると思ったのです。もう自分たちが生きている時間、少ないですよね。それなのに核兵器はなくならないですよね。心からの叫びだと思います」

4か月に渡る議論を重ねたC7。その成果をひとつの提言書にまとめました。「アメリカとロシアの核軍縮条約 新STARTに代わる新たな条約の交渉を支援すること」「2045年までに核兵器廃絶を実現するため速やかな交渉の計画を打ち出すこと」など、具体的な政策を示すことを求めました。提言は、岸田総理大臣に直接提出。前文には渡部さんたちが提案したヒロシマの思いも記されていました。


G7首脳は広島の地で 1945年に戦争時に初めて放たれた原子爆弾により 命を奪われた数十万の人々の遺骨の上を歩くことになります。広島を訪れるこの機会に 被爆者から直(じか)に話を聞き 核兵器の使用が人々や環境にもたらした被害を知ってください

C7提言・前文より

被爆地の声を届けようとする動きは若い世代にも広がっていました。曽祖父を原爆で亡くした岡島由奈さんです。

首脳たちに被爆者との面会などを求め、2万を超える署名を外務省に提出しました。核兵器をなくしたいと中学生のころから取り組んできましたが、ウクライナ侵攻後、冷ややかな目が向けられることが増えたといいます。

岡島由奈さん
「同世代の学校の友達とかは現実的に世界を見たときに、核兵器っているんじゃないと思った人もいると思いますし、正直話しにくくなったというのは自分も感じることが多くて」

それでもサミットに向けて取り組んでこられたのは、ある被爆者の存在があったからです。

ボランティア活動で知り合った、高見藤枝さん(95)。17歳の時に被爆し、左目と両足に大けがを負ったつらい経験を岡島さんに話してくれました。サミット開催前、岡島さんはコロナ禍で長らく会えずにいた高見さんのもとを訪ねました。

岡島由奈さん
「もしG7の首脳たちに会えるとしたら、高見さんだったら何を話したいですか?」
高見藤枝さん
「戦争しないでくださいということを言います。どこの国もみんなかわいい子どもをかかえて大事な親をかかえているのだから。ピカドン、私らが受けたときはピカドン。歩けんようになって、もうあんな目には誰もあってほしくない」

そして、サミット初日に首脳たちが原爆資料館を訪問。40分の滞在の中で、被爆者との面会も行われました。ただ、内容は非公開とされました。

岡島由奈さん
「いま戦争が実際に世界で起こってしまっているからこそ、すごく重みがある言葉だと思いますし、被爆者の方のお話を聞いたことをきっかけに、議論の方向性が変わっていってほしいなと思いながら」

その夜、岸田総理大臣はG7の声明として“広島ビジョン”を発表。

◆広島ビジョン
核兵器のない世界の実現に向けた決意を再確認

核兵器のない世界の実現に向けた決意を再確認するとしました。ウクライナ侵攻を続けるロシアによる核の威嚇を非難。中国の核戦力増強への懸念を示し、世界全体で核兵器を減らし続けなければならないとしました。
一方、G7も含む核保有国がどう核を減らしていくのか新たな具体策は示されませんでした。成果文書に、被爆者からは落胆の声があがりました。

5月21日 サーロー節子さん(91)
「広島まで来てこれだけしか書けないのかと思うと、胸が潰れるような思いがした。でも、このことをお祭り騒ぎだけで終えたくない」

C7のメンバーとして、一歩踏み込んだ具体策を求めていた渡部さん。

渡部朋子さん
「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン。核軍縮、どこにありますか。自分たちの姿勢を省みる姿、一文もない」

提言に盛り込んだヒロシマの思いは、反映されなかったと感じていました。

渡部朋子さん
「従来と何も変わらない。しかも広島でこれを言えば、広島がこれを許容したように思われる。市民の声がかき消されます。広島の名前を使ってほしくない」

被爆地開催の意義は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、国際政治が専門の藤原帰一さんです。藤原さんは核廃絶について各国の専門家と議論する会議の議長も務めています。
まず今回、核保有国、それから核の傘に依存する国のリーダーたちが広島を訪れ、原爆資料館を訪れた。この意義についてどう感じていますか。

スタジオゲスト
藤原 帰一さん (東京大学 名誉教授)
ひろしまラウンドテーブル議長

藤原さん:
G7サミットで、核兵器のない世界が議論される、核軍縮が議題になること自体が初めてのことですから、出発点としては意味があったと思います。
また、原爆投下によって第2次世界大戦が終わったんだ、原爆投下が必要だったんだ、そう考える人は核保有国の政府、国民の中にまだまだたくさんいらっしゃいますし、核兵器によって安全が保たれるんだ、核兵器は必要なんだと考える政府、国民世論、これは日本を含めてたくさんあります。

その中で、核兵器が使われた場合には実際どういう犠牲が生まれてしまうのかを確認すること、確かめること、これはとても重要なことで出発点としてあるべきことなのですが、その出発点としては各国首脳が原爆資料館を訪れ、そして献花を行い、さらにまた日韓首脳ご夫妻が韓国人被爆者の慰霊碑にもおいでになりました。これは、繰り返しですが核軍縮のための出発点としては意味があるものだと思います。

桑子:
広島サミットが閉幕した5月21日、岸田総理大臣は会見でこのように話しました。

岸田首相
「われわれ首脳は、2つの責任を負っています。ひとつは現下の厳しい安全保障環境のもと、国民の安全を守り抜くという厳然たる責任です。同時に、核兵器のない世界という理想を見失うことなく、それを追い求め続けるという崇高な責任です」

桑子:
岸田総理大臣の発言がありましたが、2つの責任がある。その責任を負っている各国の首脳たちが、原爆資料館を視察して芳名録に記帳をしました。例えばアメリカのバイデン大統領は「世界から核兵器を最終的に、そして永久になくせる日に向けて共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!」と記帳しました。

一方、そのあとに出された“広島ビジョン”の中身を見てみますと、特にこの「核抑止」に関して「核兵器は、それが存在する限りにおいて防衛目的のために役割を果たす」、つまり抑止力としての核兵器の存在を認めるような表現もあったわけです。

藤原さん、このメッセージと“広島ビジョン”、ギャップを感じますし、実際に広島の被爆者の方からもこの表記に関して憤りの声が上がっています。どう受け止めたらいいでしょうか。

藤原さん:
ロシアが核兵器の使用を脅していますから、核を使ってはならないという合意が確認されたのは大変結構なことです。中国が核兵器を増強してることも事実です。
ただ、核に頼ることによって安全が保たれているんだということを一方で訴えて「じゃあ、軍縮ってどこにあるんだろうか」。出てこないでしょう。核に頼る政策が取られていること、これは事実ですが、そこで核に頼らない安全保障をどう実現するか。それが出ていないのであれば、結果としては核のない世界という訴えを実現する方法は表現されていないということになってしまうわけです。

桑子:
今回、被爆地で開かれたサミットですが、核廃絶を掲げる議長国・日本の姿勢を海外のジャーナリストたちはどう見ていたのでしょうか。

世界のメディアは日本の姿勢をどう見た?

アメリカ 通信社
「核を保有する世界の首脳たちに変化を求めることは難しいことです。岸田首相が核廃絶をG7の主な議題にしたことは意義があったと思います」
スウェーデン 公共放送
「会議では『核抑止』について時間が割かれ、『核不拡散』について具体的なことが話されていません。サミットが広島で開催されたことは皮肉になるかもしれません」
フランス 新聞社
「岸田首相は(核廃絶を)したいと思いますが、今の国際情勢ではアメリカのこともあり、難しいでしょう。日本は同盟国に付き従うのではなく、架け橋となる役割を担ってほしいです」

被爆地開催のサミット 核なき世界へ日本は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
日本が掲げている理想には理解を示す一方、それを実現するための役割を果たせていないのではという声もありました。その象徴として藤原さんが挙げいるのが、こちら。

「核兵器禁止条約(2021年発効)」です。国際法上初めて核兵器を違法と位置づけて、開発・製造・保有・使用、すべて禁止するというものです。ここに日本は「不参加」。参加をしていないわけです。この不参加ということをどう私たちは受け止めたらいいでしょうか。

藤原さん:
核兵器を持っている国、また核の傘に頼っている国は核兵器禁止条約には加わっていません。
ただ、それだけでは何も展望がないわけです。NPT条約の核保有国の核削減という義務を履行していないじゃないかという反発からこの条約は作られているわけですが、このギャップをどう埋めていくのか、このギャップを埋めるためには核に頼らない選択に核保有国、それから核の傘のもとにある国が動いていくことが必要です。

核抑止は今現実としてあるわけですが、それを変えていくための選択として、少なくとも「オブザーバー」として参加することができる。核の傘のもとにある国でもドイツ、オーストラリアなどオブザーバーとして参加している国もあります。それにさえ入っていないというのは、核軍縮のステップについて議論していることにはならないんです。これは私は批判的です。

その中で、ウクライナへの侵攻、ロシアに対する軍事行動を強化せざるをえないのですが、それだけが進んでいくと今度は逆に戦争のエスカレーションにつながってしまう可能性がある。その難しい中での選択なんですね。

桑子:
その中で今、日本はG7の議長国であります。1年間続いていくわけですよね、今後国際社会の中でどういうふうにしていくべきだと思いますか。

藤原さん:
核抑止に頼るという状況を変えることなく、核の廃絶を訴えるということでは軍縮は進みません。その中で、少なくともアメリカとロシアのSTARTの新たな条約交渉に向けた努力は当然必要になりますし、また現在の西側の核保有国が核を削減していく、緊張を緩和するという努力は戦争のエスカレーションを防ぐためにも、ウクライナの戦争があるからこそ枠組みとして必要だろうと思います。そのような選択は今回は示されていなかったというのが私の認識でございます。

桑子:
ここを出発点に、まだまだできることがあると。

藤原さん:
まだ出発点ですから、その次をしようということですね。

桑子:
ありがとうございます。今回G7サミットに合わせて広島には海外から多くの若者たちも集まりました。そこで彼らが感じたこととは。

世界の若者たちは広島で何を感じたか

世界19か国の若者が集まった「ユースサミット」。

「核の廃絶なんて無理だという現実主義な意見もあるけど、これについてはどう思う?」
ドイツから参加
「ドイツでは安全保障を理由に核兵器は必要だと言われています」
イギリスから参加
「中国とアメリカの問題を話すとき、軍備縮小が議題にのぼることはありません」

曽祖父2人が被爆した広島出身の学生が問いかけました。

高垣慶太さん
「政治家と市民に問いたいことがあります。広島の被害の実態や被爆者の体験談も知った上で、核兵器が安全を保障してくれると思いますか?」

被爆地・広島からのメッセージに向き合った3日間。世界の若者たちは何を受け止めたのか。

アメリカから参加
「私たちは原爆が戦争を終わらせたと教わります。広島に来て、原爆投下が英雄的な行為ではないと理解して、それが頭から離れなかった」
イギリスから参加
「一番の学びは、ここで人道的な視点を得ることができたことです。きのこ雲の下で何が起きたのか、自分ごととして考えられるようになりました」
高垣慶太さん
「相手の考えだったり、価値観だったり、歴史であったり、受け止めていくことが大切だと感じた。対話をすることをやめない」
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