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 子どもの自殺について、私は1998年ごろから取材をしてきました。偶然ですが、この年から日本の年間自殺者が3万人を超えていました。この当時の自殺者数増加の原因は、バブル経済崩壊による不景気で中高年の自殺者が増えたためです。当時の10代後半の自殺死亡率(10万人あたりの自殺者数)は、1990年に比べてほぼ倍になっていました。子どもの自殺の背景としては、虐待などの家族問題、いじめや友人関係の学校問題を抱えている場合が多く指摘されていました。

 一方、「先生との関係」を背景とした自殺もありますが、当初は特に生徒指導が背景にある自殺(指導死)の関係者に出会うことがありませんでした。私の取材メモの中で、「指導死」という言葉がある最も古い時期は10年ほど前です。少なくともそれ以前に耳にしていたことになります。

 2012年12月23日、大阪市立桜宮高校(当時)のバスケットボール部キャプテン(当時17歳)が自殺しました。このとき、暴言のほかに体罰も背景にあったため、「体罰自殺」という言葉が言われました。同時に「指導死」という言葉も使われたのを覚えています。当時の顧問は大阪地裁で懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されました。また、民事訴訟でも賠償命令が出され、その判決の中で「指導死」という言葉も使われました。

 自殺から約5年後の17年10月。「きょうだいらが語る『指導死』」というシンポジウム(主催:指導死親の会)が開かれ、亡くなったキャプテンの2学年上の先輩・谷豪紀さんが話をしました。キャプテンは恒常的に体罰を受け、暴言を言われていました。何かあると連帯責任となり、全員が丸刈りとされたこともあったようです。

 谷さん自身、部活動内での体罰や暴言は当たり前という環境は「衝撃」でしたが、「慣れていくし、それが当たり前になる」とも語っていました。男子マネージャーが出て行けと言われたり、30発殴られたりするのを目撃していたというのです。

 キャプテンが自殺する4日前、指導方法への疑問と私見を記した文書を作成し、顧問に提出しようとしましたが、他の部員に引き止められたというエピソードも明かしました。

 「つらかったのは殴られるよりも連帯責任。多感な子には耐えられません。あの環境だと奴隷に近いのです。誰にも相談することができません。僕はあらゆるものを捨てて逃げ出そうと家出をしたことがあります。しかし、彼(キャプテン)は土地ではなく、今の環境から逃げる選択をしたと思います」

 文部科学省の調査では、この事件をきっかけに体罰は減少傾向になっています。一方、有形力の行使がない「不適切な指導」が増え、その結果、懲戒処分を受ける教職員が増加しています。対策が求められています。

 

【プロフィール】

渋井哲也(しぶい・てつや) フリーライター・ノンフィクション作家。栃木県生まれ。東洋大学大学院教育学専攻博士前期課程修了。教育学修士。NPO法人東京メンタルヘルス・スクエア理事。日本自殺予防学会メディア表現支援委員会委員。長野県の地方紙記者を経てフリーに。子ども・若者の生きづらさや自殺をテーマに取材を続ける。主な著書に『ルポ 自殺』(河出書房新社)、『学校が子どもを殺すとき』(論創社)、『ルポ 平成ネット犯罪』(筑摩書房)、『ルポ 座間9人殺害事件 被害者はなぜ引き寄せられたのか』(光文社)など。

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