1972年に刊行された『恍惚(こうこつ)の人』(有吉佐和子著/新潮社)はその年の年間1位、194万部の大ベストセラーとなり、「恍惚」という言葉は認知症の意味を帯びるに至った。刊行から50年を経た今、日本人の平均寿命は約11歳延び、認知症や介護という本書のテーマはますます重要性を増している。

ベストセラーにしてロングセラーの古典

 それまで頑固一徹だった舅(しゅうと)が足早に雪道を歩いてくる。すれ違っても気付かなげな様子に異変を感じ取った息子の嫁が声をかける。「お爺(じい)ちゃん、お爺ちゃん」。認知症になった高齢の男性に振り回される家族の物語、『 恍惚の人 』(有吉佐和子著/新潮社)が世に出たのは半世紀前の1972年(昭和47年)。82年(昭和57年)に文庫化された後も読み継がれ、2023年3月には72刷を数えた。

 読まれない古典は多いが、本書はベストセラーでありロングセラーである。心を奪われうっとりするさまを意味する「恍惚」という言葉は、本書の登場によって認知症の意味を帯びるようになった。環境問題を描いた古典『 複合汚染 』(新潮社)と並んで、本書は社会派作家としての有吉佐和子の名を不朽のものにした。

 テーマは重い。だが感性の細やかな作家の手にかかると、バルザックの言う「人間喜劇」の要素を帯びるから不思議である。認知症を患う茂造と、長いこと遠隔の地にあった娘の京子の会話はこんな具合だ。

京子「お父さん、私が誰だか分からないの。本当に分からないんですか。私はねえ、あなたの娘ですよ」
茂造「おかしな人ですねえ、あなたは」「私の娘は、あなたのような年寄りじゃありませんよ」

 この会話に吹き出して笑ったのは茂造の孫だった。だが他の誰も笑うどころではない。認知症の高齢者が身近になった今となっては、多くの方にとってわが身に染みるやり取りだろう。その日常を半世紀前に活写したからこそ、本書は読み継がれるのだ。

『恍惚の人』(有吉佐和子著/新潮文庫)。深刻なテーマにもかかわらず、ユーモアにあふれた筆致(写真:スタジオキャスパー)
『恍惚の人』(有吉佐和子著/新潮文庫)。深刻なテーマにもかかわらず、ユーモアにあふれた筆致(写真:スタジオキャスパー)
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 「人生五十年という時代には起こらなかった悲劇かもしれないな。これは、食生活の向上で平均寿命が延びたときいていたが、実態がこれだということに気がついているのかな、世の中は」

11歳延びた平均寿命

 茂造の息子、信利がそんな感想を漏らした1972年、日本人の平均寿命は男性が70.50歳、女性が75.94歳だった。それが50年後の2022年には、男性が81.05歳、女性が87.09歳まで、ともに11歳前後延びている。

 75歳からの平均余命は男性が12.04歳、女性は15.67歳となっている。あるいは90歳を迎える人の割合を見たらよいだろうか。1980年には男性の9.4%、女性の21.2%だった。それが2022年には男性の25.5%、女性の49.8%にのぼっているのである。

 男性の4人に1人、女性の2人に1人が90歳まで生きる。そんな時代を迎えているからこそ、『恍惚の人』は新しさを迎えているのである。老いらくの恋の問題もそうである。

 「墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし」。歌人の川田順は弟子と恋愛に陥り、家出する際に、こう詠んだ。1948年(昭和23年)のことだが、川田はそのとき68歳だった。茂造に老いらくの恋心を抱くのは、夫を亡くした隣家の夫人である。

 「女は何歳まで色気があるものかと大岡越前守が母親に訊いたという話があるけれども、七十過ぎた寡婦(かふ)が、八十過ぎた耄碌(もうろく)の男に、その配偶者の死をまるで待っていたようにして近づくなどということがあっていいものだろうか」

 息子、信利の妻、昭子は何とも言えない気持ちを抱く。「目の前の老婆の若やいだ躰(からだ)つきや、華やいだ声を聞いていると、齢をとってからはどうなるか予想が立てられない」。昭子の感想は作者である有吉の感性でもあろう。有吉は「悪魔の陥穽(かんせい)」と呼ぶが、半世紀前に比べてさらに寿命が延びた今となっては、誰でもが経験するかもしれない道でもある。

 もちろん、大きく変わった点もある。この作品と現在のほぼ中間に当たる2000年に始まった介護保険制度である。『恍惚の人』では下の世話も含めて茂造の介護は、もっぱら息子の妻、昭子の仕事だった。だが、介護を必要とする高齢者が増える一方で、核家族化が進行し、介護による離職は社会問題となった。

『恍惚の人』刊行から半世紀。私たちは「その先の世界」を生きている(写真:pikselstock/stock.adobe.com)
『恍惚の人』刊行から半世紀。私たちは「その先の世界」を生きている(写真:pikselstock/stock.adobe.com)
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 そこで家族の介護負担を軽減し、介護を社会全体で支えるために介護保険制度が発足した。厚生労働省によれば、約606万人が利用している。この制度がなければ、介護離職によって職場は回らなかったろうし、介護負担に耐えかねた家庭崩壊が続出していた恐れもある。

 『恍惚の人』は深刻な姿を描いたが、それでも茂造は認知症の発症後、1年くらいで他界している。それが数年にわたって続いたら、家庭崩壊に見舞われていた可能性は高いはずだ。その場合には『恍惚の人』は別の物語になっていたことだろう。だから有吉は筆を止めた。

 半世紀前よりさらに高齢者医療が進歩した現在、私たちが生きているのは「その先」の世界なのだ。介護保険制度は高齢化の問題に介護の社会化という回答を用意したが、そのコストは膨大な財政負担となって私たちの肩にのしかかってくる。

誰も他人事ではいられない

 作品発表から半世紀。希望の光が見えてきたとすれば、認知症のなかでもアルツハイマー病の治療薬開発が進み出したことだろう。エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病新薬の「レカネマブ」は今年8月に薬事承認された。原因タンパク質を除去する初の薬であり、アルツハイマー病との闘いは新たな段階を迎えた。

 これはアルツハイマー症の初期の段階の薬であり、症状が進んでからでは効果がない。その前にどう見当をつけるか。米ジョンズ・ホプキンス大学の森進教授は、脳ドックの画像データのビッグデータを基に、未病の段階から脳の萎縮をAI(人工知能)解析する「脳健康測定プログラム」を開発した(『 認知症を止める 「脳ドック」を活かした対策 』朝田隆、森進著/三笠書房)。

 『恍惚の人』はますます重要性を帯びたテーマになりつつある。それは科学や医療、行政や政治、そして私たち一人ひとりが我が事として捉えるべき課題なのである。