350勝右腕「ガソリンタンク」の誇り 西宮球場に放った満塁アーチ

350勝目を挙げ、西本幸雄監督(故人)と握手する米田哲也さん(右)=1977年10月7日撮影 拡大
350勝目を挙げ、西本幸雄監督(故人)と握手する米田哲也さん(右)=1977年10月7日撮影

 西宮球場は、実際にプレーしていた選手たちにどんな記憶を残したのか。ダミ声のヤジが球場名物だった私設応援団の元団長、今坂喜好さん(75)に阪急ブレーブス(現オリックス)黄金時代の球場の雰囲気を教えてもらった私は、往年の名選手の話も聞きたくなった。黄金時代、いや、それ以前も知るのは誰だろう。タフネスぶりから「ガソリンタンク」の異名をとった350勝右腕が思い浮かび、さっそく連絡を取ってみた。

「立派な球場」にも石ころ

米田哲也さん=2021年6月9日午後3時38分、平本泰章撮影 拡大
米田哲也さん=2021年6月9日午後3時38分、平本泰章撮影

 待ち合わせ場所に指定されたのは、兵庫県芦屋市内のホテル。約束の15分前にロビーに到着すると、「名球会」の帽子をかぶった米田哲也さんが既に座っていた。現在83歳。現役時代の写真と比べるとずいぶん細くなった印象だが、広い肩幅が野球選手であったことを物語っていた。カフェに移動して話を始めると、米田さんは言った。「球場を気にして投げるタイプじゃなかったから、あんまり覚えてることないで」

 鳥取県大篠津村(現米子市)出身。ドラフト制度導入前の1956年に、境高から入団した。当時の阪急は低迷続きで「灰色の球団」とやゆされていたが、1年目から51試合に登板して9勝をマークすると、2年目に21勝を挙げて飛躍。エースとしてフル回転し、67年の初優勝から72年まで5度のリーグ制覇に大きく貢献した。通算350勝は400勝の故・金田正一さんに次いで歴代2位。通算949試合登板は2017年に岩瀬仁紀(元中日)が塗り替えるまでプロ野球記録だった。

 西宮球場を初めて訪れたのは、阪急入団が決まった後。周辺には、まだ田園風景が広がっていたという。そこに、日本で初めて上層スタンドを備えた巨大な球場がそびえ立っていた。「田舎の小さい球場しか知らんかったから、『えらい立派やな』と思った。でも、実際にグラウンドに立つと石ころがいっぱい落ちててな。みんなでよく拾ったもんや。イレギュラーが怖くて外野手が後ろに守るから、普通のセンター前ヒットがツーベースになる。そんなん考えられる?」。若き日の記憶がよみがえったのか、米田さんの表情が一気に緩んだ。

「最初」の記憶はまさかの……

 終盤は阪神、近鉄を渡り歩き、22年に及んだ現役生活。最も数多く投げたであろう西宮球場で、最も印象に残った場面は何だったのか。私が切り出すと、米田さんは「最初と最後や」と言い切った。

現役時代の米田哲也さん=1971年10月2日撮影 拡大
現役時代の米田哲也さん=1971年10月2日撮影

 「最初」とは、プロ2度目の登板となった1956年4月11日の高橋ユニオンズ戦で、3失点完投でつかんだプロ初勝利のことだ。ただ、記憶に残っているのは投球内容ではなかった。「満塁ホームランを打ったんや。プロ4打席目やで」。当時の毎日新聞には、「米田満塁ホーマー」の見出しが躍った。大投手から聞く最初の思い出がまさか打撃の話とは思わなかったが、「130メートルは飛んだはずや。『プロでは打者でやってくれ』って言われるくらいバッティングも得意だったんや」。65年前に放った18歳1カ月での満塁本塁打は、現在もプロ野球の最年少記録。誇らしい気持ちが薄れていないのだろう。米田さんの口調に熱がこもってきた。

痛みを押して手にした最後の勝利

 「最後」は、近鉄に移籍して迎えた77年10月7日、かつてのホームグラウンドで古巣・阪急から挙げた350勝目のことだ。実は痛風で右足が腫れ、10日ほどまったく体を動かしていなかった。「でも、監督やコーチに『ヨネ出てこいや、最後やから』って言われてな。痛み止め打って投げたよ」。味方が5点リードして迎えた四回に3番手で登板し、2回を1失点。その後、3投手が1回3分の1ずつの継投でリードを守り抜き、この試合で最も長く投げた米田さんが勝利投手になった。「試合中、マネジャーに記録室に行ってもらって『間違いないか? 勝利投手になるか?』って何回も確認したなあ。もともと病気になったら野球をやめようと思ってたし、350で区切りもよかった」。この勝利を花道に、現役生活にピリオドを打った。

 現在も兵庫県内に暮らし、西宮球場跡地にある大型商業施設によく買い物に行くが、現役時代を思い出すことはなくなったという。「少しさびしくないですか」と言おうとした私を、米田さんは明るい声で制した。「だって、街を見渡しても当時を思い起こさせるものが何もないんだから。あそこに球場があったなんてもう誰も知らんかもしれんけど、これも時代の流れ。仕方ないで」【平本泰章】

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