早朝の四時半頃、神奈川在住の女性Ｎ様から「おはようございます。体調はいかがでしょうか？お見舞いにお伺いしたいと思ってるのですが、必要なものはありますか？朝早くにごめんなさい。今しか行ける時間がないので、これから伺います」とご連絡をいただいた。漢方薬局で働くＮ様は、たくさんのお薬と、おにぎりと、薔薇を持って来てくれた。固形を食べるのは久しぶりだった。おにぎりがこんなに美味しいとは、知らなかった。

粉薬をそのまま飲もうとした私を「バカ！」と叱り、粉薬は口に水を含んでから飲みなさいと教えられた。起き上がることができない私に「熱はありますか？」と言って、額に手を当ててくれた。その手が、冷たかった。風邪を引いてなくても、寒い日の朝に布団を出るのは勇気がいる。それなのに、Ｎ様は夜明け前から布団を飛び出し、自分以外の誰かのために体を冷たくしながらも動いたんだなと思ったら、感動した。体調が悪い時は、元気になるものや、笑えるものだけではなく、美しいものを見たいと思う。その願いが、叶った。

家の玄関のガラスが割れて、身動きもできずにどうしようかと思っていたら、吉本ばななさんから「ガラス代をカンパします」とご連絡をいただいた。恩着せがましい感じは一切なく、過度に心配をする感じでもなく、春風のようにさらっと、東京の下町に残る粋を感じさせる軽やかさで、ご連絡をくれた。体調が悪い時は、メールの返信をするだけでもエネルギーを使う。そこに対するナチュラルな気遣い、いまだけではなくて、生きている間中、ずっと、吉本ばななさんは、周囲の人たちにさりげなく優しかったのだろうなと思った。

ばななさんが私を発見してくれたのは、数年前、イタリアに暮らす壇珠さんと往復書簡をしていた記事を、ばななさんが読み返してくれていたからだった。ガラスの御礼を伝えると、ばななさんから「私も突発性難聴で突然時間ができて、書簡から全部読み返せて良かったです！おかげさまでふんどしの紐を締め直せました」とお返事をいただいた。ばななさんが突発性難聴を患っていたことを知らなかった。私は、自分のことばかりになっていた自分を恥じた。苦境に置かれると、どうしても「自分だけ」と考えてしまう。だけど、自分が大変な時も、人のために何かをする人がいる。

自分だけと思うと苦しくなる。自分だけではないのだと思えた時、目には見えない連帯を感じる。一人、何もすることができないまま横になっている時間は、孤独でもあり、自分を惨めに思う瞬間もあった。誰かと過ごす人は幸せで、一人で過ごす人は幸せではないような、思い込みに襲われた瞬間もあった。いろいろな夢を見た。小学校時代の友達が、何人も夢に出て来た。目が覚めた後、夢に出て来た友達は、母親がいなかったり、父親がいなかったりすることに、気付いた。さみしくなるのは、幸せだったからだと思った。さみしくなるのは、温もりを知っているからだ。ばななさんからいただいたメールの最後に「ありがとう、ありがとう、すばらしい考えを」と書かれてあった。私たち一人一人は、夜空に浮かぶ星のようなもので、それ単体では、輝くことはできないのだと思う。輝いているものは、太陽だけ。太陽の光を反射させている時に、私たちも輝くことができるのだと思う。光に背を向けている間は、自分と似た形の影を、いつまでも見つめることになる。影ではなくて、光に目を向けた時に、私たちは、闇に輝くのだと思う。すばらしさを教えてくれたのは、いつも、私の外側にあるものたちだった。