顕示欲が強めの絵描きの話
自己顕示欲つよつよな絵描きが回想するだけのnoteです。
殆どの創作活動というのは、本来誰にも見られないまま完結するものだと思っています。
自分の好きな容姿の人間を考えてみたり、好きなマンガのキャラクターをノートの端に描きこんでみたり、そんな経験を持つ方も多いはず。
でも最近は小学生ですらスマホを持つ時代。中高生ともなれば自分の作ったキャラクターを、大好きな作品の二次創作を、簡単に世界中に発信できるようになりました。
かくいう私も中学3年生の頃からTwitterで絵を載せ始め。受験勉強真っ只中、スケッチブックに鉛筆とクーピーで描いた拙いファンアートは今でも自室の棚に残っています。
SNSは恐ろしい。共通の話題を持つ何百人、何千人、多ければ何十万人という人間と繋がることができて、共感が数値化されて、いい意味でも悪い意味でもどんどんのめり込むことが出来てしまいます。共感されることはとても嬉しいことであり、当時(今もですが)教室で人気を集める存在では無かった私にとって、たとえ少数でも褒めてくれる人がいる場所は居心地のいいものでした。
しかし去年の今頃、いつも通りファンアートをTwitterにアップして布団に入ろうとしたとき、
「明日起きたら何いいねついているだろうか、コメントは貰えているだろうか!」
と、いつの間にかファンアートで誰かを応援することではなく、絵を描くことを楽しむわけでもなく、自分が認めてもらうことが1番のモチベーションになっていることに気が付きました。
1度気が付くとそれはずっと頭にちらつき続け、それまでよりイラストを上げることを躊躇うようになり、数ヶ月後にそのアカウントを消しました。そして、応援していた界隈からも少しだけ距離を取るようになりました。
SNSで絵を載せることは、他の人が思うよりドロドロとした感情が付きまとうもののような気がします。
反応が貰えないことに悩んで、メンヘラみたいなツイートをして、しばらくしたら反省して反省お気持ちツイートを流して、そして何ヶ月か経つとその事を思い出してのたうち回る。
辛くて痛いですが、これもいい経験になったと思います。
同世代(と思われる)絵垢を眺めていると、なんとなくその人それぞれの推し方のスタンスが分かってきてとてもおもしろい。普段のツイートを眺めて、この人の考え方は大人だなぁ、とかその悩み凄くわかるなぁ、とか色々なことを考えるきっかけにもなっています。
最近はまた別の界隈でファンアートを描いていますが、以前と比べてなんとなく心構えが変わりました。
もちろん共感してもらうのは嬉しいこと。でも、たとえ思ったように反応が貰えなくても、私が楽しく描けたのならそれはサイコーのイラストなのだ。
そしてコンテンツを提供してくださった方に私はこんな絵を描くほどあなたのコンテンツで楽しませてもらっているんだと伝えたい!
そんな気持ちで、底辺ながらも楽しい絵描きライフを過ごしています。
もっと大人になったら、今よりもしっかりした考えを持ってSNSと向き合えるようになるのかもしれません。精進したいですね.…。


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