いまつがいになれるならそれでもいい――……おたがいの親から結婚の許しも得られて、ふたりでそんな向こう見ずな衝動を燻らせながら夏休み後半を過ごしたけれど、結局俺に発情期の症状が現れることはなかったし、朱理も不躾に俺を噛んだりしないまま夏休みは終わってしまった。

 朱理は両家の両親と共に学校へ相談に行き、二学期から保健室で勉強をすることも決定した。

 あの日、朱理と長時間一緒にいられない俺だけがしかたなく自宅待機して、夜になってからまたビデオ通話で朱理と、朱理のご両親と、うちの両親とで顔をあわせて報告を受けた。

 ――……紺君、担任の和田先生には注意しなね。

 朱理のお母さんが、ちょっと煙たげな表情で遠慮がちに忠告をしてくれた姿が脳裏を過る。

 ――え、どうしてですか……?

 ――ふたりの事情は酌んでくれたのよ。それに学校にもお世話になっているから陰口は言いたくないんだけど……あの先生はαとΩをあまり好きではないようだから。

 言葉を選んで濁しながら、でも的確に思いを伝えてくれる。

 朱理のお母さんの言葉に反応して、うちの母さんも『ほんとそう、気をつけなさい紺』と息巻いていた。

 朱理が俺の両親と話してくれたあと、俺と両親もビデオ通話で朱理のご両親と話す機会をいただいて、両家の挨拶まで済ませていた。

 朱理のご両親はいかにもαといった風貌と威厳で圧倒されはしたものの、朱理が教えてくれていたとおり、俺たちを見下したりバース性差別を覗かせたりはしなかった。

 やっぱり年代やバース性に限らずさまざまな事情を抱えたお客さまの生活を守るためにストームiグループを支えている人たちらしく、すべてにおいて公平で平等で、言動にも常に慈しみをにじませている。

 そういう慈愛に満ちた穏やかで聡明な人に、苦い表情で〝注意して〟と言わせた担任……。

 朱理とも『とりあえず自分たちに被害がない限り、いままでどおり教師と生徒として当たり障りない距離感で接していこう』と話して決めた。

 九月に入ったのにまだ太陽は鋭くて、風はぬるい。

 いろんな不安も恐怖も、期待も楽しみもあるけれど、夏休みを越えてすこし成長した自分の胸に全部をしっかり抱えたまま、二学期が始まる。

「――紺」

 今朝も朱理が先に俺を見つけてくれて、おにぎり屋さんの横で右手を頭上にあげ、大きく左右にふりながら満面の笑顔で迎えてくれる。

「朱理」

 まだ改札も通っていないのに、と笑ってしまいつつ人混みをよけて、俺も朱理のところへ急ぐ。

「おはよう朱理」

「おはよう、紺」

 正面に立っておたがいの顔を見つめあい、無言で確認する。……うん、今日もまだ平気そう。

 朱理の表情は爽やかで、本能に耐えているようすはない。

「俺の匂い、どう?」

「〝朱理に会えて嬉しいっ〟ってはしゃいでくれてるのはわかる。でも狂うほどではないよ」

「ふふ、そっか。なら苦しくなる前に朝ご飯食べちゃおう」

「だね」

 ふたりでおにぎり屋さんに寄って好きな具のおにぎりをふたつずつ買い求め、学校へ向かう。

 他愛ない会話をして隣を歩いているだけで、朱理も夏休み前とは違う悠然とした空気をまとっているのを感じた。おたがいの心を披瀝して、迷ったり泣いたり、身体ごと愛でたりしながら想いを交わしてきた夏休みの日々が、自分たちを強靱にさせる糧になっていたのだと知る。

 いつもとおなじ通学路を歩いていても景色が違って見えた。

 太陽が近くて眩しくて、身体が軽やかな感じがする。なんだろう、これ。

 大人になってから母校訪問しているみたいな、長い年月と経験を積み重ねて戻ってきたような、不思議な充足感と余裕が自分のなかに満ちている。

「紺、ちょっと格好よくなったよね」

 朱理が歩きながら俺を覗きこんで愛おしげに微笑む。

「それ、俺も朱理に感じてたよ」

 おなじことを考えていたんだなあ、って嬉しくて俺も笑ってしまう。

「本当に? 俺も格好よくなった?」

 朱理はふざけた調子で楽しげに訊ね返してくるけど、確認されると休み前より髪も伸びて身長も高くなり、体格も逞しくなって……毎日ビデオ通話していたのに別人に見えてくる。

「うん……格好いい、すごく。まだ身長が伸びてるのも狡いな」

「ははっ」と嬉しそうにてらいなく笑った朱理が、俺の右手を握りしめてきた。その掌も大きくなった気がするのは錯覚なのか、現実なのか……。

「紺も格好いいしおまけに艶っぽいよ。色気まで増してくらくらする」

 艶? 色気、か……。

「朱理の目にだけそう見えてるんじゃないかな」

 運命の相手の朱理だけに、補正フィルターがかかっているんだろう。

「えー……だとしたら安心だけどね。変な敵が増えなくていいよ。心おきなく紺を独占できる」

「うん、俺も朱理に独占されていたいからいい」

 俺たちの繁殖本能の起源はイヌ科の動物と関係が深いんじゃないかと言われているけれど、朱理が俺を支配したがったり、俺が朱理に服従したくなったりするのもαとΩだからなのかもしれない。最近この感覚が濃くなる瞬間があるから、発情期も近いに違いないと危ぶんでいる。実際のところどうなんだろう。

 ふたりで朝からにやにやいちゃついて正門をくぐり、暑いから園芸部の部室へ移動してカメたちに挨拶をしたあと朝食にする。

 もうひとつ面白かったのは、ビデオ通話でしゃべっていた事柄も、ふたりできちんと会っているともう一度なぞりたくなることだった。

「朱理、ご両親と挨拶させてくれてありがとうね。うちの親と学校に来て、二学期からの生活方法を和田先生たちと相談してくれたのもありがとう。きっと緊張したよね」

 朱理も鮭といくらのおにぎりを頬張りながら薄茶色の瞳をにじませて〝確認の会話だね〟みたいに微笑みつつうなずく。

「こちらこそだよ。親同士の顔あわせもできてよかったと思う。結婚まで考えてるαとΩなのに、親に隠してこそこそつきあうのも危険だしね」

「うん、俺もよかったって思う。だけど学校にみんなで来てくれたときは、俺にも責任のある大事な話しあいだったから同席できなくて歯痒かったよ、ごめんね」

「大丈夫。悪いことして謝りに行ったわけでもないし、さほど緊張もしなかったよ。もちろん紺がいてくれたらどんなときだって心強いけど」

 俺もお茶を飲んでおにぎりを囓りながら朱理の笑顔を見つめ、心が蕩けるのを感じた。

 フォローまで欠かさずにしてくれる朱理の愛情深さは以前から変わらないはずなのに、大人びた包容力がこれまでより熱く胸に響いてくるのはなんでかな。

「……本当にありがとう」

「紺も発情期を予感したらすぐに俺と交代で保健室に行くんだよ、身の安全のために」

「ン、わかってる。なんかおかしいかもって思ったら朱理のとこに走るよ」

「うん」

 キスしたい。

 牛肉おにぎりを咀嚼しているっていうのに唐突に朱理が欲しくなって、肌で朱理を感じたくなって腹の奥が疼いた。

「紺……」

 朱理の頬がすこし赤らんでいる。

「……もうしばらく一緒にいたかったんだけど、そろそろ無理かもしれない。紺、今日すごいね、しゃべりながら昂ぶっていく勢いがいつもより激しいかも……ふは、」

 た、昂ぶっ、……。

「ご、ごめん。自分でも今日はだいぶ浮かれてるの自覚してる……朱理、平気?」

 食べかけのおにぎりを右手に持ったまま、朱理が苦笑いして背中をまげ、身を抱える。

「朱理の症状が悪化するとよくないから、俺教室に行くよ。また始業式が終わったら連絡する」

「オッケ。俺も紺と一緒に帰れるように回復しとく」

「ン……」

 顔をしかめつつも明るい口調でこたえて笑ってくれる朱理を抱きしめたい。キスができなくてもせめて、蹲ってまるまったこの背中を撫でて慰めたい。でも自分が触るのがいちばんよくないっていうのはわかっている。

 急いで食べかけのおにぎりを口内に押しこみ、もうひとつのおにぎりとお茶をリュックに放って朱理から離れた。

 部室のドア前で立ち止まってふりむき、俺に向けて手を振ってくれる朱理を見つめる。

「ごめんね、行くね」

「うん……紺、好きだよ」

「俺も好き、朱理」

 つがいになればすぐにでも抱きあって、朱理の欲望を発散させてあげることもできるのに――と悔やみながら急いで廊下にでて部室から遠離った。

 自分のフェロモンが朱理を翻弄して苦しめる。だけどいまの自分には助ける術もない。ただ距離をおいて、おたがいを感じられない場所まで逃げて守りあうしかない。

 こんな残酷なことないだろう……、と走りながらため息を吐き捨てて髪を掻きまわした。

 はやくΩになってくれ、と自分の身体に向けて胸のうちで叫びながら左手で心臓を叩く。

 不安定な状態はうんざりだ、朱理だけのために生きる完璧なΩにとっととなれ俺の身体――。



「――紺君」

 教室に入ると突然声をかけられて、苛立ちの沼に沈んでいた意識がはっと我に返った。

「華ちゃん」

 下倉華恵ちゃん……華ちゃんだ。

 朱理との別荘休暇から帰ってカメと花壇の花々のために学校へ通っていたあいだ、華ちゃんともメッセージのやりとりをしておたがいを名前で呼ぶぐらい仲よくなっていた。

 このことは朱理にも『浮気じゃないからね』と伝えていたけど、もちろん会話の内容まで朱理にすべて報告しているわけじゃない。最初にメッセージをくれたのが華ちゃんで、それが山田とのつきあいに対する恋愛相談だったから。

「おはよう華ちゃん」

 机にリュックを置いて、すぐさま華ちゃんがいる彼女の席のほうへむかおうとしたら、くいくいとベランダを指さして〝こっちに〟と合図をくれた。

 朱理との朝食を早々に切りあげてきてしまったから、始業式が始まるまでまだ充分時間がある。登校している生徒もほとんどおらず、ふたりきりになっても変な噂をしそうな人もいない。

 華ちゃんとガラス戸をあけてベランダへでると、顔を見あわせてなぜかくすくす笑ってしまいながら改めて挨拶をしあった。

「おはよう紺君。なんかすっごく格好よくなったね? 休み前に裏庭で泣いてた紺君と同一人物だと思えないよ……五十嵐君とふたりで頑張った証?」

 からかいまじりに褒めてくれる華ちゃんも、一ヶ月分髪が伸びて前髪の分け目も変わり、おでこが眩しい大人っぽい美人な女性に成長している。

「華ちゃんがあのとき励ましてくれたから朱理とむきあうことができたんだよ。変われていたなら華ちゃんと朱理のおかげ。華ちゃんこそこんなに綺麗になってどうしたの、山田の仕業?」

 俺もからかって返したら、華ちゃんは下唇を噛んで照れてはにかんだ。

「……そうだよ」

 たった四文字の肯定が、ものすごく可愛らしく甘酸っぱく胸を震わせてきて、さっきまでの苛々した気持ちが一瞬で吹っ飛んでいった。思わず「ぐわ」と腹を押さえて、銃で撃たれたみたいな反応をしてしまう。

「山田のくせにぃ~っ」

 こんな可愛い人を射とめたっていうのかむかつくーっ。

「はははっ」

 ふたりで大笑いになって、さらさらぬるい風が吹くベランダで子どもみたいにはしゃいだ。

「武史もかなり格好よくなったから、紺君きっとびっくりするよ。本当にαなんだなあ、って納得すると思う」

 武史、はもちろん山田の名前だ。

 ベランダの柵に細くて白い手をのせて、華ちゃんが幸せそうに微笑んでいる。

 微風に流れる艶のある黒髪からしゃらしゃら、と鈴の音と花の香りがしそうなほど可憐で、前に朱理が、華ちゃんは花の匂いがする、と教えてくれたのを思い出す。

「華ちゃんも山田とつきあうのが幸せって想えてよかったね」

「うん、紺君も大変なときに相談に乗ってくれてありがとう。紺君がいなかったら、わたし武史とつきあおうなんて絶対思えなかったよ。……五十嵐君は? もう保健室に行ったの?」

 華ちゃんが山田との恋愛話を聞かせてくれていたあいだ、俺も朱理との関係の変化を華ちゃんに訊かれるがまま伝えていた。だから今日から朱理が保健室で過ごすことも華ちゃんは知っている。

「さっき一緒に朝ご飯食べてたんだけど、俺がフェロモン出しすぎて朱理に負担をかけちゃって……はやめに教室に来たところ。動ける状態になったら、朱理も保健室に行けると思う」

 どれほど強烈なフェロモンを我慢してくれていたんだろう。辛さは正直にうち明けておたがいを守ろうと約束したからこそ、朱理は平気だ、保健室に行っている、と信じることしかできない。

「そっか……いまは辛い時期だね。自分のせいだ、って落ちこんじゃう紺君の気持ちもよくわかる。五十嵐君も、紺君も辛いね」

 華ちゃんが俺の左手をぽんと叩いて心を寄せてくれると、はたと気づいた。

「辛いけど……俺、自虐してないや」

「ん?」

「朱理が〝自分を責める紺が嫌いだ〟ってはっきり言って、叱ってくれたんだよね。最初のころは自虐しないように自制してたけど、いまは俺、自然とそのマイナス意識が消えてるなって」

 母さんや朱理や華ちゃんや……自分を見守ってくれている周囲の人が自分の変化に言及してくれてもピンときていなかったのに、ひとつ実感できたかもしれない。

 うじうじ内にこもりがちだった自分が、朱理の愛情の影響で明らかに前向きになっている。

 朱理の隣で支えてあげられない、信じることしかできない、と悔しさはあれど、自分のせいだ、自分がΩだったばかりに、という昔みたいな自責の念に苛まれていないんだ。

「のろけ君め」

 華ちゃんに肘で突かれて、「あう」と身体が傾いてしまう。

「華ちゃんと山田はどんな状態なの……? 夏休み中に辛いことなかった?」

「わたしたちは全然平気だよ。わたしと武史の場合、αの武史が覚醒に時間をかけてるから辛くないの。武史がちゃんとαになったらわたしの匂いを嗅ぎとって辛い思いするとは思うけど、いまはわたしの発情期がきてもまだうなじは噛まないように気をつけて過ごそうねって話してる程度」

「そっか……」

 言われてみればたしかに俺たちと華ちゃんたちは真逆で、全然違う。

 Ωの体質が不安定だったら、俺みたいに恋人の朱理やほかのαを巻きこんで翻弄してしまうのに、αが不安定……要はΩのフェロモンに鈍感であるならば、Ωと難なく幸せに関係を深めていくことができる。ふたりはもっとも理想的で、幸福な関係なんだ。

「……安心した。華ちゃんたちが幸せなつがいになれたらそれがいちばんいいし、俺も嬉しいよ」

 微笑みかけたら、華ちゃんは目をまるめてだんだん赤くなっていった。

「あ、りがとう……でもわたし、つがいって……そこまで言ってないよ」

「結婚はゆっくり考えていくの? 〝まだうなじは噛まない〟って言うから、てっきりそのつもりでいるのかなって思っちゃった」

「言っ、た……けど、紺君たちみたいに、高校卒業したらすぐとか、具体的に考えてない」

「ふうん?」

 またからかいまじりににんまり見つめ返したら、華ちゃんに腕を軽く叩かれた。華ちゃんは、まったく、みたいに息をつく。

「……武史ね、休み前の期末で急に成績があがったんだよ。五十嵐君に教わったからかな、なんて喜んでたけど、たぶん武史自身の……αの血が、目覚め始めてるんだよね。近いうちに覚醒して、来年には完璧で有能なαになると思う。そうしたら志望する大学もランクがあがるだろうし、将来の選択肢も増えるかもしれないでしょ。ご両親も期待するはずだよ。なのに結婚って……どうかな。わたしが武史のご両親に厄介がられる可能性だってあるんじゃないかな」

 華ちゃんがうつむいて視線をさげ、校庭を歩いて登校してくる生徒たちの流れを眺めている。

 華ちゃんはどんなときも俺に自信や勇気をくれる、と唐突に実感した。

「……華ちゃんと仲よくなれてよかったな、俺」

「え?」

 訝しげな表情で見返されて、ちょっと話題が飛びすぎたな、と苦笑いになった。

「ごめん。俺はβだと思って生きてきたのにいきなりΩに人生を書きかえられて、怖くて嫌だったのに、華ちゃんがΩの先輩として傍にいてくれたから救われたんだ、って思い知ったんだよ」

「なに、Ωの先輩って」と華ちゃんも苦笑いして顔にかかった髪を指先でよける。

「αとΩってどうしても発情期が辛いから結婚もはやくなりがちでしょ? でもこの悩みって誰とでも共有できるものじゃないじゃん。だから俺が華ちゃんに救ってもらったように、俺も華ちゃんの悩みに寄り添えるんじゃないかって思ったら、出会えてよかったなあってなったの」

「ああ……そっか。そうだね、わたしも紺君がいてくれて救われたもん」

「ン、華ちゃんの結婚の悩み、俺も似たような不安があったよ。自分が朱理の人生の足を引っぱるんじゃないかとか、ご両親に嫌われないかとか」

「うん……」

「だけど朱理と正直な気持ちを伝えあってひとつずつ解決していけた。話す勇気が持てたのは華ちゃんのおかげでもあったんだよ。俺も華ちゃんが不安になったら相談乗るから山田と話してみなよ。華ちゃんがひとりで悩んでても前の俺みたいに自虐的になるばかりで、なにも好転しないよ」

 バース性のせいで十代で結婚する人たちもいるとはいえ、決して多いわけではないし、軽蔑心を抱く人も大勢いる。自分でも〝こんなにはやく将来を決めていいのか〟と自身に問うたり〝子どもができたとして育てていけるのか〟と懊悩したりするだろう。

 華ちゃんが迷いや恐怖を抱くのは当然だ。そしてそれは、周囲の人たちにも支えてもらいながら本人同士が真剣にむきあって、心を結びあって、乗り越えていくしかない。

「……わかった。だよね、ありがとう紺君。武史が覚醒して、発情期を一緒に経験してみてから、結婚を急ぐべきなのかどうなのか……逃げないで話しあってみるよ」

「うん」

 ふたりで笑顔を交わしていたら、ふいに「おい」と声が飛んできた。山田だ。

 ガラス戸をひらいてこっちに来る山田は、華ちゃんから聞いていたとおり別人のように格好よくなっていて絶句した。短髪だった髪が伸びて、つり目気味でハンサムな笑顔の……誰だこれっ。

「おはよう華、広瀬」

 華ちゃんの傍らに立って挨拶してくる表情と声色も、爽やかなイケメン好青年だ。

「お……はよう、山田……華ちゃんが山田は格好よくなったって教えてくれたんだけど、想像以上で……顎はずれそうなほど驚いてる」

 むかいあって立っていると朱理みたいに身長も伸びている気がする、αの力すごすぎる。

「はは、華が俺のこと変えてくれたんだよ。それより五十嵐は? 二学期が始まったらあいつにももう一度謝っておきたいと思ってたんだ」

「あ……うん、俺といると影響受けちゃうから、しばらく保健室にいることになったよ」

 事情を説明すると、「ああ、なるほどな……」と山田はこくこくうなずいて納得してくれた。

「じゃああとで保健室行ってみるかな。広瀬もありがとうな、華の相談に乗ってくれてたんだろ? 俺が華とつきあえるようになったのもおまえと五十嵐のおかげだよ、ほんと」

 唇の端をひいて照れ笑いしつつ、華ちゃんのことも見つめて微笑みかける山田が、あの山田だと理解するだけで精いっぱいで、茫然としてしまう。華ちゃんも幸せそうに山田を見あげて微笑み返し、ふたりで幸福を分かちあっている、この事実が眩しいほど鮮明だ。

「ふたりが幸せならよかった……とても嬉しいよ」

 結婚って恐れるだけのものではないんだ、とふたりの笑顔を眺めていて改めて理解した。

 恐怖も苦難も、一緒に乗り越えてくれる相手がいる幸福――自分が朱理と結びあいたい絆もこういうものだ、と胸の奥で熱く感じ入ったとき、同時にチャイムが鳴り響いた。
















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