「あ、ぁっ……ぅ、朱理っ、……」 たぶんもう服を着る必要もないんだろうな、と自分でも呆れるぐらい、朱理とくり返しいろんな場所で抱きあっていた。 「きたな、ぃ、……よっ、……そこ、」 「……甘いよ。紺の身体、全部……どこもかしこも甘い。汚いところなんてない」 昼食後の一階のリビングで、ガラス戸に張りついて朱理にお尻の窄まりを舐められている。 両手の親指でひらかれて奥まで舌を入れられて、逃げる術もなく、容赦なく舌と唇と唾液で浸されて、俺も不愉快どころか下半身から迫りあがってくる大波のような快感に全身を心地よく覆われてしまって、震えることしかできない。 朱理に触られていない背中や手の指先まで快感が流れこんできてがくがく震えて、すべての感覚が狂って立っているのでやっとになっている。 自分の身体のどこそこにコンプレックスがある、みたいなことを、朱理に言うべきじゃなかった。胸とお尻を、一度セックスをしたあとしつこく愛撫され続けているから。 だけど朱理のそういう想いやりをわかったうえで抱かれていると……嬉しさのほうが溢れてきて、ちょっと待って、と中断してほしい焦りすら、どこかに飛んで、消えていってしまう。 「甘いわけ……なぃ、のに、っ……」 せめてもの抵抗で、会話をして正気を保とうとすると、朱理がようやく口を放してくれた。 「甘いよ」 そして立ちあがって背中に寄り添い、俺がはあはあ呼吸してふくらませているお腹を抱きながら唇にくちづけてくる。 朱理がするりと入れてくる舌が……にがい。 「うぇ……まずいっ……」 いかにも体液、という苦くて生々しい味がして、自分の窄まりからでる液だとわかった。 「ははは、不味い……? 変だなあ、甘いのに」 朱理は楽しげに笑っている。 「もしかしたらこの味覚の違いは俺がαだからかもね」 優しく大人びた微笑みを浮かべて、朱理が俺のお腹を撫でてくれていた左手をごく自然な素ぶりでタンクトップのなかへ忍ばせ、右側の胸も揉み始める。 朱理も俺も、おたがいの身体に触ったり触られたりするのがもう恥ずかしくなくなっている。 「……朱理が〝αだから〟って言うの……珍しいね」 唇をへの字にまげて、朱理は「ん~?」と考える表情をする。 「いまのは〝俺だから甘く感じる〟って言うとキザなだけで正確な意味が伝わらなかったからさ」 快感の余韻のなかにいつつも、ぷふっ、と笑ってしまった。 「……そうだね。バース性についての話だもんね」 「ン……そう」 抱きしめあっているうちに……朱理が俺の身体を細部まで愛してくれているうちに、バース性に対する恐怖心や嫌悪感が薄れていくのも感じていた。 「……また紺のなかに挿入りたい。いいかな」 俺の肩先を噛んで、朱理も吐息を洩らしながら訊ねてくる。まだ昂奮が冷めたわけじゃないんだ。はち切れそうにかたい朱理の欲望を、お尻のあたりにも感じる。 「うん……もちろんだよ」 抱きあげられて、横のソファに仰向けに、丁寧に寝かされた。 朱理が自分のズボンの尻ポケットからゴムをだしてきて、俺はまた、ぷふ、と小さく笑ってしまう。 「……朱理の魔法のポケットはゴムが何個でてくるんだか」 朝から三個目かな、これは。 「マナーでしょ」 ふたりでドラッグストアで買ってきた分が、この別荘休暇中に足りるだろうか。 目をつりあげて怒った顔をした朱理が、俺に覆い被さってきて堪らずにくすくす照れ笑いしつつキスしてくる。 俺も朱理のキスにこたえて笑いながら、自分のハーフパンツを全部脱いでソファの下に落とした。朱理もキスをしたまま器用に自分のズボンをずらし、ゴムをして準備をする。 「……紺」 腰を寄せてくる朱理にこたえて、俺も両足をひらいて朱理の欲望を受けとめた。 「朱理」 朱理の背中を抱きしめて、自分の空虚を、朱理の想いが埋めていってくれるのを身体のすべてで感じとる。 子どもなのに、大人みたいなことをしている。 俺は朱理といると大人に成長していける。 朱理が撫でて、舐めて、吸って、愛してくれるから、自分も自分を受け容れることができた。 朱理が愛してくれるのに、自分の身体からでる液を、俺は〝怖い〟と、もう言えない。 胸もずっと愛でてくれている。朱理が嫌じゃないなら、俺も〝これでいいんだ〟と納得できる。 セックスをしておたがいの全身を愛すのは、自分を愛するための行為でもあるんだと知った。 「紺……、紺、可愛い……全部欲しい、」 でも何度俺のなかに挿入って達しても、朱理の本能は、満足できていないようすだった。 巧く愛撫ができないとか、ちゃんと達せていないとかではもちろんなくて、欲しくて欲しくて、欲しくて、でも足りなくて、という渇望の切実さが、表情から熱から、しぐさから伝わってくる。 「もっと欲しい……紺っ、……」 強くきつく抱きしめて、腰を進めながら俺に必死に縋りついて情欲を吐きだすのに、首にはあまり触れないよう、朱理はやっぱり耐えている。 きっとこれが辛いんだろうね。 噛みたい、って朱理のなかにあるもっとも強烈なαの本能は……どうしても、暴走したままさまよい続けて、渇いた状態で放置しておくしかないから。いまは。 「……俺ばっかり気持ちよくなってごめんね」 ふたりでシャワーを浴びてさっぱりしたあと、朱理が作ってくれたフルーツアイスティを飲みながら二階のベランダで休憩した。 「ふふっ……紺ばかりってなに? 俺も気持ちよくなってるってわかってるでしょ?」 「それはまあ……そうなんだけど」 ビーチベッドに転がって、セミの鳴き声とミリコの曲を聴きつつ夏空を仰ぐ。 ニュースでは猛暑だと騒いでいるけど、別荘は山の上にあるせいかベランダにいても意外と涼しい。お金持ちの人が別荘を買って、暑い時期に都会の灼熱砂漠から逃げる気持ちがよくわかる。 「ねえ朱理、すこし休んだらあとで勉強しよう」 「うん、しよう。夏期講習で学校の勉強の復習したけど、もうちょっと進めておきたいよね」 「ン、俺はあやふやなところを復習して身につけたいし、先にも進みたい。時間が足りないよ」 「ははは、わかる」 朱理が勉強を嫌がらずに一緒にしてくれるのも嬉しいな。山田だったら〝いま勉強の話するなよ〟と怒りそうだ。その気持ちもわかるけど、俺は将来を考えると勉強もなおざりにしたくない。 「朱理はもちろんレベルの高い大学にいくでしょう?」 身体を起こして、またアイスティを飲んだ。朱理が細かく刻んでくれたパイナップルやいちご、オレンジの味がアイスティと混ざりあって、絶妙な酸味と甘みが堪らなく美味しい。 「うん、いく。うちの会社のためにも紺のためにも、トップレベルの大学しか考えてないよ」 朱理も起きて、俺にむかいあってジュースを飲む。 また母さんの言葉が過った。 αはΩを守るために有能に生まれて育つのよ――そんな過酷な人生を押しつけるのはαに対して失礼で気の毒だ。けど朱理はとっくに覚悟をしている。 「俺はさすがに真んなかレベルだよ。トップははなから諦めてる」 「うちの学校に入学できたなら、そこそこいい大学は目指せるでしょ」 「そうかもしれないけど、朱理とおなじ大学に進学するのは無理だよ」 む、と唇をへの字にまげてくれる朱理にも、そんな未来はすでに見えていただろう。 「じゃあ高校を卒業したら結婚だね」 俺も朱理がこう言ってくれることは、もうわかっていた。 「大学の四年間、同棲をするって考えは朱理にはないんだね?」 「ない」 即答された。 「……そうだよね」 だけど俺も、いまとなっては結婚が最善の選択なのかもと思い始めている。朱理に四年間もΩのうなじを噛むのを我慢させて本能を抑えさせるのは、地獄の辛さだとわかってきたからだ。 発情期をどう乗り越えていくか、という問題はまだ残っている。 それでもΩのフェロモンにあてられて誰彼構わず発情してしまうよりは、うなじを噛んで結婚して俺にだけ発情する体質になったほうが、朱理にとって幾分か楽なんじゃないだろうか。 「……うん。じゃあ俺がΩだって秋のバース性検査で確定したら、おたがいの親兄弟も交えて相談していこう。朱理のご両親とご兄弟が、本当にΩを、俺を受け容れてくれるのか……俺もきちんと話しあいたいから」 発情期の乗り越えかたと、朱理と俺の家族の本心――秋になったらそれらに向きあっていこう。 「わかった」 朱理もストローをまわし、氷を鳴らして再びジュースを飲む。 「でも安心してね。紺がΩでもうちの家族は本当に嫌悪したりしないから。怯えないで信じてて」 ――まだわたしだけ「ここ」にいるね わたしには「あなた」しかいなくてごめんね 運命じゃなくてごめんね ごめんね 朱理が真剣な目で穏やかに断言してくれたこんな瞬間に、ミリコの切実な歌詞が俺たちのあいだをさららと流れていって、ぎょっとしてしまった。 目を剥いた俺を、朱理は真正面からばっちり見ていて、「ぶっ」と吹きだす。 「その顔っ……」 「だって、朱理が優しくしてくれてるのにミリコがとんでもないこと言うから」 「はははっ」 「べつにとんでもなくないよ」と朱理がお腹を抱えて笑う。その右手で、グラスのなかのフルーツたちが鷹揚に舞っている。 「……ねえ。紺は俺がバース性をもとに会話をしないって言ってくれたけど、ちょっと違うんだよ。べつにすごいことでも偉いことでもない。俺が嫌だから話さないだけ」 「うん……?」 急にどうしたんだろう、と首を傾げた。 けど朱理が大事な話をしようとしてくれているのは理解できて、俺もグラスを置いて居住まいを正した。 「子どものころから両親や兄ちゃんたちが〝αだから〟って差別や非難を受ける姿を見て育って、俺は『父さんと母さんもお兄ちゃんたちもおなじ人間なのに』って苛々しながら成長したんだよ。その怒りが染みついてるせいで、バース性を基準に他人を判断しないだけ。失言しないように気をつけているわけでも崇高な精神を持っているわけでもなくて、ただそういう環境だったんだよ」 生まれたとき家族や周囲の人間がみんな大人で、αで……純粋な幼い心と目で、朱理が大事な人たちの傷つくさまを見つめてきた背中が、俺の目にも見えた。 またジュースを一口飲んだ朱理が、薄茶色の綺麗な瞳をふいとあげて俺を捉える。 「紺が初めてだったよ。俺をαって目で見たり、判断したりしない人」 「……そうなの?」 「ン。家族もみんなαだし、この目の色もあって自分がαなのはほぼ確定してたけどさ、まだはっきりしない幼稚園のころから『αだから頭がよくて当然だよね~』『朱理君はαだから優秀なの、○ちゃんは悔しがってもしかたないのよ~』ってずうっと言われ続けてたよ。俺は自力で成し得たっていう意識しかないのに、俺の努力まで〝α〟に持っていかれちゃう。嫌だったな、ほんと」 明るくおどけた口調で教えてくれながら笑う朱理の心が、深く傷ついている。 「紺の『朱理だから好き』って言葉、青渡兄ちゃんは結構羨ましかったと思う。だからもしかしたら俺以上に〝よかったな朱理〟って喜んでくれてたよ。〝とてもいい子に出会えたね〟って」 「そうなのかな……俺も格好いいことを言おうとしたんじゃないし、救いたいとか、気取った意図があったんでもないよ」 「それが特別なんじゃん」 今度は晴れやかに、濁りのない無邪気な笑顔をからっとひろげてくれる。 よかった、と俺も恐縮しつつ微笑み返したら、朱理が俺のビーチベッドへ来て、右隣に寄り添ってきた。グラスを置いて、甘えるみたいにぎゅうと腰にしがみついてくっついてくる。 「俺すっごく恵まれてるんだ……こんなにはやく紺に会えて。これ以上の運命はないよ」 運命。 俺より長身で体格もいいのに、長い腕で縋りついてくる朱理は大きな子どもみたいに思える。 学校のクラスメイトの前では見せない陽気で幼げな表情や素ぶりも、青渡さんの前で顕著になる弟っぽさも、全部新鮮で可愛くて、俺も毎日一緒にいるだけでどんどん好きになっていく。 「……俺もおなじ気持ちだよ」 朱理の運命のつがいの人のことなんて恐ろしくて考えたくもないけれど、朱理との出会いとこの想いには、俺も運命的な意識を抱いている。 朱理と愛しあうことができたこの縁は、運命だ。 「……。紺、変なこと言っていい?」 「え、変なこと……?」 上半身を浮かせてすこし離れた朱理が、右手で俺のタンクトップの左肩をおろして左胸をあらわにした。ふっくりした胸と乳首が陽光に照らされて恥ずかしいぐらい金色に輝いている。その先を、右手の指先でつまんでこすったあと、朱理ははむと口に含んだ。 「……ここ、吸うの俺だけにして」 「ンっ、……え?」 そりゃ朱理だけでしょ、と朱理の言葉と快感に翻弄されて混乱していたら、舌でもれると舐められて背中がひりひりした。 「自分がこんな気持ち悪いこと言う奴になると思わなかったけど……もしふたりで、子どもをつくろうって決めて生まれても、ここは俺だけのものにしてほしいんだよ」 後頭部まで快感の電流にびりびり焼かれて朦朧と震えながらも、びっくりして目をまたたいてしまった。 「なっ……なに言ってるのっ? ぷははっ」 中途半端なことに、男性のΩでも妊娠するとたしかに胸からお乳がでるようになる。 しかし女性みたいにきちんと子どもを育てられるほどの量はでないし、胸が張って激痛に苦しむようなこともない。不要で無用な身体の変化だ。 朱理はこんな奇妙な部分も独占したいと想ってくれるの……? 「子どものミルクは俺が作るよ。だから紺の胸からでるお乳は俺だけに飲ませて。子どもにはここも吸わせないでほしい」 「ぶふふっ……すごく真剣に言うし……」 朱理の目が本気だから、おかしくって嬉しくってしかたない。 「俺だって自分で言っててどうかしてると思うよ。気持ち悪いと思う。だけど紺のここは子どもにも絶対吸わせたくない。吸う必要ないんだから」 「やめてよ朱理、笑いすぎてお腹痛い、ぷふははっ」 大笑いしたら朱理が叱るみたいに胸を強く吸ってきて、うっ、と痛みと快感でまた震えた。 子どもに嫉妬して、紺の胸は俺のだぞ、と不機嫌になる朱理はちょっと見てみたい気がする。 そのとき子どもは不思議そうな表情をして首を傾げるんだろうか。大きな瞳は朱理とおなじ薄茶色をしているんだろうか。 ……ああ、怖くて堪らなかった出産の先の未来が、和やかに見える。 「朱理といると、俺はいろんなものが幸せに見えてくるな……」 嫌だったこと、怖かったこと、不愉快だったこと、腹が立ったこと――心を掻き乱すネガティブな事柄も、朱理はこの人柄で、幸福に変えてくれる。 αは関係ない。朱理の有能さやすごさってこういうところで、朱理にしかないものだ。 バース性も、結婚も出産も、進路も、まだ自分たちの目の前には課題が積みあがっただけで全然崩せていない。でも朱理となら、ひとつずつ乗り越えていける気がする。朱理となら。 ラムネを囓りながら勉強をして夕飯を食べたあと、下界の海のほうで花火が打ちあがった。 びっくりして朱理とスマホで調べたら、熱海では夏も冬も結構頻繁に花火大会をしているらしく、今夜も目の前の海岸で毎週末開催されているとわかった。 そしてまさに今日が、開催日だった。 「すごく綺麗だし、特等席だね!」 ふたりで急いで、また二階のベランダへでて花火を眺めた。人混みなんか無縁な、邪魔者がひとりもいないふたりきりの山の上の別荘から、海岸を照らしつつ上空に大きく咲く花を見る。 「よく見るまるいのは菊、菊よりすこし可愛らしいのが牡丹、あ、あのさらさらってなってるのは柳で、もっとしゅんしゅんって光が散ってのびるのが蜂って、名前があるんだよ」 朱理が指をさして教えてくれる。 「え、菊と牡丹はわかりづらいよ、あれは牡丹?」 「や、えーとあれは、」 「あーっ、連続でぱんぱんきた!」 ふたりではしゃいで笑って眺めながら、スマホを向けて写真も撮る。 「撮影に夢中になると生で見るのを忘れちゃうっ」 「駄目だよ紺、生がいちばん大事なんだからっ」 俺を叱りつつ朱理も「ブレる~っ」と懸命に撮っているから笑いが止まらない。 「明日も花火大会があるみたいだからまた見よう」 朱理が笑顔で誘ってくれる。 「うん!」 この日のSNSには、ふたりして紺色の夜空に咲く美しい火の花の写真が何枚も刻まれた。 ←BACK//TOP//NEXT→ |