「――紺、」

 朱理が戻ってきた。ベッドに座っている俺の横へ寄り添って、灰色のタオルを片手に俺の顔を覗きこんでくる。

「……朱理」

「どうしたの? ほら、お腹だして」

「俺……やっぱり、Ωかもしれない」

 朱理を見つめると、眉をひそめて心配そうな表情になった。

「……怖かったの?」

「いま、……下のところ濡れたんだよ」

「わかった。大丈夫だから立って、汚れたんならズボンも脱ごう、すぐ洗うからね」

 朱理の腕に引かれてベッドからおりた。俺のタンクトップをめくって腹を拭いてくれた朱理が、腰を抱いて背中を撫でてくれる。

「……もう大丈夫。俺がいるから」

 朱理の優しい言葉が、温かく愛情深く胸に響けば響くほど申し訳ない想いが増して、俺も朱理の背中に両腕をまわして縋りついた。

「どんな紺だっていいんだよ。紺も青渡兄ちゃんに言ってくれたでしょう? 俺だからいいって」

「……ありがとう。だけど、」

「子どものこともふたりで考えていこうって話したじゃん。抑制剤だって紺にあうものをすぐ見つけよう。そうしたら発情期で正気を失うこともない。俺も傍にいるし、怖がる必要はないんだよ」

 朱理には、自分がΩの傍にいて辛い目に遭うっていう考えがない。

 発情期を抑制する絶対的な方法がなくても、学校でも会社でも街中でも〝正しい行動〟を求められるのは常にαなのに。Ωを厄介に感じて当然なのに。家族みんながΩに関わらずに生きてきて、Ωの危険さも理解しているはずなのに。縁矢さんを愛しているなら、恨んでたっておかしくはないのに。

「……ほら、見て紺。どんどん朝になっていくよ」

 朱理にうながされてガラス壁のほうへ視線をむけると、海の上に太陽が半分顔をだして白い雲を黄金色に透かし、輝いていた。朱色だった空は、青と桃色の色彩に覆われている。

「……朱理の時間が、終わっちゃったね」

 朱理の前で俺が暗い顔をするのは違う、と自戒して朱理の言葉に心を寄せた。

 すると朱理もにっこりと幸せそうな笑顔を咲かせてくれた。

「うん。昨日は紺の時間も写真が撮れなかったな。でもふたりで夜空を見られたから幸せだったよ。今日も楽しく一日を過ごして、ふたりで見た景色をSNSにもたくさん残そうよ」

 薄青い夜明けの世界で、朱理が朝陽を受けて幸福いっぱいの笑顔をむけてくれている。
 俺のために、笑ってくれている。

「……わかった。朱理と、幸せになる」

「うん……そうだよ」

 抱きしめあって、朱理のタオル生地のTシャツから感じる背中の薄さと逞しさを、愛おしみながら掌に記憶させた。

 αはΩを守るために有能に生まれて育つのよ――と、昔母さんが苛々と吐き捨てていた。

 頭がいいのも体力があるのも、お金持ちになるのも、子どもを産んで育てながら不自由な生きかたを強いられるΩのため。じゃなかったらバランスが悪いでしょ、と。

 母さんのその主張がすでにアンバランスなんじゃないかな、と子ども心に疑問に感じていた俺は、両親共にβだから、自分がΩになるなんて想像もしていなかった。

 中二で検査結果がΩだったときだ。
 父さんに、自分の遠縁にΩがいる、と教えられたのは。

「朱理……大好きだよ」

 朱理の肩に目を押しつけて、離れないようかたくしっかりと抱きしめた。

 もし本当にΩになってしまったら、また朱理とふたりでどうやって生きていくか考えよう。

 朱理が〝大丈夫〟とくり返して笑顔を見せてくれるのに、俺が……迷惑をかけるかもしれない俺が、ぐずぐず迷うのは違う。

 違うんだよね……?

「……俺も好きだよ紺。なにがあってもどんなことがあっても愛してる。怖がらないで信じてて」

 朱理も俺の背中を抱き寄せて、右掌で後頭部も覆って抱き竦めてくれた。

 この別荘での休暇もすでに二日目だ。夏休みはまだまだだと辟易していたはずが、期末テストも終業式もまたたく間に過ぎて夏期講習も終わり、楽しみにしていた時間ももう残り数日。

 笑わなくちゃ。
 楽しい時間にしなくちゃいけない。

 朱理が、……朱理と、ふたりでいられるんだから。

「……ありがとう朱理」



 ふたりして部屋着を洗濯乾燥機へ放って着替えてから、キッチンに立って朝食の用意をした。

「昨日の残りの牛肉メシがあるから、紺はそれ食べるでしょ?」

「うん、ご飯がいい……けど、超高級朝ご飯だね」

「ははは」と笑う朱理が冷蔵庫からだした牛肉メシを、俺が受けとる。

「それだけだとたぶん足りないから、ほかにもなにか作りたいなー……紺、野菜のサンドイッチなら食べられるんだよね?」

「うん、好きだよ」

「しかもフランスパンなら好きってことだったから、じゃあ昨日の残りの鰺と玉ねぎとチーズと……トマトも挟んで、鰺のマリネサンドにしよっか」

「なにそれっ、すっごく美味しそう!」

「おかずパンなら気に入ってくれそうだよね。しかも栄養も抜群! 食べたら感想聞かせて」

「うん……感想言う前からもう好きだけど、わかった」

 買い物のときおたがいの好みの食べものを改めて詳しく教えあっていた。

 フランスパンはシチューにつけたりしても美味しくて、いろんな食べかたがあるから買っておこう、とふたりで決めて選んだ。でもまさかお魚のサンドイッチになるなんて思いも寄らなかった。

「朱理は料理も上手だね。昨日からいろいろ作ってくれてる」

 俺は牛肉メシを温めてから、朱理の指示に従って一緒に野菜を切っていく。

「どうだろう。料理もなんでも、好きかどうかがいちばん大きいと思うよ」

 朱理もオリーブオイルを使ってマリネのソースを作り、ぺろりと舐めて味見をする。

「好きかどうか、か……たしかに勉強もスポーツもそういうとこあるかもね」

「うん。俺は三男だから、料理も勉強も運動も、家族みんなが〝うまくできたね~〟〝素敵ね~〟って褒めてくれたんだよね。どれだけ下手でも必ずどこか褒めてくれた。それで調子に乗って続けてきたってだけなんだよ。褒めて伸ばしてもらったタイプっていうか。はは」

 玉ねぎを薄く切って器にまとめながら、ああ……、と感じ入った。

 朱理は〝αだからなんでもできた〟って、やっぱり言わない。いまの自分があるのは家族の愛情のおかげなんだよ、と照れながら教えてくれる。

「ご家族に愛されて、愛して成長してきた朱理が大好きだよ」

 朱理の笑顔がいっそう照れて、嬉しそうに蕩けた。

「甘え続けてきた末っ子、って紺はばかにしないよね」

「え? しないよ、そんな酷いこと言う人いるの?」

「ふふふ」と朱理が意味深げに口の奥で笑いながら、軽く焼いたフランスパンに俺が切った野菜と、下処理済みの鰺を重ねていく。

「……俺も紺といると癒やされるんだよ」

 レタスに包むようにして鰺とトマトたちとチーズ、さらに砕いたピーナッツもぱらぱらかけて、さっき作ったマリネソースをかけていく。

「よしできた。じゃあご飯とサンドイッチ、食べようか」

「ン……わかった」

 俺がダイニングテーブルに料理を運ぶと、朱理は「アイスティにしようか、サンドイッチにもあうだろうし」と続けて飲みものも用意してくれる。

 ふたりで料理をして食べる、っていうこの時間も幸せだな、と思っていたら、氷をからから鳴らしてアイスレモンティを作ってくれている朱理も、「ふふう~……」と笑って俺の顔を見つめてきた。

「夫夫生活みたいだよね」

 幸せそうに言ってくれる。

「……同棲を飛び越えて夫夫なの?」

「え、同棲の必要ある?」

 本当に驚いた顔をしているから、俺も照れて苦笑いになってしまった。

「俺は紺とはやく夫夫になりたいなー……ってずっと想ってるよ」

 朱理がくるくるまわすスプーンの先で、黄色いレモンがまわっている。

「……結婚しようね、紺」

 当然のように、ごく自然に、朱理はプロポーズの言葉を囁いた。

 なんにも特別なことじゃない。
 明日に続くあたりまえの変化みたいに、優しく幸せそうに。



 ふたりで食べた朝食の牛肉メシと鰺のマリネサンド、昼食の伊勢海老のトマトクリームパスタ、夕飯の炒飯と麻婆豆腐と回鍋肉の中華ご飯。それに夕空の海と花火の写真が、SNSに増えた。

「ふたりしてずっとおなじ色の空しか撮ってなかったのに、急に違う写真が増えて、変なSNSだよね」

 俺がスマホを眺めながら笑うと、朱理は得意げにふふんと口角をあげた。

「しかも俺たち、おなじ日のおなじ時間に、おなじ料理と景色を投稿してるんだよ。エロいよね」

「エロいってなに?」

「こういうの〝匂わせ〟って言うんじゃなかったっけ」

「あー……」と納得しつつ、撮影していた花火が消えたからそれをバケツに捨てた。水に沈んでじゅっと音を鳴らし、残り火も消える。

「そうだね。俺たち一応つきあってること公にしてないもんね。でも誰も見てないから全然〝匂わせ〟られてないよ」

「充分匂ってるよ。俺と紺の甘~い匂いはぷんぷん漂ってる」

 朱理も花火をぱちぱち鳴らして弾かせながら、また写真を撮ってにやけている。

 果てのないネットの世界でふたりだけでおなじ時間と感動をこっそり投稿して共有している。

 うん……SNSで言う〝匂わせ〟は他者がいて成立するからちょっと違うけど、朱理の言うとおり俺たちがいちゃいちゃ甘々しているのは事実だ。

「今日はまた紺の写真も投稿するよ」

 朱理も消えた花火をバケツの水に沈めてから、上空に腕を伸ばして夜空の写真も撮った。そしてぽちぽちいじる。

「いつもそうやって撮ってくれてたんだね」

「うん、そうだよ」

「しかも朱理って写真をすごく綺麗に加工するよね」

「え、べつに写真加工のアプリとか入れてないよ?」

 スマホを傾けてくれるから俺も寄り添って、朱理が夜空を美しい紺色にしていくのを眺める。

 明るさを調整してコントラストを変え、星を浮かびあがらせて、ほんのりフィルターをかける。

「綺麗ー……」

 それからコメントなしでするっと投稿する。

 俺も自分のスマホで確認すると、SNSの最新の投稿に朱理の美しい夜空が追加されていた。

「いまので勉強になった。明日の朝、俺も朱理の写真をいままでより綺麗に投稿するよ」

 朱理がにぃと、わざと大げさな笑顔をつくった。

「……朝、起きられるかな?」

「え」

「今朝もふたりでいちゃいちゃしちゃったからなあー……」

 にまにまはしゃぐ朱理を愛おしく想いながら見つめた。……あれも〝いちゃいちゃ〟って言ってくれるんだ、朱理は。

「朱理の腕のなかで朝陽を見て撮るよ」

 そうこたえたら、朱理の笑顔も穏やかな微笑みに変わった。俺の背後にまわって腰を抱き、右頬にちゅと音つきのキスをしてくる。

「……じゃあ俺も紺を抱きながら、紺の写真を撮る」

 囁いた朱理が左腕で俺を抱いたまま、右腕を夜空へ伸ばしてもう一度写真を撮った。

 それから左頬を俺の右頬に擦り寄せて、ぴったりくっつきながら不自由そうに右手だけで夜空の写真を加工し、「納得の加工できてる?」「できてるよ」とくすくす笑って投稿した。

 俺も再びSNSを確認する。若干明るすぎて藍色に近い夜空が、追加で投稿されている。

「今日は特別な夜になったよ」

 朱理が両腕で俺をきつく抱きしめて、耳もとで楽しげに笑ってくれた。

「……うん。忘れられない日になったね」

 俺もこたえて朱理に顔を寄せ、唇にキスをする。



 花火を片づけて親に一日の報告電話も入れ、セックスのための準備も終えると、今夜は水着なしでプールに入ろう、と朱理に誘われて、うん、とうなずいてこたえた。

 ふたりして裸になって、まだちょっと恥ずかしいから腰にバスタオルを巻いて、照れて笑いあいつつ三階のプールまで移動する。

 昨夜と同様に淡くライトが照っているせいで、バスタオルをビーチベッドに置いてしまうと裸もはっきり見えたけど、夜のなかにいると隠せているような、不思議な錯覚をした。

 朱理が手を引いてくれて、ふたりでプールのはしごまで向かい、順番になかへ入る。

「うぅ……なんか、昨日より冷たく感じる」

 今日も一日暑くてプールも焼かれ、水もだいぶぬるいのに、裸だと体感が違う。

「大丈夫? 寒いならすぐ出ようか」

 俺に続いて入ってきた朱理は、平気な顔をして俺の肩を抱いてくれる。

「朱理は寒くない?」

「平気だよ」

「ン……俺も寒いってほどではないから大丈夫かな。……うん、慣れてきた」

「ちゃんと守るからね」

 強く抱きしめて、朱理が濡れた手で頭も撫でてくれる。

「ありがとう。俺も朱理を守る」とうなずくと、安心したように微笑んでくれた朱理がまた俺の手を繋ぎ、真ん中まで連れて行ってくれた。

「今夜も海が綺麗だね」

 ふたりで手を繋いで並んで海にむかいあい、星空と海と月を眺めた。

 ほとんどまるい、端っこだけやや欠けた白い月と、鈍くきらめく海の水面。東京よりもくっきりひろがる星々。

「うん……昨日より月が明るいから綺麗さが増してる」

「そう? 俺はこんな色だけど夜目が利くから昨日も今日も紺が可愛く見えるよ」

 声も明るく、浮かれた調子で朱理が甘い言葉をくれる。

「それにやっぱり解放感が違うよね」

「え?」

「ふよんふよんって」

 朱理が繋いでいないほうの手を腰にあてて、くいくい横にふる。

「ばか、小学生だよ朱理」

「はははっ」

 俺も「ふふはは」と大笑いになってお腹を抱えた。

「紺もしてみなよ、こんなことここじゃないとできないよ」

「そりゃ学校でふよふよするわけにいかないけどさ」

「うん、俺がさせないしね。紺のここ、誰にも見せたくないから」

「そもそも学校のプールは入れないからっ」

 うちの高校のプールの授業は選択した生徒しか受けられない。プールっていう施設そのものが、水泳部のためにあるようなものだ。

 朱理がまた「ふよふよん」と腰をふって、俺を「はははっ」と笑わせてくれる。

 小学生みたいなことをする朱理も大好きだけど……でもたぶんこれも、裸になった俺の羞恥心と緊張をほぐすために、わざとしてくれているおふざけなんだよね。

「朱理」

 手を繋いだまま、朱理のほうへ身体をむけた。

「……あのね、俺……胸も、ちょっとふくらんでるでしょ。乳首も普通の男より大きめだと思う。これが気になってうちの高校を選んだんだよ。プールで人に見られること、ないから。……女子みたいで嫌なんじゃなくて……Ωかもって、ここでも自覚させられて、それが怖くて……辛くて、」

 さっきまで小学生みたいに笑わせてくれていた朱理が、優しく真剣な面持ちになって、そっと俺を両腕の輪に入れてひき寄せてくれた。

「……俺には紺の身体の全部が色っぽく、いやらしく見えるよ。それは紺にとって嫌なことかな」

「ううん……朱理が今朝、自分の身体に昂奮してくれて……欲しがってくれて、すごく嬉しかった。朱理に抱いてもらうと、こんな身体でもいいんだ、って許されてる気がして幸せになれる」

「〝こんな〟じゃないよ」

 すこし強引に顎をあげられて、唇を塞がれた。下唇を噛まれて、驚いてひらいた口のなかにすぐに舌も入りこんできて、深くまで包まれてむさぼられる。

「……全部好き。全部恋しいよ。紺が怖くて許せないところも、なにもかも欲しくて苦しい」

「朱理、」

 くちづけながら右腕で背中を抱かれ、痛いぐらい肩先を掴まれた。

 朱理の昂奮が兆していくのを感じつつ、俺も朱理の全部を受けとめたくて背中に両腕をまわし、唇をひらいてキスにこたえる。

 朱理の左腕が背中を大きく撫でながら、ゆっくりさがって俺の右側のお尻をやんわり揉んだ。
 ひく、と俺が肩で反応すると、朱理は怖じ気づくのではなく、さらに昂奮してくれたようすで、お尻をぐっと強く掴んできた。

 撫でて、揉んで、堪らなくなったように掴みあげつつ、唇も噛みつくみたいにして舌を吸いあげてくる。

 朱理の感情が欲望に支配されていくのが、唇と掌から言葉より雄弁に伝わってくる。

「……紺っ、」

 お尻にあった朱理の細長い指先がするとあわいに忍びこんできて、そこを押さえた。

「ぁっ、……」

 さすがに声がでて、朱理の背中にしがみついて震えてしまった。でも怖くて震えたわけじゃなくて、朱理の指にそこを触られている、という恥ずかしさと、喜びと、昂奮が混ざりあった、複雑で官能的な感情だったから、自分でも持て余してしまった。

 俺も朱理の鎖骨を舐めて吸う。嫌じゃないから、続けていいから、と訴えたくて首筋も噛んだ。

 自分を朱理にもらってほしいし、俺も朱理が欲しい。

「……紺」

 遠慮がちだった朱理の指先が、意を決したように甘やかに俺の窄まりを撫で始めた。

「ぁ、あ……しゅ、り、」

 プールの水の香りが鼻先を掠める。朱理の指先が俺のお尻を軽くひらいて、窄まりの周囲を撫でながら奥をくすぐってくるのが堪らなく恥ずかしいのに気持ちよくて、朱理の水の味の首筋を吸いつつ足をひらいてしまう。

 自分も、自分から朱理を欲しがっている、と昂奮する意識の遠くで驚いた。自分が、こんないやらしくなれるなんて。

 それにおたがいの身体のあいだで、もっとも正直な部分が意思を持ち始めている。

「……ふよふよじゃなくなってきたから、ベッドに行こうか」

 性欲に襲われても優しさを保っている朱理が、こういうときだけ切羽詰まった苦しげな顔をするのを、俺も愛おしく、色っぽいと想っている。

「ン……はやく、行こう」

 ふたりでプールを出てバスタオルを取り、階段をおりて二階の寝室へ急いだ。

 朱理が階段の途中で何度か俺の腰を引き寄せて、苦しげに唇をあわせてきた。

 ふたりしてずっと昂奮と欲望のなかにいた。
 熱に浮かされたように半分意識を飛ばしながら一瞬でも離れていられない獣みたいに唇をむさぼりあって、抱きしめあって、縋りついて掻き抱いて、そうして転がるようにベッドへ倒れて重なりあった。

 身体が濡れているのも気にしていられない。おたがいの唇を吸って、朱理が俺の胸や乳首を撫でて吸ってくれて、俺も朱理の頭を抱いて、耳に噛みつく。

「……可愛いよ、……どこも〝こんな〟なんかじゃない」

 嫌だった、怖かった、と教えたせいか朱理が俺の胸を執拗に撫でて、舐めて、吸ってくれる。

「しゅ、……り、ぃ、」

「触ると、気持ち悪かったり、痛かったりする……?」

 はあ、はあ、と息を乱しながらも、朱理が俺の目を覗いて気づかってくれる。

「……ううん。……すごく、気持ちよくて……困るぐらい、だよ」

 俺も切れ切れにこたえると、朱理が情欲を噛み切るみたいに眉を寄せつつ、笑顔になった。

「……よかった」

 焦りにも似た狂おしい欲望を朱理も持て余しながら、それでも胸も、お腹も、おへそも、どこも時間をかけて舐めて、吸いあげてくれている。

 でも首まわりだけは慎重だった。大昔の貞操観念みたいに、結婚前にうなじを噛むのは節操のないだらしない行為、と冷たい目で見られるからだ。

 できちゃった婚も、βなら苦笑い程度で祝福されるけれど、αだと厳しく責められる。

「……朱理、は……αで、嫌じゃ……ないの、」

 朱理の首に両腕をまわしてくちづけながら訊ねた。

 朱理も俺を抱きしめて、唇の角度を変えつつキスにこたえてくれながら、喉で小さく笑う。

「嫌じゃないよ。……紺と唯一のつがいになれるから」

 朱理の左腕に、右足をそっと持ちあげられて開かれた。

 俺の窄まりはごまかしようがないぐらい濡れて、事前に用意しておいたローションなどほとんど必要ないほど朱理を求めている。

「ここにいるから、安心して紺」

 朱理が首のかわりに俺の唇を甘噛みして、髪を撫でてくれながら腰を寄せてくる。

「……ずっとひとつだよ」

 それから俺は、朱理が自分の身体に分け入って、奥深くまで沈んで溶けて、ひとつになっていくのを全身で感じながら理解した。

「朱理っ、……」

 紺、紺――と、朱理がSNSで星空と共に二回呼んでくれた夜。

 一生忘れない、という決定的な日を、きちんと知りながら、自覚しながら過ごすこともあるんだ、と今日人生で初めて知った。

「紺……」

 一分一秒を、この感触を、熱を、忘れない、と胸に刻みながら揺られていたら、朱理が耳もとで俺を呼んでくれた。

 優しく、愛おしげに、死ぬまで何度も想い出すであろう愛情に満ちた声色で。



 朝が朱色なのは夜が明けたあとの数十分だけだ。

 朱理を好きになるまで知らなかったけど、空の色彩は、寂しいぐらい一瞬で変化していく。

 もしかしたら三十分も無いんじゃないかな、と儚く思いながら、スマホをガラス壁越しの朝空へ向けた。

 まだ夜が濃い空の下から太陽の光が伸び始めて、海面近くをひたひたと朱色に焼いている。

 今朝はベッドに座る俺の背後に朱理がいて、俺の左頬に右頬をぴったりくっつけ、微笑んで腰を抱きしめてくれている。

「――朱理」

 そして俺は愛しさをこめて呼びながら、スマホのボタンを押して大事な今日の朱色を掴まえた。


















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