「……ところで朱理は朝、おにぎりで平気だったの?」

 朱理が授業をきちんと受けるようになっても、裏庭で朝ご飯を食べたり、放課後カメや花にご飯をあげたりして過ごす時間は無くさなかった。

「パン派とご飯派、どっちかって話?」

「うん」

「俺はどっちも平気だよ。でも自分で選ぶならご飯かな」

 今朝の朱理は鶏そぼろと梅しそ鮭おにぎりだった。お味噌汁はしじみ。

「よかった。自分の好みにつきあわせて、朱理が嫌いなもの食べてくれてたら嫌だから」

 左頬をふくらませておにぎりを咀嚼しながら、朱理が微笑む。

「紺のそういうところ好きだよ」

「え」

 急に告白されてどきっとしたら、朱理は喉でも、くっくと楽しそうに笑った。

「一緒に楽しみたい、って考えてくれるところが好き。〝してもらって当然、満足〟とかそういう価値観、紺にはないよね。まああまり周囲を気づかいすぎて疲れちゃっても困るけど」

「な、なに、どうしたのいきなり」

「〝好き〟って気持ちを伝えていこうと思って。ちなみにこれは結構〝大きい好き〟だよ」

 朱理が笑っている。……朱理ほど男前だとおにぎりを頬張っていても素敵で、苦しい。

「……俺はそうやって濃やかに他人を想いやれる朱理の優しいとこ好き。ていうか尊敬してるよ」

 朱理が声にして伝えてくれるから、俺も、照れくさいけど声にして言おうって想える。
 ばかにしたりからかったりしないで受けとめてくれるってことも、もう知っているし。

「……ふふ」

 朱理が嬉しそうに顔を寄せてきて、前髪が絡まりそうなぐらい傍にくる。

「……それはどれぐらいの〝好き〟?」

 囁くように訊く。

「え……ぅ、……中くらいかな」

「そうなんだ。中くらいがあるってことは、大きいのと小さいのも期待できるな」

「ど、……どういうこと?」

「俺にとってその〝中くらい〟は結構喜びが大きかったから、紺が〝大きい〟って想う事柄に俺は昇天するだろうし、わざわざ三段階にするほどなら小さいのはかなり細かくたくさんありそうな気がして嬉しくなった。……自惚れてる?」

 短い会話で、ほんとどこまでも深く心を酌みとるよね……。

「……ううん。自惚れてもらえるならそれも嬉しいけど、小さいのは全部言うの大変だから、無理だと思うよ」

 朱理が嬉しそうに頬を赤く揺らしてほろほろ笑った。

「……その告白も攻撃力高い」

 口もとを押さえて、心底嬉しそうに、幸せそうに笑ってくれている。朱理ってこんなに無邪気な表情もする人だったんだ。

 ……そこも好きだよ。
 これは〝大きい好き〟かな。

 もう来週から六月になる。すでに結構暑くて夏服の生徒も多いけど、いまは準備期間で六月に入ったら一斉に夏服だ。

 俺と朱理も涼しければ長袖のワイシャツにネクタイだったり、蒸し暑ければ半袖のワイシャツとネクタイで、その上に白いニットベストを着て調整したりしている。

 今朝の朱理は半袖のワイシャツとネクタイだけで、夏服スタイルだった。胸板がきちんとあって体格がいいから、ワイシャツ一枚でもシルエットが整っていて格好いい。運動して食事に気をつかって、しっかりした生活を送っているおかげでもあるんだろうな……。

「なにまじまじ見てるの」

 あ、気づかれた。

「ううん。朱理はどの制服スタイルも似合うなと思って」

「紺こそ急になに?」

 朱理がまたちょっと照れたように笑う。

「いや……痩せすぎてたりするとワイシャツ一枚って似合わないでしょ? 胴長だったり短足だったりするのもバレるし。俺ちびなうえに胸がぺらぺらだからベスト着て隠しがちなんだ」

 朱理が「衣替えのせいか」と呟いて笑顔のまましじみのお味噌汁をすすり、口内と喉を整える。

「ぺらぺらだとは思わないけどベストは着ててほしいかな。学校も電車も結構冷房が効いてるから体調が心配になる。それに色っぽい姿をまわりに見せびらかされるのも嫌だから」

 うぐ、とわかめのお味噌汁を吹きそうになってしまった。

「い、色っぽいって、」

 朱理は真面目な表情をしている。

「色っぽいよ。胸もとのボタンとネクタイも、これからどんなに暑くなってもゆるめないでほしいと思ってる」

 ……真面目どころか、ほとんど叱りつけるような顔で低く懇願してくる。

 ああ、そうだ……、と納得した。朱理は大人なんだった。

「わかった。そうだね。結構どこも冷房きつくて女子も長袖のセーター着てたりするもんね。俺も気をつかって過ごすよ」

「うん」

 それから「夏になったら裏庭にいるの辛いかもね」と相談しつつ、楽しくおしゃべりをして食事をすませ、教室へ向かった。



 ちょっとした異変が起きたのは三時間目の授業を終えたあとだった。

 相変わらず背筋を伸ばしてぴしりと数学の勉強をしていた朱理が、チャイムが鳴って休み時間に入ってすぐ、廊下側の列のうしろの、遠くの席に座っている下倉さんのところへ行った。

 下倉さんはうつむいて具合が悪そうなようすで、朱理は彼女に顔を寄せ、なにか話しかけている。やがてほかの女子も駆け寄ってきて、彼女たちに下倉さんが支えられて教室をでていくと、朱理も戻ってきた。

 どうしたの、と俺が声をかけるより先に、朱理は眉をさげて〝心配しなくていいよ〟の苦笑いをひろげ、「すこし出よう」と顎でガラス戸の外のベランダへ誘ってくる。

「うん」

 朱理の席の横にあるガラス戸は、ひらいてベランダへでられるようになっている。

 先客もいなかったので、俺が先に席を立って外にでると、朱理もブドウジュースのパックをとってついてきた。

「はー……」と朱理が大きく息を吐いて、吸う。

 朱理もすこし辛そうだ。
 ストローに口をつけてジュースを飲む朱理の苦しそうな横顔を見ていて、なんとなくわかってしまった。

「……下倉さん〝そう〟だったの?」

 寄り添って小さく訊ねたら、朱理が重くうなずいた。

「敏感な奴なら気づくと思う。結構匂ってた」

 ……発情し始めてたんだ。

「朱理は平気?」

 初めて朱理にバース性の話題を持ちかけた。俺のこの発言は、朱理はαだよね、という確認でもあった。それがなぜか嫌だった。

「……ふふ」

 眉をゆがめていた朱理が、俺を見返していきなり明るく笑う。

「……紺がそうやって、すぐ他人を想いやるところ好きだよ」

「え」

「優しい人だな……って甘えたくなる」

 朱理が柵の上に腕をのせて、珍しく背筋を崩し、俺の左肩に頭をのせて寄りかかってくる。

 ……目立つ朱理と目立つ場所でいちゃついていると敵が増えそうで怖いけど、いまは朱理を守りたくて、そのまま身を委ねた。

 ブドウジュースを持つ朱理の長細くて綺麗な右手が、すこし強張っている。

 ――『αはその才能で社会を支えろ』

 ――『Ωに性的暴行をするαは死刑でいい』

 ――『αは隔離するべき』

 ――『αってなんで性欲コントロールできないの? ばかなの?』

 ――『子どもを産めるΩと違って、αは犯罪者しか生まないじゃん』

 風が吹いて、朱理の髪が俺の左頬をさらさら撫でてくる。

 右手でそっと朱理の頭を覆って、俺も掌で撫で返した。

「……朱理だから大事にしたくなるだけだよ。朱理も他人に気をつかいすぎて疲れないようにね。疲れたら、俺のところに来て教えて」

 ぐぐ、と朱理が左手で握り拳をつくって力んでから、脱力して喉で笑って、俺の肩に目をこすりつけてくる。

「……キスしたくなって辛いです、紺さん」

 くすくす笑っているから、俺も笑ってしまった。

「昼休みになったらしよう」

 うあ、と声をあげて朱理がぐったりする。

「……そんな強烈な誘惑されたら四時間目頑張れない……」

 朱理のこんな姿も初めて見る。

「俺も、朱理のそういう子どもっぽくて可愛いところも好き」

 さっきのお返しに俺も〝好き〟を教えたら、「うぅ」と朱理がまた左手で拳を握って力みながら笑った。

「大人のキスするから」

 なんか宣言された。

「……最初から充分大人のキスなんだけど」

「まだ子どものキスしかしてないよ」

「そうなの? じゃあ……楽しみにしておこ」

 ぱん、と左腕を軽く叩かれた。〝誘惑しすぎ〟っていう抗議なんだとわかって笑ってしまうけど、俺にはべつにそんなつもりはない。

 本当に、普通に楽しみだっただけだから。



 女子の友だちに連れられて保健室に行った下倉さんは、結局そのあと早退した。

 小学生のころから健康診断のたびにバース性検査をさせられるけど、きちんと確定するのは十代後半の、ちょうどいまぐらいの時期だ。だからもちろん個人差はあるものの、高校二年の二学期にするバース性検査がいちばん確実なものだと考えられている。

 個人差があるから、学校で突然発情期を迎えてしまう人もいた。

 こういうとき、フェロモンを察知してはじめに気がつくαは紳士然とした対応を求められる。

 襲いかかるαは常識のない下半身脳のばかで、しっかり自制してΩを守れるαこそ真のαだ、と褒め称えられる。

 社会的にも教育的にも法的にも、それが正しいとされている。

 言っていることはわかるし、俺もそう思う。

 だけどSNSなどでその正しさを叫ぶのはほとんどα以外のβやΩの人間だ。

 フェロモンにあてられたαの我慢と痛苦はαにしかわからないのに、外野が声高に正義を叫ぶ。〝性欲に屈する卑しい奴に人権はない〟〝社会貢献だけしろ〟と訴える。

 αは生まれたときからほかの人間より長けていて優秀な人種だから、妬みもあるんだろう。

 法律や正しさを楯にして、普通に生きていたら勝てない人間を〝攻撃できる〟その優越感と快感――これに酔っている人たちが、大喜びで言葉の暴力をふるういびつさ。

 命はすべて守られるべきだ。
 正しさで殺していい心もない。

 でも朱理が言うように、生命の価値は、個々に違うのかもしれない。

 誰かが軸になって決めたり裁いたりできるものでもない。

 その価値は、対峙する人間同士で事細かに変わってしまうんだ。

 たとえば俺は、朱理の身体も心も、どこだろうと傷つける人間を許さないと思う。他人事にできないし、許せない。

 いま恋人になったばかりで浮かれているのもあるのかな。かもしれないけどでも、朱理は、誰かを傷つけたとしても、傷つけたくて傷つける人じゃないってもう信じてしまっているから。

 理由のある罪しか犯さない。
 意味のある暴力しかふるわない。

 こうして信じて、好きになったままの人でいてくれるなら、俺はずっと味方でいるだけだ。

「……朱理、」

 舌まで搦めあうと、ラムネの味は余計に濃くなった。甘いだけじゃなくて酸っぱさもある、小さなラムネ菓子の粒。それが朱理と自分の舌のなかで転がって溶けて消えていく。

「……紺、……紺、」

 後頭部を右掌で覆われて、朱理に口内をねぶられながら、愛しさで心臓が縮んで、痺れるのを感じた。

「紺、」

 朱理が何度も呼んで、唇の角度を変えて舌の根まで舐めて満たしてくれるから、唇だけでひとつになれたみたいに錯覚して、心と背中が恋しさで震える。

 綺麗な声でくり返される自分の名前を聞いていると、朱理がいまも毎日見せてくれるSNSの夜空の写真が、とじた瞼の裏に浮かびあがってくる。

 こんなふうに毎日呼んでくれる。
 毎日、夜ごと想ってくれている。

 信じないわけがないよ。
 好きにならないわけがないよ。どんどん好きになるよ。

 最初は〝わからない〟って言ったけど、いまは朱理の味方だよ。

 常に妬まれて、我慢と有能さを強いられる人生が苦しくないわけないよね。

 αの人ってすごく苦しいだろうなって、昔から思っていた。自分はいつかαを好きになったりするのかな、と想像したこともあるよ。αの苦悩を抱えることなんてできるのかなって。

 いま朱理を好きになったのは〝抱えられるか〟じゃなくて〝守りたい〟って思ったからだよ。

 俺にいっぱい〝好き〟っていう想いを教えてくれて、与えてくれて、息のしやすいカメと花々と朱理がいる場所をくれた朱理を、俺も守りたい。

 大きいのも中くらいのも小さいのも、たくさんの〝好き〟を積みあげていって、そういう幸せな温かい場所で、朱理と一緒にいたい。ずっと。

「……朱理とのキスって、……不思議、」

 朱理がはあ、と吐息をこぼして唇を放した瞬間、俺も一緒に息をこぼして言った。

「……苦しいし、どきどきするのに……身体が、すっきりする。……心が、幸せになるよ」

 俺の背中を抱きしめたまま額にも噛みつくようにキスをくれて、「……わかるよ」と朱理が乱れた息を整える。

「あと、やっぱり……大人のキスが、……大人すぎる」

 笑う朱理に、唇の右端と、右耳たぶも吸って、しゃぶられた。

「……したいようにしてるだけだよ」

 それからぎゅと強く抱き竦められた。

「でもこれ以上したら狂うと思うからやめておくね。……学校だし」

「ふふは」と俺が笑ったら、風が吹いて花壇の花も一緒に笑っているみたいにふらふら揺れた。

「……そうだね。ここ結構、人がくるからやばいね」

「うん、やばい。でもみんな空気読んで、恋人同士っぽいのがいたらさけたりするけどね」

「そうなんだ」

 いや、でもバレてはいるよね、とちょっと身体を離して苦笑いする。

「朱理はいつもここにいて、恋人っぽいの来たらどうしてたの?」

「音楽聴いて、見ないふりとか?」

「あ、そういえば最近ヘッドホンしてないね。俺のせいかな、ごめんね」

「紺と話したいからいいんだよ、謝ることじゃないでしょ」

 朱理も笑って身体を離し、すこし落ちついたようすで俺の頭を撫でてくれる。

「朱理がミリコに詳しいところも好きだよ」

 いままで自分と大人みたいなキスをしてくれていた唇が、くいと可愛らしい笑顔をつくる。

「うちは三人兄弟で全員男なんだけど、ミリコはいちばん上の兄貴の影響で好きになったよ」

 ……朱理の口から家族の話。

「そうなんだね」

「俺だけ歳が離れてるんだ。いちばん上がいま三十歳で、次が二十七歳で、俺。両親は二十歳で結婚してるからね。女の子が欲しくて最後にもう一度って頑張ってみたのに俺だったらしい。はは。でもちゃんと愛して育ててもらってるよ」

 朱理の表情に重苦しい闇はない。

「……ごめんね。このあいだ、朱理の家族は喧嘩ばっかり、みたいな噂話を聞いちゃったんだよ。だからお兄さんと仲がよさそうで安心した」

「ああ」

 朱理は俺の髪に指を絡めて、こともなげに笑う。

「噂ってやっぱり面白いな。でも家族のことは家族にしかわからないよ。家族でもわからないこともあるしね」

「うん」

「うちはたぶん、精神的な意味で母親がいちばん強いかな。父親は仕事人間で、長男は温厚。次男は父親似で仕事好きって感じだよ」

「それで、朱理は長男のお兄さんととくに仲よしなんだ」

「ン。〝頭がいい〟とか〝優秀〟っていうのも種類があって、さらに人柄と、争いには理由がある。積極的に争っていく奴もいれば、黙って切り捨てていく人もいるし、衝突の内容にもよるでしょ。噂話は聞き流しておいていいよ」

「……うん。朱理の言葉だけ信じる」

 にっこり嬉しそうに微笑んだ朱理が、俺の左右の手を繋いで、額をこつりとあわせる。

「……俺の声を聞いてくれる紺に救われる。そこは好きっていうか……感謝してるよ」

「ン」と俺も朱理の額に自分の額をこすりつけて目をとじた。

「……俺は、朱理がαとかΩとかβって言わないところが好きって、いま思った。バース性で括らないで、〝両親は〟とか〝兄貴は〟って言うの、好きだし、ちゃんと個性を見つめているところ、見習いたい。俺もついバース性で話そうとしちゃうときあるから、そうしたら朱理を想い出して自分を律するよ」

 長細い温かな指を、強く握り返した。

 知らないあいだにも、差別とか区別ってしているんだろうな。

 俺だって全然正しい人間じゃない。
 未熟だし子どもだし、心で他人を見ているから贔屓もしている。

 だけど正しい人間になりたいとは思わない。そんなのきっと一生無理だ。

 好きな人を守れる人間になりたいな。
 朱理を大事にできる人間になりたい。

 心から朱理を愛する人になりたい。

「……俺、やっぱりちょっと、朱理とつきあえて浮かれてるかも」

 へへ、と笑ったら、朱理は面食らったような顔をしてから、また黙って俺の背中を思いきり痛く抱きしめた。



「――なあ、下倉が早退したのって発情したかららしいよ」

 授業を終えて帰りのホームルームのために和田先生を待つあいだ、山田が教室の中心付近の席で、うしろの席の佐野に話しかけてばか笑いを始めた。

「やばいよな、うちのクラスでもやっぱいるんだな~……一週間ぐらい休むのかな? 下倉って大人しいタイプじゃん? エロいイメージなかったからビビる」

 佐野が「よせって」と苦笑いしている。

「ちょっと山田、やめてよ」

 下倉さんを保健室に連れて行ってあげた女子たちも、山田を睨んで制する。

「べつに悪いこと言ってねえだろ、大事なハンショクコーイなんだし、おまえらなんで怒ってんの?」

 山田はにやにや嗤い続けている。

「抑制剤って効くらしいけど、本人にあうやつ見つけないと街中でもはあはあしちゃうんだろ? 下倉が発情してたらおまえ助けてやれよ、佐野ってああいう大人しい系タイプだろ?」

 げらげら嗤う山田を相手に、佐野のほうがいたたまれなさげに言い淀んでいる。

「やめろって言ってるだろ、山田」

 女子も厳しい声で怒りだす。

 クラスのほかのみんなも山田を睨んだりしているものの、デリケートな話題には触れたくない、という雰囲気で静観していた。

 発情とか、セックスとか、妊娠とか出産とか……たしかに刺激が強すぎる。でもだから、山田みたいに興味を持つ奴がいるのもわかる。

 わかるけど酷い。

「――山田」

 焦れていたら、左隣の席から朱理が声を張りあげて山田を呼んだ。

「下倉さんのこと好きなのはおまえだろ。好きなら好きって言えよ」

「はあっ⁉」

 山田が真っ赤になって席を立つ。

「好きとかじゃねえし‼」

「だったらなんでひとりで昂奮してるんだよ。大人の身体に成長していく下倉さんを労るならまだしも、へらへら嗤うってほんとガキだな」

 朱理が右の口端をひいて冷たく笑った。

 すると、クラスのみんなもくすくす笑い始めて、「マジでガキ」「いい加減にしろよ山田」と口々に陰口を始めた。

 山田はさらに赤くなって、教室の真んなかで孤立する。

「助けてやってたのおまえだろ五十嵐‼ おまえが下倉とデキてるんじゃねえのかよ⁉」

 朱理は喉で「ふっ」と吹いて、それからガラス戸の外に視線を向け、意見するのをやめた。

 佐野が山田の腕をひいて「やめとけって」となだめてやっている。

「αだからって調子に乗るなよ‼ 匂いでわかるから助けられただけだろ、大人ぶって偉ぶってるんじゃねえよ、どうせおまえのほうがΩとヤりたくて仕方なかったんだろ、一緒に発情したんだろうがよ、αなんてそんなゲス野郎共の集まりじゃねえか、クソが‼」

 朱理は依然として無視をして、ガラス戸の外の夕空を眺めている。

 朱理がやめた争いに、口を挟むのはばかだとわかっている。いまなにか行動を起こすのは朱理の望むことでもないだろう。

 だけどαを差別した山田の言い分が腹立たしくて仕方なかった。

 朱理をひとりの紳士な男ではなく〝α〟と括ったことが許せなかった。

「……朱理」

 それで、机の横に引っかかっている朱理のリュックのポケットからラムネの小さなボトルをだして、朱理の腕をつついて呼んだ。

 ふりむいて、ぇ、と俺の手のなかにあるラムネに気づいた朱理が、ほわと頬をほころばせる。

 蓋をあけてふた粒だして朱理に渡した。

「紺も」

 ふたつのうちひとつを、朱理が俺にくれる。

「……ありがとう。これ、朱理のだけどね」

「うん」

 朱理がいつもの無邪気な笑顔をひろげて、嬉しそうにラムネを口のなかで転がしている。

 安心した俺もラムネを口に入れて、朱理の笑顔につられるようにして笑いながら、舌の上で溶けていく小さなお菓子を味わった。

























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