バスに乗って美瑛駅へ帰るまでのあいだ、この数日間で色濃くなった賢也さんの姿やいろんな表情、それと見送ってきたばかりの背中が頭のなかをまわっていた。 淋しいけど頑張るぞ、と奮起したはずなのに、実際離れてみると〝ひとり〟がどういうものかまざまざと実感してしまって途端に淋しい。 すぐ会えない距離に住んでいるって結構ダメージの大きなことなんだな……。 美瑛駅に着くと、待っていてくれた母さんの車に乗って帰路へ着いた。 「杉浦さん、無事に帰れた?」 「うん、ありがとう。飛行機も問題なく飛んで安心したよ」 「晴れてよかったねえ」 「ほんとに」 「食事もした?」 「空港でカレー食べた」 「ン、よかったよかった」 賢也さんの助手席に座って空港に向かっていたときと違って、母さんの隣に佇んで家に帰るひとときは、面映ゆさなのかいたたまれなさなのか……形容し難い心地悪さを覚えた。 大人として賢也さんと将来の話をしたあとに、母親に運転してもらっていかにも〝ママに甘えている息子です〟って感じに寄り添っているのが情けなく感じて駄目なのかな。そんなちっぽけなプライドの話? もしくは賢也さんと恋人になったことを秘密にして、二泊三日も過ごしてしまったうしろめたさなのか。 ……いや、そういう細々した感情全部が原因なのかも。 「杉浦さんと電車で会ったっていうの、本当なの?」 母さんがまた口をひらいて、すこし低い声で訊ねてきた。 詰問に近い、危機感を覚える声音。 「……なんで? 本当だよ」 「彼氏って、素直が言ったの?」 「……そうだけど」 心臓が不穏にざわめいて、とく、とく、と鼓動し始める。 「杉浦さん、素直に彼氏って言われて〝嬉しかった〟って言ってたね」 ――ぼくが女子高生に〝痴漢だ〟って間違われたとき、素直君が〝この人は俺の彼氏だから女性には触りません〟って叫んで助けてくれたんですよ。それがとっても嬉しかったんです。 「うん……言ってくれたね」 母さんの横顔を盗み見ると、感情の読みとれない不可解な表情をしていた。無表情のようで、でも唇は穏やかにカーブしている複雑な顔。 「越冬野菜の収穫に興味あるんだって?」 「あ、うん。父さんに聞いたんだ」 「恐縮してたけど〝男手が増えたら嬉しい〟って期待してた。ちゃんと来てくれるといいね」 ……〝ちゃんと〟。 「そうだね」 自分も年末年始東京へ行きたいんだ、と相談するべきタイミングは、いまじゃない気がしてひとまず口を噤んだ。 母さんは俺たちの関係についてなにか感じとったのかもしれない。 そう予感すると、恐怖心がなぜかすっと冷めて、賢也さんとふたりでいたときの勇猛な自分が戻ってきた。 サイドウィンドウ越しに外の雪景色を眺めていると意志が深く根づいていくのも感じた。 ゲイとして生まれ育った自分がこの人生に真剣に向きあうときがきたんだと、賢也さんへの強い愛情と共に改めてそう理解した。 帰宅するとカフェの仕事に入り、客足のようすを見つつ夕方ごろ早々に閉店した。 今日は日曜日で宿泊客もいない。 冬期はこんな調子で営業時間も短縮しがちだから残念だ。 自分の部屋へ帰ってスマホを確認すると、賢也さんからメッセージが届いていた。 『無事羽田に着いて家に帰ったよ。なおがいない淋しい現実に戻って来たのを実感する』 ふふ、と嬉しくて笑ってしまった。 『おかえりなさい。俺もおなじですよ。さっきまで仕事してたから、ああ現実だーって余計に思うのかもしれません。賢也さんといた時間が夢すぎた』 賢也さんがメッセージをくれたのは十五分くらい前だから、もうスマホを見ていないかもと思ったけど、すぐに返事がきた。 『恋人になれたのも現実なのにね』 今度は頬がゆるんでしまう。 『うん、夢じゃない』 『恋人にしてくれてありがとうなお』 同性との難しい恋愛関係に引きこんだのは俺なのに、賢也さんはまた感謝を口にしてくれる。 『俺もありがとう賢也さん』 俺たちは自分の欠けた部分をおたがいの存在で補いあいながら、感謝と愛情を分かちあっているんですよね。 そんな奇跡のような事実を、数日間心の芯まで感じあえて本当に幸せだった。 ありがとうって伝えあえる幸せを教えてくれて、ありがとう賢也さん。 『なおはあのあと仕事していたんだね。ごめんね、俺のせいで』 『賢也さんはなにも悪くないですよ。休んでいいって言われたのに、俺が仕事に入ったんです。でもお客さまもあまり来なくてはやめに閉まっちゃいました。明日から平日だからこんな日も続きます。むしろ働きたくて辛いぐらいです』 ため息をつくシマエナガのスタンプも追送してベッドに座り、俺もため息をつく。 『なにこれ、可愛い』 なにげなく送ったのに賢也さんも反応してくれて笑ってしまった。 『シマエナガって北海道にいるからたまに見かけるんです。まるくて白くてすごく可愛くて、前から好きだったんでスタンプも持ってたんですよ』 『これを使ってるなおも可愛い』 〝可愛い〟がこっちにも飛んできた。 『荷物整理が済んだら電話してもいいかな。話せば話すほど話し足りなくなるよ』 俺も賢也さんに〝可愛い、嬉しい大好き〟って言おうかと思ったけど、それはあとにとっておくことにした。 『はい、じゃあ俺も準備しておきます』 メッセージを送信してから、自分の頬が上がってにやにや浮かれているのに気づく。 ぱんぱんと叩いて気を引き締めたあと、送信相手を切りかえた。 『昭之、年末あたりそっちに行く予定でいるから、詳しいことが決まったらまた連絡する』 スマホの画面を眺めていたら、ものの数秒で既読の反応があった。 しかし返信はない。 〝会おう〟とか〝話しがある〟と具体的なことを言えば無視されるとわかっていたから曖昧な言葉を選んだのに、やっぱりこれでも駄目みたいだ。 つい数日前、郵便物の件でおまえから〝捨てに来い〟って連絡をしてきたくせに〝そうか〟でも〝待ってる〟でもないんだな、と不快に思いつつ、諦めてスマホを膝の上に置いた。 横につけているビリケンさまを掌で包む。 あいつの態度はむかつくけど、たぶん俺が想像している以上に怯えてくれているんだろう。 下手をしたら賢也さんより昭之の天邪鬼な愛情のほうが、いくら距離があろうとも手にとるようにわかってしまう。 これは一緒に過ごした時間の違いだから致し方ない。 ビリケンさま。 それと机に居てくれている二龍さま。 これからもまだいろんなことがあるだろうけど、頑張っていくから守っていてください。 賢也さんとふたりでいるときも誓ったように、俺はこれから彼と幸せになるためにこの現実を一歩ずつ踏みしめて生きていきます。 あと、賢也さんともまた会わせてくれてありがとうございました。 二龍さまは本当に縁結びの神さまだったね。 熱海は俺と賢也さんにとって想い出の場所でもあるからお礼を言いに行きたいって相談してみます。 待っていてください。 ビリケンさまと二龍さまと、あと賢也さんにも、たくさんの感謝をこめて。 ←BACK//TOP//END |