「……春になったら畑仕事を一緒にしたいって言ってくれたのも、移住の考えがあったからですか? 父さん、バイク乗りでもないのにそんな頻繁に来させていいのかって顔で驚いてた」

 賢也さんの膝の上に座って、むかいあう格好で彼の頭を抱きしめる。

 賢也さんはパジャマの前がはだけた俺の上半身に顔を埋め、首筋や胸にくちづけてくれながら小さく笑う。

「なおの友だちっていう理由だけで頻繁に泊まりに来るのは違和感があるのかな」

「そうですね……うちの民宿ってだだっぴろい丘の真んなかにぽつんとあるんですよ。普通は函館の市場で海鮮食べて、八幡坂を歩いて、夜景観て、札幌で時計台観て、テレビ塔にのぼって……っていろいろ観光地を巡りつつホテルでのんびり過ごすのが定番だと思うんです。でもうちの民宿はツーリング目的のバイク乗りとか、富良野や美瑛の自然を撮りたいカメラマンとかが気軽に利用してくれるような宿だから」

「なるほど。たしかになおの民宿に泊まると、ちょっとディープな北海道を感じられるのかもしれない」

「うん。バイクや車で大自然を満喫したい人向けの民宿なんです。青い池が観たいって人も、旭川に泊まってツアーバスでまわる観光客が多いんじゃないかな。うちはカフェができてから観光目的で利用してくれる常連さんも増えたけど、絶対に車が必要だし、有名な観光地より自然がいいっていう、やっぱりすこし癖のあるお客さまですよ」

「ははは」

 悪い言いかたをしてしまったけど、賢也さんは無垢に笑ってくれた。

「自然を満喫したい人だっているでしょ」

「いても、だいたい自然と観光地を漫喫しに来るからうちは選びません」

「ふふ、そんなに頑なに否定しなくても。でもそうだね、お父さんたちに不審がられてしまうようなら接しかたを考えるべきかもな」

「不審っていうか……不思議なんです、たぶん」


「不思議か」

 接しかた、と心のなかで復唱すると、賢也さんが昼間父さんと一緒に雪かきをしてくれた姿が蘇ってきた。

 母さんの問いかけにも自然な態度で受け答えしてくれたり、ひとつも動揺せずに俺との出会いを語ったりしてくれて、談笑して。

「だけど……今日、本当に嬉しかったです。賢也さんがうちの両親の不躾な挨拶にも、とても丁寧に親しくこたえてくださって。俺のほうが、自分の親なのに動揺してた気がします」

 賢也さんの髪を右手で梳きながら、「ごめんなさい、ありがとうございます」と続けたら、彼も顔をあげて、間近で、垂れた目尻の柔和な笑顔を見せてくれた。

「まだ俺たちが恋愛関係だって伝えたわけじゃないでしょう。民宿のオーナーとお客さんでもあったわけだからおどおど焦ったりしないよ。……ちゃんとすべて伝えるときがきてもとくに狼狽えたりしないけど」

 賢也さんの瞳の力と想いの強さに胸が震えて、耐えきれなくて、彼の首にしがみつく。

「賢也さんといると、辛い経験もたくさんしてきた、本当の大人なんだって……思い知る」

 賢也さんも俺の腰を抱いていた腕で背中を抱き竦め、体温が溢れるほど引き寄せてくれる。

「……経験は関係ないよ。なおを愛してるだけ」

 愛してるだけ――だけ、という言葉はたしかに正しいんだろう。
 けれどその命の息吹に似た唯一無二の想いを抱くのは、決して簡単なことじゃない。

 必然と言える得がたい出会いがあって、おたがいの人生の凹凸を埋める経験と価値観があり、掌も身体もぴったりとあわさることができなければ、こんな光のような想いは存在しない。

 たくさんの奇跡の先にある〝だけ〟だ。

「……俺も賢也さんのご両親に、賢也さんを生んで育ててくださったことを感謝しています。だからご挨拶できるときがきても怖いって思わない」

 俺もいつか会わせてくださいね、と耳もとに囁くように伝えてお願いした。

 結婚していた賢也さんが離婚を経て歳下の男を連れてきたとなれば、ご両親も穏やかではいられないだろう。

 賢也さんのご両親の話はあまり聞いたことがないけど、義父母と同様に孫を望む気持ちがあったんじゃないかと思うと、受け容れてもらうのが困難だというのも想像に難くない。

 俺たちが夢見心地で心に描いている未来へたどり着くには、自分たちを見守ってくれる人の想いにもひとりずつ真摯にむきあっていく必要がある。

 時間がかかってもいい。
 賢也さんと出会わせてくれたご両親に受け容れてもらいたい。

「……大丈夫だよ。四十近い息子の人生にああだこうだ口をだしてくる親じゃないから」

 賢也さんの大きな右掌が、俺の背中をゆっくり撫でてくれる。

「俺は子どもを望める身体ではないし、なおも同性の俺を選んでくれた。だからいずれなおの家の民宿や畑を継ぐ人はいなくなってしまうよね」

「あ……はい。俺が継いだとしても、そのあとはどうなるか……」

「ひとりで民宿と畑を維持していくのも大変なんじゃないかな」

「まあ、そう……ですね。いまは両親がふたりで続けていて、繁忙期には父の友人が手伝いに来てくれたりしていて」

「そうなると、後々俺もなおのパートナーとして経営に関することを一緒に考えさせてもらうようになるかもしれないね」

「う、ぁ」

 さすがに驚いて賢也さんの顔を見たら、彼もしごく真面目な面持ちで俺を見あげた。

「うちの、そんな事情まで考えてくれていたんですか……? 初めて美瑛に会いに来てくれて、民宿や畑を見たのだって初めてなのに?」

「一緒に生きていくって、そういう意味でしょう」

「そう、ですけど……結婚まで経験しているからかな。賢也さんは視野がひろいっていうか、将来の見据えかたが現実的っていうか……驚きます」

「いやいや。結婚したい相手の家が自営なら当然考える未来だよ。むしろ頭が空っぽの状態で移住して同棲まで要求するほうが無責任でおかしい」

「や、ぅ……覚悟、なのかな。賢也さんの想いを感じて、嬉しくて、びっくりなんです」

「子どもの恋愛がしたいわけじゃないからね」

 ……そうだな。
 パートナーとして一緒に生きていくなら、おたがいの家のことも背負っていくんだものな。

 でもそれにしたって、やっぱり、驚いてしまうよ。

「もしかして賢也さんが昼間畑を一緒に眺めてくれたり雪かきしてくれたりしたのも、俺との将来を想ってのことだったんですか?」

「んー……越冬野菜には純粋に興味があったよ。でも考えなかったと言ったら嘘になるかな。来年から一緒にやりたいなあとか、移住したら毎日この雪かき作業が待ってるのかあ、とか」

 賢也さんの頭に自分の額をつけて、気持ちを落ちつかせるために、はあ、と息を吐いた。

「……ありがとう賢也さん。とりあえず、本当に賢也さんの仕事の都合がつくのかってところから問題を一個ずつ乗り越えていきましょう。でないと俺、幸せで心がパンクします」

 ふふ、と賢也さんのかすかな笑い声が聞こえてくる。

「……わかった。帰ったら異動と新居探しの件をすすめていくよ。それと、年末年始になおと過ごす計画もしていきたいな」

 賢也さんも幸せそうに言いながら、俺の左胸にくちづけてそっと口に含む。

「……ン、ん……年末年始は、俺……賢也さんのところに行きます」

「金銭的に負担のかかる距離だよ。なおは昨日まで俺とこんな関係になると思っていなかったでしょう。無理しなくていい」

 遠距離恋愛貯金はしていないだろ、って意味かな。

 たしかに、今後はお金のこともちゃんと話しあっていかないといけないんだろうな。

「毎週末東京に行くとか、そこまで頻繁に往復するのは無理だけど、年末年始に関しては俺が東京に行ったほうがいいと思うんです」

「どうして」

「まず冬期は民宿も忙しくないんです。それと気温がさがってマイナスの日も増えるから東京のほうが過ごしやすい。で、飛行機が欠航になっても俺なら仕事の融通も利くけど賢也さんは大変かなって」

「なるほど……納得のいく提案だ」

 ふたりして「ふふふ」と笑いあった。

「東京の神社で、賢也さんと年越し初詣したいです」

「そうだね。来年移住できたら東京で年末年始を過ごせるのも最後だろうしな……じゃあうちでなおのことをおもてなししようかな」

「……賢也さんのおうちどきどきする」

「可愛いこと言われると俺もどきどきするよ」

 笑いながらベッドの上に丁寧に横たえられて枕に頭をあずけ、仰向けの体勢で賢也さんを受けとめた。

「……今夜はシマエナガもいてくれるからすごくどきどきする」

 俺の右胸にも唇をつけて吸いつつ、賢也さんの左手にパジャマの上着をよけられて腰を覆い包むように撫でられる。

 あったかくてすごく気持ちいい……。

「賢也さんが、ちょっと変態チックなこだわりをもっているところも……好きです」

「ごく普通のことだよ。この程度で変態って言われても困るな……」

 雪の降るしずかな夜、澄んだ夜気に笑い声を絡ませながらおたがいの身体を撫であった。

 穏やかで温かくて雪明かりの美しい、ほんのすこし淋しい最後の夜。

 明日の朝になって、全部が幻の俺の夢だった、と言われても受け容れてしまいそうなほど、冷たく透徹した、現実味のないひとときだった。

 でも闇夜の薄明かりのなかで瞼をひらくと、目の前に、腕のなかに、必ず賢也さんがいる。
 温かい身体で俺を引き寄せて包みこんでくれている。

 そして、愛してるなお、と囁いてくれる。

 必ず。



 賢也さんが来てくれると知った一週間前とは打って変わって、この三日間で自分はすっかり別人になってしまった。

 朝起きてふたりで風呂に入っているときから、賢也さんが東京に帰ってしまう現実が淋しくてしかたない脆い人間に成りさがり、身体がほんのすこし離れるのさえもの悲しい。

 賢也さんが荷造りを済ませて「じゃあ行こうかな」とボストンバッグを肩にかけると、思わずその左腕に自分の手を絡めてくっついてしまった。

 驚くほどあっさりと部屋から彼の気配が薄れた。自分がここで賢也さんと過ごした恐ろしく幸福な三日間も、まるで嘘みたいに思えてくる。

 そしてこのあと部屋のドアをひらいて一歩外へ出てしまえば、恋人のような触れあいも一切できなくなってしまう。

「……俺も淋しいよ」

 賢也さんが右手で俺の後頭部を撫でてこめかみにくちづけてくれた。

「大丈夫。遠距離恋愛も春までだから。この淋しい気持ちもどうせなら楽しもう」

 淋しいのを楽しむ。

「……賢也さんは本当に、あらゆる部分が大人で、余裕があって格好いいです」

「はは」と眉をさげて楽しげに笑う横顔も、無邪気なのに落ちつきがある。

「俺はなおと同棲することで頭がいっぱいだからな。浮かれすぎて哀しんでる暇がないんだよ。充分子どもっぽいでしょ」

「ううん、子どもじゃない」

「そう。じゃあなおもキスして。……大人のキス」

 笑いながら背伸びすると、賢也さんも屈んでくれておたがいの笑顔の口先が触れあった。

 そうだね。こうして淋しがれるのも賢也さんが恋人になってくれたからだ。
 孤独なひとりきりじゃなくなって、賢也さんとふたりでひとつになれたから。

 賢也さんと一緒に幸せを感じられることも淋しくなれることも大事にしながら生きていこう。
 数日前まで恋愛すら諦めきっていて、こんな光の未来が訪れるなんて思ってもいなかったんだ。

 かさかさに乾いていた唇が、賢也さんと自分の唾液で潤っていく。

 名残惜しみつつゆっくり放していくと、おまけみたいに賢也さんがちゅと再び唇をぶつけて、いたずらっぽく苦笑してくれた。

 目の前にある可愛らしい垂れ目の、ハンサムな俺の恋人の笑顔。

「……こんな格好いい人が彼氏って、本当に現実かな」

「え?」

「年末年始楽しみに頑張ります」

「うん……俺もそうするよ」

 それから意を決して賢也さんから手を放し、ふたりで部屋の灯りを消してドアへ向かった。

 一階へおりると受けつけに母さんがいて、賢也さんが「お世話になりました」とチェックアウトの手続きをした。

「こちらのほうがいろいろお世話になっちゃって。雪かきもありがとうございました、ほんともう……」

「いえいえ、またお手伝いさせてください。素直君の時間をもらってしまってこちらのほうが申しわけなかったです」

「ご迷惑かけたぶん、素直がおもてなしできていたんならいいんですよ。大丈夫でした?」

「もちろんです。お料理も青い池も美瑛のイルミネーションも素直君と楽しめて幸せでした」

 母さんが肩を竦めて、頭をふる。

「またぜひいらしてください。そのときは素直にもっと美瑛の素敵な場所を案内させますので。――素直、空港までお見送りするんでしょ?」

「あ、うん。そのつもりだよ」

「じゃああんた、一緒に車に乗せてもらって行きなさいね。連絡くれれば迎えに行くから」

「ありがとう、助かる」

 空港から美瑛駅まで自力で帰れても、民宿は辺鄙な場所にあるからタクシーか迎えを頼む必要がある。

 俺も車で空港まで行くっていう手段もあるけれど、二台の車で連なって別々に向かうのはちょっと切ない。それを見越しての母さんの提案だ。

「空港までまた一緒にドライブできるね」

 賢也さんが嬉しそうに微笑みかけてくれて、俺も頬が蕩けすぎないよう注意しつつ笑い返した。

「……はい。雪景色を楽しみながら行きましょうね」



 今日は晴天で、真っ青な空と真っ白い雪のコントラストがとても美しかった。

「風景画みたいな綺麗な景色が延々と続くだけで障害物がなにもないから、運転するのも気持ちいいなー……」

 白い雪の丘を風が流れていくと、雪ぼこりが白くまたたきながら舞いあがる。
 カメラマンも結構いて、雪深い道をごついカメラ片手に歩いている姿を見かけた。

「賢也さんとダイヤモンドダストも見たいです。きらきら輝いてすごく綺麗なんですよ」

「ああ、うん見たい。これから毎日一緒に見よう」

「ふふ。ダイヤモンドダストってしばれる時期に発生するんで、辛いかもですよ」

「しばれるかー……しばれるって気温がマイナスになってからつかう言葉なんでしょ?」

「ですね、普通に寒いぐらいじゃつかわない。マイナス十度あたりだと〝ちょっとしばれる〟って感じかな」

「うわあ……毎日しばれるのは辛いけど、なおとなら見たいよ」

 はは、とふたりで笑いあう。

 雪道はしずかで人もあまりいないので、たまに車をとめて青い影をつくる雪の丘を撮影しながら空港へ向かった。

 風もキンと澄んでいて頬や鼻を刺してくるけれど、冬の空気は吸いこむと体内を綺麗にしてくれるような錯覚をする。

 賢也さんにそう言ったら、「わかるよ」とうなずいてくれた。

「冷たくて透明度も高くて、肺から浄化してくれる気がするよね」

「うん。今日は賢也さんとふたりで綺麗になれて嬉しい」

「なおは汚くなんかないけどね」

 ふふひひ……賢也さんがいちいち甘い言葉をくれるからにやけてしまうよ……。

 だんだん民家やお店も増えてきて、道が賑やかになっていく。
 旭川空港まではそんなに遠くないものの、ゆっくり寄り道もしていたから一時間ぐらいかけて到着した。

 数年前にリニューアルオープンした旭川空港は、現在内装もおしゃれで豪華になっている。
 とくに二階のフードコートがすごくて、観光客にも地元の人にも喜ばれていた。

「まだ時間もあるし、食事もしていこうか」

 賢也さんが誘ってくれて、「はい」とふたりで移動する。

「なおのおすすめは?」と訊いてくれたので、ラーメンやお肉などいろいろあったけどお昼に食べるならとカレーのお店を指さした。

「農家さんがやっているカレー店で俺も好きなんです」

「本当だ……ご飯とか野菜にこだわっているみたいだね」

 美味しい北海道のお米と、たっぷり入った野菜、それにオリジナルブレンドのスパイスで作られるカレーは美味しいうえにプレートもカラフルで、写真映えする素敵さだ。

 ふたりして気に入ったカレーを選んで、美味しい美味しい、と褒め称え、ガラス窓側の席で景色とカレーの味をしっかり堪能した。

 大学生のころは年末年始や夏休みのあいだ利用していたなじみの空港でもある。
 そこに賢也さんとふたりでいて、食事をしているのも不思議な気分だった。

 これから先、賢也さんと自分のふたりにとって想い出深い大事な場所のひとつになっていくのかな。
 そう想像すると、胸がそわそわしてしまう。

「おみやげも一応見ていっていい?」

「はい、もちろんです」

 食事を終えたあとはおみやげ店が並ぶフロアも眺めてまわった。

「うーん……とりあえず会社と紗英に贈ろうかな」

「え、奥さまにも?」

「〝元奥さま〟ね。……俺がなおと無事に再会できるか気にしてくれていたから、のろけ報告がてらなにか選んでいくよ」

 ……〝寛容〟のひとことでは語り尽くせない、賢也さんの心根の温かさを思い知る。

「わかりました。じゃあ白い恋人はどうですか?」

 クッキーの詰まった箱を指さして、賢也さんに笑いかけた。

「定番の品でいいだろうってこと……?」

 賢也さんも訝しげに俺を見返してくる。

「ふふ、違います。旦那さまとはもともとの始まりが黒い関係なんだから、白くなっていってくださいねって意味ですよ」

 賢也さんがどうであれ、俺はまだ許す気持ちにはなれない。

「……もう」と賢也さんが鼻からため息を抜かして俺の後頭部を右手で覆う。

「なおまで黒い感情を持つことないよ。人を恨むのは疲れるし、負の感情は自分に返ってきちゃうからね。忘れていい」

「優しくしたって疲れるでしょう」

「いいの。優しさが帰ってくるぶんにはこっちも幸せでいられるわけだから」

「ンー……なら賢也さんが心を削って人に優しくしたぶんだけ俺が幸せにします」

「ほら、もう幸せになれた」

 ははは、と笑う賢也さんの笑顔には相変わらず神さまみたいに眩しい輝きしかない。

 結局所属部署と、親しい同僚や後輩、それに総務部なんかにそれぞれお菓子を選んで、元奥さまには旦那さんと楽しめるようにとお酒を選んでいた。

 それらを全部荷物にはせず発送して、帰宅の準備を終える。

「ちょうどいい時間かな」

 賢也さんがスマホの時計を確認して呟いた。

「展望デッキにも出てみたかったけど、それはまた今度にしよう。楽しみはすこしとっておいたほうがいいからね」

 賢也さんは本当に、穏やかに大人の余裕をまとったまま微笑んでくれている。

 時期によっては閑散としている空港も、今日はそこそこ混んでいて周囲に人もいくらかいる。
 でも俺は別れのときが近づくにつれ、まわりの喧騒に惑わされるでもなくやっぱりどうしても淋しさに襲われて、感情を支配されてしまった。

「またすぐに行きます。もし賢也さんに迷惑じゃなければクリスマスからずっと一緒にいたいです」

 賢也さんが目をまるめて小さく驚く。

「いいの? 二十八日まで日中は仕事に出ているけど、なおがいいなら俺は構わないよ」

「平気です。親と諒さんに交渉してみます」

 年末年始は最北の地、宗谷岬で初日の出を観るために変態としか言いようのない一部のバイク乗りが命がけでツーリングを楽しんでいる。
 しかも基本的にキャンプなんだけど、なかには美瑛に寄ってうちに泊まってくれる人たちもいた。

 冬の年末年始に訪れるお客さまはその人たちぐらいで、あまり多くはないはずだ。

 賢也さんさえ大丈夫なら帰ってから相談してみる価値はある。

「結局遠距離恋愛も耐えられないのかな、俺たちは」

 賢也さんがくすくす嬉しそうに笑ってくれた。

「東京に帰ってもちゃんと連絡するよ。なおも自分も淋しくないように」

「うん……俺も連絡します。メッセージも、電話も。ダイヤモンドダストが観られるようになったら動画も送るね」

「ああ、楽しみだな……仕事忘れて〝明日行く〟って言いだしかねないからちゃんと止めて」

「え、どうしよう……」

 またふたりで笑いあって、賢也さんの幸せそうな稚い笑顔に淋しい心が癒やされていった。

 この目尻の甘い、優しく大らかな笑顔が大好きだ。

 駅のホームで暗く沈んだ表情をしていた賢也さんを忘れそうになるぐらい、この数日間でたくさんの幸福な表情を見せてもらった。

 これからもっといっぱい、もしかしたら毎日、この人のこんな温かい笑顔を見ながら生きていけるのかもしれない。

 この夢を、ちゃんと現実にするために今日から俺は頑張っていく。

「じゃあそろそろ行くね」

 そう言った賢也さんが、俺の唇をちらりと一瞥してから微笑んだ。

「……賢也さん、キスしたいとき唇見るクセあるね」

 指摘したら、照れくさそうに小さく吹いた彼がおもむろに俺の背中を抱きしめてくれた。

「……年末楽しみにしてるね」

「うん……俺も」

 搭乗口の片隅で、短い抱擁をしながらひとときの別れの覚悟を結んだ。

 賢也さんの力強い腕に抱かれて、彼の香りと体温と愛情に包まれて目をとじる。

 空想の熱海旅行をしたあと我慢しても溢れだす涙のせいで、ふり返れずにつんのめりそうになりながら大股で歩いて家まで帰った情景が、瞼の裏に蘇ってきた。

 今日は辛くない。

 あのときの別れとは違う。


 この大きな身体の、優しく温かな、大好きな賢也さんを、俺も抱きしめている――。















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